弟子は師匠を選べない
もはや誰が何を喋っているのかもわからぬ状態の中、老人の横に座っていた
「静粛に!」
それは心に響く声だった。同時に不思議な安らぎが胸の中に広がり始めた。おそらく宇宙術の一種だったのだろう。それまでの喧噪がウソのように面接会場は静まり返った。どうやら彼がこの場の座長を任されているようだ。
「意見も出尽くしたようですしそろそろ決を採りましょう。彼が実技訓練課程へ進むことに賛成の者は挙手を願います」
9人の宙人が手を挙げた。挙げなかったのは言うまでもなくあの老人だ。
「賛成多数。よって彼の実技訓練課程への進級は認められました」
「ありがとうございます」
立ち上がって頭を下げる。「ちっ」という老人の舌打ちが聞こえてきたが気づかないふりをした。
「では次に、彼の指導官を希望するものは挙手をお願いします」
「ええっ!」
驚きすぎて椅子からズリ落ちそうになった。それは信じ難い光景だった。宙人の全員が手を挙げていたのだ。
「こ、こんなにたくさんの皆さんに、えっと、あの、とにかくありがとうございます」
立ち上がってお辞儀をする。嬉し過ぎて体が震えてしまう。
それにしてもあの老人が挙手したのは意外だった。進級に反対しておきながら指導官を希望するなんて。ボクにE鉱集めを手伝わせようとしているという宙人たちの懸念は本当なのかもしれないな。
「全員希望となると選ぶのは難しいですね。ここはひとまず本人の希望を聞いてみるのが……」
「その必要はない。わしがやる」
座長の言葉をさえぎって老人が発言した。傍若無人な態度はまだ継続中みたいだ。
「ご老人、それは身勝手にすぎるのではないですか」
「身勝手ではない。わしが一番の適任者なのだからわしが指導する。それだけのことだ」
さすがに気分が悪くなった。この老人、自分の姿が見えていないのかな。
「どこが適任なんだよ。これまで一度も指導官を務めていないくせによくそんなことが言えるもんだ。経験豊富な座長こそが一番の適任者なんじゃないのかい」
ぞんざいな態度の宙人の言葉に大賛成だ。うん、あの座長さんなら温厚そうだし楽しく訓練に励めそうだ。
「経験で言えば確かにそうだ。だが座長はあの少年とは人種が違いすぎる。今は宇宙術で体を小さくしているが本来の大きさは5倍。そして寿命は10倍以上だ。適切に指導できるとは思えぬ」
「ならば私はどうだ。大きさも寿命も彼とはさほど変わらない」
そう言ったのは岩石系の宙人だ。あの人もたくましくていいな。
「いや、あんたは酸素を必要としない。E鉱から直接エネルギーを吸収して活動している。酸素呼吸の少年とは根本的に生体が違いすぎる」
「それならあたしではどうかしら。酸素を取り入れて活動しています」
翻訳機を介して発言したのは、拍手でボクを応援してくれた植物系の宙人だ。やっぱり声が出せないみたいだな。
「あんたの体には発音機構が備わっていない。遠隔話法か翻訳機を介してしか意思疎通ができぬ。それでは細かい指導は無理だろう」
「オレはどうだ。喋れるし酸素呼吸もしているぞ」
ぞんざいな態度の宙人だ。あの人はちょっと嫌だな。
「だがあんたたちは無性生殖だ。女、男といった区別がない。お年頃の少年を指導するには不向きと思われる」
「恋の悩みなら僕に任せてくれないかな。親身に指導できると思うよ」
兄と同じくらいの宙人がボクに手を振ってきた。あの人なら友人みたいな気軽さで付き合えそうだ。
「あんたはわしの次くらいにふさわしいかもしれんな。だが食物摂取を必要としない点は大きなマイナスだ。食べる、という快楽を知らぬ宙人に食べ盛りの少年の心情は理解できぬだろう」
こうして老人は次々と宙人たちの発言を退けていった。9人目の宙人が「やれやれ口だけは達者なのだな。わかったよ諦めるよ」と発言したときには、誰がボクの指導官になるか、その答えはほぼ決まってしまっていた。
「他に意見のある方は挙手をお願いします」
座長の言葉に応じる者はいなかった。ボクの心は失意の崖っぷちに立っていた。
「それでは登録番号2の宙人を指導官とすることに賛成の者は挙手を願います」
宙人の全員が手を挙げた。崖っぷちに立っていたボクの心は失意のどん底に突き落とされた。登録番号2の宙人とは言うまでもなくあの意地悪老人だ。
「賛成多数。よって指導官は登録番号2の宙人に決まりました」
「これからよろしくな。ふっへっへっへ」
老人が気味の悪い声で笑っている。泣きたくなる気持ちを抑えてボクは挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いしまっす」
また噛んでしまった。今日は本当にツイてない。
