第2話

「ふなぁ~ご」


 ぽふぽふと柔らかい、しかしなかなか力強い感触で目が覚めた。さっきから何かが私の頬を執拗に押している。地味に痛い。


「ん~…………うぐ、起きる、起きるから」


 重たい頭を揺すりながら身体を起こす。すると、うっすら開いたカーテンの隙間からこぼれた光が容赦なく寝ぼけ眼に直撃した。


「まぶし…………」


 反射的に日光から逃れた私は、その勢いのまま再び布団に倒れ込んだ。寝返りをうって横を向くと、枕元に佇む小さな同居人と目が合った。


「ふにゃあ」


 甘えたような声で、茶トラ模様の彼女はこちらに顔を近づけた。先月うちのベランダに転がり込んできたこの猫は、何もしなくても食事が出てくる環境がすっかりお気に召したようで、いつの間にか我が家に住み着いていた。だから飼い猫というよりは同居人、それか居候というふうに私は感じている。


 私はボサボサのセミロングを手櫛で梳かしながらスマホを手にとった。時刻は朝6時51分。アラームの設定時刻よりも10分くらい早い。ため息をついて、お行儀良く座っている猫を少し乱暴に撫でる。


「もう慣れてきたけどさ、もーちょっとゆっくり寝かせてくれてもいいんじゃない?」


 あと10分。せめてそれだけの間でもそっとしておいてくれたら、もう少し夢の中にいることができたのに。

 ……夢? そういえば、どんな夢を見てたんだっけか。


「あ、そっか」


 左右にゆっくり揺れ動く尻尾を見て思い出した。私、夢の中で猫になってたんだ。


 ***


 今は猫一匹、人ひとりの生活だけど、少し前まで私はこのアパートで一人暮らしをしていた。ついでに言うと数年前までは家族と一緒に田舎暮らし。両親は比較的寛容な人で、高3の夏に私が突然「ちょっと東京に行こうと思うんだけど」と言い出してもそんなに驚かないでゴーサインを出してくれた。


「『まり』なんて名前にしたせいかしらね、まりみたいにどんどん転がっていくんだから……」


 そんな風に母は度々口にしていたが、実際そんな感じでなんとなーく上京し、「なんか絵、描きたいな~」という理由で専門学校に進学。なんやかんやで卒業した後、縁があって密かな憧れだった絵を描く仕事に就いている。運が良かったというのも大きいけれど、東京に来てやってみたかったことの半分くらいは叶ったような気がする。もう半分はまだ叶えていないか、思い通りにならなかったことだ。


 ここでなら華やかで自由な、自分らしい暮らしができる。そんな期待を込めて上京した。事実として物も人も故郷より多いので退屈することだけはない。ただ何もかもが目まぐるしく通り過ぎていくもんだから、時々目眩がする。マイペースな性格のおかげで無理に人に合わせようとして疲弊することはほとんどない。でも、普通に生活しているだけでも少しずつ何かがすり減っていくような心地がした。あと生活費がギリギリで辛い。お金欲しい。


「はい、どーぞ召し上がれ」


 コトン、とキャットフードの入ったお皿を置くと、猫はその音にすぐさま反応して、トコトコとこちらに歩いてきた。こうして夢中になって食べている様子を見ていると心が癒やされる。日々の疲れが吹っ飛ぶくらいだ…………疲れの原因、3割くらいは猫のせいだったりするんだけどね。

 

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