受付を済ませたあと、僕はプラスチック製の黒くてちいさな灰皿とガラスコップにコーラをなみなみと入れて持ち、16番席に向かった。


隅っこの席ならもっと落ち着くんだけど、だいぶ中央の席だった。


仕切りで囲まれているし、プライバシーっぽいものは確保されているんだけどね。


リクライニングをおもっきり倒して寝るように座ったんだけど、これじゃタバコが吸いづらいからと元にもどして、カバンの奥底からボロボロのセブンスターを取り出した。


前線から帰ってきた兵士みたいにやつれていたけど、なんとか体勢を整えることができたから、軽く唇で咥え、火をつけて思いっきり吸った。


僕はようやく落ち着いてきて、いろんなことについて考えることができた。


_____


君は、自分がなんで生きてるのだろうか?なんて考えたりするかい?


ぷかぷか。


と言うのもさ、僕の姪っ子のことなんだ。


僕にはまだ小学1年生の姪っ子がいて、この子は集合写真かなんかに写されて「わぁこの子可愛いわ!なんて名前?」

って聞かれるような子では決してないんだけど、とびっきり頭がいい子でね。


テストで点数稼げるようなインチキ頭じゃなくて、存在の不思議さを問えるようなそれさ。


ぷかぷか。ふー。


彼女が一度、僕にたずねてきたことについて、君に話したいんだけど、いいかな。


彼女が一年生になったばかりのある日、何か忘れ物でもしたかのように僕にこんなことを聞いたんだ、

「サヤちゃんってどうして生きてるんだろ?」

ってね。


僕は驚いてしまって、

「サヤちゃん。それってどういう意味?」

って聞き返したんだ。


そしたら

「サヤちゃんそう思いついただけ。」

って少し恥ずかしそうに答えてた。


僕はなにか言わなきゃとテンパっちゃって、

「サヤちゃん、自分の生きる理由はね、自分で決めてもいいんだよ」

なんてクソみたいなコメントを返してしまったんだ。


今でも悔やんでいるよ。


僕の実存っぽいコメントは彼女に一切響いてないのは明らかだった。


彼女はさらに聞いてきた、

「魂って生きてるの?」

ってね。


もう僕は、冷や汗で溺れたよ。


溺れつつ必死でカッコつけた結果、

「魂と身体は別のものなのかい?」

と応えるのが精一杯だった。


その時わかっちゃったんだ。


大人より子供のほうが自分のしたいことをちゃんとわかってるんだってことをね。


子供と大人の違いは、ようするにこうだ。


子供は問う、大人は答えを求める。でも大人は問うことを忘れてる。


_____ 


なんてね。タバコを吸うと魂が酔っ払ってしまうんだよ、マジな話。


ボロボロのセブンスターがあと一本しか残っていなかったから、受付に行ってマルボロのメンソールを2箱買った。


1箱は自分用にして、もう1箱はキムの家に持っていってやろうと思ったんだよ、やつは金がなかったからね。


黒い灰皿にタバコを優しくとんとんとすると、燃えつきた煙草の葉がボロっと落ちた。


親玉まで落ちてしまったので、もう一回ライターを取り出す羽目になった。


_____


そういえば、僕にタバコを教えてくれたのはハスミンだよ。


高校生活初めての文化祭当日、僕のクラスはだらしなくハニカミながら女の子を教室に勧誘しては風船を一生懸命に膨らめせていたから、僕はとりあえず帰りたかったんだけど何かもったいない気もしちゃってさ、手持ちぶさたで、遊んでくれる人を探していた時、ハスミンがきてくれたんだ。


やつも帰りたかったのかもしれないね。


_____


「やあ、紺野くん」

 僕が、軽音部の演奏するヘッタクソなニルバーナを退屈そうに眺めているところに、ハスミンが同じくだるそうにやってきた。


「ハスミン。ハスミンってニルバーナ好き?」


「俺?うーん、まぁまぁ。」


「ふーん」

 僕はニルバーナは好きになれなかったんだ。


それに軽音部の演奏するそれは、雑なバンドの雑な音楽をこれ以上劣化さえられるのかってくらいひどかった。


ボーカルは、小学生男子にリコーダーで演奏させたほうがましだったよ。


「別に悪くはないんじゃない?テルヒコも好きだし」

 とハスミンはいった。


この男は、友達が好きなものは悪く言わないんだ、例えそれがニルバーナでもね。


ほんといいやつなんだよな。


「ニルバーナの前は175Rをやってたよ。その前は太陽族。その前はモンパチ。ゴイステ。ガガガSP。ねぇ、ハスミン。どう思う?」


「どうって?」

 ハスミンはだるそうに、でもちゃんと僕の話を聞いてくれていた。


「僕らはさ、高校生というこの世でもっとも青春というべき青春時代の真っ只中を生きている。高校を卒業した人類全てが高校生を羨んでる。例え、ガキみたいに風船を膨らませていようとね。僕らこそ、本物の青春そのものだ。そんな僕らが、誰よりも青春を生きているはずの僕らが、なぜガガガSPみたいなクソ青春パンクのコピーなんてするんだ?青春おパンクを歌うっていうやつらは、もうおじさんじゃないのか。なぜ、マネのマネをするのだ。せめてモネのマネを・・・」


