31 お風呂屋さん始めました

 モンスター対策として、私たちは砦の外にキャンプを張る事になった。とはいえ、「寝るときは外」というだけ。

 子供たちを半分に分けて「お外巡回班」「砦の中で自由行動班」と時間毎に分け、半分は砦の中で生活をする。

 もちろん自由行動も本当に自由にしたら何するかわからないので、そっちはレティシアさんが引率してくれている。

 戦わない子はずっと砦の中にいてもいいんだけど、それだとちょっと不公平だからね。


 戦力を半分に分ける決断をできたのは、朝から昼まで戦って、この砦周辺に現れるモンスターがあまり強くないことが確認できたからだ。純粋な戦力比ならみっつに分けてもいいくらいだったけど、そこは安全策。


 

 ここに来てやっと地図を見ることができたんだけど、私たちがいる場所は、オーストラリアというか四国というか神奈川というか、とにかくカニっぽい形をした大陸の北西部。

 もっと北には海があり、東には山脈がある。話を聞いている限りはこの砦のような城壁都市が点在しているそうなので、国といっても都市同盟みたいなものなんだろうか。


 エガリアの森はここです、とクリスさんが示してくれたのは、かなり大陸の西のはずれの方で。なるほど、平原はあるけど山が見えないって少し不審に思ってたんだけど、本当に山が遠かったんだ!

 そして、どうもそのエガリアの森周辺の方がモンスターが強いらしい。そういえばミカルさんも、「魔物は昔は森の奥から出てこなかった」って言ってた!


 ……なんてこったい。LV99を目指すには、ここにいるよりあっちに戻った方が効率がいいなんて。

 子供たちにとってはここにいる方がいいに決まってる。何しろ、壁がある安心感は凄い。だけど、ここでLV99を目指したらどれくらい掛かるかわからない。

 エガリアの森の近くに戻っても、最近のレベルアップのペースを考えると非効率的。もっと魔物が多く出る、できれば強い魔物がいるところへ行きたい。

 

 私が一日中悩んでうんうんと唸っている間にも、王都からレティシアさんが呼んだ商人がやってきて、子供用の服や靴をたくさん並べてくれた。


 古着だけど、着られないくらい悪くなっているものはない。確かに、保護者からよく聞く話は「サイズアウトが早い」って事だもんね。服が悪くなる前に、身長が伸びて着られなくなるパターン。学校にも履けなくなった上履きの寄付が大量にストックしてある。週の初めは上履きを忘れる子が必ずいるから。


 子供たちの服は生地がしっかりしていて、袖とか膝とか破けやすい場所は綺麗に繕ってあったり当て布がされたりしていた。凄く生活感がある。これなら着ていてもこの世界で目立つことはないだろう。

 

 杏子あんずちゃんや聖那せいなちゃんがちょっとこだわりを見せて文句を言ってたけど、それ以外の子は自分のサイズに合う服を宛がわれて素直に受け取っていた。椅子脱衣所に自動洗濯サービスがあるから、服は一枚でいい。そもそも、遠足用のリュックに脱いだ服を入れたら、それ以上の予備の服なんて入らないんだよね。

 

 そして問題は私の服で。


「これよね」


 レティシアさんが私に差し出してくるのは、彼女とお揃いの丈の長い僧服。


「いえ、こっちです」


 クリスさんが私に差し出してくるのは、チュニックとズボンとブーツのセット。つまり男装。


 双子の間に火花が散っている!

