28~30〈ここから〉

28



戦いを終えたルヴィアとヨハンは、屋敷に籠城する仲間たちに勝利を告げた。

彼らの、特に村人の喜びようは凄いもので、食料の倉庫を開け、宴を開くとまで宣言していた。


「ルヴィア!平気だった!?怪我はないよね!?」

「ええ、大したことないわ。ごめんね、心配かけて」

「ううん!ルヴィアなら倒せるって信じてたから」


レクリルはルヴィアに抱き着いて、頭をぐりぐり押し付けた。兎耳が鼻にかかって、くすぐったかった。


周囲はヨハンらの英雄譚の誕生だと沸いている。しかし戦いで疲れた体には、あまり心地よくなかった。

ヨハンも同様だったのか、ルヴィアに気を使ったか、宴をするんならそれまで俺たちは休むぜ、と人の波を掻き分けた。


「ほれルヴィア。行こうぜ」

「ありがとうヨハン」


二人はレクリルを連れ、屋敷に入っていった。そして中の一間に座り込み、息をつく。

外には未だ、歓声が起こっていた。


「そこそこハードだったわ」

「ほんとにな。いてて」

「ヨハン!どこか怪我したの?」

「ああ。ちょっとした打撲、打ち身の類だな。すこし痣になってるかも」

「虚空庫に湿布が入ってるから、貼ってあげるよ」

「おお!助かるぜ」

「じゃ、鎧脱いでよ」

「ああ」

「レクリル。水はあるかしら」

「うん。はいどーぞ」

「ありがとう」


レクリルはヨハンの怪我に、薬草を湿布し、包帯で止めていく。

あちゃあ、痛そうだよ〜。

はっはっはっ。優しく頼むぜ。あだっ!!


そんな2人のやり取りを聞いているうちに、ルヴィアはうとうとしてきた。

思ったよりも疲れが溜まってしまったのだろうか?

こくりこくりと船を漕ぎ、ルヴィアは眠ってしまった。


そして、夢を見た。

起きてしまえば、なんの夢かはっきりと思い出せなくなるだろう、儚い夢だ。


『私はゼ…ハー…ス。…前は…から…ル……ス…。私の…は………匠と…』

『…私は…ル……ス…』


薄汚れた布のような色合いの夢。以前の記憶だろうか。

そこに現れた男は、何だか見覚えがある。


『さぁ…食…にしよ…』

『はい…』


差し出されたのは温かいスープの入った器だった。小さな手でそれを持ち上げているのは、自分だろうか。

顔を近づけてみると、良い香りがした。


──ァ


ぐいと飲み込んでみても、味はしなかった。


──ィア


しかし、香りは相変わらず鼻の奥をくすぐっている。


──ルヴィア!


