4~6〈休養〉
4
ルヴィアが身に纏う服は特別製だ。
黒い革で作られているように思うが、不思議なことにほとんど汚れない。
更に暑さ、寒さに耐性が付くのか、着ているだけで快適に感じる。
極めつけは、防御力の高さだろう。
衣としての役割を果たしながらも、切りつけるような攻撃は効果が薄く、刺突や強打に対しても、その衝撃に反応して瞬時に硬くなるという特性を持っていた。
休養3日目に行われたのヨハンとの模擬戦では、その性質が明らかになったり、ルヴィア自身の動きが磨かれたりと、収穫が多かった。
そして、4日目の休養である今日行われた2回目の模擬戦は、かなり激しい攻防を繰り広げた。
模擬戦が始まるという時、ヨハンとルヴィアは、互いに今日が万全のコンディションであると理解できた。
開始の合図は、レクリルが投げた小石が地面に着くと同時である。
「それっ!」
放られた小石が抛物線を描いて、宙を進んで落ちていく。地面に触れる瞬間、ルヴィアの神経は研ぎ澄まされ、同時に駆け出した。
一方ヨハンは、その場に仁王立ちし、武威を高めていた。素早いルヴィアに対して、攻めではなく受けの姿勢で戦うことを選んだようだ。そして、お互い武器を構える。
2人の武器は、木の剣と木の槌だ。真剣と大斧では、万が一があれば危険である。だが、木の剣であれば、鎧を纏っている上に身体を頑丈にできるヨハンはそうそう怪我はしないし、木の槌であれば、ルヴィアは服がある程度衝撃を和らげてくれる。
しかし怪我をしては休養とは言えないので、どちらかが身体に一撃を入れたら、模擬戦終了だ。
「《
ヨハンの目の前でルヴィアが跳び上がる。
宙を舞う無防備なルヴィアに向かって、ヨハンは槌を振り抜いた。
「《
それを再びの跳躍で回避するルヴィア。
しかし、それで跳躍は使い切ってしまった。
落ちてくるルヴィアに向かって槌を振るえば、簡単に決着が着く。
人間は普通、宙では自在に動けないからだ。
だが、
「《
「なにっ!」
そこへ振るった槌を、ルヴィアが魔導で止めてしまった。だがこれは、ヨハンには驚くべきことだった。
ルヴィアの使う【停止】は、速く動くものや、高い魔力を持つもの。そしてヨハンのように、肉体に魔導を使用中の相手には効きにくい特性がある。
速いものに話を限定すると、相手を指定する時、魔導がブレてしまうために効きにくいというのが理由だ。炎の魔導が飛んできても、避ければ当たらないのと同じような理屈である。
そのため本来であれば、隙をついて放たれた高速の槌を瞬時に止めることは出来ない。
しかしルヴィアは、あえてわかりやすい隙を作ることで、槌の振るわれる軌道を予測しやすいものにした。振るわれる場所が分かっていればブレずに魔導をかけることが出来るよう、制御力を訓練していたのである。
制御力の訓練を知らなかったヨハンは、武器を止められるとは思わず、誘導された隙と気付きながらも武器を振ってしまった。
「とった!」
一転隙だらけとなったヨハンに向けられたルヴィアの木剣が、固いものに打ち付けられた。
5
しかし、木剣を打ち付けたのは、ヨハンの兜ではなかった。
「へっへっへ。危ないところだったぜ」
「それは…!!」
今度はルヴィアが驚く番だった。
ヨハンは木剣の一撃を、左手に隠し持った木の短剣で受け止めていたのだ。
一応実戦形式であるため、武器を2つ持つのは反則ではない。
短剣で木剣を弾かれ、身体ごと飛ばされたルヴィアは距離を開く。
「もともとルヴィアみたいにすばしっこい相手とは相性が悪かったからな。それでも今までは斧の柄で戦えるようにしたりと工夫していたが、魔導で止められちゃ勝ち目がねぇ」
「それで、その仕込みって訳ね」
「筋肉馬鹿の俺にしちゃあ考えた方だろう」
「悪くないわね」
事実、刃渡りが手を広げたほどしかない短剣でも、ヨハンほどの力の持ち主が持ち、的確に相手の攻撃に合わせれば、十分にそれを受け止められるという訳だ。
特に今回は、ルヴィアは一撃を入れることだけを目的に木剣を振るったため、その攻撃は軽かった。その上体重の軽いルヴィアであったから、武器ごと弾き飛ばすこともできたのである。
「今後のために、質のいい短剣を買うべきだな」
「なら私は太ったほうがいいかしら」
「おいおい、その身軽さが武器だろうが」
ヨハンはルヴィアと相性が悪いと言ったが、素早い身のこなしの相手とも戦える重装備戦士というのは、むしろルヴィアも相性が悪いと言ってやりたかった。
しかもヨハンは怪物みたいな体力を誇るので、体力切れを狙うやり方が通じない。
「次の一撃で決着をつけるわ」
「望むところだ!」
そして2人の攻防が繰り広げられる。
互いに一歩も引かない熾烈な戦いは、昼時になるまで続けられた。
その戦いの様子を、レクリルはずっと見届けた。これを見て吸収することで、レクリルは回避技術が見違えるほど向上し、後に旅団のメンバーは誰も彼女に攻撃を当てられなくなったという。
6
結局、模擬戦に勝利したのはルヴィアだった。前日での模擬戦も勝っていたため、勝ち越しである。
「ああ〜悔しいなぁ。惜しいところまではいったと思うんだが」
「ええ。相性が悪いと言ってた割には、本当に苦戦させられたわ」
「2人ともお疲れ様ー」
離れたところで見届けていたレクリルが2人を労う。
「お昼は出来てるって。食堂に行けば食べられるよ」
「おっし、運動して腹が減っちまったし、早速食いに行くか」
「そうね。ところで今日のメニューは何かしら」
「ああ、確かに気になるな」
「猪の特製ソース焼き定食だって」
「特製ソース?うまそう」
そして昼食を腹一杯に食べ、満足した3人は、午後は街を歩いた。
ヨハンが短剣を買いたいそうなので、目指すは武器を扱う商店である。
大抵は鍛冶を行う職人が、工房の隣に開いているものだ。
アストン商会に頼むと、簡単に紹介して貰えた。彼女らの事は、既にアストン商会の店舗全てに、優先してもてなすように通達されているらしい。
アストン商会の店員に案内されて辿り着いたのは、年季の入った商店だった。
外観から内装が見える造りになっており、店内には武器や鎧が並んでいるようだ。
「紹介して貰った上、貫禄のある店だ。さぞかし素晴らしい職人がいるんだろうよ」
「これは貫禄というよりボロいんじゃ…」
「レクリル、シーッ!」
だが、いざ入ってみると、外観に比べて店内はしっかりしていた。
棚はどれも頑丈そうだし、規格が統一されているのであろう槍が揃えて入っている樽などは、ヨハンが多少殴っても壊れないだろう。
「でも店主が居ないな」
「みたいね」
カウンターには誰も居らず、盗み放題じゃないかと心配になる。
「おうい!誰かいるか?」
ヨハンは店の奥に向かって呼びかけてみた。
すると、少し時間を置いて、女性が出てきた。山の民の女性だった。
「あらあら、なにかお探しですか?」
穏やかな雰囲気の女性は、優しげな顔でそう尋ねた。
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