13~15〈天を戴く者共〉
13
スルトスには街道が2つ繋がっている。
ひとつはハーリオンへ向かうもの。
そしてもうひとつが、ルヴィア達が南下してきた街道だ。この街道を北に向かうと、ユードリック達が2日前に出立した街、コルドイがある。スルトスに比べれば少し規模はおちるが、十分に都市と呼べる街である。
ルヴィア達がユードリックと合流する前日のこと。
コルドイの郊外にある屋敷に、4人の男が集められていた。そして、その4人の男を集めたのは、金髪で背が高く、端正な顔立ちの男。
それともう1人、顔や体など、素肌がどこからも見れないほど全身を包帯で覆った、2歩の大きさを越える身長と隆々とした肉体を持つ男である。
そして、それらの男達は皆、ほとんど同じ服装である。黒のような深い緑を、金の縁であしらったもので、それらの装いの名を
集められた男達は、東方より伝わるという反省の姿勢、セイザを強要されていた。
それらを、目すら包帯でおおわれた男が眺めながら、声帯ではないどこかから声を発した。
『愚かしい…主上にどのように顔向けできるか…』
深く、重い声だった。
そして愚かしいとは、セイザさせられている男達に向けられた言葉である。
それに続き金髪の男が口を開く。
「全くだよアルゲイン。こんなくだらない悪事を働くなんて、僕らを馬鹿にしているね」
金髪の男は、アルゲインと呼ばれた包帯男より、頭ひとつ分小さい。
いや、アルゲインが大きすぎるのであって、彼は十分に大きい。
故に、そこから発せられる威圧は、まさに上位者が相手を萎縮させようと放つものに感ぜられた。
「さて、上官の君はどんな言い訳をしてくれるのかな?」
集められた4人の内、1人は3人の上官だった。
「もっとも、もう調べはついてるんだ。
「ち、違うのです!奴らが、我らの名を汚す悪党だったのです!」
とうとう、耐えきれなくなった上官は口を開いて言い訳を口にした。
「黙れよ。悪党は貴様らだ。調べはついているって言ったじゃないか。処刑は免れないね。…さてアルゲイン、どうしようか」
『……私の平手打ちか、実験だな』
「素晴らしい!それで手を打とう!」
金髪の男は手を叩いて賞賛した。
「え、エッシェンバッハ閣下、アンダーソン閣。処刑方法はその2つから選ばせていただけるので?」
尋ねた上官に、アルゲインこと、アルゲイン・アンダーソンはぐいと顔を近づけた。
包帯に覆われた向こう側から、ひゅうひゅう呼吸の音がした。
『本来ならば問答無用の処刑だが…主上ならば、貴様らの行いにも正しさがあると言うだろう…金は生きていくには必要不可欠。いくらあっても足りんものだ。どれだけ欲しくなっても仕方がないと…だからこそ、我らの正しさと貴様らの正しさがぶつかる訳だが、それを責めることはできん』
故に、選ばせてやるのだ。
アルゲインはそう言った。
「なら!私は実験は嫌です!」
叫んだのは上官ではなかった。3人のうちの1人だ。
『ならば、平手打ちでいいんだな?』
「は、はい!そちらでお願いします!!」
彼らの掟には、同じ罪において二度以上罰を与えてはならないと決まっていた。
処刑とはいえ、たかが平手。これで生き残れば、死ななくて済むのである。
『カーマルクス。後始末は…』
「もう呼んでおいた。後でやってくれるさ」
『ならば遠慮は要らんな…《
「ぐっ…ぎゃああああ!!か、体が!勝手に!」
足が痺れて立てない男の体が、勝手に立ち上がり激痛を起こした。
立ち上がらせられた男に、アルゲインは容赦なく右手を振り上げた。
『《修羅》』
そして勢い良くその手を振り抜いた。
それは、尋常ではない結果をもたらした。
まるで男にぶつからなかったかのように、一切速度が衰えず手が通り過ぎた場所には、男の姿は無かった。
しかし、次の瞬間激しい音が響き渡る。
残された男たちが音の方を見やって、音の正体を知った。
叩き飛ばされた男が、その方向の壁に激突した音だったのだ。
平手を受けた男にもはや命はないだろう。首はどこかに飛び、全身があらぬ方向に曲がりくねっていたために。
一方で、部屋には一切ヒビなどはなかった。
魔導で補強された屋敷である故に、頑丈さが傷を防いだのだ。しかし、そんな硬い壁に向かって飛ばされてしまえばひとたまりもない。それはたった今死んだ男によって証明されていた。
『次は誰が平手打ちを受ける。実験行きでもいいが』
「じ、実験です!私は実験に参加致します!」
「わ、私もです!」
そして残りの男達は皆実験を選んだ。
あの平手で死ぬよりは遥かに良いと考えて。
『ではカーマルクス。私は奴らを連れて行こう。お前はどうする』
「被害にあった組合員には既に謝罪が済んでいるからね。出発してしまったという護衛対象に謝罪しに行くとしよう。名前は確か…」
カーマルクス・エッシェンバッハは懐から1枚羊皮紙を取り出し、文字を一列ずつ指でなぞり読んでいく。
