27 辺境騎士団の砦にて
ジェフリーさんのへこんだ盾は
「私が子供の頃は、今のように魔物は多くなかったのだよ。多くの魔物は森の奥深くから出てくることもなく、一生魔物を見ないまま過ごす人間も珍しくはなかった」
「そう……なんですか」
私の声は掠れてしまった。だって、1日10回は魔物と戦ってるし、エガリアの森にはたくさんの魔物がいたようだ。
「全てが悪いことだとは、実は私は思っていない。各国は年々脅威を増していく魔物に対する備えに手を焼いて、国同士の戦争などしている場合ではなくなった。
個人的な考えだと先に言っておくが、同族の間で殺し合うほど愚かなことはないと思っているし、国に捧げた剣であろうとも、できれば同じ人間を斬るよりは全ての人にとって等しく脅威である魔物と戦っている方がいい」
なるほど、魔物の脅威のせいで国家間の戦争がなくなった! それは確かに凄いことだ。
「まあ、中には国同士の戦争がないと領地などの恩賞がなくなるから、常に火種を求めているような輩もいるが……」
苦々しげなミカル団長の呟きに、私は言葉を失った。
領地などの恩賞が欲しいから、国同士の戦争を望む……。それはかつて日本の中でもあったこと。鎌倉時代の元寇では戦には勝ったけども何かを手に入れたわけではなかったから、結果的に戦った御家人の窮乏を招いてそれが幕府崩壊への一因ともなった。
「歴史は、どこでも同じか……」
思わず私がこぼしてしまった言葉は、ミカル団長の顔を曇らせた。
「王都で頭だけ使っている性根の腐った奴らには、戦争が起きればどれだけの人間が死ぬかという実感がない。ただの数字と、目の前の死体が結びつかん。――おおっと、そんなことを愚痴っていても仕方がないな。ミカコさん、あなた方の力について、どの程度のものかできれば知っておきたいのだが」
何人かの騎士の視線がジェフリーさんの盾に向いたけども、私はそれをごまかすように一歩前へ出た。
「魔物を倒してみせるのが一番早いと思います。今までの経験で行くと、おそらく城壁のどこかには既に魔物が寄ってきていると思うので、それを子供たちに倒してもらいましょう」
「ふむ。確認しておくが、戦えるのは子供だけなのだね?」
「そうです。私はいわば指揮官ということです」
但し、本気で白兵戦したら熊も倒すかもしれないけどね――。
それは自分の中だけにしまっておくことにして、私たちは塔から周囲を確認することになった。
「ああ、やはりいますね」
ざっと見回した感じ、バラバラと10匹程度のモンスターが砦の周りにいる。どこかのんびりとしたクリスさんの言葉とは対照的に、ミカル団長は間近にいるモンスターを見て焦っていた。
「た、確かにあの椅子からは近寄ってこられないでいるが……。これでは」
「倒します。ミカル団長、どうされますか? ここからご覧になります? それとも、子供たちの間近で?」
「高みの見物は性に合わん。子供たちの側に行こう!」
すぐに駆けだした団長の後に続いて、私たちは塔を駆け下りて子供たちの元へ向かった。
「いい団長さんですね」
途中で、クリスさんに向かって一言だけ告げるとクリスさんはにこりと笑った。
「ええ。自分から望んで『辺境』で戦うような方ですから」
それってもしかすると、自ら望んでここに志願した人に悪い人はいないってことかな? クリスさんも含めて。
――あながち間違いじゃないかもしれない。
僅かな間ではあるけども生活を共にしてきた騎士たちの顔を思い浮かべながら、私は少し胸のつかえが下りるのを感じていた。
礼拝堂の裏では子供たちが石蹴りをしたり、レティシアさんの周りに集まったりしていた。どうもお話を聞かせていたらしい。結構な人数が彼女の周りに座って食い入るようにその顔を見ていた。
「みんなー、ごめーん! モンスターが外にいるから倒そう! 城壁の上から椅子を投げるから、投げられる子だけ一緒に来て!」
「それは大変だわ! 残りの子はここで私と一緒に待っていましょうね」
私が声を掛けると、絶妙な感じにレティシアさんがフォローしてくれた。助かる!
私たちは団長に先導され、城壁に登った。人ひとりが通れるような幅があるからちょうどいい。
城壁の高さは5メートル以上はある。前に見た村での丸太の防壁に比べたら、ガチガチのガチで「辺境を守備する騎士団の防壁」だ。
「椅子召喚!」
「「「「「椅子召喚!」」」」」
「近くのだけ狙えばいいよー! 大丈夫、相手は弱いモンスターばっかりだからね!」
城壁の上にバラバラと展開した子供たちに私はそう声を掛ける。
「ファイエル!」
子供たちが投げた椅子は、吸い込まれるように椅子テントの前でうろうろしているモンスターに飛んでいった。あちこちで白煙とモンスターの悲鳴があがり、後には黄色いコンテナがバラバラと残る。
その一部始終を、ミカル団長は呆然と見つめていた。
「魔物を、こんなにもあっさりと……。それに、聞いてはいたけれども、実際に何もないところから椅子が出るのも、その椅子がこんなにも強いのも、目にしなければ信じられないことだ」
久々の真っ当な感想が新鮮だ!