「ニルバーナは青春パンクじゃないよね。」


「ニルバーナは別かもしれない、パジャマ着てるし。日本の奴らだよ、僕が言いたいのは。なんだかさ「青春てこういうもんだよな!いいよなー青春!」っててめえらおじさんのくせに青春の先生かよ、みたいなさ、そんなことを言われている気になるんだよ。」


「あー、それわかる気がする。」


「だろ?うんざりなんだよ、こういう曲には。嘘くさいニセモノだ。なー、もう帰らねーか?マジでさ。とりあえずどっかにタバコでも吸いに行こうぜ。」僕はタバコなんて吸ったことなかったんだけど。


「おー。いいね、行こうぜー。」

 とハスミンは乗ってきた。


「え。そう?まじ、いいの?・・・僕、タバコ吸ったことないんだけど。」


「そう?今ちょっと持ってないなぁ。どっかで買えないかな。」


人を軽々とバカにしないところがハスミンのいいところだよね、僕と違ってさ。


_____


ハスミンと一緒に教室を出て、裏門に向かったんだ。


裏ルートの途中で高校生にもタバコを売ってくれる店があるかもしれないという期待があったからね。


裏ルートって言うのは、別にカッコつけてそう呼んでるわけじゃなくて、裏門から駅まで向かうもう一つの通学路のことで、少し遠回りすることになるし通る生徒は少数派だった。


_____


学校の廊下や中庭は、人でいっぱいだった。


君はWAの文化祭にどんな奴らがくるか知らないだろうけど、とにかく見応えはあると思うよ、実際。


声をかけられるために来たのに声をかけないで的なオーラを醸す焦らし系女子高生x2だったり、

興味もないのに「校風を確認する」ために親にむりやり連れてこられ心が死んでる中学生だったり、

WAのお祭りに便乗しようと遥々やってきた”偽物”のKO生だったり、

あぁ、偽物って言うのはね、

彼らは慶応生ではないんだ。


慶応という学校に通える頭はないんだけども、女子高生たちが男子高校生の通学カバンに描いてあるマークを「慶応か否か」って0.1秒でスキャンすることは知っている、だから頼れるだけのツテを頼って本物の慶応生から通学カバンを借りて遥々やってくるんだ、だから”偽物”のKO生ってわけ。


涙ぐましい努力に乾杯なんだけど、結構古い手でもうバレてるんだよね。


まぁそんな連中がわんさか集まるんだよ。


_____


「女の子の香水は可愛くて好きなんだけど、あまりにむせ返るように密集するとちょっとね。」

 僕はだるそうに歩くハスミンに話しかけた。


「そういえば僕は共学も受験したんだけどさ、試験会場の教室の匂いが全然違ったよ。ハスミンは・・・・・・あ」


 少し離れたところから、一人の女の子が僕の方を見ていたんだ、少し下を向きながら、でも確実に僕が僕であることを確認するかのようにじっと見ていた。


淡いピンク色のオーラをまとっていたから、僕のことが好きなのかななんて一瞬思っちゃって、僕の方もちょっと見覚えがあるようなないような感じがしたからつい、よく見てしまった。


僕が興味を持つようなタイプの女の子ではなかったんだけどね。


「・・・・・・・・・げ」

女の子の正体を思い出してしまった。


「え、どうしたん?」


「いや、なんでもないわ。」


 10mほど離れていたその子が、中学3年の頃塾で同じクラスの子だとわかって、僕は途端に早足になった。


だってその場を1秒でも早く離れたかったからね。


_____


正式名称はわからないんだけど、なんていうのかな、システム手帳の体裁で、自分の名前やあだ名とか好きな食べ物とか好きな人は誰で無人島に何か一つ持っていくとしたら何をもっていく?みたいな個人情報ひけらかす手帳の交換っこが女子の間で流行ってたんだ。


あ、そうそう、プロフィール帳ってやつだ。


それを友達とか好きな男子のとこに持ってきて「これ書いてくれる・・?」ってのが流行ってたんだ。


僕だって何十枚と書いたよ。


彼女らは集めるのも、書くのも楽しかったんじゃないかな。


受験がもうすぐって感じの12月頃、塾の自習室にいた僕のところにその子がやってきたんだ。


クラスは同じだったけど、話したことは一度もないその子は例のプロフィール帳を持ってきて僕に書いてくれないかって結構頑張って言ったんだけど、僕、断っちゃったんだよね。


しかも「なんで?」って言ってさ。


ドラキュラの血より冷たいよね。


ホント、そんな言い方しなくてもいいんじゃないと自分でも思うよ。


彼女はショックで数秒固まってたんだけど、とてもはっきりとこう言ったんだ。


「だって、好きな人のことは知りたいと思うじゃない。」

って。


その子はもう神々しいほどのお花畑を背負っていたけど

「・・・、ここはそういう場所じゃないと思うんだけど。」

これが僕の返答さ。


もう、一周回って感動する温度差だよね。


でもさ、君にだってどうしても合わない女の子っているんじゃないかな、真面目な話。


そんな子と、自分の高校の文化祭でバッタリとカチあったら、退散するしかないよね。


_____


この日、文化祭だったからか・・・・・

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