「ああ。アストン商会のユードリック氏だね。行先はスルトスだ」
カーマルクスはにこにこと笑い、アルゲインに顔を向ける。
「明日には着くのか。僕も今日中には出なくちゃね」
『今行かんのか』
「コルドイの子爵も僕らに喧嘩を売っているみたいだから、始末していかないと」
『消すのは当事者だけにしておけ』
「勿論だとも。僕らの正しさを履き違えちゃいないさ」
痺れた足が無理やり動かされ、男達がぎゃあぎゃあ騒ぎながら部屋を出て行かされる。
それに続いて、2人も部屋を去る。
残っていたのは、壁にこびり付いた男と、掃除しに来た他の人員だけだった。
14
少し早いですが、昼食をとりませんか。
商会を出た3人だったが、ユードリックはルヴィアとレクリルに、まず昼食を勧めた。
特別空腹でもなかったが、12の時も近く、今から買い物に出ても中途半端な時間で昼食を摂ることになりそうだと思った2人は、その提案に乗ることにした。
2人の頷きに喜んだユードリックは、早速飲食店へ案内した。
「ここです。我が商会が出資している食堂でして、良いものが揃っているんですよ。まだ昼前ですから、態々商会の名を使わなくても、席が空いているでしょう」
「うん。いい匂いだねっ!ルヴィア!早く入ろうよ!」
「わかったわかった」
連れられて入ってみると、中は広く、席も多かった。しかし、ユードリックの言った通り、時間帯故かどの席も空いていた。
だがそんなことよりも、よく目立つ物。いや、者が目に入った。
テーブルに帽子と大量の料理を置いて、次から次へとその料理を口にしている男がいたのである。
その料理で複数のテーブルを占有しているため、非常に目立つ。
金髪で、あくまでも背の高い、この辺りでは見ない仕立ての、縁を金であしらった深い緑の服を着た男。
そんな風貌であったが、それを見ていてルヴィアは背筋が凍った。
直感と感覚で分かったのは、その男がとんでもない技量の魔導師であるということ。
恐らく、ルヴィアを越える技量をもっており、戦って勝てるかどうか分からなかった。
「ルヴィア!ルヴィアってば!どうしたの?あの大食いさんが気になるの?」
「…え?ああ!ごめんなさい。そうなの。気になることがあって…」
レクリルに話しかけられて、ルヴィアははっと我に返った。
そうだ。別に今、争いになる訳では無い。
彼が自分より強いからといって、それで何かある訳では無いのだ。
「多分、あの人は私より強い」
「え!?そうなの?どうして分かるの?」
「なんとなく」
「な、なんとなく…でも、ルヴィアが言うなら間違いないね」
そうして話している間も、男はばくばくと料理を平らげていた。
「お二人共、こちらの席へどうぞ。おすすめの料理を注文致しましたから、楽しみに待っていてください」
「あ、ええ。ありがとう」
「ありがとう!」
とりあえず、男のことは置いておき席に着くことにした。
「本当にいい匂い。楽しみだねぇ」
「はっはっはっ。匂いだけでも気に入って頂けたようで嬉しい限りです。ですがまだこれからですよ」
「楽しみね」
わくわくとした雰囲気がテーブルに溢れる。
そうして待っていたテーブルに、美味しそうな料理が次々と運ばれてきた。
「わー!これ美味しいーー!」
「あら、これも美味しい。川の魚かしら」
「ええ。そうなんです!北の川の魚でして…」
早速料理を口にして、思い思いに感想を語り合う。
いつの間にか食べ物を待っていた胃袋が、満足げに料理を飲み込んでいく。
しっとりとした食感のものや、歯ごたえのあるもの。またどれも味わい深く、飽きがこない美味しさだった。
しかし、ユードリックとレクリルが夢中になって食べている間も、ルヴィアは金髪の男から意識をそらさなかった。
そして、意識をそらさなかったおかげで、すっかり料理を食べ終えた男が、テーブルに近付いてくるのをはっきりと認識した。
「ユードリックさん。あの大食らいの人がこっちに来る」
「ええ?何の御用でしょう」
互いに言葉を聞き取れる距離に来ると、男は声をかけてきた。
「失礼。もしやあなたはアストン商会のユードリック氏では?」
「は、はい。確かに私はユードリックですが、なにか御用で?」
それを聞いた男は、貴族ぜんとした動きで優雅に頭を下げると、言葉を続けた。
「申し遅れました。僕は
「戴天党のカーマルクス…まさか!"煌公"カーマルクス!?」
「おや、僕のことをご存知ですか」
戴天党
何かがルヴィアの中で引っかかった。
失った記憶の中に何かが蠢いている。
しかし、それきりなにも浮かばない。
「昨日コルドイにて色々ありまして、ユードリック殿にお話をするために飛んで参ったのですが、お客様をご案内している様子」
「ええ。すみませんが後で別にお時間をとりましょう」
周辺の立地についてはレクリルから聞いている。昨日コルドイで何かあったとして、今日スルトスに到着できるだろうか?
