10人の宙人

 間違いなく今のボクは緊張していた。心臓はバクバクと音を立てているし手のひらには汗がにじみでている。でもそれは当然だ。ボクを取り囲むように扇状に配置された机越しに、10人の宙人そらびとがこちらを凝視しているのだから。


「えっ、実技訓練の指導官は宙人なんですか!」


 実技訓練の概要説明はついさっき行われた。その途中でボクは大声を上げてしまった。実技もこれまでと同じく連邦政府から派遣された役人が指導してくれると思い込んでいたからだ。


「そうだ。これからは常に宙人と行動を共にしてもらう。訓練中はもちろん食事、睡眠、息抜きといった日常生活も全て一緒だ。宙人に任務が発生した場合は同行してもらう。宙人の一挙手一投足を間近で観察し、その技の素晴らしさを直接体験することこそ、自分の技を高めるための一番の近道なのだからな」

「えっと、それでボクはどんな宙人に指導してもらえるのですか」

「それは宙人が決める。今日、10名の宙人がこの星に集まってくれた。これから君はこの10名の面接を受ける。書類審査及び自己アピールと質疑応答を経たのちに、誰が君の指導を受け持つか決定されることとなる。もちろん決まらない場合もある。全ての宙人が君の指導官となることを拒否した場合だ」

「そうなったらボクはどうなるんですか。今までみたいに連邦の役員が指導してくれるんですか」

「そんなわけないだろう。決まるまで何度でも面接が行われる。ただし期限がある。半年たっても指導する宙人が決まらなければ落第だ。故郷の星に帰ってもらうことになる」

「半年、ですか」


 これは気合いを入れて臨まなければならないだろう。訓練して見込みがないと言われるのなら諦めもつくが、面接の段階で落第になってしまったら故郷の星のみんなに合わせる顔がない。

 連邦共通語を話せるのは本当に幸運だった。万能翻訳機は優秀だが微妙なニュアンスまでは訳しきれない。初対面の相手に好感を持ってもらうには第一印象が大切だ。普段どおりの自分を心掛けよう。

 そして面接が始まった。


「……以上です。宙人のみなさん、よろしくお願いしまっす」


 やってしまった。最初の挨拶で思いっきり噛んでしまった。大失敗だ。

 一番右端の人がクスリと笑った。優しそうな感じだ。あの人に選んでもらえるといいな。


「単刀直入に訊こう。おまえは宙人になって何がしたいんだ」


 いきなり質問してきたのは正面に座っている老人だ。白髪と厳めしい顔。かなりな高齢だ。あの人はちょっと遠慮したいな。


「はい。宙人は科学を超越した力を持っています。使い道を誤れば多くの生物を不幸にしてしまいます。宙人の力は幸福のためにこそ使われなくてはなりません。より多くの幸福で銀河連邦を満たせるように頑張りたいと思います」


 よし、うまく答えられたぞ。一番左端の人が拍手をしてくれた。肌が緑色なのできっと植物系の人なのだろう。ちょっと人種が違うけどあの人でもいいな。


「年の割にはしっかりした考えを持っている。書類を見る限りでは特に問題もなさそうだ」


 右から3番目の人は岩石系かな。頭は固そうだけど頼りがいがありそうだ。どんな危険が迫ってもすぐ助けてくれるに違いない。


「ふん、くだらん。何が銀河に幸福を、だ。そんなものは単なる理想に過ぎん。一番大切なのは自分の幸福だ。銀河連邦がどうなろうとわしらの知ったことではないわ」


 最初に質問をした老人が吐いて捨てるように言った。連邦のために働いている宙人とは思えない言葉だな。いや待てよ。これはきっとボクを試しているんだ。ここであくまで持論を押し通した方がいい。


「ボクはそうは思いません。自分の力を使って他人を不幸から救い出せれば、それはボクにとってとても幸せなことだと思います。宙人になった以上、銀河の平和のために尽力することはとても大切だと思います」