 というか、レティシアさんから聞いた限り、幼少期には散々姉から暴虐の限りを尽くされてたらしいのに、それに対抗できるほど強くなったなんてクリスさん凄いよ……。


 

 ふたりにはそれぞれ言い分がある。

 レティシアさんが僧服を推すのは、たくさんの子供を連れている以上は特殊な立場にある人間であるのが妥当で、それは村などの孤児を面倒見ている聖職者が一番しっくりくるし怪しまれにくいという理由。


 一方クリスさんは、聖職者だろうがなんだろうが狙われてしまったら関係ないし、僧服では動きにくいから男装をした方が自衛のためにもいいということ。


 火花を散らす双子の言い分は置いておいて、私はさっさとクリスさんの差し出している服を一式受け取った。


「おふたりの言い分はどちらも理があると思いましたけど……その、聖職者とか柄じゃないので」


 ただでさえこの世界の神を信じてないのに、聖職者の振りとか教会の人に申し訳なさ過ぎる。


 そして私たちは礼拝堂の裏に椅子脱衣所を出して、そこでお着替えをした。うん、悲しいことに元々胸があまりないから、男装が似合うな、私! 身長もそれなりにあるから、発育のいい少年に見えないこともない。

 元々遠足のためにいつもよりはアクティブな服装をしていたから、余計に違和感がない……。

 

 子供たちがちょうど着替え終わった頃、ミカル団長が椅子脱衣所の前に現れた。全員がそこから出てから、中を覗いてしきりに感心している。


「部下たちから『風呂が素晴らしかった』と聞いてな。礼拝堂の横に椅子が出ているのが見えたので、もしや風呂かと思って来てみたのだが」

「ああ、すみません。これは脱衣所といって、お風呂とくっついている着替えたりする場所です。子供たちと私が着替えるのにちょうどいいので出してました」


 脱衣所ってカゴがあるから、ただの椅子テントより着替えやすいんだよね。


「先生、お風呂出そうよ! 僕いいこと考えた」


 陽斗はるとくんがいいことを思いついたという顔で飛び跳ねる。普段そんなにはしゃぐ子じゃないから私の方が驚いた。


「お風呂出して、お風呂屋さんするんだ。きっと騎士さんたちとか来てくれるよ」

「うん、みんなに入ってもらうお風呂を出すのはいいね。でも、『お風呂屋さん』なの?」

「だって、お金を稼がないと、さっきの服のお金とか返せないよ」


 陽斗くんは「当たり前でしょう?」という顔をしていた。しっかりしてる!

 私なんてクリスさんが言ってた様に、服の支払いは全部騎士団に任せちゃえって思ってたのに!


「そ、そっかー。しっかりしてる! 偉い!」

「だって、うち花屋だし」

「そういえばそうだったね!」


 さすがお店やってる家の子。お金に関して現実的だった。


「うむ、それがいいと私も思うぞ。そんなに凄い風呂だったら、無料で入ったりしたら申し訳なくて次から手土産を持ってきたりする者がでるからな。めちゃくちゃになる前に、決まった金額を取った方がいい。クリスが言っていたと思うが、今回の服などの金は騎士団から出す。だが、金はいくらあっても困ることはないからな」

「なるほど」


 ミカル団長の言うことももっともだ。

 

 

 そして男性用のお風呂は陽斗くんが店長、女性用のお風呂は杏子ちゃんが店長として「お風呂屋さん」を開くことになった。

 給水排水などに関して不条理この上ないお風呂については、「この国には伝わっていない遥か東の国の魔法です」で説明を済ませるらしい。

 

 一応この世界での魔法の概念についても確認したんだけど、ごくごく簡単な怪我を治せるのが精一杯の治癒魔法や、火を熾す程度の魔法くらいしかないらしい。それでも魔法が使えるというのは特別なので、聖人もしくは聖女として崇められているという。

 レティシアさんの千里眼なんかは、元の世界なら霊能力とか超能力とか言われそうなものだけども……。

 

