最終話 師匠の最期

消えた師匠

 翌朝、目を覚ますと師匠の姿はなかった。村長や娘も知らないと言う。夜が明けないうちに黙って旅立ってしまったようだ。


「せっかちだな。長かった実技訓練もようやく終了したんだし、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「お師匠様はまだ任務の途中です。のんびりするのは全てを終わらせてからにしたかったのでしょう」


 村長の言葉を聞いて思い出した。あの異進化生物討伐はボクの最終試験であると同時に師匠が受けた宙人そらびとの任務でもある。取り出した特殊E鉱を政府に引き渡すまで師匠の仕事は終わらないんだ。


「あなたはゆっくりしていってください。こんな田舎星に立ち寄ることは二度とないでしょうから」

「では、お言葉に甘えまして」


 長かった訓練が終わり念願の宙人にもなれたんだ。少しくらい骨休めをしても構わないだろう。すっかり気が緩んでしまったボクは次の連絡船が来るまで滞在することにした。


「このふたりは誰だろう」


 デバイスの修了証書には師匠の他に2名の署名があった。不思議に思ってデバイスに保存されている文書を調べてみると、正式な宙人となる条件として担当指導官の他に2名の指導官の推薦が必要なことがわかった。


「そうか。訓練ステーションの指導官だ」


 わざわざボクをステーションに連れてきたのは他の指導官にボクの戦いを見せて推薦を得るためだったのだ。試合の後、岩石系の訓練生が「すぐ宙人になれる」と言ったのは「これで2名の推薦が取れたのであとは最終試験だけだ」という意味だったのだろう。


「大事なことは何にも教えてくれないんだからなあ。シショウは」


 これからの手続きについての文書もあった。


『最初に講義を受けた星の政府機関にこのデバイスを提出すれば正式に宙人として認定される。もし紛失した場合、担当指導官に申し出れば再発行できるが2名の指導官の署名は再度取得しなければならない』


 かなり重要な項目である。紛失などしたら大変な手間がかかりそうだ。提出して正式に認可されるまでは毎晩枕元に置いて眠ることにしよう。

 その他に講義を受けた星への超光速特急船(略称E特急)のチケットもあった。これは特殊E鉱を利用した連絡船で通常の数十倍の速度で星間を結んでいる。空間縮小術を使って何日も宇宙を漂うのはうんざりしていたので、このチケットは本当に嬉しかった。ただしステーションのある出発星までは宇宙を飛んでいかなくてはならない。


「でも一番嬉しかったのはやっぱりこれだよな」


 ボクは小箱を手に取った。師匠がいなくなった朝、デバイスの上に置かれていたのだ。中に入っていたのはほのかな光を放つ石、E鉱だ。


「きっと修了記念のご褒美でしょう。良きお師匠様ですな」


 村長の言葉は素直に受け入れられなかったが、他に理由も考えられないので有難く受け取っておくことにした。


「お元気で、さようならー」


 出発の日は村人総出でボクを見送ってくれた。短い期間だったが本当に住みやすい星だった。機会があったらまた訪れたいものだ。


 連絡船の到着星からステーションのある星までは宇宙術で移動。そこからは快適なE特急の旅を数日間楽しんだ。提供される食事や寝室は星人種に合わせて最適のものが用意される。宙人になれば無料で利用できるらしい。合格できて本当に良かったとしみじみ感じた。


「うわー、久しぶりだな」


 2年半ぶりに戻ってきたボクの胸は懐かしさでいっぱいになった。初めてここに連れて来られたのは7才の時だった。不安と心細さでガチガチに緊張していたのを覚えている。あの時は遠い夢に過ぎなかった宙人、それが今は現実となったのだ。


