目指すは太陽系第3惑星地球

 施設を出たボクは真っ先に師匠の星へ向かった。心当たりのある場所がそこしかなかったからだ。

 宇宙空間を飛びながら7才の自分を思い出す。あの時は師匠がチャーターした個人用超光速船で星に向かっていた。船の中でボクは師匠の顔色ばかりうかがっていた。訓練が終わったら二度と会いたくない、そんな気持ちすら抱いていた。

 だが今は違う。師匠はボクにとって何ものにも代え難い存在だ。研修の担当になってくれなくてもいい。せめて理由を教えてほしい。どうして宙人そらびとをやめたのか。どうして全てを捨てて行ってしまったのか。


「あの時のままだな」


 師匠の星に人影はなかった。風に鳴る葉擦れの音、鳥の声、日の光、まだ割ってない薪。ここを去った時の風景がそのまま残っていた。家の中は埃だらけで、この半年間、誰も足を踏み入れていないのは明らかだった。


「明日旅立てば二度とこの星には戻って来ない……」


 旅立ちの日、師匠はそう言っていた。きっとあの時点で心は決まっていたのだろう。大事なことは何ひとつ教えてくれない。本当に師匠は意地悪だ。


「帰ろう」


 ボクは故郷の星に戻ることにした。もうそこしか行く場所はなかった。


「おかえりなさい、宙人様!」


 予想どおり星を挙げての盛大な出迎えがボクを待っていた。最終試験合格の通知が届いた日から歓迎の準備を整えてボクの帰還を今か今かと待っていたらしい。連絡船を降りたボクはたちまち大勢の住人に囲まれてそのまま歓迎会場に運ばれてしまった。


「皆さんの応援のおかげです。ありがとうございました」


 お決まりの挨拶、歓迎パーティー、握手攻め。ようやく家に帰れたのは深夜になってからだ。


「お帰り。疲れただろう。早くお休み」


 母は優しく迎えてくれた。この2年半で実家の様子もすっかり変わっていた。

 長男は就職して別の星へ行き、長女は結婚して別の土地で新しい家族とともに暮らしていた。二男と二女は上の学校に進学してやはり別の星に住んでいた。特に二男は末っ子のボクに負けられないと猛勉強して連邦の最高学府に入学していた。今はもう両親と三男、三女の四人が残っているだけだ。


「なんだか元気がないね。宙人になれたのが嬉しくないのかい」


 実家で数日暮らしてもボクの気持ちは晴れなかった。心配した母に理由を尋ねられてボクは胸の内を打ち明けた。意外にも母は笑顔で答えてくれた。


「ははは、そんなことで悩んでいたのかい。ちょっと考えればすぐわかるじゃないか。行先なんてひとつしかないんだから」

「母さんはシショウがどこへ行ったかわかるの」

「おまえは今、どこにいるんだい」

「ボクの家だけど……ああ、そうか!」


 どうしてこれまで気づかなかったのだろう。まだ探していない場所がある。師匠の故郷の星だ。


「そうだよ。自分の故郷は誰にとっても特別の存在だからね。その人はずいぶん年寄りなんだろう。最後は自分の生まれた星でのんびり過ごしたいんじゃないのかい」


 師匠は自分の星を嫌っていた。可能性はかなり低いかもしれない。それでも探してみる価値はあるだろう。


「だけどシショウの故郷がどの星か全然わからないんだよ。銀河連邦に加入していない辺境の星、わかっているのはそれくらいなんだ」

「それは困ったね……そうだ、それなら」


 母はひとつの提案をしてくれた。二男に頼ってみてはどうかと言うのだ。兄が学んでいる教育機関では最新の研究成果や一般公開されていない情報を多数入手できる。手掛かりが少なくても見つけられるかもしれない、それが母の考えだった。


「わかった。行ってみるよ。ありがとう母さん」


 ボクは銀河連邦の中心星系へ向かった。これまで訪れた星とは比較にならないほど発達している。久しぶりに会う兄もどことなく垢ぬけて見えた。


「それは難しいかもなあ」


 ボクの話を聞いた兄の返事はつれなかった。


「銀河の中からひとつの惑星を探し出すのがそんなに難しいの?」

「いや、非公開の研究データを使えばたぶん見つけ出せると思う。でもそのデータにアクセスできるのは関係する分野を学んでいる学生だけなんだ。オレの専攻は宇宙星系学ではなく宇宙言語学。まるで畑違いだ」


