高校に上がっても優子はたまに連絡をくれてたんだ。


手紙ではなくメールをくれた。


頑張って携帯電話を作ってくれた人には申し訳ないんだけど、明朝だかゴジックだかで液晶に映る自分の名前を読む時、僕は幸福を感じないんだよね。


受信ボックスを開くと、優子からのメールだけ、未開封で目立っていた。


_____


僕がお腹を壊してトイレにいたであろう時間に受信していたからか、気づかなかったんだ。


開封しなくてもメールの本文が勝手に横スクロールで流れる。


明朝だかゴジックで「紺野くん、、、痴漢され・・・」という文字が流れてきた。


_____


この時、僕はどうしたらよかったんだろうね?


今でもわからないんだけど、君はどう思うのかな。


僕は、慌ててメールを開封したよ。


そこにはやっぱり

「紺野くん、、、痴漢されちゃったよ、、、今、駅のトイレで泣いてる」

と書いてあった。


8時02分受信。


僕の全身の産毛が逆立ち、下半身の感覚が消えて、上半身が猛烈に冷えていくのを感じた。


ハスミンとかバルーンアートとかコンドームとかについて考える余裕がなくなっていたんだけど、なぜか隣にいたツルにこの憎悪と怒りと情けなさを悟られてはならない、という意識だけはあった。


なんでだろうね。


マフラーに顔を埋めてみたけど、右手の震えは止まらなかった。


僕は携帯を掴んだまま、ポケットに手を突っ込み、いかにもダルそうに教室を出た。


何人かの生徒に見られたけど、近藤先生は生徒を無視することに関しては一流だったから、スムーズなもんだったよ。


_____


教室を出て、校門の方へ歩きながら携帯を出した。


優子に電話をかけるのは久しぶり、というかそもそも電話自体かなり久しぶりだった。


言っていなかったかもしれないんだけど、僕は「電話」と言う行為がものすごく嫌いなんだよね。


電話をかけるのも受けるのも、どうしようもなく嫌い。


おそらく世界でTOP5に入るんじゃないかな、電話嫌いな人ランキング。


そんなものがあればの話だけど。


でも、どれだけ電話が嫌いだろうと今の状況ではメールじゃ間に合わないことはわかっていた。電話ですら遅れていたのに。


_____


1回目、優子は出なかった。


僕の右手は相変わらずガタガタと震えてしまっていたから、リダイヤルをするのにも手間取った。


秋にしては寒かったんだよ、マジな話。


2回目の5コール目くらいで、優子の声が聞けた。


「紺野くん」


「優子。大丈夫か。」


「うん」


「今どこにいるんだ?」


「えっと、がっこだよ」

 優子の通う高校は新宿にあった。


「待ってろ、今から行く。」


「え いいよ 大丈夫だよ もう学校だし」


「いいから行く。どこでされたんだ?新宿か?場所とそいつの特徴は?見つけてぶち殺してやる。」


「あはは むりだよ」

 優子の声はひどく擦れて聞こえた。気のせいかもしれないんだけどね。


「いいから行くって。すぐ会おう・・・」


「ううん、大丈夫 大丈夫だから 電話ありがと」


「・・・」


「・・・」


「そうか。本当に大丈夫か?」


「うん だいじょぶ」


「・・・」


「大丈夫だから」


「・・・」


「大丈夫」


これっておかしいよね?なんで優子が僕に大丈夫って言っているのか理解できなくて、というかおそらく僕らは社会とかTOKYOとか大人について何も理解できていなくてさ。


「また連絡してね」と伝えるとお互い電話を切った。


_____

電話を切ったあと、僕は少し吐きそうだったよね。

買ったばかりの革靴がまだ馴染んでいなくて地面にちゃんと立てていないような、そんな感じ、わかるだろう?


