37 国王謁見
クリスさんが凄い大股で教会にやってきたのは、彼らと別れて私が教会に来てから2時間くらいした頃のことだった。
「ミカコさん、明日、陛下が謁見をお許し下さいました」
それは朗報のはずなのに、クリスさんの声は固い。
「何か問題が?」
クリスさんの様子に違和感を感じて尋ねると、クリスさんも難しい顔をしながら頷く。
「早すぎる、と。団長がどのように手紙に書いたのかは想像が付くのですが、国の大事ではあっても今日書状をお渡しし、即明日、というのはなかなか。私のところへ返事が来た時間差で考えると、陛下は届いた書状を優先的に読み、その場で謁見の許可を出したようにしか思えません」
「良い事なのではないですか?」
アグネスさんも首を傾げる。私も彼女と同じ意見だ。
「それだけ、魔物の被害とその対策に重きを置いているのでは」
アグネスさんと私の言葉に、クリスさんは真剣に考え込んでしまった。やがて、ふぅ、と小さく息をつく。
「そう……ですね。私は何にひっかかっているのだろうか。謁見の準備を進めなければなりませんね。服は、そのままではさすがにまずいでしょうから」
「はい、元の服を着ていこうと思います。こちらの世界の人から見ると、私の服装は奇異に見えるんですよね?」
「そうしましょう。奇異というほどではありませんが、変わっているのは事実ですし、よく見ていただければこの世界に存在する技術では作り得ないと陛下にもご納得いただけるかと」
そして、謁見には椅子を実際に出して見せるために子供をひとりだけ連れて行き、クリスさんも私の付き添いとして同席する事を告げられた。
ひとり連れて行く子か……。誰が適任なんだろう。おとなしく話を聞く事ができて、空気を読める子。
絶対連れて行っちゃ駄目な子、というのはわかるけども、最適解というのは難しいな。
女の子の方がいいかな。しかも、服が特徴的だと尚いいかも。
「さやかちゃん、明日先生と一緒に王様に会いに行ってくれる?」
「えっ、あたし?」
さやかちゃんはびっくりしていたけども、すぐに「いいよ」と頷いてくれた。
「王様が椅子を見たいって言ったら、椅子を出して見せて欲しいんだけど、できるよね」
さやかちゃんは普段戦っていない。あんまり椅子を出すところも見た事ないんだけど、目の前でちゃんと椅子を召喚して見せてくれた。
さやかちゃんの服は赤チェックのスカッツにブラウスだけども、ブラウスの方にカラフルなボタンが付いていて、多分そういうのが珍しいと思う。
私はカーキのチノパンにカットソーを着て、上にオレンジ色のチェックのブラウスを羽織っていた。とにかく遠足とか動くときには暑さ寒さの調節のために脱ぎ着ができる服装が大事! それが我が家の家訓なのだ。
その後私たちは王都の外に出てキャンプを張り、翌日入念に身だしなみを整えて謁見に臨んだ。
子供たちはレティシアさんにお願いして、昨日と同じように養護院で遊んでいてもらい、私はさやかちゃんを連れ、クリスさんにエスコートされて王城に向かう。
すっごい緊張する。
この国の王権がどのくらい強いかというのは私には実感できないけども、そもそも「国王」と呼ばれる人になんて会った事ないし。
歩いている区画が商業地区を過ぎて貴族の邸宅と覚しき建物が増え、どんどん建物が立派になってくるのもビビるし。
「先生、だいじょーぶ?」
手を繋いでるさやかちゃんが察して心配するほどだよ……。
「だ、大丈夫だよ。緊張しちゃうだけ」
「なんで?」
「この先に、王様っていうここで一番偉い人がいるし。それにほら、周りの建物が立派でしょう?」
「うん、なんかシンデレラ城みたいだね」
そうか、シンデレラ城! そう思えばいいのか!
