村長の頼み
最初に目に映ったのは木組みの天井だった。半身を起こして周囲を見回す。板壁、ガラス窓、古ぼけた家財道具。師匠の星で過ごした粗末な小屋とよく似ている。
「あら、気がつきましたか」
誰か入ってきた。その姿を見てちょっと安心した。ボクや師匠に近い生態を持つ星人種だったからだ。おまけにかわいらしい少女とくれば、自分の運の良さに感謝しなければならないだろう。
「はい。あなたが助けてくれたのですか。ここはどの星系に属していますか。今日は連邦暦の何日ですか。ボクの近くに老人がいませんでしたか」
少女は目を丸くしている。いきなりたくさん質問しすぎたか。
「
出て行ってしまった。ひとりになって考える。覚えているのは空間縮小術で移動している途中まで。そこから先の記憶はない。目的地点へ着く前に術が解けてこの星に落っこちてしまった。気絶しているボクを住人が見つけてこの小屋へ運んでくれた。そう考えるのがもっとも理に適っているだろう。
「シショウは何してたんだよ。助けてくれるって言ったくせに。これじゃ指導官失格だな」
師匠の無責任は今に始まったことではないが今回ばかりは許せない。無意識の状態で術から放り出されたのだ。そこが星の表面ではなく宇宙空間だったら間違いなく命を落としていただろう。いや運よく星の表面だったとしても生存に適さない環境ならばやはり命を落としていたはずだ。九死に一生を得るとはまさにこのことだな。
「初めまして、
少女と一緒に入ってきた村長は思ったほど年寄りではなかった。ボクの父ほどの年齢だろうか。軽い食事をしながら話をした。ここは村長の家で少女は村長の娘だった。
昨晩森の鳥が騒ぐので行ってみたら木の枝に引っ掛かっているボクを発見した。何者かと思ってよく見ると身に着けているのは紛れもなく宙人のユニフォーム。急いで枝から下ろし小屋に運んだ、という話だった。ちなみに引っ掛かっていたのはボクだけで老人はどこにもいなかったらしい。
「この星は銀河連邦に属しておりますが文明は低くE鉱もありません。従いまして星レベルは8。連邦政府からの経済的援助はほとんどなく、中央への連絡は連邦暦で百日に一度やって来る超光速連絡船に頼っております」
星レベル8、下から3番目の下級惑星か。無理もない。壁にぶら下がったランプ。
「次の連絡船はいつ来るのですか」
「連邦暦で50日ほど後です」
それまではボクがここにいることは伝えられないわけか。どうする。この星を出て師匠を探しに行くか。
しかし向こうもボクを探しているはずだ。村長の話によればこの星が属する星系は訓練ステーションから2百光年ほどの位置。空間縮小術で移動しようとしていた距離とほぼ同じだ。師匠もこの辺りを重点的に探しているだろう。生命体が生存可能な星などそうそうあるわけじゃないし、この星に留まっていたほうが見つかる可能性は高い。
「それではしばらくこの星に滞在させてもらってもいいでしょうか」
「もちろんです。宙人様など滅多にお目に掛かれませんからな。皆も喜ぶでしょう」
「えっと、ぬか喜びさせて申し訳ないのですが、ボクは宙人ではありません」
と言って腕に描かれた緑の横線を見せる。村長はきょとんとしている。この横線の意味は知らないようだ。
「まだ訓練生なんですよ」
「なんと、そうでしたか。これは失礼しました。だとしても滅多にお目に掛かれないことには違いありませんからな。皆も喜ぶでしょう」
と村長は答えたがその顔には明らかに失望の色が浮かんでいる。少女も同様だ。ふたりとも顔を見合わせたまま何も言わない。こうなると理由を尋ねないわけにはいかない。
「え~っと、ボクが宙人でないと何か都合が悪いようなことがありますか」
「いえ、都合が悪いだなんてとんでもない。ただ、その、困り事がありましてな」
「困り事? よかったら話してくれませんか。力になれるかもしれません」
「では」
と言って村長が話してくれたのは次のようなものだった。
1年ほど前から村の外れの山に凶暴な生物が住むようになった。時々山から下りてきて森の動物を襲ったり、畑の作物を荒したり、池に糞をして水を汚したりするので村人はとても困っている。退治しようとしてもとても強くてまるで歯が立たない。最近はこの土地での生活を諦め村を出ていく者もいる。村長の責務を果たせぬ自分が実に口惜しい、と。
