脈動するダークエネルギー

「あの星かな」


 空間縮小術で移動を終えたボクの前には青い星が浮かんでいた。腕にはめたデバイスで位置を確認する。間違いない。あれが師匠の故郷、地球だ。


「だいぶ使っちゃったな」


 持って来たE鉱の輝きはかなり弱くなっている。連絡船の最後の発着星を出てから何回、いや何十回空間縮小術を使っただろう。すでに復路のエネルギーは残っていないので自力での帰還は不可能だ。もし師匠が見つからなければ家族が探しに来てくれるのを待つしかない。


「弱気になっちゃダメだ。とにかくシショウを探そう」


 と言っても手掛かりは何もない。できるのは遠隔話法で呼び掛けること、師匠の固有時空を感じ取ること、このふたつだけだ。しかしそのどちらも望みは薄い。

 一番可能性が高いのは師匠がボクの固有時空を感じ取って会いに来てくれることだ。それに賭けるしかない。


「シショウ、シショウ、どこですか」


 広い太陽系空間を当てもなく彷徨さまよった。連邦暦で1日が過ぎ、2日が過ぎても頭には何も響いて来ず、師匠の固有時空は感知できなかった。3日目、E鉱の輝きがほとんど消え、どこかでエネルギーを補給しなければならないと感じ始めた時、突然目の前に師匠が姿を現した。


「やれやれ。世話の焼けるヤツだ」

「シショオ~!」


 安堵と疲労が一度に襲ってきた。飛び回りたくなるくらい嬉しいはずなのに全身から力が抜けて腑抜けた声しか出せない。


「やっと見つけてくれた。遅すぎますよ」

「見くびるな。おまえがこの星系に来た時から気づいていたが、そのうち諦めると思って放っておいたんだ。それなのに一向に帰ろうとしない。E鉱のエネルギーも尽きかけている。このまま死なれては寝覚めが悪いので仕方なく来てやったんだ」


 相変わらず口が悪いな師匠は。本当は優しいくせに憎まれ口ばかり叩いている。もっと素直になればいいのに。


「しかしよくここにいるとわかったな。わしは自分の故郷星について何も言わなかったはずだが」

「シショウの教えてくれた言葉ですよ。シショウ、デシ、それからチュウニビョウとか。これはシショウの星で使われている言葉でしょう。それを手掛かりにして兄が探し出してくれたんです」

「そうか。おまえの兄は言語学の権威だったな。早く高性能の翻訳機を作ってほしいものだ」

「えっ、シショウはボクの兄を知っているんですか」

「んっ、いやまあな。それよりもこうして会えたんだ。おまえももう満足しただろう。ほれ、これを持って行け」


 師匠は腰のポーチからE鉱を取り出した。輝きが強い。エネルギーレベルはかなり高そうだ。


「何ですか、これは」

「何って、帰りのエネルギーだ。これだけあれば連絡船の発着駅まで余裕で帰れるだろう。わしはこの星系で余生を送るつもりだ。もうおまえと会うこともないだろう。達者で暮らせよ」


 師匠はボクの手を取ると強引にE鉱を握らせようとした。怒りが込み上げてきた。どれだけ落ち込んでどれだけ心配してどれだけ苦労してここまで来たと思っているんだ。会えたからもう帰れだって。よくそんなことが言えたもんだ。ボクは師匠の手を払い除けると勢いよく吠えたてた。


「いい加減にしてください。どれだけ身勝手なんですか。何も言わずに宙人そらびとを捨て、連邦から離れ、こんな辺境星系までやって来るなんて。残された人の気持ちも考えてくださいよ」

「いや、しかしそれはわしの自由だ。ただ余生を過ごすために故郷の星へ帰ってきた、それの何が悪いんだ」

「ウソはやめてください。知らないとでも思っているんですか。もうすぐこの星系で異変が起きるんでしょう。何十年も前にシショウの師匠の命を奪ったダークエネルギーの変動。その異変から地球を守るためにシショウは戻ってきた、それが本当の目的。余生を送りたいなんて真っ赤なウソ。そうなんでしょう」

「そこまで知っていたのか」


 師匠はE鉱をポーチに仕舞った。その顔には苦悩がにじみ出ている。よほど知られたくなかったのだろう。


「おまえの言うことは全て正しいわけではない。が、だいたいその通りだ。わしはこの異変を完全に消滅させるためにここへ来た」

「やっぱりそうだったんですね」


 ボクは師匠の両腕をつかんだ。悔しくて仕方がなかった。


「どうして教えてくれなかったんですか。どうしてひとりで解決しようとするんですか。ボクはシショウの弟子なんですよ」

「これはわしだけの問題だ。異変も地球もおまえには何の関係もない。巻き込むことはできない」

「いいえ。もう巻き込まれています。シショウの弟子となった時からシショウの問題はボクの問題でもあるのです。シショウは忘れたんですか。シショウの師匠が闇に消えていった時の悔しさを。どうして話してくれなかった、どうして手伝わせてくれなかった、そう思ったんでしょう。今のボクもその時のシショウと同じなんですよ」


