タバコを吸い終わったし漫画も読み終わったので、漫画喫茶を出ることにした。


漫画と灰皿とガラスコップを片付けて、受付で会計をした。


2000円ちょっと払い、ドアから出るとちょうどエレベーターが到着したので、暇そうなサラリーマンと入れ違いで下に降りた。


外は少し曇っていたんだけど、窓の無い個室にいた僕にとっては眩しかった。


三人の大学生が麻雀について酔っ払いのように語りながら通り過ぎた。


おかげで、豊かに満たされた僕の心の器はドライフルーツのカスのように萎えてしまい、一刻も早くこの街から出たくなった。


僕は駅に向かって歩き出した。


_____


駅に戻り、ちん毛を剃らない男性ばかり乗るしょうもない山手線に乗った。


僕は例によってドアの近くの壁にもたれかかった。


僕はいかにも

「座席にはすわりません!興味もありません!お疲れでしょう、どうぞお座りください。」

みたいな感じに装ったんだ。


予定日の近い妊婦さんとか足腰痛い中100年ぶりに友達に会いに巣鴨へ出かけるおばあちゃんとかに座って欲しかったからね。


座っていいのかしら?と疑うこともなく座ってくれたら僕のエゴは満たされるんだけど、残念ながらそんな人はいつだっていない。


_____


高田馬場から西日暮里に行くまでに6駅ほどあって、どれもろくでもない街ばかりだよ。


池袋は正真正銘のクソ溜めだけど、少しマシなのは大塚だ。


ある時、僕は大塚駅の近くでキックボードに乗り、交差点で信号が青になるのを待っていたんだ。


横断歩道の反対側には女子高生が2人いて、彼女らも信号待ちだった。


彼女らはキックボードに乗ってる僕が目に入ったらしく、なんてダサいのかしらとリスのようにクスクスと笑ってた。


僕は笑われて残念だったんだけど、女子高生の意見は絶対だから、しょぼしょぼとキックボードを押して帰った。


でもさ、大塚駅にはあおい書店と言う本屋があるんだ。


名前が素敵だよね。


_____


電車に乗ってる最中に、ハスミンからもキムからも返信があった。


メールってさ、来ない時には全然来ないのに来るときには畳み掛けてくるのはなんでだろうね。


ハスミンからは

「本を返してくれて39。」

とメールがきて、キムからは

「暇〜いいよ〜。」

みたいなメールがきた。どちらにも返信せず、西日暮里に着くと電車をおりた。


_____


西日暮里からキムの家までは、歩いて30分くらいかかる。


歩くのが面倒くさくて適当な自転車をかっぱらって行こうか、なんて考えるふりをしてみたんだけど、僕は自転車が盗めないんだよね。


結局いつも通り歩いて行くことにした。


_____


そういえば美雨は自転車を盗むのがべらぼうに上手かったんだけどね。


美雨ってのは、月に3〜4回神奈川で一緒に遊んでいた女の子の名前だよ。


そして彼女には、絢っていう親友がいて、いつもペアで行動してた。


僕が加わる時は一応3人組になった。


神奈川のどこかは覚えていないな。まぁ、神奈川だよ。


横浜とか川崎とかそういう大きな街じゃない。


彼女ら2人と僕は夜遅くまで駅近くでタバコを吸いながら過ごした。


その後に絢の家に行くのがお決まりのコースだったんだけど、絢の家は駅から遠いんだ。


とにかく遠かった覚えがある、歩くと5時間くらいかかるんだ。


だから美雨と絢は駅の駐輪場から自転車を盗むんだ、2台ね。


もちろん鍵はされてるんだけど、美雨はそのロックを外すのが上手い。


その辺に落ちてるビニール傘の持ち手でロックをぶっ叩きながら

「前輪につけるタイプの古い鍵にしか効かねー。コツなんてねぇよ、気合いだよ気合い。」

って教えてくれたんだけど、結局僕は一度も成功しなかった。


気合が足りなかったのかもしれない。


気合いで盗んだ自転車で、一台は美雨がこいで絢が後ろに乗り、もう一台は僕が一人で乗った。


_____


僕が神奈川に行く度に自転車を盗んでいたらいつか駅の駐輪場が空っぽになるんじゃないかって君は思うかもしれないけど、神奈川の自転車はもうすでに大体が盗難車なんだ。


駅の駐輪場はいつだって満車だったし、僕らが盗んで絢の家のある団地の下に駐めておいた自転車は、次の日には他の誰かに盗まれていた。


だから僕が帰るときは絢の家から駅まで5時間歩くしかなかった。


まぁ先進的だよね、エコだよね、シェアサイクルだっけ?


