7~9〈スルトスへ向かう道〉

7


暦とは、時間の流れを体系的に表したものである。1から12の月とそれぞれ24の日、24の時間で分かれており、今は9の月の21日だ。

その9の時の辺りで、ルヴィアとレクリルの姿は平原の真ん中にあった。

ある程度太陽は昇っていたが、穏やかな秋の気候は、それほど強く彼女らを照りつけてはいなかった。この頃は夜は寒く、昼は過ごしやすい季節である。


そんな中二人が向かっているのは、グラの傍の名も無き村から南に歩いて4の時を要する街、スルトスである。


「スルトスはどのくらいの人口なの?」

「さぁ……3000人とかかなぁ。毎日人が出入りしてるから、その時々でかわるけど、多い時は5000はいくかも」


それはなかなか大きな街だ。

大都市とは言えないが、商業は発達しているだろう。起きて出立した時刻が6の時であったから、それだけの都市であればそろそろ見えてきてもおかしくない。すでに1時間前から街道を歩いているが、しかし見当たらない。この平原の所々が丘になっており、地平線が高いせいである。


「スルトスはモードレッド伯爵が治めている街でね。モードレッド伯爵は発展にかなり力を入れてるらしいよ。そのおかげだろうね」

「なるほどね」


どうやら良い治世を心がける貴族が領主らしい。街が出来たのは40年前だと言うが、それだけの時間で都市を造り上げる手腕には、驚愕せざるを得なかった。


「それにしても、レクリルは随分と詳しいのね」

「へへーん!一度頭に入れたことは忘れないんだ」


レクリルは得意げにそう言い、数回跳ねて歩いた。西向きに傾いた影は合わせて揺れていた。

そしてその時、彼女の着地に合わせて、何度か地響きがしたように感じた。

もちろん、レクリルが重くて地面が揺れたなどという訳では無い。


「……?なんだろう?」


レクリルも気づいたのか、耳をぴこぴこと動かして、当たりを見ていた。


「地震って感じではなかったね」

「ちょっとまってね、今聞いてみる」


レクリルは意識を集中し、耳をあちらこちらに向けて動かした。彼女はこうして意識を聴覚に集中することで、普通なら聞こえない離れたところの音も聞き取れるのだという。


そして、10秒ほどでレクリルは答えを出した。


「街道の先だ…たぶん、ビッググラウンドリザードと戦ってる人達がいる」

「ビッググラウンドリザード?」

「頭から尻尾まで、10歩はある大きなトカゲの魔獣だよ。大きな身体を持ってるってだけで危ないけど、爪も鋭いし、牙もあるんだ。それに図体に似合わず反射神経もいい」


この先は丘に遮られて見えないが、地響きも感じられたために、そう遠くないだろう。


「助けに行く?」

「街道の先で戦ってるのよね?なら普通に進んでいてもすれ違うことになるし、目に入った時点で危ないようなら助けるってことでいいんじゃない?」

「そうだね」


そう滅多にあることでは無いが、助けたにも関わらず、横柄な態度で物を要求する輩は存在する。また、助けるフリをして襲われている側をさらに襲うような盗賊まがいの者も存在する。

