4~6〈彼女がルヴィアとなった夜〉

4


ここまでが記憶を失ってから、そして意識を失うまでの記憶だった。

焚き火に当たりながら思い出していた時間はほんの数秒である。

そしてそれは、彼女に記憶が無いことを聞いて驚いていたレクリルが、ちょうど再起動するまでの時間となった。


「もしかして、記憶喪失っていうの?」

「うん…たぶんね。私、魔力孔から落ちてきたみたいで」

「魔力孔!!」


先程の衝撃を越えた驚きがレクリルを襲ったようだった。

冷たい風で縮こまっていた耳を大きく揺らしていた。


「魔力孔から誰かでてくるなんてっ!てっきりおとぎ話だと思ってた」

「……でも、どうして魔力孔から出てきたのかは分からないの…」

「そっか。記憶が無いんだもんね」


記憶を失っていなければ、きっと彼女は話を聞きたがったろう。

どこから来たのか、未来か、過去か、それとも別の世界か。

しかし、覚えていないものはしょうがない。

だから、レクリルも直ぐに引き下がった。


「……ところで、今日はありがとう。あなたは命の恩人ね!」

「大袈裟よ。私はただ、無我夢中で…」

「謙遜しちゃダメだよ!おかげで私も、メアリーも助かったんだから!」


そうだ。

そういえば彼女は、レクリルは村娘の少女と一緒だった。

名前はメアリーと言うらしい。


「あの娘はどうしたの?」

「森の出口のすぐそばの村の娘でね。今は村で休んでるよ」


夜の暗さに慣れてきた目で見回してみると、なるほどここは離れたところに村が見える位置の草原らしい。

村の向こうがわには森が広がっていた。


「もともと日帰りの予定だったんだけれど、急に倒れちゃった恩人を放っておくなんて出来ないし、野営の道具があって良かったよぉ」


聞くところによれば、村には空いている所がなく、レクリルや自身を休ませることが出来なかったらしい。

しかし村の娘を救って貰ったために、食料や金品をくれたそうだ。


「私の為に野営までしてもらって……ありがとう」

「え!いやそんな!大したことじゃないよ!私の魔導が物の持ち運びに向いてるから、野営の道具もいつも持ってたし!手間があったわけじゃないし!何より恩人を野営させることになってむしろ申し訳ないし!」