ここは千葉のテーマパーク……ここは千葉のテーマパーク。……よし。
やっと呼吸を整えて、私はクリスさんの一歩後ろを堂々と歩く事ができた。
石造りの重厚な城の中を案内され、私たちは控えの間までやってきた。心臓がバクバク言っている。なんだかんだ周囲にある調度品がそれなりに豪華で、圧が凄い。
「ささささ作法とかどうしたらいいんでしょうか!?」
いよいよ隣が玉座の間という段階になって、私は突然その問題にぶつかってしまった。今までは、実は服装の事とかで頭がいっぱいだったのだ。
「我々騎士は跪き、頭を垂れて陛下のお声を待ちます。ですがミカコさんは女性ですし、そもそもこの国の民ではないのですから、正式な作法に則る必要はないかと思います。服装も、その……男性とあまり変わりませんし」
「そうですね! ドレスの裾を摘まんでお辞儀とか、不可能ですもんね」
「ええ、ですから、ただ立っているだけでも不敬には当たらないかと。もし問題があるようなら、宰相などから事前に注意があるはずです。ミカコさんが異世界から来た我々とは異なる人間だと言う事は、この場にいる人間は全て知っているはずですし」
「わ、わかりました」
異世界から来たと言っても、王様は偉いんだぞって事くらい知ってるし、実際の王様に会った事がないからこそ挙動不審になりそうなんだけどな。
実際、初めてクリスさんに会ったときだって「騎士だー!」ってあわあわしたくらいなんだから。
私がぐっと拳を握って自分に気合いを入れていたとき、侍従らしき人から玉座の間へ移るようにと言われた。
クリスさんに続いて、できるだけ背筋を伸ばして歩く。
玉座の間は剣や槍で飾られ、一段高いところに玉座があり、その後ろにはタペストリーが飾られていた。
クリスさんが跪いて頭を下げる。私はさやかちゃんと並んで、玉座の正面に立っていた。注意を受けるかと思ったけど、受ける事はなかった。
「フロードル国王、リチャード三世陛下のお成りです」
侍従っぽい人の声が玉座の間に響く。
出た! 三世! この世界でもあるのか! あの世界史敬遠の一番の理由、三世!
私が変な事に感動して緊張が一瞬緩んだとき、金髪の男性がマントをなびかせながら堂々とした足取りで私たちとは違う入り口から現れ、一直線に玉座に向かい、そこに腰掛けた。
フロードル国王、リチャード三世。
その存在に私は息を呑んだ。
何がって、めちゃくちゃ美形。クリスさんもイケメンだけど、その一段上の美形。
王族は美人を妻とする事が多いから自然と美形が増えるって言う話を聞いた事があるけど、まさにその体現だった。
年齢は、30前後だろうか。確かに王としては若い気がする。でも、彼は一目でそれとわかる「王」だった。
「エガリアナ辺境騎士団のクリスフォード・ディレーグといったな。面を上げよ。それと、ミカコ・モテギ。異世界からの来訪者とは余の想像も付かない話ではあったが、ミカルが嘘をつくとは思えぬ。余とフロードル王国はそなたたちを歓迎する」
傅かれることに慣れた王者の視線。それに私は射貫かれていた。身分制度のない国に育ったにも関わらず、思わず跪きたくなるような、そんな王の威光が彼から滲み出ている。
「あ、ありがとうございます!」
私はそう言って90度のお辞儀をするのが精一杯だった。
「余が生まれる前から、魔物は徐々に増え続けていた。今ではその対応も軽視できぬところまで来ている。そなたらの力が、魔物に対抗するほど強いというのは本当の事だな?」
「はい。……さやかちゃん、椅子を出してくれるかな。投げないで、そこに置いていいからね」
「はい。椅子召喚」
さやかちゃんは場の空気を読んだのか、叫ぶ事なく椅子を出して、その場に置いて見せた。何もないところから現れた椅子に、その場の人たちからどよめきが上がる。
