38 人生初牢獄、そして大脱出

「さやかちゃん! 絶対助けるからね! 暴れたりしないで、おとなしくしてて!」

「せんせー! せんせぇー!!」

 

 私が縄を掛けられて連行されるのを見て、さやかちゃんは必死にこちらに手を伸ばして大泣きしてしまった。それをクリスさんが必死に抱き留めている。

 ああ、これはさやかちゃんのトラウマになってしまったかもしれない。悪い事をしてしまった……。鋼メンタルの真澄ちゃんとかを連れてくるべきだったか……。でも最悪あの子はここで私が断念した大立ち周りをする可能性があった。それは、とても危険。


 さやかちゃんは恐らく手荒な扱いはされないだろう。強すぎる剣は切っ先が自分に向いたときが恐ろしいのだ。

 だから国王は、子供たちを懐柔しようとするに違いない。



 そして――。

 お父さん、お母さん。私は人生で初めて牢獄に入れられています。

 石壁! 石床! 鉄格子! 窓無し! うん、お見事!!

 

 私のさっきの態度から、「改心しました、協力します」なんて言っても毛先ほども信じてもらえないだろうから、相手を騙す事は考えない方がいいな。


 看守が見ていない隙を突いて、鉄格子を力尽くでねじ曲げようとしてみた。

 クリスさんをお姫様抱っこできるなら、このくらい曲がるかと思ったんだけど……。残念ながら、変形はさせられたけど私が通れるほどの隙間は作れなかった。

 しかも鉄格子が曲げられている事に気付かれて、警戒が強化されてしまった!


 しおしおと私は狭い牢獄の隅で膝を抱えた。看守から見たら私は「素手で鉄格子を曲げる怪力女」なので、槍を向けられて「おかしな事は考えるなよ」と言われる威嚇まで付いた。


 どうしよう。

 子供たちが逃げられた事を祈るしかできない。

 私は、何をしたらいいんだろう。


 ………………寝るか。だいたいこういう時には体力温存がいいと相場が決まってる。

 石造りの牢獄で寝るなんて機会、今後の人生でもないだろうし。


 私は固い石の床の上にごろりと寝そべった。

 うん、凄く体が痛い。防災頭巾の床が恋しいなあ。


 ――そんな事を思っていたとき。

 ドゴォン! と物凄い音がして、床に振動が響いてきた。



 慌てて飛び起きた私が考えたのは、子供たちの事。だって、こんな強固な建物を揺るがす衝撃なんて、椅子くらいしか考えられない!


 さやかちゃんが暴れてるのか? あんまり暴挙にでるタイプじゃないと思ってたけど。

 でも聖那せいなちゃんの「虫だけは絶対殺す」という豹変っぷりもあるから、予測しきれない。


 私が何もできずに鉄格子を掴んでおろおろしていると、遠くから子供のギャン泣きと破壊音が聞こえてきた。それは徐々に近づいてきて、思わず鉄格子を握る手のひらに汗を掻いてしまう。


「せんせー! せんせーどこ! せんせーのところへ連れてって! うわぁーん!」


 さやかちゃんのギャン泣きと、それに続く破壊音。時折聞こえる男性の悲鳴。

 それが近づいてくるところから察するに、さやかちゃんは本人はそういうつもりはないかもしれないけど誰かを脅してここへ案内させているみたい。


 そして、私が目にしたものは、椅子を振り回しまくってそこいらの壁を壊しまくっているさやかちゃんと、それに怯えながら背中を丸めて私の元に先導しているひとりの騎士だった。チェインメイルの上に赤いチュニックを着ているから、多分近衛騎士のひとりだろう。


「何をしている! 子供をここに連れてくるなんて」


 看守は慌て、近衛騎士はさやかちゃんが振り回す椅子を避けるのに精一杯で、「ヒィ」と小さく悲鳴を上げている。

  

「さ、さやかちゃん、椅子は壁を殴るものじゃないよ!? 先生ここにいるから、怪我とかしてないから大丈夫だよ!」

「せんせー!? うえーん! 怖かったよぉー!」


 私が声を掛けると、さやかちゃんはやっと私の存在に気付いて椅子を放り出した。それがたまたま壁に当たって、そこに派手に穴が開く。男性ふたりの悲鳴が綺麗にシンクロした。


「ごめんね、怖い思いさせて」


 鉄格子越しに手を伸ばすと、さやかちゃんがそこに飛び込んでくる。視界の隅では、近衛騎士と看守が足をもつれさせながら逃げていっていた。


「さやかちゃんひとりで、おじさんを脅かしてここまできたの?」

「ひっく……うん。クリスさんもどっか行っちゃったし、ぐすっ……なんか大きいお部屋に入れられたんだけど、怖かったから、椅子で壁を壊して逃げてきたの……」


 そうして話している間にも、轟音と振動が響く。――ということは、これはさやかちゃんの仕業ではない。

 じゃあ、誰が?


