12 人攫いの村・2
ビニーさんが村長に確認に行っている間、私はこの集落を囲む丸太でできた外壁を改めてじっくりと観察した。――そして、震え上がった。
そこには獣の爪痕のようなものがたくさん刻み込まれていて、中には抉れている木もあった。特に扉の辺りは傷が激しく付いている。新しい傷は木の皮を抉って中の白っぽい色を露出させていて、古い傷は風雨に晒されたせいか変色している。
多分、コボルトやオークの襲撃を何度も受けているんだ。この傷は人間が付けたものではなくて、間違いなくモンスターが付けたもの。
私だったら「この外壁をどうにかして中の村を攻めよ」と言われたら「はーいはーい! 火矢をガンガン打ち込むか
地道にカリカリ外からひっかいたりは、絶対にしない。
つまり、これは周辺で戦争が起きていたりして建てている防壁ではなく、モンスターの脅威に対しての防壁。
この外壁は木製とはいえかなりの頑丈さがあるらしく、ここでなんとか防げているらしい。
なるほど。なんとかの森がうんたらーって言ってたし、森に近づくにつれてコボルトとオークが増えてきたことを考えると、多分定期的に森を住処とする獣系モンスターの襲撃に遭っているんだろうな。
だとしたら、私たちがモンスターを撃退することを交渉材料にもできるはず。……ここで門前払いされなければの話だけども。
そこまで考えて、私はとんでもないことに気付いてしまった。
――こんな防壁を作って防いでいるモンスターの襲撃を、子供たちは簡単に撃退している!
この間の朝だって、テント前にいた数匹のコボルトを
この世界にとってのモンスターの脅威度は、そういうこともあって私はちょっと低く見積もっていたんだけども、どうやらそうではないらしいということがこの壁からわかる。
うーん、子供たちのステータスが高いのか、椅子の攻撃力が破格なのか……。
この場合はどっちもかな。怖いなー。なんでそこまで強い力を子供に持たせるんだろう……。
しげしげと壁を見ながら私が考え込んでいると、ギギギィ……と重くきしんだ音を立てながら扉が開いた。
「中に入るといい。村長が話を聞くと言っている」
「ありがとうございます!」
この世界のお辞儀として正しいかはわからないけども、私は扉を開けてくれたビニーさんに90度の礼をした。
子供たちを連れて私は集落に踏み込み、そしてもう一度言葉を失った。
外から見たら大きな防壁だと思っていたけど、それもそのはずだった。中には畑があり家畜などもいて、おそらく集落の一単位として必要な物が全て揃っていた。
いや、当たり前か……モンスターから村を守るなら、全てが中にないと意味がない。
小田原城が城下町ごと城壁で囲んでいるのと同じかな。
そして、民家は思っていたよりもまばら。人はあまりいないかもしれない。
「壁の中に村が全部……凄い!」
案の定、
日本の都市部で育つと、「隣の集落までは何もありません」っていう状況に理解が及ばないもんね……。まあ、私もその口だけども。そこは世界史の授業やゲームなどでいろいろ知識の補完がされている。
「遠くから来たんだろう? 魔物に襲われたりはしなかったか?」
私たちに同行したマックスさんが気遣わしげに尋ねてくる。全部撃退しましたとはちょっと言えなくて、私はごにょごにょとごまかすことにした。
「森に近づいたらコボルトが襲ってきたりして……驚きました。なんとか、無事にこの集落を見つけることができてほっとしましたが」
幸い子供たちは周りを見回すのに夢中で、「倒したよ!」とか無用の茶々を入れてきたりはしない。私の言葉にマックスさんはうんうんと頷いてみせた。
「森には魔物が多いからな。とはいえ、森の恵みがなければこの村も食っていけない。しかし最近魔物が出る頻度も上がってみんな警戒しているのさ」
「そうなんですね……」
「しかし女と子供だけで本当によくここまで来られたものだよ。あんたたち、運がいいな。ああ、あそこの一番大きな家が村長の家だ。疲れているだろうし、子供たちはここらの家で休ませるといい。なあに、みんな子守はお手の物さ」
