第2話 修業はつらくて楽しいもの

師匠の星

 斧を振るって薪を割る。ひと振りで真っ二つに割れたときは気分がスカッとする。始めたばかりのころは途中で引っ掛かって、1本割るのに数回は振り下ろなきゃいけなかった。だけど今では手慣れたもの。どんなに堅い薪でも3回も振り下ろせば真っ二つだ。


「よし、これくらいでいいだろう。次は水汲みだ」


 水桶をぶら下げて森の中にある湧水池へ向かう。時空術を使えばすぐ済むんだけど作業中は術を使うなと師匠に言われているので時間がかかる。何往復もして風呂桶と水がめを池の水でいっぱいにする。


「そろそろ米を炊いておくかな」


 米を炊くのは1日1回、夕食前だ。この星は1日の時間が短いので食事は朝と夕の2回。夕方炊いた米はおにぎりにして翌朝食べる。


「ふーふー、今日は火の着きがよくないな。昨日の雨のせいかな」


 割った薪をかまどにくべて釜で米を炊く。あとは師匠が今日のおかずを持って帰って来るのを待つだけだ。


「今日も平和に過ごせてよかったなあ」


 この星の恒星が沈もうとしている。橙色に染まり始めた空を眺めながらボクはぼそりとつぶやいた。


「いつまでこんな日が続くんだろう……」


 この星で見る夕焼けは今日でちょうど100回目。その間に銀河連邦暦で66日もたってしまった。


「ここがわしの暮らしている、そして今日からはおまえの修業の場となる星だ」


 指導官が決まり実技訓練課程への進級が認めらたボクは師匠に連れられてこの星へやってきた。面接の2日後のことだ。


「うわあ~、何と言うか、ド田舎星ですね」


 ボクが生まれ育った星もかなり田舎だったが、この星の田舎指数は想像を超えたものだった。人工物がほとんど見当たらない。と言うか、師匠の家らしきものしかない。それもきちんと作られた建物ではなく素人が適当に木を切って適当に組み上げた小屋のようなものだ。


「えっと、もしかしてあの家は師匠の手作りですか」

「そうだ。術を使わず道具とわしの手だけで完成させた。たいしたものだろう」


 いや、長く住む家ならば術を使ってきちんとしたモノを作るべきではないでしょうかと言いたかったのだが、弟子が師匠に意見するのは差し出がましいと思ったのでやめておいた。


「えっと、他に住んでいる人はいないのですか」

「おらぬ。ここはわしが所有する星だからな。星全てがわしの私有地だ」

「えっ、本当ですか!」

「こんなことでウソをついても仕方なかろう。宙人そらびとならばそれくらいの財は簡単に稼げる」

「暑くもなく寒くもなく自然が多くていい星ですね。かなり高かったんじゃないですか」

「いや、安かった。買った当初は氷に覆われた酷寒の星だったからな。そのままではとても住めないのでちょっと公転軌道を変えて恒星に近づけてやった。そのおかげで極楽のように住みよい星になったわい。はっはっは」


 これはどうもウソくさいな。まあツッコンでも仕方がないので何も言わないでおこう。


「さておまえの訓練についてだがさっそく明日から開始するつもりだ。指示に従って励めよ」

「はい。頑張ります」


 そうして指示されたのが薪割りと水汲みと食事の支度である。その他にも掃除、洗濯、畑の野菜の世話、水田の雑草駆除と、これまで経験のない作業ばかりだった。食事は米を炊いたご飯。畑の野菜、そして師匠が獲ってくる見たこともない生物を調理したモノだ。


「こんな暮らしもあるんだなあ」


 ボクの星は田舎だけど文明ははるかに発達していた。あちこちに生えている木や草は全て鑑賞用だ。口にする植物や動物などの食材は中央の食料センターで生産、処理されて各地に配られる。そのほとんどが調理された状態で店に並ぶのでそのまま食べるだけだ。掃除や洗濯は家の中に組み込まれたシステムによって自動的に行われる。それもこれもE鉱によって豊かになったおかげだ。


「どうだ、訓練の調子は」

「はい。なんだか新鮮で楽しいです」


 初めての経験とはそういうものだ。どんなに単調な作業でも楽しく感じられる。しかし日がたつにつれてだんだん飽きてきた。そもそもこんな作業が宙人の訓練になるのだろうか。「術を使って効率よく行えるように工夫しろ」という指示なら納得できるが、「術を使わず手と足と頭で工夫しろ」という指示のどこに訓練の要素があるのだろう。