「いきなり椅子の中にお風呂があって、それが魔法で済むんですか?」


 私は物凄く真剣にミカル団長に尋ねた。同じくらいの真顔で彼は私に向き直る。


「むしろ、魔法という以外に説明がつかん。椅子が突然出てきたり、しかも大きくなったり、あんなに強かったり。もう私は考えるのはやめた!」

「真顔でそんなこと言わせて本当にすみません! でも私たちのせいじゃないんです! いえ、椅子の中にお風呂があるのは私たちのせいですけど!」

「ミカコさんもさぞ混乱したことだろうなあ! だが、目の前にある以上信じるしかないのだ。時には考えるのをやめた方がいいぞ!」

「考えるのをやめた方がいい……肝に銘じておきますね!」


 私はミカル団長と熱い握手を交わし、ミカル団長はそのまま「椅子のお風呂屋さん」の一人目のお客様になったのだった。



 一回の入浴料は、50ガル。どのくらいの価値かというと、この辺りでよく食べられている大きなライ麦パンが、ひとつ400ガルだそうだ。大きなというか、本当にでっかい。子供の顔より大きい。パン・ド・カンパーニュくらいでっかい。

 その他にも商人の持ってきたものと比較してみたけど、1ガルはそのまま1円と思って問題ないみたいだ。

 50円なら、気軽に試してみようと思える。

 

 騎士はともかく砦の他の住人には胡散臭がられるのでは? と思った椅子のお風呂屋さんだけども、クリスさんたちの分隊が喜んで入っていくのにつられて他の騎士が入っていき、彼らのすっきり顔を見て畑などをやっている労働者が入り、その人たちが慌てて家族を連れてくるという連鎖が起きた。


 更には、商人さんたちも入ったのでシャンプーとコンディショナーとボディソープはどこで仕入れられるのかを問い詰められたけど、「あれも魔法のひとつで」とごまかさざるを得なかった。


 お風呂は騎士さんたちのおかげで先に入っている人が後から来た人に使い方を教えるというスタイルが瞬時に定着していて、お風呂の中に説明係が常駐する必要もなかった。女性用の方に関しては――。


「あー、毎回思うけどこれ最高ね。すぐにお湯が出たりするのも不思議だわ。ミカコさんたちのところではこれが当たり前なのよね? 凄いわー」


 聖女様が、お風呂屋さんができた途端にそっちに入り浸るようになってしまった……。

 湯船に浸かって温まっては脱衣所でタオルを巻いて椅子の上に寝そべり、冷えるとまた入っていく。湯治客かってくらいに満喫してる。髪の毛を湯船に漬けないとかのマナーに関しても、昨日私が説明したことを噛み砕いて他の人に説明してくれていた。

 

「蛇口からお湯が出るのは当たり前ですけど、ここまで大きいお風呂は個人の家にはないですよ。『銭湯』っていうお風呂屋さんがあって、これはそれを真似たものですね。……ちょっと不安なんですけど、この世界の人がこのお風呂とかを知ってこれに慣れたら、いつもの不便さが嫌になったりしませんか?」

「嫌になるわよ、当然でしょ?」


 私の言葉に「何言ってるの?」というようにレティシアさんが目を丸くする。嫌になるってわかってても入るんだなあ。

 

「……あまり、出さない方がいいでしょうか」


 一過性の豊かさは毒にしかならない。あの「システム管理者」が言った言葉が頭をかすめる。

 もしかすると私は気付かないうちに暗い顔をしたのかもしれない。オレンジ色のタオルを体に巻いたレティシアさんは、人差し指で私の額を弾いて聖女モードで話し始めた。

  

「それは違います。不便だ、と思ったときにそこで不満を言い続ける人間はいます。でも、目標とする便利に向かって試行錯誤するのもまた、人間でしょう。

 あなたたちの出す色々なものは、そうね、強いて言えば私たちにとっての『憧れ』になるのよ。それを目指して進んでいくべき指標ということね。なりたいものになるというのと同じです」 

「憧れ、ですか。なるほど。……ざっと見た感じ、多分この時代から500年くらいは先にならないと私たちの住んでいたところの文化や技術には並べないと思うんです。そんなに遠くにある星を、人は追い続けられるんでしょうか」


 風呂に魅入られた聖女はにこりと笑い、手を天に向かって伸ばした。


「心配しなくていいわ。人は遠くにある星だからこそ憧れ、手を伸ばし、そこへ向かっていくものだから」

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