第3話 見知らぬ星で
宇宙共同訓練ステーション
ボクの宇宙初飛行は連邦暦で丸1日続いた。一睡もできなかった。体の周囲を適度な温度、気圧状態に保ちながら酸素を供給する技、それを常にかけ続けていなくてはならないからだ。
「眠ったら死ぬぞ。生体保持の技が解けても助けてなんかやらんからな」
師匠の言葉が頭に響く。単なる脅しだとは思うがこの師匠ならやりかねないという気がして少しの油断もできなかった。空腹を感じてもE鉱の使用は禁止された。あらかじめ用意してきた必須栄養素入りドリンク、これを3度口にしただけだ。
「次の移動は2光年だ。行くぞ」
そして絶え間なく行われる空間縮小術による長距離移動。出発してから何度使っただろうか。かなり遠くまで来た、そんな漠然とした感覚しか残らなくなったころ、ようやく目的の場所に到着した。巨大な宇宙ステーションが恒星の光を浴びて浮かんでいる。
「これが訓練施設か。立派だな」
「立派なのは見てくれだけだ。わしの星のほうがよっぽど暮らしやすいわい」
いつものように師匠は憎まれ口を叩いたが生活は快適だった。なにしろここでは料理や掃除といった面倒な仕事は全て自動化されているのだ。訓練以外の時間は好きなように使える、それだけで快適度は師匠の星より数倍上だ。
「ではこれより宇宙での訓練を始める。少しでも油断すると死ぬからな。気を引き締めてやれ」
「はい」
訓練は到着の2日後から始まった。特に新しい技を覚えるわけではない。これまで習得した技を宇宙空間でも効率よく確実に使えるようにする、それがここでの訓練の目的だ。
「遅い! 外れた! 小さすぎる! 雑! 弱い! 全然だめ!」
師匠の罵倒が頭に響く。思ったよりも難しい。地上では速く走れるのに液体の中では手足すら満足に動かせない、そんな感じだ。
「技の複数発動は基本中の基本だ。早く慣れろ」
技をうまく使えない理由はわかっている。生体保持の技を使いながら別の技を使っているからだ。これまでも同時に複数の技を使うことはあったがごく短い時間に限られた。しかし生体保持の技は常時発動していなくてはならない。そのために技の効果が格段に低下するのだ。
「くそっ」
だからと言って繰り出す技に集中しすぎると生体保持が疎かになる。気圧も温度も酸素濃度も下がり体が言うことを聞かなくなる。覚悟はしていたが想像以上に難易度の高い訓練だ。
「まだまだだな。まあこればっかりは慣れるしかない。気長にいくとするか」
「はい」
この施設では1日の半分以上を訓練に当ててはいけないと決められていた。師匠は不満顔だったがそれが連邦政府の定めた規約なのだ。さすがの師匠も政府の施設で規約を破るわけにはいかないのだろう。半日は完全に自由な時間だ。
「訓練がなければここは天国だな」
特に嬉しかったのは他の訓練生が2名いたことだ。体も質量も大きい岩石系と俊敏そうな植物系。廊下や食堂で出会う時に挨拶を交わす程度の付き合いだが、自分の他にも
「えっ、模擬試合ですか」
「そうだ。せっかく他の訓練生がいるんだからな」
ここへ来て50日ほどたったころ、いきなりこんな話が持ち上がった。訓練生同士の試合だ。
「狩りの対象はほとんどの場合野蛮な宇宙生物だが、たまに知的生命体を相手にすることもある。やっておいて損はない」
特殊能力を持ち宙人になる訓練を受けながら結局正式に認可されない者は非常に多い。そして彼らの中にはその能力を悪用して道を踏み外す者もいる。本来なら連邦警察の管轄なのだが、捕縛の対象が特殊能力者の場合、宙人の力を借りることも多いのだ。
「大丈夫かな。まだ複数技を使いこなせてないのに」
「わしら指導官が見守っているから心配無用だ。死にかけたらすぐ試合をストップさせてやる」
師匠が見守っているとなると逆に心配になってくる。ボクの足を引っ張ってわざと負けさせて「うむ、おまえはまだまだ修業が足りん。さらに精進せよ」とか言い出しそうだ。
「それでは第1試合、始め!」
ボクの心配をよそに試合は始まってしまった。場所はステーション外部の闘技場。宇宙空間なので生体保持の技を常にかけ続けていなくてはならない。最初の相手は植物系の訓練生だ。
(むっ、空間派か)
相手の気配を感じた。ボクの固有空間を読もうとしている。技を繰り出すには対象物の固有時空を正確に把握する必要がある。空間派なら相手の固有空間を、時間派なら相手の固有時を。それを読み切れて初めて技をかけられるのだ。逆に言えば相手にそれらを読まれない限り技をかけられることはない。
(空間変動!)