 師匠の表情が和らいだ。忘れていた何かを思い出した、そんな顔をしている。


「そうか、そうだな。おまえの気持ちも考えずに勝手なことをしてしまった。すまない」

「シ、シショウ!?」


 あり得ないことが起きた。師匠が頭を下げたのだ。燃え上がっていたボクの興奮は水を打ったように静まり返ってしまった。


「おまえの望みどおり手を貸してもらうとしよう。ただ無理はするな。最優先すべきは自分の命、これだけは必ず守ってくれ」

「はい!」

「付いて来い」


 そうして師匠と共に向かったのは小惑星だった。師匠はそこにベースキャンプを設置していた。E鉱を動力源にして稼動する装置が快適な空間を作り出している。何日もかけっ放しだった生体保持の技をようやく解くことができた。


「栄養補給水しかないがE鉱よりはマシだろう。飲みながら話そう。わしとおまえが相手にする異変は脈動するダークエネルギーだ」


 宇宙は加速的に膨張している。その原動力となっているのがダークエネルギーだ。本来なら宇宙全体に渡って均一に分布しているが、時空のひずみが発生している空間では局所的に淀みが発生する。淀んだダークエネルギーは周期的に変動しながら膨張収縮を繰り返す。


「この星系のダークエネルギーの変動周期は連邦暦で55年。今年がちょうど前回から55年目に当たる。変動が起きる時間は非常に短い。エネルギー値は一気に極大値まで上昇し、すぐ正常値に低下する。しかしそのわずかな変動でもこの星系の恒星、太陽に与える影響は無視できない。太陽の活動変化は惑星である地球にも影響を及ぼす。放っておくことはできん」

「でもシショウ、そのダークエネルギーはずっと昔からあったんでしょう。そしたら地球は55年ごとに大変なことになっていたんですか」

「推測だが淀み始めたのは最近なのだろうな。そして変動の極大値も最初の頃は非常に小さく、恒星に与える影響もほとんどなかったのだろう。だが回数を重ねるごとに大きくなり、今では無視できないほどになってしまった、そう考えている」

「じゃあ、今回は極大値になることを抑えられても、55年後の変動ではさらに大きな極大値になってしまうってことですよね」

「そうだ。だから今回の変動で全てを終わらせる。淀みを完全に消滅させる。この星系に永遠の平和を取り戻すのだ」


 師匠の言葉は力強い。しかしボクは不安だった。師匠の言うとおりなら今回の変動は前回より大きいはずだ。しかも師匠の師匠は前回の変動で命を失うほど頑張ったのに淀みを消滅させることはできなかった。師匠の力を信じないわけではないが本当にできるのだろうか。


「ふっ、おまえはすぐ顔に出る。わしの力を疑っているのだろう。正直なところ今のわしでは無理だ。消滅どころか極大値になるのを阻止することすら難しいだろう。だが秘策がある」


 師匠は小型の容器を前に置いた。蓋を開けた瞬間、恒星が閉じ込められていたのではないかと思えるほどの輝きがほとばしり出た。


「これは、E鉱、特殊E鉱ですね。こんな高エネルギーのE鉱が存在するなんて信じられません」


 容器には5つの特殊E鉱が収められていた。師匠はそのひとつを手に取った。


「ただの特殊E鉱ではない。大量の特殊E鉱を濃縮し、エネルギー密度を限界まで高めてある。これまでのわしの人生の全てを費やして集めた特殊E鉱だ」

「じゃあ宙人の任務を放り出して特殊E鉱を集めていたのはこのためだったんですね」

「そうだ。まあ多少は無駄遣いもしたがな」


 人の噂話ほど当てにならないものはない。面接会場で師匠を非難した宙人たちに謝罪してもらいたい気分だ。


「でもこんな強力な特殊E鉱を使って大丈夫ですか」

「おまえならひとつ使っただけでも命取りだろう。わしにしても4つが限界だ。全てを使いきればわしの肉体は滅ぶ。だから」


 シショウが特殊E鉱のひとつをボクの手に握らせた。ほんのりと温かい。


「5つ目はおまえが持っていてくれ。これを使わねばならない事態に陥った時、おそらくわしは指一本動かせぬほどに消耗しているはずだ。おまえが技を使って特殊E鉱からエネルギーを取り出し、わしに送り込んでほしいのだ」

「でも、そんなことをしたらシショウは……」

「4つ目までに必ず決着をつけてやる。師匠の言葉を信じろ」

「はい。信じます」


 否定したい心を抑え込んでボクは言った。言葉にすれば現実になる、そんな気がしたからだ。


 それから数日間、師匠はずっと宇宙の闇を見つめていた。ダークエネルギーは観測できない。宙人の能力を以てしてもそれは不可能なのだ。唯一感知できるのはダークエネルギーが変動を始めた時だけ。そして変動が始まれば極大値まで上昇するのにほとんど時間はかからない。変動の始まりを見逃さないようシショウは不眠不休で闇を見つめ続けた。