少し頭を下げただけで、レクリルは早口でまくし立てた。

恩人に頭を下げさせるのを、とても恐縮に思っている様子だ。


「そんなことよりほら、私の魔導!【虚空庫】って言うんだけど、生き物以外ならたくさん入るバッグみたいなものなんだ」


これ以上謝らせまいとレクリルは話題を変えてきた。そして、左手の上に黒い渦を生み出した。

いじわるはやめて、普通に話すことにした。


「その黒い渦、あの獣の攻撃を防ぐときにも使ってた魔導ね」

「うん、虚空庫は生き物は手首までしか入れないから、一瞬だけなら壁として使えるんだ。でも、無理やり入ろうとしたりすると虚空庫自体が直ぐに消えちゃうんだけどね」

「凄い魔導ね。とても便利そう」

「ものの持ち運びにはね……そうそう!魔導といえば、あなたの魔導も凄かった!あのグラウルフがピタッと止まって!」



レクリルの魔導を教えてもらったし、自身の記憶が戻るのきっかけになるかもしれないため、知識の整理ついでに魔導の話をすることにした。


「咄嗟に自分も魔導が使えることを思い出したの。私の魔導は【停止】。魔力の少ない生き物や非生物をその場に押し留める力があるの」

「すごく強そう!それに実際、グラウルフの動きを停めてたもの!」


レクリルは興奮した様子で、こうっ!剣もかっこよくて!と剣を振る素振りを繰り返した。





5



「……あんな危険な魔獣がいて、森に近い村は平気なの?」

「いつもは平気のはずだよ。グラウルフは普段このグラトの森の深層に棲んでる魔獣で、こんな浅い所に現れるはずがないの」


魔獣とは、ただの野生動物とは違い好んで人間を襲う魔の眷属である。

200年前に魔神アヴェニューが生み出したとされているが、起源はよく分かっていない。

レクリルによると魔獣は幾つかの危険度に分かれており、

 一般クラス:一般人でも撃破できる

 狩人クラス:狩猟の技術が必要

 戦士クラス:戦闘の技術が必要

 精鋭クラス:戦闘に秀でている者なら撃破できる

 騎士クラス:戦闘技術、装備ともに優れた騎士なら撃破できる

 騎士団長クラス:戦闘技術、装備、以下クラスの騎士などを統率することによる戦力をもって撃破できる

 比較不可クラス:これまでの基準を越え、正確な強さを判断できないほどの強さを持つ。最低でも、騎士団長クラスを優に超える

というように表される。


グラウルフは、群れで現れると騎士クラスだという。


「でも、今日は出てきたわ」


目を向けてみたが、グラトというらしい森は、月明かりに照らされても尚、その中に光を一切通さず、ひたすらに闇だった。


「うん。きっとグラトの森の奥で何かあったんだ」

「なにかって?」

「分からないけど…多分これに関係があるんだと思うの」


そう言って、レクリルは鞄から1枚の羊皮紙を取り出した。

それは、とある掲示板の写しだという。


「グラトの森にはずーっと昔から、【グラの四帝】っていう、それぞれ名前が付けられた強大な魔獣が棲んでたんだ」

「四帝?」

「そう。【破壊帝デギマギウス】、【雷帝アバカント】、【怠惰帝ベルフェ】、そして【悪霊帝ビフロンス】の四体ね。この辺り一帯を治めてるアルゴン帝国の皇帝は、【帝】って付けるのを嫌がったらしいけど」

「写しには何て?」

「四帝は今まで三体倒されて、今はビフロンスだけなの。この写しは、最後の四帝であるビフロンスの討伐作戦に参加する人を募る為に、各地に張り出されたものなんだよ」


なんと。どれも手強そうな魔獣に聞こえたが、既に三体はこの世にないという。

レクリルから聞くところによれば、ビフロンスは幽鬼系という生を持たない種族の魔獣らしいので、こいつもまたこの世のものでは無いが。

このビフロンスの影響で、森の様子がおかしいのかもしれない。


「どうしてレクリルはその写しを?」

「…私もこの作戦に参加しようと思って。魔導の性質上戦闘には向いてないけど、物資を運ぶお手伝いくらいなら出来ると思って」

「どうしてわざわざそんなことを…」


お世辞にも、彼女は強いとは言えない。戦闘に参加する気がなくても、ひょっこり死んでしまってもおかしくない。既に知り合いになってしまったからには、やはり心配だった。


「150年くらい前にね……『新人革命』っていう大きな戦いがあったの」

「新人革命……?」

「そう。私たち獣人や森の民、それから不死族や魔族が、亜人と呼ばれて、只人の下の種族として迫害を受けていた頃。亜人種族を同じ人類の『人種』として扱うよう求めて、迫害に抗ったの」

「それで、『新人革命』……」

「私のひいお爺さんは、その革命の功労者だった。誰も殺さず、でも味方を守って戦い続けたの。ついに革命は成って、それから一族の家訓は、【困っている人を助けること】って決まって、お爺さんの意志を忘れないようにしたわ」


革命の功労者となる。それは普通の人間に出来ることではないだろう。それだけ彼女は、凄い血筋に生まれたのだ。

だが、彼女の両親は既に他界してしまい、それを機に家を出たという。


「私はお爺さんに憧れて、困っている人を助けて各地を巡る、旅団を創りたいんだ。ビフロンスの討伐に参加すれば、かの四帝に苦しめられてきた人たちを助けることができるし、作戦に参加した人の中に、仲間になってくれる人を探せるかもしれないから」

「……そうだったのね」

「討伐作戦に参加したい人は、森を南からぐるっと回って、あと2つ街を越えた先にある王都、ハーリオンに行かなくちゃいけないの。それもあと2の月以内に。路銀が無くなってお仕事で立ち寄ったのがこの村だったんだよ」


ちょうどそんな時に魔力孔から落ちてきたのだ。レクリルも、なんという偶然に居合わせたものだろうか。


「ねぇ、あなたさえ良かったら、私の旅団の一員にならない?」


レクリルは焚き火に目を落としながら言った。相手は命の恩人であるから、少々図々しいと感じながら言ったかもしれない。


「あなたが強いことと、記憶喪失で頼る人がいないってことにつけ込んで、仲間に誘ったみたいで……私って酷いね」


彼女は自嘲気味にそう続けたが、寧ろこちらも彼女を恩人と感じていた。

目の前のレクリルがいなければ、森で野垂れ死にしていたかもしれない。

右も左も分からず、途方に暮れていたかもしれない。そう考えると、レクリルの方が命の恩人なのかもしれないという気すらしてくる。それに、困っている人を助けるという目的に、他人事ではないような不思議な感覚があった。故に、一も二もなくその返事が出た。