 一番左端の人がまた拍手をしてくれた。心遣いがありがたい。でも拍手するだけで少しも喋らないんだよな。発声器官を持っていないのかもしれないな。


「マニュアルどおりの受け答えだけど悪くないんじゃない。最近の生意気な子どもたちよりはよっぽどマシだよ」


 右から二番目の人はかなり若い。一番上の兄と同じくらいかな。ちょっと頼りなく見えるけど年も近いし気が合いそうだ。

 これまでのところボクの受け答えに問題点は見いだせない。宙人の方々の好感度はまずまずといったところか。あの正面の老人を除けばだけど。


「半人前の分際で利いたふうな口を叩くものではないぞ。ならば別の質問だ。自分の力では到底助けられないような場面に遭遇したらおまえはどうする? 諦めて立ち去るか。それとも自分の命を顧みずに助けようとするか。どっちだ」


 あの老人、どうしてこんなに意地悪な質問ばかりするんだろう。ボクが気に入らないならさっさと立ち去ればいいのに。どうせ指導官になる気なんか少しもないんだろうから。


「それは……」


 すぐには答えられなかった。老人だけでなく他の宙人もボクの答えを待っている。何か言わなくちゃ。


「見過ごすことはできません。力の限り助ける努力をすると思います」

「その結果、おまえが命を落とすことになっても構わないのだな」

「……」


 完全に言葉に詰まってしまった。質問が漠然とし過ぎている。ボクの家族を助けるためなら命を投げ打つ覚悟はある。でもこんな意地悪な老人を助けるために命を捨てるなんて真っ平御免だ。

 下を向いたまま黙っていると一番右端の人が助け舟を出してくれた。


「ご老人、大人げない振る舞いはそのあたりで終わりにしていただけませんか。これでは面接になりません」

「どこが大人げないと言うのだ。わしにはわしの考えがあって質問しているのだ。とやかく言われる筋合いはない」

「いいえ、言わせていただきます。これまで一度も指導官招請に応じなかったあなたが、どうして今回に限って参加しているのですか。私だけでなくここに集まった宙人全員があなたに不審感を抱いています。別の目的があるのではないか、と」


 厳めしい老人の顔に凄みが加わった。まるで噴火寸前の活火山だ。


「別の目的とは何のことだ!」

「異進化生物狩りだよ」


 左から二番目の人がぞんざいな言葉を投げ掛けた。言葉だけでなく態度もぞんざいだ。両足を机の上に投げ出して座っている。老人の次に関わりたくない宙人だな。


「宇宙生物を狩って何が悪い」

「悪くはないさ。だがあんたは連邦の任務をほったらかして狩りを続けている。そして生物の体内から取れる特殊E鉱を全て自分の懐に収めている。そろそろひとつの星系を買えるくらい貯まったんじゃないのかい。それともまだ貯め足りないのかい」

「余計なお世話だ。それにその件と今回の面接は関係なかろう」


 語気を荒らげる老人。一番右端の人も議論に加わった。


「いいえあります。ご老人、あなたはもう年です。体も昔のようには動かないはず。そこで指導官という名目で訓練生に生物狩りを手伝わせようとしているのではないか、そんな疑惑が持ち上がっているのです」

「そんなつもりはない」

「じゃあどうして今回だけ参加しようと思ったんだよ。これまで一度も顔を出さなかったくせに」

「その理由を話す義務はない」

「もしそれが本当だとしたら由々しきことですな」

「本当ではない。言いがかりだ」

「連邦政府に報告したほうがいいんじゃないかなあ」

「好きにしろ」

「あんた、下手すりゃ宙人の認可を取り消されるぜ」

「そうしたきゃするがいい。宙人なんぞこっちから願い下げだ」


 ボクは完全に蚊帳の外に追いやられていた。面接会場は老人の怒号と他の宙人たちの非難の声が飛び交って収拾がつかなくなってしまった。


「宙人って、なんだか子どもっぽいな」


 これまで雲の上の存在だった宙人の本当の姿を見せられたようで、小さな失望と大きな親近感を抱き始めていたボクだった。

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