10~12〈アストン商会〉

10


スルトスまではほんの一時であったから、馬車の速度に合わせて小走りしても、少し無駄話をする余裕があった。

そのほんの一時に色々な話が出た。


自分達がメンバー二人の未だ名前もない旅団(そもそも旅団を目指しているのであって、全く団とは呼べない規模だが)であること。ザックらも、今は一統に名前が無いのでザックの一統と名乗っていること。

レクリルが戦闘面では役に立てないと自白したこと。

ルヴィアに魔導を聞いたザックとガステットの2人に、残りの女性メンバーが「相手の手の内を知ろうとするのはご法度!」と説教したこと。

まだ飯を食ってないから腹が減ったなぁーとか、他愛ないこと。


会話の紆余曲折はあったが、話しているうちに一行はスルトスにたどり着いていた。

見上げるほど大きな壁が街を囲い、出入り口では検問が行われているようだ。驚くほどの列で、商人やその護衛と思しき者たちがずらりと並んでいた。


「では少し待っていてください」


御者のゾームがそう言い、馬車を入口門の脇の小さな門に走らせた。そこで何事かを衛兵に話すと、馬車を停めこちらに戻ってきた。


「皆さんこちらからお入りになれますよ。どうぞ」


とゾームが案内する門には、『検問不要者用通路』と書かれた板がぶら下がっていた。


「我が商会は様々な街で、特別にこういった門の使用を許されているのですよ。もちろん護衛の方々も、我が商会が信頼して雇っているのですから、護衛依頼中に限りこの門を使用することを許されています。さぁさぁどうぞどうぞ」


とはゾームの言である。


「うひょ〜っ!この門通るのは久々だぜ!列に並ばなくていいってのはいいな!」

「確かにね」

「ちょっと2人とも、並んでる側に聞こえるでしょ!後で何か言われて絡まれるのなんてごめんだからね」

「特にガスはもっと声を落としてくださいっ!」


ザックらは全く調子を変えず、この護衛をやり切った。できれば門をくぐる時ぐらいは騒がしくして欲しくなかったが。


「やっぱり大きい街ね」

「村に行く前にこの街でお仕事を受けたけど、入る時は相当並んだよ〜。向こうの列の人達には悪いけど、ラッキーだったね!」

「あんなに並んでいたら自分の番が来る頃には日が暮れちゃいそうだしね。本当に良かった」


分厚い壁に作られた通路を抜けると、出発した時よりずっと高くまで昇った日が、全員を照らしつけた。

ルヴィアは眩しさに目を細め、見上げていた顔を正面に向けた。そしてそこには、大きく、賑やかな街並みが広がっていた。


その様子を後目に、馬車からユードリックが降りてくる。


「皆さんここまでありがとうございました。ザックさん達には依頼コインをお渡ししますね」

「どうも!また雇ってくれたら嬉しいよ」

「ええ。今回はたまたま不運が重なりましたが、皆さんの実力は知っているつもりです。また声をかけさせてくださいね」

「任してくれ!」


依頼コインなるものをザックに手渡すユードリック。握手を交わした後、こちらに向き直った。


「ルヴィアさんとレクリルさんも、お疲れ様です。おふたりは依頼を受けての護衛では無いので、商会の建物でお礼をしたいのですが、宜しければ一緒にまいりませんか。あまり遠くはないので、安心してください」

「なら、お言葉に甘えてそちらに寄らせてもらうわ。レクリルも大丈夫?」

「うん。あ、でも宿とか取っておかないと」

「それならお任せ下さい。部下の者に宿を取らせておきましょう」


もちろんサービスですよ。

とユードリックは笑った。



11


アストン商会は遠目からでも分かる、立派な建物だった。白亜に塗られた外壁に汚れはなく、美しい佇まいだ。


「商会の本店はよく首都にあると思われるのですが、アストン商会本店は、このスルトスにあるのですよ。スルトスで創業してから、モードレッド伯爵にはとても良く見ていただいたそうです。商人は義理堅いものですから、アストン商会はこの街を一大商業都市にしてやろうと、今も尚邁進しております。ああ、私ばかり喋ってしまい申し訳ない」