「連邦政府に救援を求めてはどうですか」
「もちろんしました。しかし何の力にもなってくれません。自力での解決を求む、そんな返答しか返ってこないのです」
レベルの低い星に対しては本当に冷たいな。まあ、でも仕方ないか。野生動物が暴れている星なんて星の数ほどあるだろうからな。いちいち対処していたらキリがない。
「わかりました。それならボクが一肌脱ぎましょう。正式な宙人ではありませんがここによく似た星で狩りの訓練を受けています。すぐ駆除できると思いますよ」
「おお、それはありがたい。たいした礼もできませんがお願いします」
「礼はもうもらっています。こうして助けてくれたじゃないですか。その御恩返しですよ」
ボクの返事を聞いて村長と少女は頭を下げた。
「なんとできたお方だ。感謝しますぞ」
「本当にありがとうございます」
うん、悪くない気分だ。早く正式な宙人になって銀河を笑顔でいっぱいにしたいものだな。
その後、村人たちと話をして野獣討伐はこの星の暦で3日後に決まった。さらに村の有志数名が武装してボクと一緒に戦ってくれることも決まった。全員討伐の経験者でその野獣とは何度も対戦しているらしい。初顔合わせのボクにとっては頼もしい助っ人だ。
そして3日はあっという間に過ぎた。
「絶好の討伐日和ですな」
「あ、はい、そうですね」
まだまだ暑い昼下がり、ボクらは村を出発した。同行の村人は意気揚々だがボクは少なからず落胆していた。村人たちの装備があまりにも貧弱なのだ。村長は剣っぽい武器を持っているがその他の者は鎌や鍬、フォークを持っている者もいる。鎧とは名ばかりの布の上着。薄っぺらい木の盾。そして全員顔に面をつけている。
「どうかしましたか。先ほどから浮かない顔をしていますが」
ボクの隣を歩いている村長の娘が尋ねた。よせばいいのにこの子まで参加を申し出たのだ。
「どうしてみんな面をかぶっているのかなあと思って」
「それは相手を驚かすためです。恐い顔をされるとそれだけで戦意を喪失してしまうでしょう。精神的ダメージは肉体的ダメーシと同じくらい有効なのですよ」
なるほど。本能だけで生きている低知能生物ならば効き目はあるかもしれないな。
「よければ貸してやりますぞ。ほれ」
村長の隣を歩いている老人が面を差し出した。丁重にお断りする。
「面はお嫌いか? ならばできるだけ恐い顔をして戦ってくだされ。ほっほっほ。ごほごほ」
思いっきりむせている。こんな高齢者まで参加しているのか。頭は白髪、杖をついてよぼよぼ歩いているし、たぶん足手まといにしかならないだろう。でもその気持ちが嬉しいじゃないか。頑張ろう。
「見えました。あそこの山です」
森を抜けると目の前に岩山があった。ゴツゴツして絶壁のようにそびえ立つその姿はさながら堅固な要塞のようだ。岩山の前に大きな岩がある。きっと山から崩れ落ちたものだろう。
「今日は運がいい。外で日向ぼっこをしている。穴から誘い出す手間が省けました」
「外で日向ぼっこ?」
目を凝らす。凶悪な生物らしきものは見えない。
「どこにいるんですか」
「あそこにいるではありませんか」
村長が指差す方向を見る。生物らしきものはいない。岩山から崩れ落ちた巨大な岩があるだけだ。巨大な岩……あれ、よく見ると顔みたいなものがある。岩の上の平たい板ってもしかして翼? 表面は鱗に覆われているし、尻尾みたいなものもあるぞ。
「退治する生物って、まさか、あれ?」
「そうです。今は寝ているようなのでチャンスです」
ヤバイよ。大きすぎるよ。ボクの身長の20倍はあるじゃないか。想像していたのと全然違う。
「ささ、お願いします」
「お願いします!」
村長と村人たちの声に押されて前に出る。どうしよう。時間を止めてぶん殴っちゃおうか。でもあの皮膚、堅そうだな。村人たちの貧弱な武器じゃ鱗一枚はがすのに半日くらいかかりそう。それに時間停止の技はわずかな時間でも消費エネルギーが半端ない。倒しきれなければたちまちピンチに陥る。う~ん、どうしよう。
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