技を使いこなせ
本格的な訓練が始まってから連邦暦で1年が過ぎた。
ボクは大きく成長した。師匠は多くの技を教えてくれた。その技をさらに深めるべく修練に明け暮れる日々。料理や掃除は毎日行っていたが、技の使用が解禁されたのでそれに費やす時間は格段に少なくなった。おかげで今ではほとんどの時間を技の修練に充てられる。
「う~ん、いい風だ」
ボクは空を飛んでいた。師匠が教えてくれた技の中で一番役に立ち一番楽しいのがこの磁場式飛行術だ。あれは大きさと重さの変換訓練が一段落した時だっけ。
「よし。では次に別の力を使う技を教えよう。重さ変換の技を使っているとき、おまえは感じていたはずだ。空間に存在する場を」
「場、ですか。どうかなあ。地表から離れるにつれて弱まっていく気配のようなものは感じていましたけど、それかな」
「それだ。重力が作る場、重力場だ。しかし空間には他の場も存在する。磁場と電場だ。このふたつの場を利用できれば技の種類はさらに多くなる。まずは磁場を利用して移動する技を教えてやろう」
それから師匠の説明が始まった。
ほとんどの星は地磁気を持っている。そしてボクらのような生命体も体内に磁気を持っている。ふたつの磁気が互いに及ぼし合う力を利用して体を移動させるのだ。
もちろん地磁気も体内の磁気も非常に小さいのでそれだけでは体を動かし続けるだけの力はない。そこで重さを増やしたときと似た技を使う。重力場における質量に相当する量は、磁場においては磁荷である。体内の磁荷を大きくし地磁気との相互作用を強くすれば自分の体は磁力線に沿って移動する、というわけである。
「地磁気はSとNの2極ある。片方への加速度を大きくし片方への加速度を小さくすれば大きくしたほうの極へ移動できる。わしらは北半球に住んでいるからN極を目指した方がいいだろう。やってみろ」
「はい」
自重を軽くして宙に飛び上がる。地磁気を感じつつ自分の磁荷を大きくしN極への意識を高める。
「できた!」
もっと苦労するかと思ったが意外に簡単だった。重力場を使った技の応用に過ぎないからだろう。
ボクの体は北へ向かって進み始めた。徐々に高度が落ちていくのは体重を完全にゼロにできないからだ。
「どうだ、初めて自分の力だけで空を飛んだ気分は」
いつの間にか師匠がボクの横を飛んでいた。こちらに合わせて少しずつ下降してくれるのがちょっと嬉しい。
「最高です。でもこれだと北か南に向けてしか飛べませんよね」
「地磁気だけを使えばな。しかし磁気を持つものはたくさん存在する。身近な生物や鉱物もまた磁場を作り出している。それを利用するのだ。そうすれば思いどおりの方向へ移動できるようになる」
「やってみます」
それからは移動技の修練を重点的に行った。もちろん使うのは磁場だけではない。電場もまた有効な移動手段となった。
「自然界は電場であふれている。雲と地面が作る電場は雷を発生させ、乾燥した寒い日には静電気が発生する。体内の電荷を高めればこれらの電場も利用できる」
そして磁場と電荷の複合技。磁場中を運動する電荷は力を受けるので、この性質をうまく利用すればさらに複雑な飛行が可能になる。
移動技の習得が一段落したあとは他の物体にこの技を使う修練も行った。池から水を移動させて水がめを満たす。床のほこりを帯電させて外へ放り出す。家事の効率が飛躍的に向上した。
「でもこれって星の上でしか使えませんよね。宇宙空間ではどうやって移動しているんですか」
「短距離なら重力を使う。銀河には数千億の恒星が存在する。それらが作り出す重力場が宇宙空間には満ちている。行きたい方向の重力場を意識して加速してやればよい」
「なるほど。でもそれなら短距離に限定せず長距離もそのやり方でいいんじゃないですか」
「理論的にはそうだが非現実的なのだ。光の速さまで加速しても銀河の端から端まで連邦暦で数万年かかる。それ以上加速すると消費するエネルギー量が莫大になり術者の生命力が枯渇しかねない。そこで長距離移動に関しては全ての