「シショウはどういうつもりなのかな」


 ボクの焦燥感は次第に大きくなっていった。師匠の真意を問いただしたいところではあるが、それは師匠の教えを否定する行為のような気もした。

 思いきって訊いてみようか、それともこのまま我慢して次の指示を待とうか、ふたつの思いに挟まれたまま今日までズルズルと過ごしてしまった。


「おーいデシ、今帰ったぞ。今日は魚だ。焼いて食おう」


 師匠が魚をぶら下げて帰ってきた。ちょうどご飯も炊きあがった。かまどから釜を下ろして網を置き、その上に今日の収穫である5匹の魚を並べて塩を振る。焼き上がる間に味噌汁を温め、畑の野菜でサラダを作る。


「いただきます」


 食べる。おいしい。


「ごちそうさまでした」


 食後のお茶を飲む。膨れた腹を撫でる。

 こんなことを今日まで何度繰り返したことだろう。何の進歩もない。昨日も同じだった。きっと明日も同じだろう。来年も再来年も同じなのだろうか。


「あの、シショウ。ボクはいつまでこんな生活を続ければいいのですか」

「なんだ不満なのか。飽きたのなら終了してもいいぞ。料理も家事も卒なくこなせるようになったし、これなら宙人にならずとも大丈夫。立派に暮らしていけるぞ」

「はあ?」


 聞き捨てならない言葉だった。ボクは師匠に向き合うと語気を強めて言った。


「シショウ、今何と言ったのですか」

「料理も家事も卒なくこなせる……」

「その後です。宙人にならずとも大丈夫、と言いませんでしたか」

「言った」


 まるでそれが当たり前のように平然と答える師匠。温厚なボクもさすがに怒らずにはいられない。


「どういうつもりですか。ボクは宙人になるためにこの星へ来たんですよ。それなのにシショウはそれを否定した。おかしくありませんか」

「あれ、おまえまだ宙人になるつもりだったのか。とっくに諦めたと思っていたのに」

「諦めてなんかいませんよ。その証拠にシショウの指示どおりの訓練を毎日こなしているじゃありませんか」

「ふっ、おまえ勘違いしているぞ。だれが宙人になる訓練だと言った。あれは宙人になるのを諦めさせる訓練だ。おかしいと思わなかったのか、バカめ」

「なっ……」


 開いた口が塞がらない。こんな師匠を信じていたなんて、本当にバカだ。


「ひどいじゃないですか。だますなんて」

「誰もだましてやいないぞ。面接の時に言っただろう。何年もムダな訓練をするより今諦めたほうがいいと。全てはおまえのためを思ってこそだ」

「シショウはボクが宙人になれないと本気で思っているんですか」

「いや、頑張ればなれるかもしれない。だが宙人なんかになったところで楽しいことはほとんどないぞ。連邦政府に監視され、無茶な任務を押し付けられ、命の危険を冒して完遂すればまた次の任務がやってくる。心休まる時がない。それに比べて今の生活は極楽そのもの。毎日食って寝て青空を眺めてぼーっとしていればいいのだからな」

「それはおかしいですよ。現にシショウはのんびりした生活をしているじゃないですか。宙人なのに」

「これは指導官という任務を与えられているからだ。おまえの師匠でなくなればすぐ元の生活に逆戻りだ。このまま永遠に弟子と師匠の関係が続けばわしにとっては願ったり叶ったりだな、うむ」


 納得した。あれだけ面接でひどいことを言っておきながら指導官を希望するなんておかしいと思っていたんだ。ボクのためじゃなく自分がのんびりしたいから指導官になったんだな。


「そんなの無責任すぎますよ。指導官になった以上はきちんと訓練してください」

「やれやれ。これだけ言ってもまだわからんのか。諦めの悪い弟子ほどカワイイと言うが本当だな」


 師匠がボクの頭を撫でた。これじゃ弟子と言うより孫だよ。


「これ以上の説得は無理のようだし、おまえの決心がそこまで固いのなら仕方がない。明日から宙人になるための訓練を始めるとしよう。だがひとつだけ約束してくれ。最優先するのは任務遂行でも他人の命でもなく自分の命だということを。どんな場面でも自分を守ることだけを考えて行動すると。できるか?」

「できます」


 胸を張って答える。師匠は無言でうなずいた。その瞳には厳しさと、そしてほんの少しだけ哀しい光が宿っていた。



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