「あ、ありがとうございます! お気遣いいただいて……」
ビニーさんが子供たちを3人ずつにわけて近くの家へと連れて行った。その家から顔を出したのは赤ちゃんをおんぶした3年生くらいの女の子で、見慣れない子供たちを見て目を丸くしていたけど、家に入って休むようその子も勧めてくれた。
――私はそれで完全に油断してしまったのだ。
私の思考ベースにある現代日本と、あまり変わらない対応をされてしまったが故に。
頻繁にモンスターの襲撃を受けながらも、森から離れては生きていくことが難しいからこんなところに住んでいる。――ここはそういう村だと言われていたのに。
私ひとりが案内された村長の家は、それなりに広くて小綺麗な家だった。
火の入っていない暖炉の側に腰の曲がった老人が座っていて、おそらくその人が村長なのだろうと判断して私は会釈をした。
「村に入れていただいてありがとうございます。訳あって子供たちと旅をしているのですが、子供がひとり熱を出してしまって。お医者さんはいないと伺ったのですが、病人を診られる方がいたら、助けていただきたいのです」
お婆さんが勧めてくれた椅子に座り、私はこれでもかというほど頭を下げて頼み込んだ。
「おまえさんと子供たちだけで旅を……。そりゃあ難儀なことだろうて。見ての通り、この村は貧しくて大したものはない。病人が出たら、ほれ、その婆さんが作った薬で凌いでおる」
村長さんが顎でお婆さんを示してみせる。お婆さんはお湯を沸かしてお茶を淹れながら私にちょっと頭を下げた。
そうか、魔女的ポジション! それは頭から抜け落ちてた! 薬草知識に精通した人間は、医療が進んでいない場所ではなくてはならない存在に決まってる。
「あ、あの、無理を承知でお願いします。子供を診ていただけませんか? もちろん、行きも帰りも護衛をして魔物からは絶対に守ります。無理なら、その子をここに連れてきます!」
勢い込んで私が頼み込むと、お婆さんは少し困った顔で私の前にお茶を置いた。湯気と一緒に爽やかな香りが立ち上る。香りからしてハーブティーなんだけど、ハーブに詳しくない私はそれ以上のことはわからなかった。
「困っているのはわかるけども、見ての通り腰が曲がった婆でねえ。歩くのはしんどいのさ。その子を連れてきてもらった方がいいかもしれないね。どこにいるんだい?」
「ええと、ここから1時間ほど歩いたところに、残りの子供たちがいるんです」
「こりゃ驚いた! エガリアの森の近くに子供たちだけを残してきたと!?」
村長さんが私の言葉に腰を浮かす。そ、そんなに驚くような事だったんだ……。いや、私だって本当は残してきたくはなかったけども。
「ま、魔物が踏み込めないような……仕掛けを施してきました」
椅子の中にいれば魔物に襲われないなんて言えない。私は言葉を慎重に選びつつ村長さんに答えた。
「そんな仕掛けがあるのか……。この年寄りが聞いたこともない話だ。あんた、本当に随分と遠くから来たようじゃの。ふーむ、それならあんたが村の男を連れてひとっ走り行って、残りの子供も連れてきなさい。外よりはこの村の中の方がまだ安全だろうしな」
「あ、私ひとりではちょっと……できれば、連れてきた子供たちと一緒に戻りたいんですが」
「子供を連れて? 余計に危なかろうが」
私に身振りでお茶を勧めつつ、村長さんが驚いた様子を見せた。
――言えないな。「私ひとりだと弱いので、モンスターが出たときのために子供と一緒に来ました」なんて……。この人たちの理解をきっと得られない。
どうしたもんだろうかと考えながら、温かいカップに手を伸ばし、口元に当てる。
「……いただきます」
お茶を口に含もうとした瞬間。
「やめろー! 離せー!」
外から聞こえてきたのは、太一くんの悲鳴だった!
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