ユードリックは緊張した様子のレクリルのために喋ってくれていたが、丁寧に謝罪をして、部屋へと案内した。


「では、申し訳ありませんがこちらの応接室でお待ち下さい」


頭を下げ、ユードリックは部屋を出ていった。


「………なんだか落ちつかないなぁ…」

「どうして?」

「ほんの一昨日まで、こんな所に入れるようなことなんてなかったんだもん。それに、ルヴィアの手柄なのに、私まで付いてきちゃってよかったのかなぁ」

「なぁんだ、そんなこと。気にすることないわ。あなたはきっと、おじいさんみたく凄いことを成し遂げる運命なのよ。昨日がたまたま節目の日だったに違いないわ」


実際、仲間を求め旅団を結成したいと考える少女が、ルヴィアのような人に出会って、夢への第一歩に大きく躍進したことは奇跡のような出来事だ。

彼女は運命に愛されているのかもしれない。とルヴィアは思った。


「ええ?そうかなぁ?」

「きっとね」

「私がもしそんな大物になるんだとしても、今の緊張は消えないんだよねー。…そうだっ!いいものがあるんだ」


レクリルは虚空庫から、少しよれた小さな布の袋をとりだし、それを鼻の辺りに押し当てると、すぅーと息を吸い込んだ。


「それは?」

「うん。これは亡くなる前にお母さんから貰ったものでね…いい匂いのする何かが入ってるんだ。でも、必要な時が来るまで開けてはいけないって、お母さんは言ってた。すごくいい匂いで心が落ち着くから、たまに匂い袋として使ってるんだ」


それを嗅ぎ、すっかり緊張の取れた顔でレクリルは語った。

ルヴィアも嗅がせてもらうと、胸のすく清涼感のある匂いがした。そしてそれは、不思議とリラックスできるものだった。


コンコン。


そこへ、ドアのノックが響く。

ドアを開け、入ってきたのは赤毛でほっそりとした、初老の頃の男性と、ユードリックだった。


「初めまして、ようこそいらっしゃいました!私はアストンと申します」

「ルヴィアです」

「私はレクリル」

「ええ!ええ!聞きましたよ!なんでも、ビッググラウンドリザードを倒して、ユードリックを助けて下さったそうですね!本当にありがとうございました!」


握手を交わした後、さぁさぁ掛けてくださいと、アストンと名乗った男性は着席を促した。ルヴィアとレクリルは揃って着席し、ユードリックとアストンも正面に着席した。


「さて、改めて、本日はユードリックを助けて頂いてありがとうございました。まだまだ未熟な息子ですが、これから商会を任せるだろう男です。万が一が無くて良かった!あなた方のおかげです」

「私からも、改めてお礼を申し上げます」


2人は同時に頭を下げた。

ルヴィアがいえいえあれしきのこと、と言った対応をしている間、レクリルは終始あたふたしていた。

頭を上げたユードリック。そしてアストンは部屋の机の上にあった呼び鈴を鳴らした。

すると部屋に、盆を持って使用人がやってきた。盆の上には、いい拵えの革袋があった。


「ぜひこちらを受け取っていただきたい」


アストンが差し出したそれを開いてみると、帝国の金貨が2枚入っていた。


「これは明らかに多すぎです!こんなに頂けませんよ!」


帝国では人一人が一日を食いつなぐのに十分な金額が銀貨1枚だ。金貨は違えど、どの国もだいたい銀貨1枚は銅貨1枚の12倍の価値がある。そして金貨は1枚で銀貨1枚の100倍に相当する価値だ。現在の貨幣価値はレクリルに教わった。