「宙人進級認定並びに指導官選任会議は以上にて終了です。宙人のみなさん、本日はありがとうございました」
座長の閉会の辞とともに宙人たちは席を立ち会場の外へ消えていく。ボクはひとりひとりに頭を下げて彼らを見送った。最後にあの老人が来てボクの肩を叩いた。
「わしの修業は厳しいぞ。おまえみたいに軟弱なヤツに耐えられるものではない。今ならまだ引き返せる。宙人になるのを諦めてはどうだ」
「そ、そんなことは……」
「別に恥ずかしいことではない。正式に認定される者より実技訓練で脱落する者のほうが多いのだからな。何年も修業した後で諦めるくらいなら今諦めたほうが無駄な時間を使わずに済むだろう。ほれ、素直になれ。諦めると言え、ほれほれ」
老人はにやにや笑いながらボクの胸をつついてくる。その顔を見ているうちにだんだん腹が立ってきた。尊敬すべき宙人だとしても、どうして初対面の老人にこんな言われ方をされなくちゃいけないんだ。別の宙人が指導官になっていたらきっと励ましてくれたはずなのに。
「いいえ、ボクは絶対に諦めません。あなたの訓練がどんなものであろうと絶対に耐え抜き、そして必ず正式な宙人になってみせます」
「ほう、威勢がいいな。その言葉、後になって悔やんでも遅いぞ。さて、わしらも見送るとするか」
老人の両手がいきなりボクの両脇に差し込まれた。何をするつもりなんだろうと思う間もなくボクの体は空に舞い上がっていた。
「わわ、浮いてる。飛んでる」
「身ひとつで飛ぶのは初めてか。気持ちいいだろう」
「はい。でもどこへ行くんですか」
「見送りだ。宙人たちはおまえのためにわざわざ時間を作ってこの星まで来てくれた。いわばおまえの客だ。帰る客を見送るのは当然の礼儀であろう。さあ、追いつくぞ」
飛ぶ速度が上がった。老人はぐんぐん高度を上げていく。やがて前方に人影が見えてきた。9人の宙人がV字型になって飛んでいる。老人は彼らを追い越すとV字の頂点を飛んでいる座長に声を掛けた。
「先頭を代わろう。今日はご苦労だったな」
「見送りですか。無理はなさらないように」
老人とボクは9人を先導するように飛んだ。何の障害物もないただっ広い空間と心地良い疾走感。さっきまで心の中にわだかまっていた失意や不安はいっぺんに吹き飛んでしまった。
「これが宙人の能力なんですね」
「そうだ。宙人ならばこのまま銀河の果てまで飛んでいける」
しかしその楽しさは長く続かなかった。雲を突き抜け空の青さが徐々に黒く染まり始めると、息苦しさと寒さを感じるようになった。呼吸が乱れて息が荒くなる。
「はあ、はあ」
「この辺りが限界か」
老人が飛ぶ速度を緩めた。それなりに気に掛けてくれているようだ。ボクと老人はV字の隊列から離れた。後続の宙人たちが次々に飛んできてボクらを追い抜いていく。
「頑張れよ!」
「君ならすぐ認可されるさ」
「またどこかでお会いしましょう」
ひとりひとりから掛けられる言葉は冷えたボクの体と心を温めてくれた。最後の座長の姿が見えなくなるころにはすっかり気分が良くなっていた。
「どうだ、宙人は」
「会うまでは雲の上の存在だと思っていました。でもこうして会って話をしてみると、なんだかボクらと変わらない普通の人たちのような気がします」
「ははは。確かに今日集まってくれたのは気さくなヤツらばかりだったな。だが彼らはみな途轍もない能力を持っている。そしてそれを手に入れるために尋常ならざる努力を積み重ねてきたのだ。そんなヤツらが全員おまえの指導官になることを望んだのだ。もっと自分に自信を持ってもいいのではないかな」
「えっ?」
これまで意地悪ばかり言っていた老人の言葉とは思えなかった。ボクは老人の顔を見つめた。深く刻まれた皺と鋭い眼光を放つ瞳。しかしその眼差しは慈愛にあふれていた。海のような深い優しさが感じられた。
「どうした、わしの顔に何か付いているか」
「い、いえ。あの、そう言えばまだ名前を聞いていませんでしたね。教えてくれませんか」
「わしのことはシショウと呼ぶがいい」
「シショウ、ですか?」
「うむ。わしの星で師匠という意味の言葉だ。わしはおまえをデシと呼ぶ。わしの星で弟子という意味の言葉だ」
「わかりました。これからよろしくお願いします、シショウ」
「精々頑張るがいい、デシ」
師匠の体が降下を始めた。空の黒さが薄れ青色が濃くなっていく。楽になった呼吸と次第に暖かくなっていく空気を感じながら、9人の宙人が消えていった遠くの空をボクはいつまでも眺めていた。
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