グダグダと歩き、駅に着いて改札口を抜けてもどこでタバコを吸うかを考えていたんだけど、ホームに着いた時にポケットの携帯のバイブがなったんだ。


「携帯料金の請求が50万円です至急ご連絡ください今ご連絡いただければ30万円で済みます」

みたいなとても気の利いたメールだったんだけど、このメールは推敲に推敲を重ねて上司に何度もやり直しさせられてようやく僕に届いたんだろうか、と考えるとすこし悲しくなるよね。


悲しくはなるんだけど、すぐどうでも良くもなるよね。


だから僕はハスミンにメールを送ることにした。


---ハスミン、今どこ?今日は休みかい?借りた本、机に置いといたよ。すごく良かったよ!ありがとうね。---


なんで学校にいないんだよ、と少しイラついていたと同時にお礼のメールでもあるはずだったので、刺身の食べ尽くされた盛り皿みたいなメールになってしまったけれども、なにせ僕は落ち込んでいたし、ちょうど電車が来たからそのまま送信した。


_____


乗った電車は少しだけ混んでいたけど、座るのに困るほどではなかった。


西武新宿線という名前のこの電車はね、昼間に乗ると座れたり座れなかったりするまぁまぁ混んでる路線で、TOKYOのTの端っこを通り越して埼玉のなんとかっていう辺鄙なところと、西武新宿駅という新宿の偽物みたいな駅を毎日往復しているんだ。


その途中で上石神井駅があるわけ。


乗ると僕はドアの横の壁に肩をもたれかける。


席は少し空いていた、でも僕は電車では座らないんだよ。


だから君も

「ねぇねぇ席空いてるよ?」

なんてさも当然のように言わないでくれよ?


僕はいつだって座らないのに、ツルなんかと一緒に電車に乗っていると

「紺野さん、席空きましたよ!ほら!」

なんてはしゃいじゃうからさ。


すごく座りたがっているおばさんがすぐ近くにいたりするともう生きるのが辛くてそのままつり革で首をつってしまいたくなるんだよ。


_____


僕のすぐ近くの席には男が二人、並んで座っていて何やらエキサイティングな話をしていた。


「渡邊さん、わかりますか?点です。点と点を結ぶんです。するとどうなるか。線になる。」

 男はスーツをきて大層なネクタイを締めていて、ガムを噛んでいた。


「はい。そうですね。」

 渡邊さんは後頭部だけ見るととても真剣そうに聞いているようにみえた。


ヨレたジャンパーと手提げ紙袋を持っていたので、僕は彼が少しだけかわいそうに見えてしまった。


「線と線を結ぶと、どうなるか。わかりますか、渡邊さん?クチャクチャ」

 男は右手の人差し指で空中に線を描いた。


「いいえ。わかりません。」


「面になるんです、面に!ほら!こう!これがブランディングなんです、わかりますか。だから僕は僕自身のブランディングのために本を書く。僕が今まで学んできたこと、点のことです、漫画・ベースボール・アイドル、これら点を繋げてそれが線となり、そう、テキストになり、やがて面になる、わかりますね、本です!タイトルは決まっています、「冗談抜きのMBA。」いいでしょう?クチャクチャ」


まぁTOKYOの電車だからさ、朝のラッシュ時以外はこんな感じなんだ。


男は冗談抜きで点と点を結び、おばさんは空いてる席を探してるんだ。


_____


気を抜くと、優子のことを想像してしまっていた。


新宿駅のトイレで携帯片手にトイレで泣いている優子とか、山手線のなかで知らない手にパンツとスカートの間を弄られている優子とかね。


想像した瞬間からげえげえ吐きそうになるので、西武新宿線の車内を汚す前に落ち着こうと思って、携帯ゲームをやり始めた。


だけど、決定ボタンを押す以外にやることがなくって、すぐやめてしまった。


この手のゲームは30万円課金すれば決定ボタンを12万回押したのと同じ経験値ポイントを得られるんだ。


すごいよね、タイムイズマネーとはこのことだよ。


このゲームにしたって推敲に推敲を重ねて上司に何度もやり直しさせられながらようやくリリースされたのかと思うと、50万円請求するメールとどこが違うのか、あまりわからないよね。


この世界の大人たちは一体何がしたいんだろうって思わない?


この世で一番インチキなセリフで「仕事だから仕方がない」ってのがあるんだけど、このセリフを聞くたびに最高にひきつった僕の顔が出現するんだ。


まぁわからないわけじゃないんだ、僕に50万円請求したり決定ボタンを押させたり、確かに仕事だったら仕方がないよね。


_____


走行する電車の壁にもたれかかるのはそんなに不快ではなかったし、高校生が昼間から落ち込んで電車に揺られている光景って、側から見たらなんとなくセンチメンタルなミュージックビデオのワンシーンに見えるのかもしれないと思わない?