こちらも油断出来ないし、あちらも油断出来ないだろう。

見て見ぬふりが一番無難な場合も多いが、様子を見てから決めることにした。


「一応少し急ごう!間に合わなくなるかも」

「そうね」


二人はまず姿を捉えるため、丘を駆けのぼっていった。




8



登りきった丘から見下ろすと、なるほど、大きなトカゲがいた。戦士や魔導士と思しき4人がトカゲを前に苦戦しているように見えた。

さらに、傍に馬車があるが、興奮した馬を抑えようとする御者の姿があった。


「あ、あっちを見て!」


レクリルが指さす方には、毒々しい色のビッググラウンドリザードの死骸が横たわっていた。


「あの人たちもなかなか強そうだけど、ベノムグラウンドリザードと連戦して、消耗してるみたい」

「ベノムグラウンドリザード?」

「ビッググラウンドリザードの変種で、毒の息を吐いたり毒の爪で引っ掻いたりするの。きっとあの人たち、毒の息を浴びちゃったんだよ」


確かに苦戦している4人は、本来なら楽にトカゲを倒せる技量を持っていそうだ。


「ルヴィア!」

「ええ。助けましょう!」


レクリルを丘に残し、ルヴィアは高速で駆けて丘を降っていった。一番浅い所に着くまでにかかった時間は、ほんの少しである。

幸い、トカゲと戦っていた4人がこちらに気付いた様子だったので、ルヴィアは声を掛けた。


「助太刀は必要!!?」

「腕利きなら!頼む!!」


斧を持ったずんぐりとした髭顔の男が返事をした。ルヴィアよりずっと大きな声だった。


それを聞くや否や、ルヴィアはその場から跳んだ。2歩、3歩と走り、トカゲの懐まで肉薄した。


「危ないっ!!!」


誰かがそう言ったとき、それが予言であったかのように、振り下ろされたトカゲ右前脚がルヴィアの頭上に猛然と迫った。しかし


「《動作停止モーションストップ》」


ルヴィアの唱えた魔導で、その爪はピタリと宙に静止した。続く動きで、ルヴィアは振り上げられた前足を切り落とす。降り注ぐ血がかかる直前に、ルヴィアはさらにもう一方の脚、つまり左前脚を切り飛ばしながら回転して移動した。

前足の両方の肘より先を失って、前のめりに倒れてきたトカゲは、4歩ほどの高さに首をもたげた。それでもなお剣の届かない高さに頭があるとは、驚くべき大きさの魔獣である。


「《停止跳躍ストップステップ》!」


そしてその首を狙うため、ルヴィアは何も無い空中をも蹴って跳躍し、トカゲの体高を優に超える高さに到達した。

それを爬虫類特有の目で睨んでいたトカゲであったが、勿論ろくに抵抗が出来るわけもない。

やがて重力を失ったように舞っていたルヴィアが、再び地上に帰ってくる瞬間が訪れる。その高さから出る威力を存分に活かした一撃が、グラウルフの首をはねた時と同じように、流麗な三日月型となってトカゲの首をはねた。

