師匠の師匠
「待て。餞別代わりにこれをやる。持って行け」
振り向くと師匠がディスプレイデバイスを差し出している。通信やメモに使う装置だがそれにしては大きい。
「生体認証方式だ。虹彩と静脈を認証して起動する。ほれ、受け取れ」
言われるままに受け取って起動させると次のような文章が表示された。
――合格証書。あなたは銀河連邦
「これって、えっ? どういうこと?」
「そこに書いてあるとおりだ。おまえは最終試験に合格したんだよ」
「わあー、おめでとうございます」
村人たちから一斉に拍手が沸き起こった。村長の娘は花でいっぱいのカゴを持ち、ボクめがけてたくさんの花びらを舞い上げている。
「まさか、師匠も村のみんなもボクをだましていたんですか」
「まあ、そうなるかな」
「じゃあ、術の途中で気を失ったのも、この星へ来たのも、野獣と戦ったのも、全て師匠が仕組んだことだったんですか」
「気づくのが遅いわ、このバカめ。だからと言ってわしを恨むのは筋違いだぞ。高難度な試練でなければ宙人の最終試験にはならんからな」
「まさかあの野獣も師匠が用意したんじゃ」
「いくら何でもそれは無理だ。最終試験はほとんどの場合宙人に割り当てられた任務から選ばれる。この星の異進化生物討伐は最近指定された宙人の任務のひとつだ。そこであらかじめこの星に来て、事情を説明して村人の協力を仰ぎ、準備が整ったところでおまえに長距離移動をさせ、こっそりエネルギーを奪って術の途中で気絶させ、この星へ運び、村長と話をさせてこの場へ連れてきてもらい、その結果首尾よく討伐して特殊E鉱を獲得できたのでめでたく合格となったわけだ」
呆れて開いた口がふさがらない。さっき流した涙を返せと言いたくなる。
「でもボクは討伐できなかったんですよ。結局シショウに助けてもらったわけだし。本当に合格でいいんですか」
「いや、討伐できていた。失敗したのはあの老人が余計なことをしたからだ」
「でも」
どうにもモヤモヤする。あんな有様で合格だなんて恥ずかしすぎる。
「まったく鈍いヤツだな。ほれ、これで納得するだろう」
突然師匠が顔に面を付け布の上着をまとった。驚愕のあまり腰が抜けそうになった。無謀な突撃を敢行した老人にそっくりだ。
「あの老人、シショウだったんですか!」
「そうだ。もっと手こずるかと思ったんだが意外と余裕で戦っているだろう。これではおまえのためにならんと思ってな、わざと突撃しておまえを窮地に追い込んでやったのだ。ちなみに村人が一斉に襲い掛かったのもわしの指示だ。本物の宙人の指示だからな、皆安心して突撃してくれた。あれしきのことで崩れるとは実に情けない。まだまだ修業が足りん!」
このクソジジイ。そうと知っていたら絶対に助けなかったのに。どれだけ人を笑いものにすれば気が済むんだ。
「さあさあお話はそれくらいにして村へ帰りましょう。合格祝いの御馳走を用意してあります。今日は心行くまで食べて飲んでください」
村長の一声で村人たちが歩き出した。ボクも師匠と並んで歩く。腹が立つけど憎めない人だ。
「ねえシショウ、ひとつ訊いてもいいですか」
「いいぞ」
「もしボクがシショウの言うとおりあの老人を見殺しにしていたら、どうするつもりだったんですか」
「おまえは本当に落第していただろうな」
返事を聞いて嬉しくなった。やっぱりシショウはボクの師匠だ。
その夜は本当に楽しかった。用意してくれた料理はどれもこれも素晴らしいものばかりだ。村人たちは気さくで陽気で話を聞いているだけで心が和む。
「シショウ、飲み過ぎですよ。ほどほどにしてください」
「久しぶりのアルコホーだ。思う存分飲ませろ」
アルコホーは酩酊作用のある飲料だ。星によって様々な銘柄がある。この星のアルコホーは師匠の口に合うようだ。
「おまえも飲め」
「ボクは未成年です。『アルコホーは13才になってから』って標語を知らないんですか」
「お堅いな、おまえは」
師匠はかなり出来上がっているみたいだ。夜風に当てたほうがいいだろう。
師匠とふたりで屋外に出る。今日は星がよく見える。
「シショウ、気になっていることがあるんですけど」
「何だ」
「どうしてE鉱のないこの星に異進化生物がいたんでしょうか」
「ふっ、そんなこともわからんか。隕石だよ」
ああ、そういうことか。E鉱は星の鉱脈の中にだけあるのではない。宇宙を漂う小惑星もE鉱を含んでいる。そのひとつがこの星に落ち、それを食べた生物が異進化してしまったのだ。
「あいつはわしと同じだ。わしの星にもE鉱はなかったのだからな」
「じゃあシショウもE鉱の隕石を手に入れたことで宙人の能力を身に着けたんですね」
「そうだ。当時はE鉱も宙人も知らなかった。前にも話したとおりわしの星は銀河の辺境。田舎星だったからな。もちろん銀河連邦には属していない。その存在すら知らん。そんな田舎の住人が時間に介入する術を手に入れたのだ。舞い上がるなと言うほうが無理な話だ」
