第4話 魔獣【シャドウ】
右も左も分からない知らない町ではあったが、大気中の
(あともう少し……近い!)
近づけば近づく程、ねっとりと纏わりつくような感覚が肌にひしひしと伝わる。
そんな感覚にヒマリは生唾をゴクリと飲み込む。
そして、家から飛び出して数分。ヒマリは住宅街の中、目標を発見した。
『グゥア……ヴグォ……ウヴグォォァァァァァァァァァ!!!』
耳をつんざくような叫び声。
人の形をしていながら最早、人と呼ぶことはできない程、
肌は黒く染まり、血管の筋は破裂しそうな程浮き出ている。白目を剥いた瞳はかすかに青白く発光し、手足の先は変形していて、爪は獣のように鋭く伸びていた。
彼等の目的や発生源は判明していない。
ただ一つ、明確な事は
ヒマリは
「
ナイフに
ヒマリが使用したのは『時空の魔女』クレアの心象魔法。
心象魔法とは
本来、人が持つ心の形。つまり心象文字は決まっている。その為、使用できる魔法はほとんどの人間が一系統のみだが、他者の『
『
これによって、人間界の人々や建造物に被害を出さずに戦う事を可能にしている。
「寄生型の
別空間へと移動し、改めてパラサイトと対峙したヒマリは、その禍々しい風貌に気圧されていた。
『グボゥァァァァァ!!』
目の前に立つヒマリを敵と認識したパラサイトは彼女に向かって突撃する。
「ッッ! やるしかない!」
パラサイトを目にした時、ある不安がヒマリの脳裏によぎっていたが、そんな感情を心の奥底に封じ込めて、迎撃のため魔法を発動した。
「火炎心象魔法 『
『グヴォァァ!?』
狙いを定め、突き出した右手から火球を放つ。
しかし、火球は目標に被弾することなく、すぐ横を通り過ぎていった。
(外した! ……いや、当てられなかった……)
放たれた火球にたじろぎ、パラサイトは一瞬動きを止めたが、再びヒマリへと突進していく。
『ヴボォァァァァァァ!!』
「——近づかれたらまずい!」
ヒマリの目前へと迫っていたパラサイトは腕を大きく振りかぶり、彼女へ拳を叩きつけようと振り下ろす。
その攻撃をスッと後ろへ跳びながら躱して距離を取る。
「ハァ……ハァ……」
先程の魔法が当たらなかった事に動揺し、呼吸が乱れる。
(やっぱり……でも、やらなきゃ……)
最初に不安を感じたのは紡と対峙した時だった。
これまでヒマリが戦ってきた相手は、人の姿をしていない
紡と戦っている時は状況が飲み込めず、パニックになっていたこともあり、はっきりとは感じなかったが、改めてパラサイトを見て嫌悪感にも似た感情が湧き上がる。
〝人の姿をしている相手を攻撃することが怖い〟。あまつさえ、元々は人間だったということがさらに抵抗感に拍車をかける。
とはいえ、
しかし、作り出されていく火球は途中で消失してしまった。
「——どうして!?」
魔法は心の力に依存する。そのため、精神状態によって良し悪しが左右されてしまう。
相手を攻撃することを本能的に躊躇っているヒマリは、正常に魔法を発動することができなかった。
『グヴォァァァァァァァァ!』
パラサイトはその隙を見逃さず、ヒマリへと飛びかかる。
「クッッ!」
ヒマリは咄嗟に相手の頭部へと右足で蹴りを繰り出す。
しかし、いとも簡単にパラサイトは蹴りを止めて、そのままヒマリの足を掴んだ。
「ッッッ!!?」
『ヴヴォァァァァァ!』
パラサイトは掴んだヒマリごと腕を振り上げ、力の限り地面へと叩きつけた。
「ガハァッッ!!!」
強烈な痛みがヒマリの全身を襲う。
「ガッ……カハッ!」
肺は酸素を取り込む事を拒否し、視界はぼんやりと滲む。
獲物が虫の息になっているのを確認したパラサイトは、とどめを刺そうと仰向けに倒れるヒマリから手を離す。
ブチ、グチャ、ベキャ。そんな気味の悪い音を立てながら、パラサイトは右腕を変形させていく。
『グギギギギィィ』
そうして、三倍程に膨れ上がった右腕をヒマリの頭部へ向けて振り下ろす。
ヒマリは、せめてもの防御として両腕を頭の上に構え、ぎゅっと目を閉じた。
『グヴァァァァァ!』
〝ドゴォ〟
鈍い打撃音が辺りに響き渡る。
「……え?」
それはパラサイトがとどめを刺した音ではなく、何者かがパラサイトを殴り飛ばした音だった。
ヒマリが目をそっと開けると、見覚えのある少年が振り返りながら呆れた顔で笑う。
「俺より強そうなくせに、こんな相手に遅れを取ってんじゃねーよ。まっ、危ないところだったな」
そう言って少年——紡はヒマリへと手を差し伸べた。
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