そして戦闘の開始から決着まで。それらの時間は、周りの者にはまるで刹那の様に感ぜられる程度のものだった。


剣を一振すると、地面に向かって飛んだ血が、パタタとしみを作った。

綺麗になった愛剣を鞘にしまい、ルヴィアは戦闘を見ていた彼らに向き直った。


「怪我はないっ?」


返事はなかった。

皆口をあんぐりと広げていたから、それを閉じる動作が先にきて、返事するタイミングを失ったためだった。


そして、またあんぐりと口を広げた。




9



それから彼らは助太刀の礼を言い、それぞれ名乗った。

ずんぐり体型の髭面は山の民のガステット。

黒髪で短髪、ルヴィアより少し背が低い男がリーダーのザック。

ローブを纏った痩せぎすの茶髪魔導師がファム。

そして明らかに何かで染めている桃髪をもち、小さなメイスを握りしめた女の子がシンシアといった。

ガステット以外は人間で構成されたメンバーだった。


互いに自己紹介がおわったあたりで、レクリルがようやく丘を降ってきた。


「ルヴィアーっ!」

「紹介するね。あれがうちの団長。兎の獣人のレクリル。レクリル、ちょうどいいところに来たね」

「どーもっ、どーも!レクリルといいます!」

「おう!ちょうどそいつを聞いたところだったぜ。俺はガステット」

「僕はザック。よろしく」

「私はファムよ」

「シンシアといいます。よろしくお願いします」


4人はレクリルにもそれぞれ名乗り、事のあらましを語った。


「いやぁ、本当にたすかった。1匹目に手こずった時に負った毒を回復するだけの時間がなくて、危うく2匹目にやられる所だったぜ」

「にしてもルヴィアさん。凄いね!女性なのに背が高いし、それにとんでもない腕利きじゃないか!」

「ちょっと。ザック」

「ああ。ごめんなさい」


立て続けに話そうとするザックをファムが制止する。そしてそれを見て、ガステットとシンシアはくすりと笑った。そんなやり取りだけで、彼らの仲の良さが分かるものだ。


「あ、ゾームさん」


シンシアが声を掛けた先には落ち着かせた馬に馬車を引かせ、こちらにやってくる御者が居た。


「ゾームさん!見てましたか!?このルヴィアさんの凄まじい活躍!」

「ええ、ええ。勿論ですとも。思わず見惚れてしまいましたよ。主もそう仰っておりました」

「ああ、ユードリックさんも見てたんですね」

「ザック!紹介が先でしょ!ルヴィアさん、彼はアストン商会の御者で、ゾームさん」


すかさずファムが、ザックを遮った。


「よろしくね。ゾームさん」

「ルヴィア殿でしたな。どうぞよろしく」

「それで、彼女がレクリルさんよ」

「ど、どうも」

「レクリル殿も、よろしくお願いしますぞ。ところで、我が主も、あなた方に会いたいと申しております」


ゾームがそう言ったところで、馬車から1人男性が降りてきた。赤髪で整った顔立ちの、まだ若い男だ。


「ちょっとゾームさん。主っていうのやめてくださいよ。僕はまだ会長じゃないんですから」

「おお、これはすみませんユードリック様」


彼はルヴィアより拳1つ分背が高く、仕立ての良い服を着ていた。


「初めまして、私はユードリックといいます。アストン商会の会長代理…まぁ、副会長を勤めています」

「副会長!?あっ、ごめんなさい。私はレクリルですっ」

「ルヴィアです」

「ええ。よろしくお願いします。レクリルさんは我が商会をご存知のようですね」

「もちろんですよ。帝国1の大商会じゃないですか!」

「ははは。そうは言っても貴族などではありませんから、そんなにかしこまらなくても良いですよ。それに、あなた方は命の恩人だ」


ルヴィアはもちろん知る由もなかったが、ユードリックはアストン商会の会長、アストンの息子であり、将来は商会を任される立場にあるという。


「私も拝見していました。ルヴィアさん。あなたの腕は実に素晴らしい。宜しければ、御二方もご一緒にスルトスに向かわれませんか?できれば、街でお礼をさせて頂きたい」


レクリルとルヴィアにとっては願ってもない誘いだった。スルトスでは買い物をするつもりであったので、ついでに商会の世話になれば、手間もかからなくて良いと思われたからだ。


「分かった!じゃあ一緒に行こう!ね?ルヴィア!」

「ええ。もちろん」

「それは良かった。スルトスはここからほんの一時で着きますが、これほどの腕利きですから、お礼とは別に報酬もお支払いします。ですので、よろしくお願いしますね」


報酬は断ろうかと思ったが、考えてみればルヴィアは金銭をもっていない。一応村から幾ばくか貰ったが、殆どは食料だった。買い物もレクリルに頼りっぱなしになるよりは、自分の金を持っていた方がいいと考えたので、有難く受け取ることにした。


「あんたらがいりゃあ安心だな!」


などとガステットが言っているのを聞いて、レクリルは少し困った顔をしていた。

うちの団長なんて紹介したために、レクリルも相当の実力者と思われているようだった。


出発の前に、2体のトカゲの死体をレクリルが虚空庫に収納した時はかなり驚かれていた。ユードリックは、街に着いたらぜひトカゲを買い取らせて欲しいとレクリルに頭を下げていた。

ベノムグラウンドリザードはザック達のものなので、その代金は彼らに渡すことを約束し、買取に応じることになった。

そうした細かいやり取りを終え、一行はいよいよスルトスに向けて歩き出した。

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