空間縮小術は空間の距離そのものを短縮する。極端な場合、出発地と目的地を同一地点にすれば瞬時に移動が終了する。やはり空間移動に関しては空間派に分があるようだ。
「時間派なのに空間派の技に頼るなんて、なんだか悔しいですね」
「そんな考え方はよくないぞ。別に対立しているわけではないからな。お互いの長所を取り入れて短所を補っていけばよいのだ。それに空間派も時間移動に関してはわしらの技を使うしかないしな」
時間移動は過去や未来に行く技だ。これに関しては講義で学んだ。時間派の最大奥義と言える技で、これを会得した宙人は数えるほどしかいない。ただし制限がある。再使用不可と同一存在禁止だ。
「一度しか使えないし自分が存在している時間には移動できないってことですよね。どうしてなんですか」
「その理由はわかっていない。使おうと思ってもこの条件に該当する場合は技が発動しないのだ。時空の持つ何らかの禁則に触れているのではないか、と言うのが一般的な解釈だ。おまえも修業を積んでこの究極技を会得してみろ。少しは理由がわかるかもしれん」
「シショウは使えるんですか。どんな修業をすればいいんですか」
「わしはもう使えんよ。自力で頑張ってくれ。さあ移動に関する訓練はこれで終了だ。明日からは別の訓練を始める。空間縮小術は時間派の訓練が全て終わった後で教えてやる」
翌日から始まった訓練はあまり楽しいものではなかった。生物を弱らせ命を奪うことを目的とした訓練、要するに狩りの訓練だったからだ。
「宙人の任務の半分以上は狩りだ。これらの技を使いこなせて初めて一人前の宙人と言える。心して励めよ」
「はい」
生物が生息する星はたくさんあるがボクたちのような知的生命体が住む星は非常に少ない。大部分は野蛮な生物のみが生息している。
それだけなら特に問題はないのだが、次のような事態が発生した場合は連邦政府も黙認はできなくなる。それらの生物が連邦政府所属の星に危害を加えた場合。そして彼らの住む星にE鉱の鉱脈が発見された場合だ。
「E鉱は万能のエネルギー源だ。あらゆる人工装置の駆動源となるだけでなく生命体の活動エネルギーとしても活用されている。E鉱の特質はかなり解明されているがまだまだ不明な点がある。そのひとつは生物進化への影響だ」
これも講義で学んだ。E鉱は生物の隠れた能力を引き出す力を持っていると考えられている。宙人が出現する星には必ずE鉱の鉱脈があるという事実もその説を裏付ける証拠のひとつだ。
知的生命体ならばE鉱によって宙人になるが野蛮な生物が住む星にE鉱があった場合はどうなるか。その答えもすでに出ている。特殊な進化を遂げた生物になるのだ。それらは総称して異進化生物と呼ばれている。そしてそんな生物の体内には通常のE鉱とは異なる特殊なE鉱が存在している場合が多い。数百年にわたって生物の体内に取り込まれているうちに変質し、高濃度のエネルギーを蓄え、増殖してもほとんど劣化しない高品質のE鉱に生まれ変わるのだ。
「特殊E鉱は金になるからな。任務ではなく趣味で狩りをしている宙人もいる」
「それってシショウのことでしょ」
「おや、よくわかったな。指導官面接会場で飛び交ったわしに対する誹謗中傷をまだ覚えていたか。別に非難されるようなことではないのだからその時にはおまえも手伝ってくれ。分け前はきちんと払ってやるぞ」
「お断わりします。任務や訓練なら手伝いますけど、個人の欲望を満たすために能力を使うなんて宙人の風上にも置けない恥知らずな行為だと思いますから」
「やれやれ。まだまだ青いな」
肩をすくめる師匠。ボクは軽蔑の眼差しでそんな師匠を眺めながら、ほんの少しだけど心が動いたことに若干の恥ずかしさを感じていた。
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