第1話
「かつて、この世界には魔王がいました」
教壇の上に立つポポイ師の言葉は、まるで子守唄である。
彼の授業が始まると、およそ5分で3割近くの生徒が居眠り状態に突入する。ある意味、スリープの魔法より強力だ。
「魔王は、圧倒的な破壊力を持っていました。その力は大地を割り、爪は風を切り裂き、眼光は氷を溶かし、雄たけびは嵐を呼びました……」
「ふあっ」
勉強の苦手なイオリが、開始早々30秒で思わず大きなあくびをした。
眠くてたまらない。
「魔王を倒すため、世界中から腕に覚えのある戦士たちが戦いを挑みましたが、とても太刀打ちできませんでした」
歴史の授業は生徒たちにとって苦行でしかなかった。
ポポイ師の抑揚のないしゃべりかた、穏やかなトーン、のほほんとした雰囲気。
まるで、子守唄をエンドレスで聞かされているかのような時間。眠るな、というほうが無理だった。
「人智を超えた力を持った魔王ですが、しばらくして打ち倒されます。魔王を倒すために、5つの主要都市国家が自国を代表する最強の勇者を一人ずつ選出したのです。選ばれた5人の勇者は団結して、人外の力を持つ魔王相手に3日3晩戦い続けました。そして、死闘の末ついに魔王は打ち倒され、世界にようやく平和がおとずれました」
クラス中が眠りに落ちようとしていく中、一人の生徒が手をあげた。
「先生、うちの親から聞いたんだけど主要都市国家の一つってこの国だったんでしょ?」
突然の問いかけにポポイ師は丸いメガネをくりっと上げて生徒に顔を向けた。
話しの腰を折られて不機嫌になるかと思いきや、穏やかな口調で答えた。
「その通りですよ、ロビーくん。このアルスタイト王国が、世界主要都市国家の一つです」
世界には大小合わせて200以上の国々がある。
その中でも、とりわけ軍事力や経済力の高い国が主要都市国家を名乗り、世界の方向性を決定していく権限を与えられている。
このアルスタイト王国は、まさにその一つであった。とはいえ、イオリの住むこのカザブ領は王都から数百キロも離れた辺境の地。この町の平民たちは誰も国王の顔など見たこともなかった。
「じゃあさ、5人の勇者の1人って、この国の人なの?」
ポポイ師は得意げな顔をしてうなずいた。
「まさにその通り。5人の勇者のうちの1人はこのアルスタイト王国の人間です」
わあっ、と歓声があがる。
眠気が極限に達していたイオリも、思わず眠気が吹き飛ぶ思いだった。
(5人の勇者の1人がこの国の人間!?)
彼らが知らなかったのも無理はない。
大人たちは勇者の話を一切しなかった。まるでその存在を隠すかのように頑なにその話題を避けたからだ。
魔王討伐の話も、最近になって知らされたほどである。
12歳の少年たちには、勇者の姿はまさに謎のベールに包まれていた。
「先生、その勇者ってどんな人?」
「強いの? 5人の中で何番目くらい?」
次々と飛び交う質問に、ポポイ師は困った顔を見せた。
「うーん、なんといえばいいか、実はわたしもよくは知らないんです。勇者の情報は完全に国家機密扱いですので」
国家機密と言われれば、生徒にはそれ以上問い詰めることはできない。なにせ、国が秘密にしているぐらいなのだ。知りようもない。
「なあんだ」というがっかり感が教室中を包んだ。
ポポイ師はあせった。せっかく、生徒たちが授業に興味を持ってくれたのに。このままでは、また眠りに落ちるだけである。
ポポイ師は記憶を巡らせ、ひとつの情報を思い出した。
「ああ、そうそう。思い出しました。漏れ伝えられた伝説ですが、その勇者は、その圧倒的な戦い方から通称ライトニング・クレアと呼ばれていたそうです」
再度、教室中が沸きあがった。
「クレア!? もしかして女の人!?」
「ライトニングって本名じゃないよね!?」
「どんな武器使ってたの!?」
騒ぎ出す生徒たちに向かってポポイ師は満足げだ。これなら、このまま授業に突入しても生徒たちは眠らないだろう。
「はいはい、雑談はそれくらいにして授業に入りますよ」
興奮冷めやらぬまま授業が再開された3分後には、あえなく半分以上の生徒が眠りに落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます