26 爆誕! 椅子結界!
レティシアさんはクリスさんの双子の姉!
そういえば、髪の色とかよく似ている。クリスさんの方が日焼けしているせいか若干色が抜けている気もするけども。
顔立ちも……笑ったら優しそうな美形という点では似てる。そうか、目元が似てるんだ。
馬を降りたクリスさんがレティシアさんの隣に並ぶと、そういうところがよくわかる。
「レティシアの言う通り、この方たちが助けて下さらなければ、我々はあのまま野辺に骸を晒していたことでしょう。それについても団長などに報告しなければ。
レティシア、遠いところをわざわざ駆けつけてくれてありがとう。でも、もう帰っていいですよ」
ク、クリスさんが笑顔で冷たいことを言ってる!
クリスさんの見たことの無い塩対応に私がビビりちらしていると、レティシアさんは笑顔でクリスさんの足をぎゅりぎゅりと踏んだ。
「別に足を踏まれても痛くないですが。強化靴ですし」
「わかっててやってるわよ! いくら何でも足じゃ効かないからっていきなり弟の顎に拳打ち込みたくないもの! 私がここにいるのは、そこのミカコさんたちに興味があったからよ!」
興味があったから……。思いっきりごまかしもせずに言ったよ、この人。
「あっ!? そういえば、私の名前――名乗ってないですよね」
レティシアさんは紹介されたけど、こちらを紹介してはいない。いきなり名前を呼ばれたことに気付いて私はぶわわわーっと鳥肌を立てた。
これが、千里眼の聖女の力!?
「ええ、そうです。これが私の千里眼の力ですわ」
外向きらしい態度になったレティシアさんが胸の前で手を組み、私に微笑みかける。――足、クリスさんの足を踏んだままですけど……。
というか、素っぽいところを見せられながら時々聖女ムーブされても、説得力がないなあ。
「ここで立っていても仕方ないですから、中に入りましょう」
レティシアさんの足を難なくどかしてクリスさんが促す。凄い、姉の暴虐に慣れきった弟の態度だ……。
確かに、ちゃんと話をするには落ち着いた場所がいいだろう、そう考えてから、私は進みかけていた足を止めた。
「気付いてしまったんですが、私たちがここに入ると、魔物たちがこの砦に押し寄せてくることになるのでは」
私の言葉に大人たちははっとしている。数日行動を一緒にして、「これはないですよ」と襲撃頻度についてはレイモンドさんからお墨付きをもらっていたのだ。
やはりこの世界のモンスターは私たちに向かってきている。それは間違いない。
砦である以上、この石造りの外壁とかを見ても防衛拠点として有用なのは間違いないけども、それでもあのトロルとかがガンガン殴りかかってきたら、と思うとちょっと怖い。
「モンスターがここに近寄れなくなればいいんでしょ?」
当たり前のように子供たちの中から手が上がる。声の主は
30分ほど後には、砦の外壁をぐるりと椅子テントが囲んでいた……。門の前にも、布をめくり上げた巨大椅子テントが立っている。通りたい人はここを通って入れ、ということだ。
そ、そうだよ。モンスターは椅子テントに入ってこられない!
砦をまるごと椅子テントで囲めば、モンスターはそれ以上近寄れない!
もはや椅子結界だよ、これ!
「夏乃羽ちゃん、凄いねえ! これで安心だよ。モンスターが来ても外の壁に近寄れないもんね」
「うん! だって椅子が守ってくれるもん」
椅子に全幅の信頼を置いて笑顔を見せる夏乃羽ちゃん……。椅子の概念がどんどん崩壊していく。
いや、そんなのとっくに崩壊してたか。包丁を持った不審者が教室に入ってきて、新白梅幼稚園卒園組が「椅子は投げる物」って取り押さえた時点で既に……。
それはちょっと前の話でしかないはずなのに、酷く遠い記憶に思えて。
私は少しセンチメンタルな気分を抱えながら、子供たちを率いてエガリアナ辺境騎士団の砦に踏み込んだのだった。
砦の中はあの村と同じで、集落として必要な物が一通り揃っていた。
人もそこそこいるし、外周に近い一部は区切って畑になっている。そりゃあ、商人の出入りがあろうとも、生鮮食品は自給自足するしかないのかもしれないなあ。
「途中の村から王都の商人に連絡を入れて、子供用の服もたくさん持ってきてもらえるよう頼みましたよ」
私の隣を歩くレティシアさんが微笑みかけてくる。こうしていると「聖女」って感じなんだけど、思い切り素を見ている以上もはやそうは見えない。
「ありがとうございます。その、レティシア様の力というのはどのくらいの事がわかるんですか?」
敬称についてはちょっと悩んだけど、騎士たちの呼び方に準じて様を付けて呼ぶことにした。
「あら、私のことはレティと呼んで下さっていいのよ。私は教会の司教としてではなく弟の身を案じるひとりの姉としてここに来ましたし、あなたとは歳も近いのだから」
「ミカコさん、ちなみに私の年齢は28歳ですので」
自分の年齢、イコール双子の姉であるレティシアさんの年齢をさらりと暴露するクリスさん……!