「ミカコさん! サヤカ! ここにいますか!?」

「クリスさん!?」


 聞き慣れた声にこんなに安堵した事はない。階段を駆け下りてきたのは銀色のチェインメイルに身を包んだ茶色い髪の騎士で、彼の姿を見た途端思わず涙が滲んだ。


「無事なようですね! サヤカ、この鉄格子をなんとかできますか?」

「や、やってみる。椅子召喚」


 さやかちゃんは再び椅子を出すと、それを持って鉄格子をぶん殴った。ぐにゃり、と飴細工の様にあっさり鉄格子が曲がる。その隙間から差し出されたクリスさんの手を取って、私は牢から脱出した。


「ありがとう、さやかちゃん、クリスさん。……でも、これが知られたらクリスさんが処罰されるのでは?」


 私が心配なのはその点だ。クリスさんは一瞬苦い表情を浮かべたが、私に向かって微笑んで見せる。


「我々騎士は王と国に剣を捧げた身。ですが、受けた恩を仇で返すほど愚かにはなりたくありません。さあ、行きましょう。今頃我々騎士団と子供たちが茶番を演じていますから」

「茶番?」

「ええ、子供たちに手出しは出来ないと、あれで知らしめることができるはず」

「もしかして、あの音はやはり子供たちが?」

「レティシアがミカコさんの危機にいち早く気付いたのです。そして子供たちを都市の外へ逃がし、数人を王城へと案内しました。私はすぐそれに合流する事ができ、立てた作戦がこれです」


 また轟音と共に城が揺れる。埃とか砂とかがパラパラと降ってきて、結構怖い。私はまだ泣き止めないでいるさやかちゃんを抱き上げて必死にクリスさんの後に続いた。

 


 巨大な椅子が突然出現して、城の外壁を破壊している。

 周囲には悲鳴が満ちて、人々が逃げ惑っていた。

その光景に思わず息を呑むと、クリスさんがにこりと笑った。


「大丈夫です。人がいない場所を狙って派手に壊す様にと教えました」


 こういう時のクリスさんの顔、凄くレティシアさんに似ている……。さすが双子だ。

 私が妙なところに感心していると、遠くで聞き覚えのある声が叫んでいた。


「椅子、召喚ッ!!」


 ガチ怒りモードの友仁ともひとくんが、巨大椅子を出して城を破壊している。こ、これは城が揺れて当然だ。

 友仁くんの他にはかえでちゃんと俊弥しゆんやくん。大人の間を走り回って攪乱している。AGI素早さトップ2のふたりを捕まえられる大人などいるわけなく。

 そして――。


「椅子召喚、八門遁甲はちもんとんこうの陣!」


 一翔かずとくんの声が響いて、城の中庭を埋めるほどの、巨大な八門遁甲の椅子が現れた。そこに踏み込んでしまった騎士たちは、中で方向を見失ってぐるぐるとしている。


「何故だー! 何故出られない!!」


 殊更に大声で叫んでいるのはジェフリーさんだ。そうか、最初に出会ったトロル戦で、クリスさんは八門遁甲の椅子を見ていたんだった!

 確かにこれならお互い傷つけあうこともなく、私たちは逃げることが出来る。


「うっ、だんだん目が回ってきた……うえっ」


 ハリーさんがふらふらとしてばたりと倒れた。中にはハリーさんの様に回りすぎて酔ってしまった人もいるようだけど……。それを敢えて大声で言っているので、事情を知らない王宮の騎士は椅子に近寄ることすらためらっているようだった。



 あまりの阿鼻叫喚に私が呆然と状況を見ていると、クリスさんが私の背を押した。

 

「ミカコさん、そして子供たちよ、どうかご無事で。元の世界に帰れることを祈っています」


 最初はあまりにもどぎまぎしたイケメン騎士の笑顔。最後にそれを私に向けると、クリスさんは私たちに先へと進むように促し、自分も八門遁甲の椅子に入っていった。


 

「みんな、ごめんね! 来てくれてありがとう!」


 私が自慢の大声で叫ぶと、4人の子供たちは一目散に私に向かって駆けてきた。


「せんせー!」


 さやかちゃんを抱いたまま、飛びついてきた俊弥くんを受け止める。そして、一目散に私たちは城壁の外を目指して駆け出す。


 策士一翔くんは、逃げながらも周到に椅子をばらまいておく事を忘れなかった。これ、城の大惨事を見た人には結構恐怖だろうな。

 

 

 城壁の側まで行ったら、城壁も崩れていた。きっとこれも子供たちの仕業だろう。恐らく、人を遠ざけるためとかのレティシアさんの策。その証拠に、そこに立っていたはずの番人はいない。

 そして、レティシアさんが切迫した表情でそこで私たちを待っていた。


「ミカコさん! 無事!?」

「レティさん! ありがとうございます! おかげで助かりました!」

「『視えた』のよ。あなたが捕らわれるところが。だから子供たちはすぐに外へ逃がしました。一直線に進んだところで待つようにと言ってあるわ」

「一生恩に着ます!」

「それは私もよ。あまり話をしている猶予はないけれど……教会と国とは別の組織だから、必ず総大司教猊下からあなたたちの支持を奪い取ってくるわ! とにかくオルミアへ向かって。必ず、教会があなたたちを支援します!」


 走れ、とレティシアさんが大きく手を振る。

 それに頭を下げ、私と子供たちはフロードルを後にして他の子供たちと合流すべくひたすら前を向いて走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る