ひたすら頭を抱えるミカル団長を放置して、子供たちと一部の騎士は黄色いコンテナを回収してきた。
「フルーツ牛乳!」
「たくさんあるよ、レティシアさんにもあげよー!」
「はい、そこのおじさんも。騎士さんたちも」
モンスターの数に比べて今回はコンテナが多いなと思ったら、飲み物か。
子供たちは自分たちの人数よりも遥かに多いそれを、当たり前に配って歩いている。受け取った人は困惑したりしていたけど、ドロップ品に慣れた騎士たちが飲み方を教えていた。
「これは?」
そして私の隣ではミカルさんが困惑していたので、私は自分のフルーツ牛乳についているストローを取って、パックを開いてそこに挿して飲んで見せた。
「牛乳に果物を加えた飲み物です。栄養があって美味しいんですよ。大丈夫です、魔物から出てきた物でも毒が入っていたりはしません。私たちはこの世界に来てから、こうして魔物を倒して得た物を食べて生きてきましたから」
もはや、気持ち悪いとか言ってられないもんね。食べないとお腹は空くし。
クリスさんも平然とフルーツ牛乳を飲み、笑顔になって「美味しいですね!」と絶賛している。それを見てミカルさんは勇気を出したらしく、思い切ってストローを咥えて吸った。
「……おお! 確かにうまい! はは、魔物を倒してこんな物が出るのなら、我々ももっと必死に魔物を倒すんだがなあ」
どこかで聞いたようなことを言いながらミカルさんは笑っていた。
フルーツ牛乳を受け取った人には、飲み終わったら黄色いコンテナにごみを入れてもらえるようにお願いして、私は他の子供たちと合流すべくレティシアさんの元に向かっていた。
ミカルさんは子供たちの力についてもう少し考えたいからと、執務室に戻っている。
「お待たせー。みんな、ちゃんとレティシア『お姉さん』の言うこと聞いてた?」
「うん!」
「お姉さんのお話ね、すっごく面白いの!」
戦わない
「もう少しお話聞きたい!」
「はいはい、みんな、ちょっと待って。フルーツ牛乳飲んだ?」
「あっ、まだ!」
「レティシアお姉さんもずっとお話ししてたら喉が渇いちゃうでしょ、ちょっと休憩しようね」
レティシアさんは私の手からフルーツ牛乳を受け取ると、周りの子供たちの見よう見まねでそれを口にした。
「わあっ! なにこれ、美味しーい! 甘くてまろやかで、凄く不思議な味。こんなものが、あなたたちの世界にはあるのね」
「これはねー、牛乳と、桃とバナナ」
「桃はこの世界にもありそうだけど、バナナはどうだろうね。うんと南の方ならあるかも」
「面白いわ。やっぱり来て良かった」
レティシアさんは凄く嬉しそうにフルーツ牛乳を飲んでいる。そういえば私たちに興味があるって言ってたもんなあ。
思わずこちらも笑顔になってレティシアさんを見ていたら、くいくいと服を引かれた。振り返ると優安ちゃんがもじもじしながら私を見上げている。
「どうしたの?」
「あのね、先生。ゆあん、あそこで神様にお祈りしたい」
優安ちゃんが指したのはすぐ目の前の礼拝堂だ。もしかすると、あそこは神様にお祈りをする場所だとレティシアさんから聞いたのかもしれない。
「うん、いいよ。そうだ、先生も行こうかな」
「あら、ユアンは礼拝堂に行きたかったのね。それじゃあ私も行きましょう。せっかくですし」
案内をしてくれるつもりだろう、レティシアさんが服を払いながら立ち上がる。
完全に私は観光気分だったんだけど、あまり広くもない礼拝堂に入った途端に優安ちゃんは一番前のベンチに腰掛けて手を組み、目を閉じてお祈りを始めた。その動作には迷いがなくて、彼女が教会などでお祈りをすることに慣れているように見えた。
食事前とか寝る前とかにお祈りをしているところは見たことないんだけど、優安ちゃんはお父さんがアメリカ人だから、キリスト教徒でもおかしくないんだよな……。今まで気にしたことなかったけど。
「神様の像とかはないんですか?」
礼拝堂を見回して私はレティシアさんに尋ねた。私の知っている元の世界の教会のように、キリスト像とかの祈る対象が特に見当たらなかったのだ。
「私たちの信じる神は世界を創られし御方ですから、決まった形などはないのです。私はこのように女神像として持っていますが」
レティシアさんが見せてくれたのは、手のひらに収まるほどの木彫りの女神像だった。穏やかな微笑みを浮かべる像は、どこか彼女に似ている。
「人によって神様の姿が違うっていうことですか? それは不思議ですね」
「そうでもありませんよ。『こうであったらいいな』と思う神の像を、それぞれが刻んでいるだけなのです」
わかるようなわからないような……。少なくとも、解釈の違いで戦争になるような宗教ではないらしくて、それはちょっと安心した。
優安ちゃんの隣に座って、私も手を組む。
神社に初詣に行って、叶うともあまり思っていないお祈りをするように。
凄く安易に「元の世界に帰れますように」と私は祈るつもりだった。
――けれど目を閉じた次の瞬間、私の視界はぐるりとひっくり返って、真っ白い世界に放り出されていた。
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