気合いさえあればだけどさ。


_____


絢の家ちかくにコンビニがあってね。


いつも寄り道してお酒とタバコを買いたした。


絢の部屋で誰かが眠気にたえきれず落ちるまでのあいだ、僕らは音楽をきいて過ごしていたんだ。


マリリンマンソンとかスリップノットとかそのあたりをね。


だからいつだって

「ビール飲みながらXを聞こうぜ」

って感じでコンビニによるんだ。


僕にとっても彼女らにとっても、音楽は特別なものだったように思う。


この非合法かつ非生産的な経験群は、受け入れられない何かに抗うために必要な跳ねっ返りだったのかもしれない。


関係ないかもしれないけど、2人ともお酒にはめっぽう強かったな、酔っ払っているところを見たことがないよ。


僕も割とつよいほうなんだけどね。


正直に言うとさ、僕はビールを美味しいと思いながら飲んでいたわけではない。


一度も「プハー、うめーな!」って本心では言ってなかった。


それでも彼女らといる時にはリプトンのミルクティーを買う気になんて到底なれなかったし、もし本当にリプトンのミルクティーなんて買っていたらこの2人との関係も終わっていたと思うんだよね。


だから苦いだけのビールをカッコつけて飲みながらhideをよく聴いた。


どのアルバムのどの曲が一番”重いか”が一番の話題だった。


たまにギターも弾いたよ。


絢の部屋には黒いレスポールのギターが一本あって、昔の彼氏からもらったものらしいんだけど、僕がLUNA SEAのリフを弾いてあげると絢はとても喜んだ。


_____


音楽を聞き終わったあと、どうやって寝ていたかをはっきりとは覚えていないんだ。


だらしないなと言われてもしょうがない、女の子2人と僕で3人、ベッドは1つしかなかったのだから。


僕が床で寝て、彼女らがベッドで寝ることがほとんどだったけど、絢と僕がベッドで寝ることもあった。


美雨が

「いいよ、ウチ今日は床で寝るし。」

って言って、さっさと寝ちゃう時があっただけなんだけどね。


それよりも、僕がはっきりと覚えているのは、絢とふたりきりで寝そうになったときのことだよ。


神奈川の駅で、たまたま僕と絢は2人きりだったんだ。


一緒にお茶の水に行って楽器屋を冷やかし、その帰りにいつも通り駅近くでダラダラとタバコを吸っていた。


何か足りない感覚はあったんだけど、絢は「今日も泊まってくでしょ?」っていうし、僕もいつも通りの感じに安心してて深くは考えられなかったんだよ。


でも絢の家に向かう道中、盗んだチャリに絢を乗せてこいでいたら、突然きたんだ。


僕にもきたし、絢にもきてたんだと思う。


だって、後ろからすごく抱きしめられたからね。


両腕でお腹をぎゅーっとされた。


それまではただ落ちないために回されていた両腕が別の意味をもったんだ。


背後から、おそらく絢の頭頂部からいつもと違う甘い匂いがしてきて、僕はクラついたよ。


あぁ気持ちいいなって思った。


自転車が傾いて姿勢を直すのに必死だった。


だってさ、僕はこの3人組でいられることが大好きだったんだ。


壊したくなかった。


コンビニでは2人とも無言だったけど、えらく距離が近かった。


部屋についてからも、意識がとびとびだったんだ。


でもね、僕は頑張った。


一緒に寝そうだったけど寝なかった。


ほんとにあと一歩超えたら終了ってところで、僕は言いたくないけど言わなければならない一言を言うことができた。


「美雨は?なぁ美雨、呼ぼうぜ。」

ってこの時言えなかったら、この3人組が高校卒業まで続くことはなかったと思うんだ。


_____


そういえば、絢の紹介がまだだったね。


でも正直に言うとあまり覚えていないんだ。


絢はとにかく目立つ子で、背は低いんだけど、眼が大きくてストレートの黒髪だったよ。


君も一度でも会えば、次の日「あー、あの気合いの入った子ね」と思い出すと思う。


耳たぶの穴はこれでもかってくらい拡張され、口にも腹にもまぶたにも穴が空いている。


気合いだよね。


_____


西日暮里の空を見あげると、だいぶ曇っていた。


たぶん死とは曇り空のような景色なんだろうなって思わない?


僕の生きるための理論は通用しないし、大人になるとさらに通用しないのかもしれないって、少しセンチメンタルになってしまった。


僕は西日暮里駅のすぐとなりにある牛丼屋で、大盛りを2つ買った。


前にも言ったけど、キムはすごく頭が悪い上に、お金もないんだ。


たぶん朝から辛ラーメン1パックくらいしか食べていないだろうから、お土産に買っていってやろうというわけだ。


奢りたいわけではないんだけど、僕もお腹が空いていたし、僕一人で食べていたら隣で

「うっまそうやなー、なぁうっまっそうやなー」

ってごちゃごちゃうるさくされると美味しくないではないか。


_____


牛丼を受け取って店からでて、しばらく北に向かって歩いた。


というかさ、そもそも君は西日暮里って知ってるかい?


この街は、平成という時代に追いつけず取り残されてしまった街なんだ。


足掻いてはいるんだけど、ピントの合っていない老眼メガネのせいで、なんともチグハグなTOKYOの一部分、つまり住みたくなるような魅力的な街ではないってこと。


_____


はぁ。


どうでもいいな。


あぁあ、僕が神に選ばれし異能のヒーローだったらなぁ、なんてことを考えながら歩いていた。







ちょっと、ぼーっとしすぎてしまったかもしれない。




キーーーーーードンッ





いてぇ。


あ、そういえば、

キムもスーパーサイヤ人になりたくて、マンションの廊下で

「はぁああああああ!!!」

ってやってたな。

血管浮き上がらせてさ。

気合いだよね。


はぁ。




僕は、ミニバンに轢かれ、死んだ。




・・・・・

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