別に誰も見ちゃいないし、どうでもいいんだけどさ。


揺られた拍子に何回か頭をぶつけたよ。


_____


MBA男と渡邊さんはいつの間にか電車を降りていて、代わりに別のおばさんが座っていた。


やがて電車は高田馬場について僕は病人みたいにぐったりとして電車を降りた。


ずっと優子と痴漢野郎のことを考えまいと努力していたんだけど、つい考えちゃってさ。


つまりさ、僕はTOKYOの朝の電車の中がどのような感じなのかを知りすぎていたんだよ。


他の女友達は

「この電車の何時何分発は、何両目に乗ると必ず痴漢される」

ということまで知っていたし、逆にWAの学生で痴漢して捕まったやつもいた(男子校だったしね)。


_____


高田馬場で山手線に乗り換えて西日暮里にいくことにしたんだ。


これと言ってやりたいことがあったわけではないんだけど、キムの家にいってちょっと遊んで気分を変えたかった。


キムは中学からの腐れ縁で、最高に頭が悪い男でさ、ティラノサウルスだってびっくりするほど脳が小さかった。


高校なんざ通っていないよ、TOKYOにあるもっとも偏差値の低い高校ですら不合格だったからね。


バイクに乗りたがっていたんだけど、原付免許の試験に8回落ちていたし、たとえ金八先生でもお手上げなんじゃないかな。


例えば君がこいつと一緒に電車に乗るとすると、キムは切符を買いに行く、そしてこう言うんだ、

「ねぇねぇ、電車ってガソリンで走ってるん?」

って。


だから君は

「電車って100回唱えてそれでもわからなかったらもう一度聞いてよ」

って優しく言ってあげるんだ。


そうすると、しばらく間が空いた後に「あぁーーー!」とかいう、でもこいつは”全く何も”わかっちゃいないんだ。


「ああーーー!」じゃない、よね。まったく。


_____


キムに

「ヒマ?今から行ってもいいかい?」

とメールをおくりつつ、駅から出た。


_____


西日暮里には直接向かわず、高田馬場駅近くにある漫画喫茶でコーラでも飲みながらゆっくりタバコでも吸おうかなんて思いついて、少し気分がよくなったんだ。


財布にはそこそこお金があったし、「湘南純愛組!」だか「海のトリトン」だかのマンガを読み残している気がした。


まぁ何かに夢中にさえなれれば、別にどちらでもよかったんだけどね。


君は「海のトリトン」を読んだかい?


もしまだだったのなら、ぜひ読むといいよ。


君が漫画を”見る”ではなく”読む”という人ならいいんだけど。


高田馬場で僕がよく使う漫画喫茶は、駅から歩いて3分くらいの場所にあったからかなり近いと言えるんじゃないかな。


言っとくけど、TOKYOで駅から3分でいける目的地っていうのはかなり貴重なんだ。


TOKYOの主要駅は、”駅から出るだけ”で5時間はかかるからね、実際に。


でも高田馬場駅は可憐なパフスリーブを着た女の子たちがデートの待ち合わせに使うような駅じゃないし、社会人の大群が似合いもしないスーツで二次元世界を一方通行にひたすら歩いているような駅でもない。


高田馬場は僕が通っていた高校の親分みたいなWASEDA大学が明治時代から占領していて、「学生のための街」みたいな臭いが立ち込めていた。


つまりさ、臭いんだ。


漫画喫茶みたいなどうしようもない店だって高田馬場なら駅近くに作ることも比較的容易だったんじゃないかな。


_____


漫画喫茶の入っていたビルは、紅茶をひっかけたような色をしていた。


1階にはJYOKYOした学生向けの不動産屋があり、2〜3階には受験する中学生のための学習塾が入っていた。


それで4階に漫画喫茶があるってわけだ。


すばらしい組み合わせだよね。


ガコンガコンと子供を食べる山姥みたいな音を立てるエレベータが4階で開くと、1歩分もないくらい目の前に漫画喫茶のドアが現れる。


知ってると思うけど、TOKYOは土地が高いから、デッドスペースは許されない。


ドアとその周りの壁は漫画喫茶の夜間パックがいかに安くてお得かを主張することに泣けるくらい一生懸命だった。


TOKYOではあらゆる壁、あらゆる部屋は換金目的で存在するんだ。


例えどんなに小さなスペースであっても、「エロ」の2文字とQRコードのシールさえ貼れればいい、とにかく目的の費用対効果以上に目立てばいいわけだからさ。


漫画喫茶の受付にいくと、いかにもオタクっぽい男が店番をしていたよ。


オタクたちが共有する”みっともなさ”みたいなものが男の周りをふよふよしていたんだ。


君がイラつくのはわかるんだけど、なんでこいつらはもうちょっと髭をそらないんだ?とかなんでそのしわっしわのエプロンの下にエヴァンゲリオンのTシャツを着てるだ?とかは聞かないであげて欲しいんだ。


だって人には、削れる神経の限界/dayってのがある。


彼らの戦場はここじゃない、それだけのことなんだ。


_____


「いラーっしゃいまっせ。」

 一応僕に気づいてくれたみたいだけど、いラーっしゃいまっせなんてご機嫌に言われちゃうと焼き栗みたいにイラッときちゃうよね。


普通に言えよってね。


「何時間んー、ご利用でぇ?」


「通常の。パックじゃないやつで・・・お願いします。」

 と僕は答えた。


彼の方が年上だろうから、一応お願いしますと付け加えた。


「かしこぉまりましたっ、ご席はどちらにいたしましょうぅ、リクライニングかぁ、お座敷タイプかぁ、・・・」


「リクライニングでお願いします。」

 僕が客だからと、敬語を使ってくれることに対して敬意をあらわさないとね。


「リクライニングでぇー、かしこぉまりました。パソコンカタカタ・・・レシートジー・・・16番の席になります、ごゆっくりご利用くださいまっせ」


はぁやれやれ。


受付を済ませたあと、僕は・・・・・


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