5 椅子の新しすぎる可能性
オーガを倒した後に現れたのは、大量の毛布だった。多分、数えたら35枚あるんだろう。
それと、毛布だけじゃなくて2Lペットボトル入りの水も大量にあった。
……うわぁ、気持ち悪いなあ……。
この、何もかも見透かされてる感じ、凄く気持ち悪い。だいたい、ペットボトルって何よ、この世界に存在するの? わー、気持ち悪い気持ち悪い。
しかし必要な物がモンスターを倒す代償として与えられるのは、とても助かるとも言える。
ドロップ品を「気持ち悪い」と思っているのは私だけらしく、子供たちはモンスターを倒したら宝箱を拾った! くらいに認識しているらしい。まあ、ゲームだとそんな感じだし、それ以上追求するのはサンタさんを信じている世代には厳しいだろう。
私たちはぬるい水を使って顔を洗い、体を拭いて、いくらか人心地ついた。後は寝るだけ、なんだけども……やっぱり毛布一枚で野宿かなあ。せめて寝袋を出してくれれば良かったのに。
毛布を手に思い悩んでいると、
「先生、ね、いいこと考えた!」
小顔の中のこれでもかというくらいの大きな目がキラキラとしている。これは絶対本当の「いいこと」だ。夏乃羽ちゃんは悪戯をするタイプじゃない。
「椅子召喚! どーん!」
自分で擬音まで付けて夏乃羽ちゃんが出した椅子は――うわー、でかい!
これ、どれだけの大きさがあるんだ!? もはや椅子なのか!?
私たちの前にそびえ立つ椅子は、座面の下の面積だけでおそらく教室ひとつ分くらいの大きさがあり、背もたれまで入れたら学校の2階部分まで行きそうだった。
しかも、座面から四本の脚の間を黄色い布が覆っている。
つまり、椅子テント。
こんなのも有りなのか!
椅子の可能性、無限大かな!?
「ひえー……凄いねえ」
いや、本当に「凄いねえ」としか言えないよ……。
昔のテントみたいな生地で出来ている覆いをめくって覗き込むと、ちゃんと地面との間に何かが敷かれていた。とりあえず靴を脱いで私が中に入ると、子供たちが続々と続いてくる。
足元の何かは厚みがあって、それなりに柔らかかった。そして、妙に見覚えがある。
――いや、見覚えあるよ、これ防災頭巾だ!! 端っこに行ったら「
「夏乃羽ちゃん、やったね! これで毛布一枚でも寝られそうだよ。凄い凄い……後は、夜中にモンスターが来たら困るから、先生は……」
外で番をするね、と言おうとしたら、夏乃羽ちゃんがにこりと笑って私の言葉を遮った。
「椅子が『大丈夫』って言ってるから。みんな寝ても平気だって。中にいれば大丈夫」
いすが、だいじょうぶって、いってるんですか……。
なんですかね。この子たち、前世か何かで困っている椅子を助けて、今恩返しを受けているのかな?
椅子と意思疎通できるってどういうことだろう。先生には全く理解できないよ……。
それでも、今まで数々の理不尽を起こしてきた椅子だから、私も「そうかー」と言って納得するしかない。だいたい、巨大椅子の中にいるんだから、もう信じるしかない。
上を見上げると、座面の裏はまだ新しい木の色をしていた。パイプの脚がカーブを描いていて、下からそれを見上げるのはとても不思議で、懐かしい気持ちになる。
子供の頃、テーブルの下は秘密基地で、白いテーブルクロスの中にいるときは私は何にだってなれた。もちろん空想の中でだけど。
それに、近い感じ。
大人になった、と思った瞬間はないけど、法律上の成人とは別に私はやはりいつの間にか年相応の程度には大人になっていて、子供の頃に持っていたものは過ぎた年の中にいくつも置いてきてしまった。
もしかしたら、椅子を召喚できないのはそういうところが原因なのかもしれない……。
みんなで毛布にくるまって横になりながら、私はそんなとりとめのないことを考えていた。
すると――。
ぷぅっ、って音が離れたところから聞こえた……。
「くせぇ!
