一章〈悪霊の庭〉

1~3〈動き出す〉

反射された景色に自分が映り込むのを見て、鏡のようだと思った。ルヴィアは自身の剣を刃こぼれが無いかどうか細かく見ていく。


一歩ほどの刃渡りで、比較的長めだ。ロングソードと呼べるだろう。

腹は少し広く、傷があれば目立つはずである。しかし、これまで何度も使ってきたはずの剣に、刃こぼれなどは見当たらなかった。

一体なんの素材が使用されているのか、検討もつかない。


ただ、素材が良く、傷がないというのは、手入れをしない理由にはならない。

ルヴィアは手入れの道具を出し、磨いたり拭いたりしていく。

満足がいったらそれを仕舞い、剣を鞘に収めた。


ちょうど、作業を終えたところで扉がノックされる。

入室を促すと、入って来たのはレクリルだった。


「ルヴィア、朝ご飯の時間だってー。ヨハンはもう下に来てるよ〜」

「わかったわ」

「もう作業は終わった?それならしまっちゃうけど」

「うん。お願い」


レクリルは団の荷物を一手に引き受け、虚空庫に保管している。現在は彼女と余り離れたりすることもないので、必要な時は出してもらえば良い。

さて、ヨハンが以前たまたま泊まったというこの宿は、食事は美味しいということで、朝食にも期待していた。


宿泊部屋は2階なので、食堂になっている1階に降りる。降りる途中で既に、離れた席でこちらに手を振るヨハンが目に映った。


「こっちこっち!」


ヨハン朝から大きな声を出し、二人を手招きした。


「ヨハンったら、もう見えてるってば」

「そんなに大声出したら迷惑よ」

「ああ、わるいわるいっ。朝食は今宿のおやっさんが持ってきてくれるから、座って待っとこうぜ」


寝る時以外は鎧を身につけると豪語するヨハンだが、この宿の食堂にあるのは荒くれ者用の椅子ではないので、鎧を脱いでいた。

あれを着込んだ重量で椅子に座れば、たちまち鈍い音でしりもちを着くことになる。


「正直鎧がねぇと落ち着かないんだがな」

「よっぽどあの鎧が気に入ってるんだね」

「おう。俺の父親から受け継いだものでな。そういう意味でもあの鎧が大事なんだ」

「へぇー。お父さんは傭兵かなにかだったの?」

「あ、いや、父親はただの農夫だった。ありゃ父親が祖父から受け継いで、そのまま使われなかったのを俺に寄越したんだ。ま、祖父が傭兵だったかどうかは分からないんだが」


ヨハンの昔話を聞いているうちに、朝食が運ばれてきた。宿の主人は厳つい顔付きだったが、料理はどれも趣向の凝ったもので、非常に美味しかった。




2



「そんで、取り敢えず目的地があるんだろ?」


料理を食べ終わり、ヨハンがそう切り出した。目的地といえば、現在はハーリオンを目指しているところである。


「ハーリオンか。ビフロンスの討伐に参戦しようってことだな?」

「うん。もしかして、ヨハンも?」

「ああ、もともとはそっちに合流しようと思ってた」

「なら、ここで出会ったのも偶然じゃないかもね」

「運命の導きだな!レクリルはそいつに愛されてんだ」

「ヨハンもルヴィアと同じこと言ってる〜っ」


本気にしちゃうからやめてよ〜!

と言いながら、レクリルは照れて手をぶんぶんと振り回していた。


その様子に和みながら、この旅団の旅路について話していく。


あと数日はカイゼルで過ごし、その後ハーリオンに発つ計画となる。

先の戦いでレクリルが集めた魔獣を、組合で換金するのにも時間が必要であり、なにより日数に余裕があるため、休養とするべきという意見があがったためだ。ヨハンにいたっては、薬草で湿布したとはいえ、1度は痣だらけになった身なのだから。


具体的な休養期間は1週間と言うことになったが、その間腕が鈍らないよう、宿の裏庭を借り、ルヴィアとヨハンで幾度か模擬戦をする約束をした。


そしてそれらを決めた今日については、レクリルとヨハンが共に組合を訪ねて、魔獣の換金を依頼したり、件の村から帰ってきた組合員に囲まれてちょっとした騒ぎになったりと忙しい一日になった。

ちなみにその間、ルヴィアは裏庭で修練を行っていた。

記憶を失ったせいか、身体の能力に対して技術が追いついていないような違和感があったためだ。

来るヨハンとの模擬戦に備え、十分な力を身につけておく必要がある。

そしてビフロンスと戦う時には、もっと苦戦を強いられることになるだろうから、己を高めることを何よりとした。


結果、修練していたことがレクリルにばれ、まだ戦ったばかりなんだから今日くらい休みなよっ!と叱られてしまったのだが。




3



ハーリオンの中央街に、とぼとぼ歩くカーマルクスと、隣を歩くアルゲインの姿があった。

カーマルクスは、どんよりと落ち込んだ顔に見える。


「ひどいよアルゲイン…主上に言いつけるだなんて…」

『仕方があるまい。悪党だ何だという失言は見逃せない』


実は以前の任務で、元部下たちに悪党だと言い放ったことを、彼の主から叱責されたのである。


「まぁ、確かにあれは僕が悪かった。僕らは相手の意見を叩き潰してでも意見を押し通すのであって、相手を悪と糾弾したいのでは無いからね」

『ああ。私の目の前で言えば何度でも主上に報告する故、二度と言わぬ方が良いと心得るんだ』

「分かったよ」

『しかし…此度の集会はこれまでと違ったな』

「そうだね。裏切り者の粛清以外の任務が直々に下されたのも、久しぶりだ」

『最も、我らは戦闘面にしか向いていない。主上の目的のためには、プリケとリリーが起用されるのも当然だ』

「確かに、って、君と同じにしないでくれよ。移動速度だけなら僕は特級指導者随一だ。しょっちゅう頼って頂いてるさ」

情報伝達役メッセンジャーとしてじゃないか…』


呆れながらアルゲインは言った。

それに対して、カーマルクスはまた文句を言い返した。

中央街ということもあり、人通りはある。しかし、騒いでいる彼らのことを誰も気に留めなかった。いや、その姿に対して目線を向けたりをしていたが、2人の声は聞こえなかったのだ。


「さて、あと一月くらいだね。暫く待機だなぁ」

『この都市もそこまで住み心地は悪くない。しかし、所詮はそれを奪って手に入れたのが帝共よ。元は主上のもの。返してもらわねばならん』

「皆殺しでいいんだっけ?」

『真実を知るものは総てだ。知らぬものは捨ておく』

「ああ。そうだったね」


相変わらず聞かれてはまずいだろう話を続ける2人だが、周りには、それを聞いている者はいなかった。


「全く、帝国といっても、血塗られた卑劣な歴史の上に成り立った国家のくせに、四帝には納得がいかないだとか、生意気だねぇ」

『なに、主上が変えてくださるだろう。無垢な者を除いて、帝国の血筋は元の姿に置き換わる。長くも感じるが、実際にはたった一月後にな』

「兵がほとんどいなくなるみたいだね」

『ビフロンスを討伐するとはいえ、力を得すぎたか。慢心して城には兵を少数しか残さないようだ』

「じゃあ。その時だね」


楽しみだなぁ。森と城で、それぞれ帝王が消えてなくなる。

戴天党は、いよいよ動き出すって訳だ。

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