「歳も近いのだから」
笑顔でレティシアさんは繰り返した。確信犯だ、この人! まあ、22と28ならそんなに離れていると言うほどでもないかな。ギリギリ同じ小学校には通ってない年齢差だけど。
「助かります、レティさん。その、私たちのことについてどれほどご存じなのか、詳しくお伺いしたいのですが」
「そうですね……でも、私の力というのは『ただ遠くが視える』だけのものなのです。少し未来のこともあるけども、だいたいは見えるはずのない『遠くの現在』。だから、きっとあなた方については、あなた方がわかっている以上のことは知りません」
「そうなんですか」
私は少し肩を落とした。千里眼の聖女と呼ばれ、初対面の私の名前を知っていたこの人なら、何かヒントをくれるかもしれないと期待していたから。
「これでも私は聖職者ですから、お話を聞くのは得意ですよ? 胸の中に溜まっている物があるなら、いつでも聞きます。私にとってあなたは、弟の命の恩人でもありますしね。それくらいしかできませんけど――まあ、あとは一緒にお酒を飲むくらいなら」
「いえ、それは結構です!」
レティシアさんとレイモンドさんと一緒にお酒を飲んだら、なんか胃が痛くなる気しかしない!
「ところで、ミカコさんを団長に紹介したいのですが、子供たちはどうしましょうか」
クリスさんの提案に、私は後ろの子供たちを見て途方に暮れた。34人の子供をいきなり誰かに任せるのはちょっと怖すぎる。色んな意味で。
「そうですね、さすがに連れて行くわけにはいかないし……」
「それなら、私がその間は面倒を見ましょう」
「レティさんが?」
「ええ、王都では孤児院の運営もしていますし。子供には慣れていますから」
確かに、
「それでは、レティさんにお願いします。きちんと言うことをきくように言い聞かせますので」
「ええ、それでは礼拝堂の裏に場所があるから、そこで遊ばせておきますね。はい、みんなー、先生は騎士団の偉い人とお話があるから、その間お姉さんに付いてきてねー!」
手を2回叩いて子供の注意を引きつけ、よく通る声でレティさんは子供たちに向かって言った。
こ、これは確かに手慣れている。幼稚園の先生と言っても通じるくらいだ!
「みんなー、先生お話終わったらすぐ戻ってくるから、レティシア『お姉さん』の言うことをちゃんと聞いて待っててねー!」
一番の不安要因は太一くんだけども、今回は真っ先にレティシアさんに頭を叩かれている。あれはいい先制パンチだった……。子供たちの中にも「この人には逆らっちゃ駄目」という雰囲気が流れている。
そして私はひとり子供たちと離れ、騎士たちと一緒に騎士団長の元へと向かった。
騎士団長はあらかじめレティシアさんから私のことを聞いていたらしい。あまり驚いた様子は見せなかった。
「エガリアナ辺境騎士団団長のミカル・ヴィンスです。レティシア様からお話は伺っております。部下たちの命を助けていただき、誠にありがとうございました」
鎧を着ていない軽装の騎士団長は、胸に手を当てて私に礼をした。その礼ひとつにも威厳が籠もっていて、こちらも慌てて頭を下げる。
「ミカコ・モテギです。クリスさんたちを助けたのは成り行きでしたが、むしろその後よくしていただいてこちらも助かっております」
これはリップサービスではなくて本当のこと。
それに、この世界の通貨を持たない私たちにとっては、この先の旅に必要な物を用意してもらえるのはとてもとてもありがたいことなのだ。
ミカル団長は若干白髪の交じった40歳過ぎくらいに見える人物で、クリスさんの報告を受けて厳しい表情で頷いた。
「今回は偵察が目的だったので少人数だったが、今後は分隊の運用も見直す必要があるな。ミカコさんたちの安全についても、魔物が寄ってくるという点で何か対応を考えねばならないだろう。幸いにもこの砦は堅牢だが、多数の魔物を一度に相手取るのは難しい」
「それについてはご心配要りません」
私は魔物が決して中に入れない椅子テントと、それを事前に砦の外周にぐるりと配置してきたことを説明した。
椅子テントについては凄く驚いていたけども、ミカル団長は目を輝かせて椅子結界を賞賛してくれた。
ああ、ありがたいなあ。
この人は、当たり前に私たちのことも守ろうとしてくれてる……。それが、騎士たる者なのかな。
そんなことを私が考え込んでいると、ミカル団長はクリスさんの盾を手にしてしげしげとそれを観察し始めた。
クリスさんの盾は表面に無数の鋭い爪痕が残っていて、それだけでもあの時の彼とコボルトの激しい戦いを思い出す。
「おまえの盾がこれ程傷つくような魔物か。ジェフリーの盾もあり得ないほどへこんでいるし、魔物の脅威に対して我々は一度考え直さねばなるまい……」
団長の深刻な言葉に、その場にいた騎士と私はあちこちの方向に目を逸らす。
すみません、ジェフリーさんの盾はモンスターじゃなくて真澄ちゃんのせいです。……とは、さすがに言えなかった。
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