「ルヴィアっ!起きてっ!」

「…あっ、レクリル」


夢から覚めると、レクリルがルヴィアを覗き込んでいた。

いつの間にか、毛布をかけられ寝ていたようで、心地の良い布を取り払って起きた。


「ルヴィア。起こしてごめんね。でも、宴の用意が出来たって」

「ああ、そうね。今行くわ。ありがとう 」

「うん!行こ!」


レクリルはルヴィアの手を引いて、屋敷から連れ出した。

ルヴィアは、夢のことなどもうすっかり忘れてしまった。




29



肉の焼ける香ばしい匂い。スープの香り。空高く昇ろうとする炎。喜びにはしゃぐ男たち。

誰もが跳ね回っていた。誰もが酒を飲んでいた。

そうして、組合員(ギルドメンバー)達と、村人達が用意した宴は、一晩中続いた。

レクリルとルヴィアは、明日にもカイゼルに向かって発つため、騒ぐのは控えめにし、皆より早く寝た。

本音としては、翌日彼らをぞろぞろと引き連れて、カイゼルまで歩くというのは無駄に仰々しく、まだまだ団長経験の浅いレクリルが緊張しないためだ。

しかしもちろん、はしゃぎたい輩はお構い無しに朝まで呑んだくれた。

ヨハンも、身体が痛むはずながら、そこそこにはしゃいだというのだから、やはり桁外れのタフさであった。


結果、朝になってルヴィア達が見たのは、祭りの残骸と呼ぶべき村の姿だったが。


なにはともあれ、ある程度の礼も既に受け取った2人は、酔いつぶれた彼らの脇を抜け、街道に向かって引き返していった。



「ふふふ。みんな助かってよかった。きっとルヴィアが居てくれなかったら、こうして皆がはしゃぐことも出来なかった。私も助かったし 」

「レクリルが決めたことよ。レクリルが助けると決めたから、今彼らが居るの」

「それでも…もっとルヴィアの役に立てるように頑張るね!」

「団長はレクリルじゃない。あなたは方針を決めて、団の人間を使う。それが団長よ。どっしり構えておけば、それでいいの。団員に守られたっていいじゃない」

「ええ〜。私もちょっとは守りたいよ〜」


そんなことで笑い合い、肩を叩く。

その間には、確かな絆が芽生え始めていた。


カイゼルまでは、のんびり歩いても12の時までに着くはずだ。

昼間のうちに、そこでこの団の初めての活躍を、2人で祝うのだと約束した。



30



それから時が経ち、2人はカイゼルの中に入ることが出来ていた。

カイゼル内の商売をアストン商会が独占しているということで、商人などがあまり並んでおらず、直ぐに入れたのだ。


そしてルヴィアとレクリルはある食堂に入る。そこは食事処ビガールなる店だ。

実はヨハンから、一度行ってみて美味かったからオススメだ。という話を聞いていた店だ。ちなみに店の名前の由来は、店主の名前らしい。


昼を少しすぎた時間なので、中からはいくらか人の気配を感じられた。それと同時に、ソーセージや香ばしいパンの匂いが嗅覚を刺激する。


「早速入ろうよ!」

「そうね」


2人が店に入ろうとしたその時、後ろから、彼女らに声をかけるものがあった。


「おいおい。仲間はずれは寂しいぜ?」


振り返ってみると、そこには仁王立ちするヨハンが居た。

兜は後ろに下げており、精悍な顔をにこりと歪ませていた。


「ヨハンっ!一体いつ?」

「ついさっきだな。組合員達はいちばんまともなやつに任せてきたさ。ところで、ここで食うんだろ?俺も混ぜてくれよ」

「レクリル、どうする?」


ここに来た目的は、あくまで祝いの席だ。

この団にとっての初成果でもあるから、記念すべきという奴だ。


「う〜ん…なんといっても私の旅団の記念すべき日だからな〜」

「ええー、同席させてくれよ〜」

「じゃあじゃあ、うちの団に加入してくれるならいいよっ!そしたら、新団員の歓迎会も兼ねてって感じでー!」

「ええっ!?レクリルの旅団に入れてくれるのか!?そうさせてくれよ、これから頼もうと思ってたんだ」

「まぁヨハンにも色々都合があるしぃ、って…え?今なんて?」

「おう。だからよ、レクリルの旅団に俺も加わらせてくれねーか?」

「ええっ?ほ、本当?」


レクリルは信じられないといった顔で、目を丸くした。

ルヴィアも驚いた。


「ああ。2人には借りがある。それにな、俺も自分の力を役立てたくて出てきたんだ。1人より3人の方がもっと大きなことができるっ!だから、レクリル。お前の団に入れて欲しいんだ。頼む!」

「あ、え!も、もちろんだよっ!ルヴィアも、賛成だよね!」

「私はヨハンが入ってくれたら、頼もしいし、大賛成よ」


それを聞いたヨハンは頭をあげ、大きな手を差し出した。


「ありがとう!よろしく頼む。改めて俺はヨハン、これから世話になる」

「うんっうんっ。よろしく!私が団長のレクリルだっ!」

「私はルヴィア。あなたがいれば、百人力ね」


3人は握手を交わし、新たな団員の誕生に喜んだ。


「そいじゃ、早速入ろうぜ!腹減っちまってなあー。街道でご馳走になったぶん、今日は俺が払おうじゃねーの!」

「やたーっ!ヨハン、太っ腹だ!」

「それじゃ、今後は団長のレクリルが奢ってね?」

「ふぇええ!?」

「ふふっ。冗談よ」


3人はまるでずっと以前から仲間であったかのように、和気あいあいと店で食事を始めた。

レクリルは、初成果の祝いと新人歓迎を兼ねた記念日を、一生忘れないと、心に固く誓った。

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