「やっと帰ってきたのか。ずいぶん遅かったな」


 講義を受け持ってくれた政府の役人だ。優しさと厳しさが同居した眼差しは全然変わらないな。


「はい。最終試験を受けた星が百日に1度しか連絡船が来ない辺境地だったもので、船を待っていたらこんなに遅れてしまいました」

「おや、宙人なら船など使わなくても宇宙を行き来できるだろう。それとも船は言い訳で別の理由があるのかな」


 マズイ。さすがにのんびりしすぎたか。初っ端からやらかしてしまったみたいだ。


「すみません。星の人に引き留められてついずるずると」


 正直に話すとボクの背中を叩いて笑い出した。


「ははは。君はもっとお堅いヤツかと思っていたがそうでもないんだな。安心したよ。別に怒っているわけじゃないんだ。厳しい訓練が2年以上も続いたんだ。しかもその後にはさらに厳しい宙人の新人研修が待っている。そりゃ息抜きもしたくなるさ。ひどいのになると半年近く帰って来なかったりするからな」


 そうなのか。それなら次の次の連絡船で帰って来てもよかったな。まあ冗談だけど。


「じゃあさっそく手続きをするか。デバイスは持って来ているな」

「そのことなんですけど、手続きの前にお願いがあるんです」

「お願い? 何だ」

「正式に認可されるとベテランの宙人に付いて研修が始まりますよね。その担当をボクの師匠、いやボクの実技訓練を受け持ってくれた指導官にして欲しいんです」

「君の指導官、どんなヤツだったかな……」


 役人は少し考えていた。半年間講義を受け持ったボクのことは覚えていても面接の時に一度会ったきりの師匠のことは覚えていないのだろう。


「ああ、あの白髪で頑固な老人か。ちょっと待ってくれ」


 覚えていたようだ。まああれだけ騒ぎを起こせば嫌でも忘れられないか。


「ん~っと」


 役人は小型のデバイスを操作している。その表情が徐々に険しくなっていく。


「どうかしましたか」

「残念だが君の要望には応えられない」


 まったく予期していなかった返答だった。驚きが興奮に変わり思わず早口になる。


「なぜですか。ほとんどの新人研修は実技訓練の指導官が担当するはずです」

「そうだ」

「それなのにどうしてボクはダメなんですか。もしかしてもう別の訓練生の指導官になってしまったとか、ですか」

「そうではない」

「じゃあ、なぜ」

「彼はもう宙人ではないからだ」


 聞き間違えたかと思った。師匠が宙人じゃない。どうして。何が起こったって言うんだ。言葉を失ったボクを見て役人が説明を始めた。


「本人から申し出たそうだ。入手した特殊E鉱を連邦本部に引き渡し、任務完了となったその日のうちに宙人辞任願いが提出された。直ちに審査にかけられ翌日正式に解任された。新人研修を担当できるのは宙人のみ。宙人ではない彼を君の担当にはできない」


 信じられなかった。最終試験が済んだ夜にはそんな素振りは少しも見せていなかった。研修の担当になることを考えておくとも言っていたんだ。それなのにどうして。


「指導官は今どこにいるんですか。会って直接話を聞きます」

「悪いが、それは教えられない」

「お願いです。教えてください」

「できることなら教えてやりたい。しかし無理なんだ。どこにいるのかわからないのだから」

「ウソです。たとえ宙人でなくなったとしても宇宙術の能力者なら治安維持のために常時監視されているはずです」

「そうだ、能力者が銀河連邦民ならばな。だが彼はもう連邦民ではない。宙人辞任とともに連邦IDも返還しているのだ。そうなればもはや監視対象ではない。連邦民としての全ての資産、全ての権利、義務を放棄した者に連邦法は及ばないのだからな」


 悪い夢を見ているような気がした。何もかもが信じられなかった。信じたくなかった。立ち尽くすボクの肩を役人が優しく叩いた。


「君の気持はわかるが彼には彼の生き方がある。他人が口を差し挟む権利はない。これで納得できただろう。さあ、デバイスを渡してくれ。手続きを済ませてしまおう」

「すみません。今日は手続きをせずに帰ります。こんな気持ちのままでは宙人の研修なんてできそうにありませんから」

「そうか。なら日を改めて来るといい。ただし期限は1年だ。それを過ぎればデバイスの合格証書は無効になる。再発行もできない。それを忘れないでくれよ」

「はい」


 役人に見送られて外に出た。心は空っぽだった。見知らぬ土地で迷子になった幼子のような気分だ。


「シショウ、いったいどこへ行ってしまったんですか」

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