新しい星での新しい暮らし

 連れて来られた星での生活は快適だけど退屈だった。講義と課題、生活の大半はそのふたつで埋め尽くされた。

 幸運だったのはボクの使っている言葉が銀河連邦共通語だったことだ。中心部から離れた田舎の星でなくても、たいていの星は独自の言語を持っている。ひとつの言語だけでなく地域ごとに複数の言語を使っている星もある。

 ボクらの星もかつてはそうだった。古代の遺跡に行けば見たこともない文字が刻まれている。今はもう一部の学者しか読めないし意味もわからない。


「E鉱で全てが変わったんだよ」


 数百年前にE鉱の鉱脈が発見されるとボクらの星は銀河連邦の監視下に置かれた。資金や設備、採掘技術は政府が提供してくれるが、実際に現場で働くのはボクらの星の住人だ。作業を円滑に進めるには政府との意思疎通を確実なものにしておかなくてはならない。そのために言語改革が執行された。

 ボクらの使っていた言語と文字は廃棄され連邦共通語の使用を強要された。反発する者も多かったが政府の強大な権限の前ではそんな抵抗など蟷螂の斧と同じだ。共通語はあっという間に住人たちに浸透した。かつて使われていた言葉や文字は遺跡や記憶装置の中にしか存在しない。


「ここでは連邦標準暦を使ってもらう」


 生活のリズムが故郷の星とあまり変わらなかったのも幸いした。生物が生息しているほとんどの惑星はひとつの恒星に属して自転と公転をしている。その結果、日と年という概念を持つようになる。自転周期と公転周期によって決められるその時間間隔は星ごとにバラバラだ。それでは不便なので連邦政府は標準暦を定めた。

 銀河連邦に属する惑星は自分たちの暦と標準暦のふたつを持っている。運の良いことにボクらの星の暦は標準暦とあまり差がなかったのだ。なかなか食事の時間が来ないし、眠くなっても就寝時間にならなくて最初はちょっとつらかったけどすぐ慣れることができた。


宙人そらびとか。そんなのが存在していたんだなあ」


 新しい星に来てから多くのことを学んだ。その中で特に興味深かったのは宙人に関することだ。宙人の正式名称は宇宙的特殊能力者。現代科学では解明できない能力によって発動する術――それらは総称して宇宙術と呼ばれている――を持つ生命体をそう呼んでいる。

 発動される術は各自異なっている。しかし共通しているのは時間と空間に介入して発動する術、時空術だ。どんなに特殊な宇宙術を持っていても時空術を持たない者は宙人とは呼ばれない、それくらい重要な術なのだ。


「それじゃあボクらの星の子どもたちはみんな宙人なんだね。だってほとんどの子は小さい時に一度はその力を持つんだから」

「広い意味ではそういうことになる。だが厳密にはそうではない。君のように自ら制御できなければ時空術を保有しているとは言えないからな。そしてそのような能力を持つ者は滅多に出現しない。あの星でこの術を保有していると認められたのは君で3人目だ」


 最初のひとりは数百年前。E鉱の鉱脈発見のきっかけを作った人だ。ボクらの星がこんなに豊かになったのも彼のおかげと言える。ふたり目はそれから百年ほど後、女の人だったようだ。どちらももう寿命を全うしてこの世にはいない。


「そして3人目がボクなのか。でもどうしてボクなんだろう。頭も悪いし運動だって苦手なのに」

「宇宙術の原理同様、能力開花条件も現代の科学では解明されていない。それに君もまだ正式な宙人と認められたわけではないんだ。今の段階ではあまりにも非力だからね。この程度の状態が続くようならば元の星に戻って今までどおりの生活を送れるようになるよ」


 宙人は連邦政府によって厳重に管理されている。時間と空間に関与する彼らの能力は非常に有用であるが同時に危険でもあるからだ。その気になればひとつの惑星を滅ぼすことすら可能だ。

