16~18〈爆裂〉

16


明くる日、宿で朝食を食べていたルヴィア達の元に、アストン商会から使いが訪ねて来た。もう数泊したければ、アストン商会の名で部屋を取るといった内容の伝言だったが、レクリルと相談し、今日の10の時には街を発つことにしたので、ユードリックらにはそう伝えて貰えるよう頼んだ。


そして朝食を食べ終わった2人は、組合ギルドという場所へ足を運んだ。

この組合という組織は、街中から困ったことの解決や、供給の足りていないものの納品などの依頼を集め、登録している組合員に斡旋する場所だという。


今回、レクリルはグラトの森で薬草を採取してくる依頼を受けており、その報告を行うのだ。そしていざ組合に辿り着いてみると、大きく、頑丈そうな石造りの建物だった。

いざとなればここが避難所となるらしいので、相応の建築を行っているのだろう。


早速入ってみると、酒場が併設された内部には人がごった返していた。早い内に街を出るということもあり、同業者が依頼を受ける時間帯での報告だからである。

しかし、そんな人混みであっても、報告と受付では窓口が違うため、ほとんど並ばなくて済んだ。


受付の女性係員は美人の働き者で、レクリルから提出された書類を、テキパキと手元の書類と照らし合わせていた。


「ここで依頼を受けた物品を提出するんだよ」


確認を終えた係員に、レクリルは虚空庫から薬草を取り出して提出した。綺麗に束で分けられている、丁寧な仕事ぶりの分かる品だった。


「確認致しました。シデナ草5束の納品で、処理します。こちらが報酬金ですね。銀貨15枚になります」

「どうもありがとう」


報酬金を受け取ったレクリルは、一仕事終えた達成感を味わう顔つきだ。

カウンターから離れたところで、疑問を投げかけた。


「ただの薬草採取にしては、随分お金がもらえるのね」

「へへーん。これを見てちょーだいっ」


レクリルは手のひらサイズのカードを差し出した。

そこにはレクリルの名前と、幾つかの数字が記されていた。


「これは組合員が持つカードでね。ここに書いてある数字は、適正検査の結果なんだよ。私のカードには、運搬10、採取8って適正が書かれてるの。1から始まって、10に近いほど適正が高いって感じね。採取の適正が8あるから、割のいい採取依頼が受けられるんだっ」