「クリスフォード卿、その椅子を陛下のお側に」
「かしこまりました」
クリスさんがさやかちゃんの出した椅子を持ち上げ、国王の前に置く。そして恭しく礼をし、下がった。
「誠に、何もない場所から」
国王は玉座から降り、自らの手で椅子に触れた。小学1年生が使う椅子だから、大きさもそれほどではないし重くもない。ひっくり返したりして、金属や木材の質感を確かめている。
「この椅子が、オークを一撃で倒すほどに強いと?」
「はい。実際椅子ひとつでオークを倒しているわけではありませんが、子供たち20人ほどで、15体ほどのオークの群れを倒しているのは事実です。コボルトなら子供によっては一撃で倒す事ができます」
私が思い返していたのは、辺境騎士団の砦での朝のことだった。やはりあの時STRが高い友仁くんなどは倒すのが早くて、何度も場所を移動していたのを見たから。
「確かに、それならば魔物に充分対抗できる。いや、それよりも――」
椅子から手を離して国王は立ち上がり、そのまま居並ぶ人間を見渡して高らかに告げた。
「オルミアに対して戦端を開き、圧倒的な力で彼の国を屈服させる事ができよう! マーズルとヘンリンの両都市を取り戻し、父と祖父が為し得なかった偉業を余が成すのだ!」
――国王陛下は若いながらも手堅い統治をされている御方。
そう、ミカルさんは彼の事を評していた。
私は瞬時にして目の前の人間をわかってしまった。その目に宿る狂熱で、彼が今まで秘めていたものを理解してしまった。
能力がありながらも、戦力的に拮抗している隣国と、魔物による被害とのせいで、この王は手堅い統治を「するしかなかった」のだ。
野心を秘めながらも、翼を押さえつける重しが重すぎて羽ばたけなかった。この人は、そういう人だ。
その彼が、私たちという軍事的に強大な駒を手にしてしまった。
なんてこと……。
「させません」
私は一歩前に出てさやかちゃんを庇い、玉座の間に響き渡る声でそう宣言した。
「子供たちの力を、争いになど使わせません。私たちの力は魔物を倒すために授けられたものです。三代の悲願だろうが、こちらに知った事ではありません。そんな事に裂く力があるなら、国内で貧困に喘いでいる民をもっと助けて下さい!」
脳裏に浮かぶのは、初めて訪れたあの村の光景で。
あそこだって、もっと為政の手が差し伸べられていたら違う生き方があるはずなのだ。
「陛下に対して無礼であるぞ!」
国王の側に控える赤い服を着た騎士が、剣に手を掛けて私を威嚇した。それを私は冷たい目で見返す。今頃無礼と言われるとは思わなかったなあ。
私はぐるりと部屋を見回した。向こうの戦力は騎士が15人ほど。クリスさんは国王を見つめて愕然とした表情を隠せていないからこちら側。だとしてもこの人を戦力に数えちゃいけない。
そして、さやかちゃんは戦わせられない。
クリスさんを軽々とお姫様抱っこできる私の腕力を考えたら、壁に掛かっている槍を奪って大立ち周りもできるだろう。けれど――。
「余の命がきけぬか」
「はい、お断りします」
「力尽くで言う事を聞かせる事もできるのだぞ?」
「人間が力だけで心を曲げると思わないで下さい。何度でも言います。子供たちの力を、争いになど使わせません」
お互いに淡々とした言葉を交わし、私と王は視線をぶつけ合った。
「その者を捕らえよ。それと、城下にいる子供たちもだ。子供たちは傷つけるな」
「子供たちは私の指揮でないと戦いません」
「やってみなくてはわかるまい」
騎士が私を取り囲んで縄を掛けていく。私は悔しさに歯がみしながら、おとなしくそれに従うしかなかった。
そして、私を心配そうに見守るクリスさんには、ただ頷いてみせる事しかできなかった。
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