「俺じゃねーよ!
「やめなさーい!」
このまま全員おとなしく寝るとは思ってなかったけどね!!
そりゃ生理現象だよ、仕方ないよ。でもあまりにお約束の展開にげんなりしつつ、毛布を被ったまま蹴り合っている太一くんと雄汰くんを引き剥がす。
本気で臭かったらしくて、近くの子は毛布を掴んでパタパタと振っていた。
やっぱり……この人数は無理か……。とりあえず、一緒にしておくと騒ぐ雄汰くんと太一くんは分ける必要があるな。
「椅子テント分けまーす! 男子の出席番号1番から9番までと、10番から18番まで。女子の出席番号1番から8番までと、9番から16番までに分かれて下さい! 怖いから先生と一緒に寝たいって子は先生と寝ましょう。はい、分かれてー」
ぶーぶーと文句が上がったけど、太一くんと雄汰くんが騒ぐところで寝たい子はさすがにいなかった。ちなみにこのふたりは出席番号の2番と17番なので、テントは別々になる。
結局5つの椅子テントが建ち、小さくなった夏乃羽ちゃんのテントには10人ほどが残っていた。
「先生、おてて繋いでいい?」
「あっ、ゆあんも!」
そうだよね、1年生なら親とかおじいちゃんおばあちゃんと寝てるのも珍しくない。私は5年生までおばあちゃんと一緒に寝てたし。
誰かにくっついていないと、眠れない。そういう子たちがここに集まっていた。
「みんなは、家族がいないところでお泊まりしたことある?」
何気なく私はそう尋ねた。この甘えん坊たちが子供だけで眠れるような気がしなくて。
「あるよー。去年幼稚園のお泊まり会があったから」
そうか、そういえばあったな、お泊まり会。新白梅幼稚園は例の山に集会室があるから、そこにみんなで寝るんだった。十数年前の記憶が蘇ってきた。
「……先生、おうちに帰れるかなあ……このまま帰れなかったらどうしよう」
私の手をぎゅっと握りしめて、優安ちゃんがしくしくと泣き始めた。
「希望ちゃん、ちょっと手を離すね、ごめんね。……優安ちゃん」
起き上がって優安ちゃんを抱きしめる。小学1年生って、身長100センチくらいの子もざらなんだよ。優安ちゃんも、小さめの子。
抱きしめるとその細さ、頼りなさにこちらが不安になりそうだった。
「帰れるよ。必ず帰れる。先生がみんなと一緒に帰るって約束するよ。絶対大丈夫だからね」
もし私が不安な小さい子供だったらそうして欲しいと思ったように、抱きしめて、頭を撫でて、穏やかに話して。その内、優安ちゃんは私の腕の中でこくりと頷いた。
「うん」
「落ち着いた? じゃあ、寝ようか」
優安ちゃんと希望ちゃんの手はぽかぽかしていて、黙っていたらすぐにすうすうと寝息が聞こえてきた。なんだかんだ疲れていたんだろう、当たり前だよね。
優安ちゃんに話したのはただの気休めではなくて、私にはひとつの確信があった。
モンスターを倒すとお弁当やおやつ、飲み物までが出てくるシステム。それに、一撃目が煙幕になること。
不自然なくらい、子供たちに親切すぎる。
私たちをこの世界に転移させた「なにか」は、子供たちを傷つける意図がない。
郷に入れば郷に従え――ではなくて私たちの世界で馴染みのある物を出してくるのは、元の世界に戻す気がある証拠にも思える。
目的は何なんだろう。まあ、私が考えても「なにか」が直接答えをくれない限り答え合わせは出来ないんだけど。
目を閉じると、どっと疲れが押し寄せてくる。一度瞑った目は開けるのが難しくて、私もそのままあっさりと眠りに就いたのだった。
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