 そしてボクがこの星系に来て5日が過ぎたある日、


「来た!」


 シショウの声が頭に響いた。別の場所で闇を見張っていたボクは急いで師匠の元へ向かった。


「どこですか?」

「あそこだ」


 示された空間に意識を集中する。しかし何も感じない。


「おまえでは無理だ。わしですらまだダークエネルギーの固有時空を把握できていないのだからな。しかし淀みはあそこにある。もうすぐ変動が始まる。一気に行くぞ」


 シショウが腰のポーチから特殊E鉱を取り出した。強烈な輝きに目がくらむ。シショウの雄叫びが響く。


「読めた! 全吸収!」


 額に当てた特殊E鉱から光があふれ出して師匠の全身を包んだ。その光は一気に膨れ上がり師匠の体を巨大化させた。


「な、なんて大きさ! まるで連絡船だ」

「わしは全エネルギーをあいつにぶつける。おまえは生体保持の技でわしをサポートしてくれ」

「はい」


 巨大化した師匠に技をかけるのは大変だが通常のE鉱を数個もらっていた。それを使えばよほどのことがない限りエネルギー切れにはならないはずだ。


「暗黒の力よ、さっさと虚無に戻るがいい!」


 戦いは始まっていた。今はもうボクも感知できていた。ダークエネルギーの固有時と固有空間、それらはめまぐるしい周期で変動していた。ボクにはとても読み切れない。しかし師匠は確実に把握し固有時空の変動に合わせて繰り出す技の性質を変換させて戦っていた。


「これがシショウの力なのか。凄すぎる」


 エネルギー値を増やそうとするダークエネルギー。それを阻止しようとする師匠。膠着状態が続いた。しかしダークエネルギーが緩やかに膨張を開始した。それにつれて師匠の体も小さくなっていく。特殊E鉱のエネルギーが尽きたのだ。


「全吸収、ふたつ目!」


 すかさず次の特殊E鉱を使う師匠。ダークエネルギーの膨張がとまった。エネルギーの放出が多くなり縮小に転じる。が、それもわずかな時間に過ぎなかった。突然爆発的なエネルギーの増大が発生したかと思うと、ダークエネルギーは一気に巨大化した。


「くそっ、こんなやり方ではダメだ。これで決めてやる」


 師匠は両手で2つの特殊E鉱を持つと額に当てた。


「全吸収、ダブル!」


 全視野が師匠の体で覆われてしまったような気がした。さらに巨大化した師匠の体はもはや小惑星だ。生体保持に使われるエネルギーが半端ない。ボクもE鉱を使用して補給する。


「どうだ、思い知ったか」


 師匠のパワーは桁違いになっていた。おびただしい量のエネルギーが流出し、ダークエネルギーはみるみるうちに萎んでいく。この勢いなら消滅も時間の問題だろう。ボクは勝利を確信した。宣言どおり4個の特殊E鉱で全てを終わらせることができたのだ。


「シショウ、ついにやりまし……」

「ぐおっ!」


 ボクの歓喜の言葉は師匠のうめき声によって遮られた。目を疑った。気配でしかなかったダークエネルギーが実体を持って膨張し始めたのだ。


「くそ、ダークマターが反応したか」


 ダークマター、宇宙全体の質量の25%を構成する観測不能の物質。異常変動するダークエネルギーに触発されたのだろうか。宇宙空間に放出されるエネルギーを吸収したダークマターは、引き寄せられるようにダークエネルギーと一体化してしまった。実体化したふたつの闇は混然一体となって師匠に襲い掛かる。


「駄目だ、抑えきれぬ」


 両腕を大きく広げて膨張する闇を抱え込む師匠。だが闇の勢いは止まらない。どんな抵抗も許さぬ強大な力で師匠を圧倒する。


「デシ、E鉱だ。最後のE鉱を使え!」

「でも、これを使えばシショウが」

「構わん。こんな命など惜しくはない」


 ボクは特殊E鉱を握り締めた。できなかった。これを使えば師匠の命はないのだ。ボク自らの手で師匠の命を奪うなどできるはずがない。


「早くしろ、デシ」


 同じだった。最終試験で野獣に突撃していった老人、あれは師匠だった。もし老人を見殺しにしたら一生自分を許せなくなる、ボクは確かにそう言った。今も同じじゃないか。師匠の命を奪うくらいなら……ボクは特殊E鉱を自分の額に当てた。


「やめろ。おまえの肉体では耐えられん。死ぬぞ」


 特殊E鉱に意識を集中する。固有時を読み取る。


「デシ、やめるんだ!」


 師匠の声はもう聞こえなかった。ボクは技を発動させた。


「全吸収!」


 瞬間、凄まじい光が放出されボクの視界は真っ白になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る