 それゆえ能力を保有しているとみなされた者は全員政府の検閲を受ける。そして銀河連邦に害を為す恐れがあると判断された者はその自由を奪われる。最悪の場合、抹殺されることもある。酷い話ではあるが連邦の平和を維持するためには仕方のないことだ。


「もしボクのこの力が今以上に大きくなったらどうなるの」

「そうなればさらに大きくして正式な宙人になってもらう。そして銀河連邦のために働いてもらうことになる。連邦に認められた宙人ならばどこへ行っても英雄扱いだ。富も名誉も簡単に手に入る」

「英雄かあ。でもボクはそんなに偉い人じゃなくても毎日幸せに暮らせればそれでいいや」

「君は欲がないな。まあどうなるかはこれからの君の頑張り次第だがね」


 ボクは与えられる講義と課題を淡々とこなしていった。この星で宙人の予備課程を受けているのはボクひとりだけど、別の星では同じような者が数名いるらしい。いずれもボクと同じく連邦暦で10才以下の子どもばかりだそうだ。仲間がいるとわかって少しだけヤル気が出た。


「母さん、ボクは元気でやってるよ」

「そうかい。食べ過ぎには気をつけるんだよ」


 故郷の家族とは毎日就寝前に会話ができた。空間に投影された三次元の姉や兄はみんな機嫌が良さそうだった。


「3人目の宙人誕生ってことでオレたちも鼻が高いよ」

「星中がお祭りみたいになっているのよ。早く正式な宙人になって帰って来てね」

「無理するんじゃないよ。できないことはきちんと断るんだよ」


 舞い上がる姉や兄とは対照的に父と母の表情は冴えなかった。栄光の裏には必ず陰がある。宙人とて例外ではない。それがわかっていたからだろう。


 この星に来て半年ほど経過したある日、担当教官から告知があった。


「今日で座学は終了だ。3日後、修了試験を行う」


 一気に嬉しくなった。ようやくこの退屈な日々とお別れできるのだ。


「それに合格すれば正式な宙人と認められるんですね」

「いいや。合格すれば次は実技訓練に入る。正式な認可が下りるのはそれをパスした後だ」


 嬉しさが一気にしぼんでしまった。


「実技訓練はどれくらい続くんですか」

「それは人によって違う。1年で終わる者もいれば10年たっても終わらない者もいる。何十年も訓練を積んでモノにならず、結局正式な宙人になれぬまま帰還した者もいる。まあ君の頑張り次第だな」


 しぼんだ嬉しさが落胆に変わってしまった。まだまだ前途は険しいようだ。


 修了試験は一発で合格できた。実技訓練に入る前に10日間の休暇が与えられた。ボクは半年ぶりに故郷の星へ帰ることにした。家族だけでなく星の住人全員がボクを歓迎してくれた。


「ようやく講義が終了しただけなんですよ。まだなれるかどうかもわからないんですよ」

 と説明してもまるで聞く耳を持たない。もう正式に認定されたかのような盛り上がりぶりだ。


「もし実技訓練で落第なんかしたら大変なことになりそうだ。恥ずかしくてこの星に帰って来れないや」


 他人に期待された経験がまるでなかったボクにとってこの大騒ぎは少しも嬉しくなかった。むしろプレッシャーでしかなかった。浮かない顔のボクを見て母は胸中を察してくれたようだ。穏やかな声でこう言ってくれた。


「気にすることはないよ。誰もおまえが宙人になるなんて本気で思ってやしないんだから」

「えっ。それならどうしてあんなに盛り上がってお祝いまでしてくれているの?」

「今しかお祝いできないからだよ。数年後、結局認定されずに戻ってきたらバカ騒ぎができないだろう。それで今のうちに騒いでおこうってわけなのさ。それくらい宙人になるのは難しいし、その難しさはみんなわかっている。だからね、落第しても気を落とさずに帰っておいで」


 それが真実なのか、それともボクを思って作り出した母の嘘なのか、判断はできなかったがとりあえず気は楽になった。


 こうして10日間の休暇は瞬く間に終わり、ボクは次の実技訓練に取り組むこととなった。

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