11 人攫いの村・1
翌日になって
私たちは智輝くんを横にしたまま大きなキャスター付き椅子に乗せて、そろりそろりと移動した。とにかく集落を見つけるためには先に進まないといけないから。
移動速度はとんでもなく落ちたけども、それでも前には進んでいる。
お昼までに移動できた距離はどのくらいだろうか。私の体感では普通に子供が歩く速度に感じたから、戦闘で食った時間を引くと、5キロくらいだろうか。
それでも、その進んだ5キロで、今まで見えなかった物が視界の先にうっすらと見えてきた。
森を突っ切るのはこちらの戦術上とても不利だと思ったので、私たちは森を迂回するつもりでいた。
ところが、遠くから見えた森の木々の濃い色の手前に、木よりも低い建物が見えるようになったのだ。 それは、見張り用の櫓のようだった。
「かなり先だけど、人が作ったっぽい物が見えるよ! 村かもしれない。あそこに行ってみよう!」
櫓に気付いた時点で私は子供たちに止まるように言って、椅子テントやトイレなど生活に必要な物を一式出してもらった。
そして智輝くんをテントの中に寝かせた後、子供たちの顔をひとりひとり眺めながら、私はひとつの賭に出ようとしていた。
「あのね……。この先に多分村か何かがあると思うの。だから、先生はそこへ行ってお医者さんがいるかどうか確かめてきます。お医者さんがいて智輝くんを診てくれるなら、みんなで村に行きましょう。でも、お医者さんがいるかどうかもわからないし、もしかしたら人間の村じゃなくてオークの村だったりするかもしれない。その時には急いで戻ってくるから」
「なんでみんなで行かないの?」
「みんなが元気だったら、みんなで行った方が安全だと思うよ。でも、これ以上智輝くんを動かしたくないの。わかるかな」
「あー、そうか……わかった」
悠人くんはあっさりと頷き、心配そうな目をテントに向けた。
確か悠人くんは智輝くんと同じ保育園の出身だったかな。新白梅幼稚園の出身者が半分を占めるこのクラスの中で、同じ保育園からこのクラスに上がってきたのはふたりだけだったはずだ。
ふたりは物心ついたときから知り合いのはずで、だからこそ悠人くんは他の子よりも心配そうな様子を見せてるんだろう。
戦えない子はここに残し、戦える子を分けて一部を私が率い、前方に見える村らしき場所へ向かう。
残った子供たちは物資補給の意味も含めて、この場所で襲ってくるモンスターと戦う。
戦力を半分に分けるのは、正直凄く怖い。
だけどそれをしようと決心できたのは、
私も体験済みだけど、モンスターはテントの中に入ってこられない。だから、戦えない子たちはテントの中にいてもらえば、守りを捨てた戦いができる。
椅子連投もできるし、簡単にモンスターにやられたりはしないだろう。
――あとは、誰を私の代わりの指揮官とするかだけども。
「
悠真くんは頭のいい子だ。
「聖那ちゃんは色んな事に気付くのが早いから、周りをよく見て、悠真くんを助けてあげて。
私に名指しされた子は一瞬顔に緊張を走らせたけども、こくりと頷いた。
「任せてくれ! 俺がみんなを絶対守る!」
友仁くんの言葉が力強い。この子はきっと、「守りの戦い」で本領を発揮するタイプだろう。
「
楓ちゃんは友仁くんに次いで戦闘力という点では高い。だから、友仁くんを置いて行くからには楓ちゃんを連れて行く。桂太郎くんは戦えないけども、癒やしの椅子がもしかしたら何かの交渉材料にできるかもしれないから。
「うん、わかった」
「わ、わかりました」
楓ちゃんはハキハキと、桂太郎くんはビクビクしながら返事をする。
あとは、桂太郎くんと一緒に自主的に智輝くんの看病をしていた
残る子の方が圧倒的に多いけども、この場合は残る方が安全だし、戦えない子や疲れている子もいるから。
要は、割りと精鋭を選んだ感じだ。しかもAGI高めで一撃当ててからの追撃をする戦法を想定している。
「それじゃあ、みんな気を付けてね! できるだけ早く帰ってくるからね!」
「うん、先生、絶対早く帰ってきてね!」
残る
村を目指して進む私たちは自然と早足になった。私はやっぱり一番最初に息が上がってしまったけど、目的地が見えている以上踏ん張れる。
そして、その集落らしき物の外観がはっきり見える距離まで来たとき、私は言葉を失ってしまった。
色が濃く見えたのは、丸太で作られた柵がぐるりと外壁になっているから。門も木で作られたがっしりとしたもので、それは閉ざされている。
櫓だと思ったものはやはり櫓で、上に人が立って私たちの様子を窺っているのがわかった。
人間が、いる!
それだけで心が緩むのを感じてしまった。だって、モンスターだけで人間がいないかもしれないってずっと不安になっていたから。
「すみません! ここにお医者さんはいませんか? 子供が熱を出してしまって、お医者さんを探しています!」
私の最大の取り柄の大声で、両手を挙げて武装していないことを示しながら櫓に向かって叫ぶ。
お願い、言葉通じて! これで言葉が通じなかったら結構詰む!
私の祈りが通じたのか、櫓の上にいた男性が慌てて櫓を降りていった。そして、しばらくしてから外壁の上に人が顔を出した。近くで見ると目鼻立ちが白人系の人だ。赤茶の髪は短く刈り込まれていて、服は簡素であまり裕福そうには見えない。
「どっから来た? ここには医者なんていないぞ!」
男性の口から出てきた言葉は、ありがたいことにそのまま理解できるものだった。けれど、その中身は残念な答えだ。
「私たちは、その、遠くから……。お医者さんがいないんですか……。あ、あのっ、お医者さんじゃなくても病気の人を診られる人はいませんか? その、巫女さんとか、錬金術師とか」
私のファンタジー知識で病気について対応できそうな人たちを挙げてみると、男性はあからさまに困った顔をし、私たちにそこで待てというようなジェスチャーをした。
「どうした、マックス」
「ああ、ビニーか。ちょうどいいところに来てくれたな。奇妙な身なりの女と子供が、医者を探して来ているんだ」
「女と子供だと? エガリアの森に近いこの村に女と子供だけで? 魔物が化けてるんじゃないのか?」
おいおいおい、丸聞こえですよ!!
マックスと呼ばれたのは櫓の上に最初にいて、今私たちと話してた男性。どうも壁の内側でそのマックスさんに話しかけているビニーさんという人がいるらしいんだけども。
「魔物じゃありませーん! なんなら調べてもらってもいいです!」
私の大声は集落の中まで聞こえるだろう。疑っていることが私たちにバレていると気付いたマックスさんとビニーさんは小声で何かを相談し、マックスさんがこちらに向き直った。
「ビニーが村長に確認してくるから、少しそこで待ってくれ!」
「わかりました! よろしくお願いします!」
私は思いっきりマックスさんに向かって頭を下げた。
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