つまり、金貨2枚とは、レクリルと分ければ向こう4ヶ月は何もせずに暮らせる額である。

袋から出てきた金貨を見て、レクリルは固まっていた。


「護衛していただいた分をふくめてですから」

「にしても多いですよ」

「ユードリック。ここは正直に話そうじゃないか。ルヴィアさん、これは我が商会にとって適正の報酬なのです」


聞くところによれば、今日の馬車には商会にとり重要な荷物を乗せていたらしい。

本来はもう一統護衛が付くはずだったが、アストン商会を面白く思わない勢力の妨害か、その一統は仕事に来れなくなったという。

しかし、出発点とスルトスを繋ぐ道には大きな危険は少なく、護衛がすくなることも周りに目立たないというメリットと捉え、出発してしまったというのが事のあらましだ。

そうして油断した結果、ユードリックは命の危機に晒されてしまった。

本来であればユードリックは出発を遅らせてでも安全を取るべきだった。どの世界でも、命あっての物種というから。

本人達曰くその点は自業自得だったが、ルヴィア達にユードリックを助けてもらったため、命も拾い、その上今回の商談も成功しそうだと考えればこの金額が報酬に相応しいという。


「なので、ぜひ貰って頂きたい」

「私からもお願いします」

「…わかりました。ではありがたく頂戴します」

「き…きんか…」

「レクリル戻ってきて」


肩を揺らしてなんとかレクリルの意識を取り戻させたルヴィアだったが、そこへアストンが、ビッググラウンドリザードとベノムグラウンドリザードを合わせて金貨3枚で買い取らせて欲しいと話したため、再びレクリルは停止してしまった。

部屋に通される前、商会の倉庫に2匹の死骸を置いてきたのだが、もう鑑定が済んだらしい。

ベノムグラウンドリザードは単純に素材が高い値段で販売される魔獣であり、さらにビッググラウンドリザードは足と首が綺麗に切り落とされており、剥製としてかなりの値がつくだろうという判断からの値段だった。

実際には2匹合わせて金貨4枚になったというが、1枚分はザック達にわたる。彼らの取り分はもう少し多いはずだが、命を救ってもらった礼をしたいと、ユードリックに相談していたようだ。


すっかり何かを喋る力を失ったレクリルは、その後はうんうんと曖昧に頷き、大人しく金貨3枚を受け取っていた。



12



「しかし命の恩人に対して謝礼が金銭だけとなれば、我が商会の名に傷が付きます。他になにかありましたら、なんなりと仰ってください」


アストンがそう言うので、ルヴィアはレクリルに代わって、買い物の事を話した。


「勿論任せていただきたい。当商会が運営している店舗は、調味料も食料品も日用品も服も全て取り扱っておりますから。早速案内させましょうか?」

「ええ。ではお願いします」

「では、ユードリック。ルヴィアさんとレクリルさんを案内して差しあげなさい」

「はい」

「…ええ?ユードリックさんが?副会長なのに、いいんですか?」

「問題ありませんよ。むしろ当然です」


てっきり商会の従業員が付き添っての買い物かと思っていたが、2人の中ではユードリックが案内することが決まっていたようだ。

しかし、商会の内情に詳しい者が案内してくれると言うならば何も文句は無いので、断ることもしないが。


「ではお願いします。あっ、流石に買い物の代金は支払いますからね」

「おやおや、言われなければご負担しようと思っていたのですが…」


残念そうに言うアストンに、残念そうなユードリック。先手を打って正解だった。


「お2人はまだまだ返し足りないかもしれませんが、こちらとしては十分に頂きました。それでもと言うなら、今後も必要なとき、頼らせてもらうということで」

「ええ。ええ。勿論ですとも。我が商会はいつでも、あなたがたを歓迎致します」


そうしてアストンはまた頭を下げた。

応接室でのやり取りはここまでに、ユードリック、ルヴィア、レクリルは部屋を後にした。

では早速参りましょう。

と案内を始めるユードリックと共に、2人は買い物へと繰り出した。

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