今日の師匠は口が軽いな。アルコホーのせいだろう。面白いからしばらく喋らせておこう。
「わしは15才だった。ああこれはわしの星での年齢だ。連邦暦では今のおまえと同じくらいだ。生意気だった。自分は選ばれた人間だと本気で信じていた。大昔に流行した厨二病ってヤツだな。寝床の下には今では死語になった黒歴史ノートが何冊も隠してあった。あのまま大人になっていたらロクでもない人間になっていただろう。師匠に出会えたことは我が人生最大の幸福だ」
所々意味不明な言葉が出てくるが説明を求めるのはやめておこう。
「わしの師匠は現役の宙人だったがかなりの高齢だった。そのため連邦から命じられる任務もほとんどなく気ままに辺境地域を巡っていたそうだ。万能翻訳機を使ってわしと師匠は会話をした。よくできた翻訳機だった。師匠の兄によって開発されたものらしい。時空術、宙人、銀河連邦。師匠の話を聞いているうちにわしも宙人に憧れを持つようになった。弟子入りを申し込むとこの星を捨てる覚悟はあるかと問われた。わしの両親は幼い頃に事故で他界し親しい友人も知人もいない。故郷の星には何の未練もなかった」
師匠はずいぶん苦労したんだな。今の自分はかなり恵まれている。贅沢を言ったら罰が当たるな。
「わしは師匠の元で修業に励んだ。厳しかった。死を覚悟したのは一度や二度ではなかった。それでも続けられたのは師匠の人柄のおかげだろうな。本当に優しく思いやりのある宙人だった。いつまでもこの人と一緒に生きていきたい、そう願っていたわしの思いは無残に踏みにじられた。ある日突然師匠が逝ってしまったのだ。お別れの挨拶さえすることもなく、たったひとりで」
話が湿っぽくなってきた。そろそろやめさせたほうがいいかな。
「その時になって初めてわかった。どうして師匠がこんな辺境の星にやって来たのか。それはわしらの星を助けるためだったのだ。わしらの星系の近くでは数十年に一度異変が発生する。今回の異変は特に大きく星系の恒星活動に影響を及ぼす恐れがあった。最悪の場合、わしらの星は極寒と灼熱のどちらかに襲われほとんどの生物は死滅する。それを防ぐために師匠はわしらの星へやって来たのだ。もちろん任務ではない。連邦に属していない星を助ける義務など政府にはないのだからな。あくまでも師匠の個人的な行動に過ぎん。わしは必死になって師匠を探した。そしてようやく見つけた時にはもう遅かった。相打ちだったのだ。暗く静かな宇宙空間の片隅で師匠は闇に飲まれて消えていった。それがわしの見た師匠の最期の姿だ」
師匠はアルコホーをあおった。ボクは慰めの言葉が見つからず無言で師匠を見つめていた。
「師匠のおかげでわしらの星は救われた。しかしわしらの星の住人は誰ひとり師匠に感謝しなかった。当たり前だ。そんな危機が迫っていることも、それを救ってくれた者がいることも知らないのだからな。おかしいと思わないか。そんな者たちのためにどうして師匠は命を捨てなくてはならなかったんだ。銀河連邦からも住民からも誰からも褒められず、称えられず、労いの言葉すらもらえずに師匠は逝ってしまった。口惜しかった。歯がゆかった。そんな道を選んだ師匠も、わしに真実を教えずひとりで逝ってしまったことも、何もかもが悔しかった。どうして話してくれなかった。どうして手伝わせてくれなかった。宇宙からわしの星を見るたびに悲しみと悔しさがよみがえってくる。わしは故郷の星を捨てた。それ以来、一度も帰っていない」
深くため息をする師匠。ボクはようやく理解できた気がした。どうしてあれほど自分の命を守れと言い続けていたのか、その理由を。
「でもシショウの師匠は幸せだったと思いますよ。大勢の命を救えたんですから」
「ああ、わしもそう思いたい。そう思わねばやり切れん」
師匠はボクの顔をじっと見つめている。かなり酔っているみたいだ。
「何かボクの顔に付いていますか」
「いや、訓練が終了すればおまえとはお別れになるだろう。最後に顔をよく見ておこうと思ってな」
「ああ、それについてですけど、新人の宙人はベテランの宙人について研修みたいなことをするんでしょう。それをシショウと一緒にしたいんですよ」
「わしと? わしなんかでいいのか」
「ほとんどの新人宙人は訓練時の指導官と一緒に研修をしているらしいですよ。それにシショウにはまだ教えてもらってない技がたくさんありますからね。ほら、野獣を倒す時に使った爆裂とか」
「あれは時空術と物理攻撃の混合技だ。そう言えば武器を用いた技はひとつも教えていなかったな」
「でしょ。お願いしますよ」
「考えておこう。あ~、今晩は少し飲み過ぎたな。寝るか」
師匠はふらつく足取りで家の中へ入って行った。そしてそれがボクの見た宙人としての師匠の最後の姿だった。
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