この技を会得しておいてよかった。自分自身の固有空間を変動させる技だ。これで簡単にはボクの固有空間を読み切れないはずだ。同時に相手の固有時を読みにいく。向こうは変動技を持っていないのだろう。完全に無防備だ。
「よし、読めた。それ!」
技を繰り出す。狩りの修業の時と同じように相手の生命エネルギーを低下させる技だ。たちまち相手が苦しみだした。生体保持の技すら満足に使えなくなってきたのだろう。少し可哀そうな気がして技の威力を弱めた。
「そこまで」
相手の指導官の声が頭に響いた。技の発動を完全に停止させる。勝ったのだ。勝利の喜びに浸っているといきなり師匠がボクの頭を殴った。
「痛っ。何するんですか。ボクが勝ったのに」
「勝ったのに、じゃない。おまえ、試合が終わる前に力を弱めただろう」
「いけませんか。もう勝負はついていたじゃないですか」
「アホ。もしあれがダマシだったらどうする。力を弱めた瞬間反撃されて一巻の終わりだ」
「あっ、そうか」
「宇宙にはずる賢い生物が吐いて捨てるほどいる。最後の最後まで気を抜くな」
「はい」
やはり実戦は大切だな。そこからしか学べないものがたくさんある。
「次の試合、始め」
休む間もなく第2試合が始まった。相手は岩石系。かなり手強そうだ。心して掛からねば。
(やっぱり空間派か)
さっきの相手と同じくボクの固有空間を探っている。空間変動技をかけて相手の固有時を読みにいく。
(ダメだ。向こうも変動技を持っていたか)
さすがに同じようにはいかなかった。相手の固有時はめまぐるしく変わり読み切れない。しばらく膠着状態が続く。少し疲れてきた。
「ふふふ」
相手の含み笑いが頭に響いた気がした。その瞬間、相手の意識がボクの固有時に向けられていることに気づいた。
(しまった!)
固有時を変動させる余裕もなかった。無防備状態だったボクの固有時は完全に相手に把握されてしまった。
「ウグッ!」
間髪を入れず相手の技がボクを襲った。時間術を使った技だ。ボクの生命エネルギーが減少していく。
(だまされた。相手は時間派だったんだ。固有空間を読むふりをしてボクを勘違いさせ固有時を読み取ったんだ)
萎えていく気力を振り絞って相手の固有時を探る。技がかかったことで安心したのだろう、相手の固有時の変動が止まっている。すかさずこちらも技を繰り出す。
「いけっ!」
お互いに技をかけあう形になった。こうなれば消耗戦だ。先にエネルギーを使い果たした方が負けだ。
(まだか、まだか)
その時間は無限に続くような気がした。しかし相手の技の威力が徐々に弱まっていくのが感じられた。やがてボクにかけられていた技が完全に停止したところで相手の指導官の声が頭に響いた。
「そこまで」
かろうじて勝てたようだ。相手は体を丸めて苦しそうにしていたが、すぐに姿勢を整えるとボクのほうへ近づいてきた。頭に声が響く。
「君は強いな。私はこれまで何度も模擬試合をやったが一度も負けたことがなかった。君ほどの力を持っている訓練生は見たことがない。すぐ宙人になれるだろう」
「えっ、そんな、買いかぶり過ぎですよ。師匠にはしょっちゅう怒られているんですから」
「そのうちわかるさ。私が宙人と認定されたらまた手合わせしてくれ。今度は勝つ」
相手はニッコリ笑って去って行った。岩石系と植物系の試合はなかった。ボクがここへ来る前に手合わせしていたからだ。もちろん岩石系の勝ちだったそうだ。
「ねえ、シショウ。ボクってもしかしたら結構強いんじゃないですか」
「たった2度の勝利で調子に乗るな。おまえなぞまだまだひよっこだ」
そう言って頭を殴る師匠。今度はあまり痛くなかった。
それから数十日後、2人の訓練生はステーションから旅立っていった。滞在期間は半年までと決められている。その期限が来たからだ。ただし1年経過すれば再入所が可能だ。
「さあ、わしらは訓練に励むぞ」
ボクたちだけになったステーションで訓練は続いた。半年はあっと言う間に過ぎた。今では複数技も難なく使えるし、常時発動していた生体保持の技はかなり向上した。それなりの成果はあったようだ。
「わしらもついにここを追い出されるか。名残り惜しいわい」
「シショウ、次はどんな訓練をするんですか」
「わしの任務に同行してもらう。政府から請け負った仕事が山のように溜まっているからな。そろそろ片付けんと宙人の認可を取り消されてしまう」
「あれ、ボクの指導官をやっている間はのんびりできるって言っていませんでしたか。これも任務のうちだとか何とか」
「んっ、そんなこと言ったか。まったく記憶にない」
またウソか。仕事をさぼる口実に使っていたんだな。怠け者師匠の尻拭いをさせられるのは癪だけど訓練とあれば仕方がない。
「わかりました。じゃあさっそく片付けましょう。宙人の認可が取り消されて指導官解任なんてことになったら大変ですからね」
「うむ。ではステーションでの半年に渡る訓練の成果を試してみるとするか。手始めに2百光年の空間縮小をやってみろ」
「に、2百光年ですか」
とんでもない無茶振りだ。これまでの最高は5光年、それも1度しかやってない。いきなり40倍の縮小なんて。
「できるかな」
「心配するな。わしが先導するからその後を付いて来ればよい。術の途中で不測の事態が起きればすぐに助けてやる」
「わかりました。ではお願いします」
「よし、行くぞ。意識を集中させろ」
師匠が彼方を睨みつけた。その意識の先を追う。師匠が術を発動させるのに合わせてこちらも発動させる。空間がゆがむ。必死に師匠の後を追う。エネルギーの消費が半端ない。師匠との距離が離れていく。追う。追いつけない。苦しい。
「シショウ、待ってください。シショウ!」
呼んでも振り向いてくれない。術を保てない。暗い。何もかも暗い。意識が薄れていく。
「シショウ……シ、ショウ……」
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