 ああ、そうだった。二男は映像や文字で表現された物語が大好きで子供のころから毎日デバイスばかり眺めていた。ボクらの星で使われていた古代文字にも興味を示し、独学で勉強して古代遺跡の文章を解読したりもしていた。


「じゃあその関係する分野の学生に頼めないかな」

「無理だ。アクセスを希望する者はその理由を添えて申請し、それが許可されて初めて利用可能となる。知人の行方を探したいなんて理由が通ると思うか。それは学術じゃない、ただの捜索だ」

「そうか。ダメか」


 せっかくの母の提案だったが無駄足だったようだ。諦めるしかないのだろうか。


「シショウ、今頃何をしているんだろう」

「おい、待て」


 突然兄の瞳が輝いた。何かに興味を示した時の反応だ。


「おまえ、今、シショウとか言ったな。どういう意味の単語だ」


 さすが言語には人一倍敏感な兄だ。聞いたことのない言葉は見過ごせないのだろう。


「ああ、これはボクが受けた実技訓練の指導官の名前なんだ」

「名前か。珍しい響きだな。それはフルネームか。それとも他に姓や父称みたいなものもあるのか」


 兄に質問されて思い出した。シショウは名前ではない。


「ごめん。間違えた。シショウは指導官の名前じゃなくて呼び名だった。故郷の星では師匠という意味の言葉らしい」

「それだ!」


 兄がデバイスを起動させた。見慣れぬ表示が目まぐるしく切り替わる。かなり使い慣れているようだ。


「何か閃いたの?」

「オレが学んでいる教授の専門分野は銀河辺境星の言語なんだよ。これまで集めた未開の星の言葉や文字がデータベース化されている。もちろん連邦未加入の星のデータも入っている。その中から師匠という意味でシショウという言葉を使っている星を探すんだ。そうすれば見つけ出せるかもしれない」

「さすが兄さん! 伊達に最高学府で学んでいるわけじゃないね。じゃあさっそく使用許可の申請をしよう」

「その必要はない。すでに申請は済ませて毎日使えるようにしてある。オレはこれでも勉強家だからな」


 本当に頼りになる。ディスプレイに向かう兄の後姿に両手を合わせて感謝する。


「う~ん」

「どう? わかった?」

「やはり単語ひとつでは候補が多すぎるな。ネイティブな発音ならもう少し絞れるんだが。他に使われている単語は知らないのか」

「デシ。弟子って意味らしい」

「デシっと。ダメだな。まだ候補が多すぎる。他にないか」


 考える。これまでの師匠の会話の中で何か出て来なかっただろうか。何か、何か……そうだ、アルコホーを飲んで饒舌になったときに何か言ってたな。


「チュウニビョウ、だったかな。ひと昔前に流行した病気らしいよ」

「チュウニビョウっと。もう少しないか?」

「クロレキシノート。まだ保存技術が未熟だったころ、ベッドの下にたくさん貯蔵していたんだって」

「クロレキシノート……やったぞ。90%の確率で合致する惑星がある。第7辺境星域に所属する太陽系第3惑星、地球だ」

「太陽系第3惑星、地球」


 見つかった。ついに見つけたんだ。そこに師匠がいるかどうかはわからない。無駄足になるかもしれない。でも行ってみるしかない。


「ありがとう兄さん。明日にでも出発するよ」

「大丈夫か。E特急はもちろん連絡船すら運行されていない辺境星域だぞ」

「ボクにはこれがあるから」


 肌身離さず持っていた修了記念のE鉱を見せる。これを使えば水や食料の補給は心配しなくていい。


「さすが宙人だな。でも無理はするなよ、危険を感じたらすぐに……」


 急に兄が黙り込んだ。ディスプレイを凝視している。


「どうかした?」

「ああ。やはり太陽系に行くのはやめたほうがいい。時空警報が出ている。太陽系周辺でダークエネルギー異常変動の恐れがあるそうだ」

「異常変動……」


 ふいに師匠の言葉を思い出した。


『わしらの星系の近くでは数十年に一度異変が発生する……それを防ぐためにわしの師匠はわしらの星へやって来た』


「まさかシショウも同じ目的で地球に行ったんじゃ」


 もしそうだとしたら絶対に放っては置けない。なんとしても地球へ行かなくては。

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