「なるほどねー。向いている仕事をしっかりこなせば結構儲かるのね」

「ルヴィアも登録しておいたら?」

「適正検査はすぐ行われるの?」

「あ、そう言えばそうなんだよね…これから街を出るつもりだし、お金ならあるから仕事を受けるでもないし、今は登録しなくてもいいね」


早急に必要ということでもないので、組合という物を確認出来ただけで満足だったルヴィアは、登録はしないでおいた。


組合での用も終わり、2人は建物を出た。

とそこへ声を掛けてくるもの達が居た。

街道で出会い、共にスルトスまでやってきたザックの一統だった。


「やぁ、お2人さん、奇遇だなぁ!組合で仕事でも受けてきたのか?」

「元気そうね、ガステット」

「おはよう。ううん。仕事の報告だけして出てきたところだよ」

「僕達はこれから仕事を受けるところですよ」


ルヴィア達が会話の中で、今日には街を出ることを伝えると、彼らは2人の旅の行く末を祝福してくれた。

二度と会うことは無いということも無いだろうが、旅は出会いと別れの連続だ。

名残惜しさを感じながらも、一行はそれぞれの道に戻って行った。


街を出る門に向かい始めた時刻は、9の時を半分過ぎた頃である。


あの門を再び潜れば、いよいよ名も無き旅団の旅が始まる。

旅団の名は、もっと仲間が増えてから、みんなで話して決めたい。

と、レクリルは言っていた。

良き縁に巡り会えるようにと祈りながら、2人は街を出たのだった。




17



スルトスから次に2人が目指すのは、街道を南に下りながら森を回り込み、さらに北に進むことでたどり着ける、カイゼルという街である。

西側に山脈が広がっており、鉱物資源で益を得ているという。


「グラトの森をつっきれれば4日で着くでしょうけど」

「流石に無茶だもんねー」


スルトスとカイゼルは、直線の距離で言えばコルドイからスルトスまでの2倍程度だ。馬で行けば2日となる。

しかし、グラトの森の東側と西側に街があり、真っ直ぐに進もうとすれば、森の深層を横切るしかない。


「グラウルフよりずっと強い魔獣がわんさか出てくるような場所なんて、無理に通れる人はそういないよ」

「私でも遠慮したいもの。あれを横切るなら、空を飛べるか、魔獣をものともしない超人でないと」


森を回り込むルートでは、馬に乗って街道沿いに進むと5日から6日ほどかかる。

徒歩では10日近くだ。

ルヴィアとレクリルはその分の食料などをしっかり買い込んでいたので、道中に関しては歩き疲れのみが問題である。

お金は沢山あるが、それでも馬と馬車を買い、さらに維持するとなれば、到底足りるものでは無い。



とその時



「……この先になにか居る」

「え?音はあんまりしないけど…」

「すごい量の魔力を練ってるわ」


歩きながら話していた所に、濃密に練られた魔力の気配を感じ、ルヴィアは警告を発した。


「魔獣に練れるようなものじゃないわね。誰かが居るみたい」

「なんのために魔力なんか練ってるんだろう?慎重に近づかないと」


そうして2人は、街道をゆっくりと歩いていった。

そして、魔力の気配がレクリルにも感じられるほどの距離に近付いたころ、魔力を放つ者の正体を見つけた。


「あれは…"煌公"…?」


そこに居たのは、直立不動で瞑想し、静かに魔力を練り続ける、カーマルクス・エッシェンバッハであった。


「な、なにしてるんだろう?」

「…ちょっと、声をかけてみる」

「ええ!?大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫よ。それに、少し話したいこともあるし」


戴天党ハイペリオンに所属するというあの男と話せば、何か記憶を思い出せるかもしれないと期待して。


ルヴィアは彼に声をかけた。


「……"煌公"の…カーマルクスよね?こんな所で何をしているの?」

「…おや、あなたは…ユードリック氏のお客様だった方ですね。あなたも、僕のことをご存知のようで」

「そうね。名前だけなら」

「こんな美しい女性に覚えて頂けているとは光栄です。ところで、お名前をお聞きしても?」

「…そうね…ルヴィアよ」

「では、ルヴィアさんと。あなたのような美女との出会いを祝して、ご一緒にディナーでも食べたいところですが、この後は忙しくて…残念です」

「それで、こんな所で魔力なんて練り上げて、何をしているの?」


大袈裟なポーズをとりながら、キザなセリフを口にするカーマルクスであったが、ルヴィアはブレずに再び質問を投げかけた。


「ええ。ハーリオンにて、戴天党ハイペリオンの集会がありまして。今から向かうところだったのです。名残り惜しいですが、本日中には顔を出さないといけませんので、これにて失礼。それと、少し耳を塞いだ方がよろしいでしょう」

「え…?耳?」


その瞬間、カーマルクスの練り上げられた魔力が唸り始めた。

それを察知して、話を聞いていたレクリルとルヴィアは、咄嗟に耳を塞いだ。

次の瞬間、複数の爆発音が聞こえる。

ルヴィアが見上げると、そこには、閃光と共に空を歩く、カーマルクスの姿があった。


「《推進爆破アクセルブラスト》」


そしてカーマルクスは、そのまま空を飛んで、森を上空から越えていく。

目を開けられないほどの閃光に怯む、ほんの数秒で、その姿は空の彼方に消えてしまった。



18



ルヴィアもレクリルも、数分はその場から動けなかった。

余りにも唐突な出来事だったために、思考を停止させられてしまったのだ。


「と、飛んでった…」


レクリルがようやく絞り出した声は、そんな一言だった。


「とんでもないわね…どれほど細かい魔力制御があれば、あんな芸当ができるのよ…」


カーマルクスがやったことは、言葉にすれば単純だ。

酷く威力のある魔導を自身の下に向かって発生させ、それを推進力に空を飛ぶという強引な飛行である。

しかし、それを行うには並大抵の魔力制御では不可能だ。

推進力を得るほどの魔導を足元に放てば、一歩間違えば足を失うことになりかねない。

発生する力を全て一方向のみに振り分け、更に自身の足に負担が少ないような、絶妙な出力を保たねばならない。


「あれが戴天党の特級指導者…」


ルヴィアも2歩くらいなら、空中を踏んで跳躍することが出来る。しかしそれは、自身の足の裏に付いた砂や土などを宙に停止させ、それを踏み台にするという働きだ。彼女の魔力制御では、空中を自在に飛び回るような真似は出来ない。

そして彼は、今日中にはハーリオンに着くと言っていた。自在の制御に加え、速度まで常識外れだ。


「今日中にハーリオンに着いちゃうなんてすごいねぇ」

「ほんとにね…あんなのがあと3人もいるなんて、どうなってるのよ」


王都では集会が行われるという。

最高指導者は、特級指導者を集めて何をするつもりなのだろうか。


「一体、何者?」


戴天党との接触は、ルヴィアの中に再び多くの謎を生み出すのみに終わってしまった。

とにかく、それらの整理は後回しにし、2人は先を急ぐのだった。

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