彼が検問不要門を通れるのだとしても、異様な速さだ。
まさか、飛んできたって、本当に
不思議な邂逅であったが、カーマルクスはユードリックとの話をそれで終わりにし、店を後にした。
ルヴィアはあの不思議な引っかかりを確かめるためにも、後でレクリルに、戴天党なるものについて聞いておこうと決めた。
15
そうして昼食を終え、ルヴィア達は早速買い物に向かうことになった。
早めに昼食を摂ったおかげで、12の時を半分ほど過ぎた時間から行動することができて、混雑を避けられるのは良かった。
道中、ユードリックは
「私が父から案内を任された理由は、お2人を当商会専属にスカウトさせる目的だったのですよ。しかし、お2人は旅への決意が固いご様子。その道を塞ぐことは私にはできません」
と、素直に告白し、誠実に2人の旅の行く末を祝福した。
ともあれ、もともとユードリックは悪徳な男ではないので、ここまで素直に話さなくてもルヴィア達からの評価が下がったりすることは無いのだが。
「着きました。ここが銀の穂亭になります。既にお2人のお部屋は取ってございますから、ゆっくりとお休みになってください」
買い物を終える頃には、時刻は3の時を半分以上回っていた。そしてユードリックに、高級そうな雰囲気の宿に案内されたのである。
銀の穂亭というその宿は、アストン商会のように、壁が清潔感のある白であり、掃除も欠かしていないようだった。
「ここまでありがとう」
「助かっちゃった!」
「いえいえ。この程度、当然のこと」
「また、機会があったらお世話になってもいいかしら」
「勿論にございます。それでは、私はここで失礼します」
ユードリックは商会に帰っていき、ルヴィア達は宿に入ることにした。
部屋には天にも昇る心地のベッドが備え付けられていて、思わず夕食前に眠ってしまいそうであった。
レクリルは、そうはいくまいと気を強く持って、なんとかベッドから脱出したほどだ。
しかし、夕食の時間までだらだらしているというのも勿体ないので、2人は食堂でだべりながらその時を待つことにした。
「レクリル。
「戴天党?戴天党っていうのは…いまいち正体が掴めない宗教団体に近い団体かな」
「宗教?」
「神を崇めてる訳じゃないけどね。彼らは戴天党が定めた
だが、その掟を要約すると、戴天党の最高指導者が最も正しく、彼を信奉するべしといった内容になるらしい。
「戴天党は30年くらい前から徐々に力を増してきたんだけど、それよりずっと前からあるみたい。最高指導者が代替わりしてても不思議じゃないんだけど、掟が改定されたことは無いんだって」
「不思議な話ね…」
「しかも、今では帝国周辺の主要国家を実質的に支配してるんだよ。最高指導者に次ぐ力を持つ、4人の特級指導者が、それを支えてるの」
特級指導者?
そう言えば、カーマルクスは自身を特級指導者であると名乗っていた。
「そう。さっきの彼も、その特級指導者。私が知ってるのは特級指導者までで、最高指導者のことはよく知らない」
レクリルは1人ずつ説明していく。
4人の特級指導者は、それぞれ名を、
"煌公"カーマルクス・エッシェンバッハ
"顔無"アルゲイン・アンダーソン
"沈黙"リリアリス・テテューヌ・キアラート
"隻角"プリケ・アイロニー
という。
最高指導者について、何か一つでも知っていることは無いのだろうか。
「うーん。そういえば…」
「なにか思い出した?」
「こんな字名で呼ばれてたと思う。確か…」
"天意"
「天意のなんとかって呼ばれてたよ」
「天意…」
天の意志とは。
果たして、最高指導者とやらは、何を天意だと主張しているのだろうか。
そして、自分の中に妙に引っかかったものはなんだったのだろうか。
深く考え込む前に、夕食の時間となってしまった。
その夕食が美味しかったので、細かいことを考えるのは明日にしようという気持ちになったルヴィアは、部屋に戻ると、その気持ちの良いベッドに倒れ込み、深い眠りに落ちていった。
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