「勿論!私もあなたの旅団の一員にさせて。あなたの素敵な夢を、私にも手伝わせてよ」

「……え……い、いいの?」

「うん!よろしくね?レクリル」

「や……」

「や?」

「やったあぁぁぁぁぁぁ!!!!初めて仲間が出来たっ!やったやったやったーっ!!!」


レクリルは立ち上がってはしゃぎ回った。焚き火の周りを走り回り、倒木を飛び越え、舞い戻って小躍りした。

ひゅうと通り過ぎる冷たい風も、まったく気にした様子はない。

ひとしきりはしゃぎ回った彼女は、すっと目の前に戻ってきて、右手を差し出した。


「改めてよろしくね!団長の、レクリルだっ!」

「ええ。よろしくね!」

「…あなたはなんて呼んで欲しい?」

「……えっと…………」


直ぐには思いつかなかった。

うーんと唸ってみると


「じゃあ、私が決めてもいいっ?」


と、レクリルはわくわくした風で聞いてきた。


「……うん。じゃあ、お願いしよっかな」

「そうだなぁー、うーん……じゃあ、"ルヴィア"っ。あなたは今から、"ルヴィア"ね!その白髪にルビーみたいな綺麗な赤い目が印象的だったから」

「ルヴィア……うんっ。じゃあ私は今からルヴィア!よろしくねっ」

「うんっ!!よろしくっ!ルヴィアっ!」


ここに新たに生まれた旅団の2人は、固く握手を交わした。彼女らの団に、名前はまだ無い。




6


弱くなった火に、レクリルは薪を継ぎ足した。ぱちぱちと、たちまち火が薪を呑み込み、元の勢いで空に昇ろうと燃えだした。


「……早く記憶が戻るといいね」

「そうね。なんで魔力孔から出てきたのか、自分でも気になるもの」

「綺麗な剣技だったし、どこかの国で騎士様でもしてたとか」


女騎士ね……なるほど。

だが、それは物語にはよく出てくるけれど、実際に女で騎士になる、なれる人を見たことがない。それに、騎士なら鎧に身を包んでいるだろう。ルヴィアの戦い方は素早く動いて敵を切りつけるようなものだ。装備もそれ用にか、丈夫で軽い、何かの黒い革だ。


「そうだ。街に行ったら、色々買わなくちゃね。ルヴィアの下着とか」

「ええっ!そんな。そういう訳には……」

「だめだよっ!女の子なんだから、着替えは大切だよっ!その服は汚れも目立たなそうだからまだいいとして、せめて下着くらいは買わなくちゃっ!」


お金を出してもらうなんてという意味で断ったのだが、どうやらレクリルの中では、自分がお金を出して買うことは既に決定済みらしい。

先程も、自分にとってはレクリルは恩人であり、あまり頼るのは気が引けると告げたが、何をばかなと一蹴されてしまった。


「それに、ちょっとした調味料とかも買わないとね。街に着いたらお買い物っ!」

「分かった分かった。一緒に行きましょう」

「うん」


眠くなってきたのか、レクリルは大きなあくびをし、目をこすった。

レクリルはルヴィアが倒れてから、彼女を運び、薪を集め、火を起こし、目を覚ますまで起きていたのだ。疲れているのだろう。


「私が起きるまで起きててくれたんでしょ?あとは私が火を見るから、休んでいいよ」

「ええー……でも……」

「いいのよ。私たち、もう仲間でしょ?」

「仲間……うんっ。仲間だもんね……」


レクリルは寝ぼけつつ納得し、静かに寝入った。ルヴィアはしばらく彼女を眺めていたが、やがて焚き火に視線を移し、小さな枯れ木を継ぎ足した。


私はどこから来たのだろう?


これからどこへゆくのだろう?


私は、誰なのだろう?


焚き火の炎に問いかけていると、なんだか真実が浮かび上がってくるような気がして、目が離せなかった。

しかし、いつの間に時間が経ったろうか、焚き火はお構い無しに燃え、火の勢いが弱まってきた。

その度にルヴィアは薪を足し、夜明けまで、その火を見つめ続けた。

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