僕は優子の隣にいたかった。


僕が隣にいれば、彼女は痴漢になんて合わなかったと思う。

どんなに電車が混み合っていても、彼女のことは守れたはずだ。


でも優子は痴漢にあってしまった。

それに僕は彼女を慰めるべき時に不在だった。


僕は遅刻をしてばかりだよ、ほんとに。


_____


しばらくして学校のチャイムが鳴った。


何限目かわからないけど、授業が終わり校舎全体がワサワサとざわつき出した。

チャイムの音がバグっていた僕のリセットボタンだったようで、僕は立ち上がり、校舎に向かって歩き出した。


そして猛烈にタバコが吸いたくなったんだ。


僕のカバンにセブンスターが2〜3本入っていたような気がしたんだけど、タバコがカバンに入っているかどうかが曖昧な時こそ、僕は

「なんとしてもタバコを吸いたい」

状態になっちまうんだ。


_____


教室の近くまで戻ってくると、パステルブルーのドアは開かれ、廊下は教室移動するクラスやトイレにいく生徒がワラワラと出てきていた。


間を縫って自分の席まで戻ると、ツルが前の席のハナヂと話していた。


「あ、紺野さん。お帰りなさい!どこ行ってたんですか、もう授業終わっちゃいましたよ!うふふ」

ツルはいつクネクネしながらニコニコしている上にラクダよりもまつ毛が長かった。


僕はツルに返事するよりも、カバンの中にセブンスターと百円ライターが入っていることを確かめるのに忙しかった。


タバコがぼろぼろになってカバンの底に転がっていることを確認したので、剣道場裏にでも行こうかと思ったんだけど、急にツルとちょっとふざけたい気分になっていたんだ。


「おい、ツル。学食行って、焼きそばパン買ってこい。」

 とツルに言った。


僕はたまにとんでもなく「不良」になりたい気分になるんだ。


例えば、ガールフレンドっぽい子が痴漢された日なんかは特にね。


僕は決してタフガイではないんだよ。


人を殴ったことなんてないし、中学3年生のころに隣学区のクソどもと5人vs12人みたいな睨み合いになったことはあったけど結局ただの睨み合いのまま終わった。


高校生になっても、背が高かったし髪の毛がオレンジに染色されていたから、ケンカを売られることもなかったんだ。


だから、不良といってもラクダみたいなやつに焼きそばパンを買わせるくらいしか思いつかないんだ。


「いやですよ〜もうやだな〜パシリじゃないですか〜!」


「領収書も忘れんなよ」


「学食で領収書っておかしいでしょ〜紺野さん!うふふ」


「うるせー、いけや!」


「はいはい〜もう〜怖いですよ〜」


「ほれ、お前もなんか好きなもん買え」


「え〜ほんとに!やった〜うふふふふ」

首の後ろを掴んでドアの方へエスコートしつつ、僕はツルに千円札を渡した。


_____


ツルを見送って自分の席に戻る時、銀チョコロールを買ったことを思い出したんだ。


一瞬ツルを呼び戻そうかとも思ったんだけど、焼きそばパンか銀チョコロールどちらか選べと言われたら100人中100人は銀チョコロールを選ぶよね。


もう焼きそばパンはいらないなって思ったんだ。


_____


だからさっさと学校から出ようと決めた。


カバンの中に入っていたハスミンから借りた本「キャッチャーインザライ」を取り出して、表紙が見えないように裏返してハスミンの机の上に置いてから、僕は教室を出た。


教室にいたいという気持ちになれなかったんだ。

例え次の授業が、フランス語という僕にもっとも足りていない教養であったとしてもね。


_____


校門からでて、駅に着くまでの間に、いくつか月極駐車場があってタバコが吸いたいなと思っていたんだけど、そういうところは塀に囲まれている。


僕は学ランをきていたし、

「おい、オタクの生徒がタバコ吸ってるぞ」

なんて電話を入れられても逃げられないし、僕はどうしようもなく情けない気持ちだったから、狸みたいな教師や狐みたいな地元住民と戦う気力なんてこれっぽっちも残っていなかったんだ。


いつもだったらもう少し調子が良くて、コンビニの灰皿の前で1/2本くらい吸えるんだけど、この日はどうにも無理だったよ。


_____


僕は誰もいない昼間の通学路を逆走しながら、”まともに”授業を終えてから歩いて帰っていた時のことを思い出した。


6人か7人くらいのクラスメイトと一緒にいたんだけど、僕は一番後ろにくっつくように歩いていた。


なぜかというとさ、3人以上のグループになると僕は途端に喋らなくなるんだ。


というか誰に何をしゃべっていいのかわからなくなるんだよね。


共通の話題ってやつができないんだよ。


例えば、高校生が6〜7人でモーニング娘。の話できゃっきゃいいながら帰宅していたら気持ちわるくないかせめて2〜3人で話してくれよ、なんて考えてしまうんだ。


誰にも言わないけどね。そんなこと言ったら失礼に当たることくらい、いくら僕でもわかる。


だから、結局に何も言えずに後ろにくっついていくしかないんだ。


言っておくけど、別にいやとかそういうことじゃないんだ。


ただ共通の話題ってのができない、それだけなんだよ。


「跳ねっ返りは鮮度」

 って誰の言葉だっけか。


鮮度は生命、つまり人の意見を跳ねっ返すには生命を使うんだよ。


道の反対側からグレた高校生が歩いてきて肩をぶつけて来たとして、それもわざとぶつかって来たんだとして、

「いてぇーな、おい、待てやコラ」

なんて丁寧にご返答するのは結構エネルギーを使うんだろう?


つまり僕がいいたいのは、もし君が友達に「矢口が好き?それともゴマキ?」って聞かれたとして正直に「はぁ〜何言ってんの、断然なっちだろ!」なんて答えるのって結構疲れるじゃないのかなってことなんだよ。


_____


上石神井というところは駅の真横にある踏切によって南北に分断されているんだ。


北側は高校生によって汚染され廃れていて、南側は最初から廃れていた。


TOKYOって地方に住んでる人からしてみると、渋谷とか新宿みたいに歩いているだけで誰かと比較されてる気分になる場所だらけと思われてるかもしれないけど、実際には上石神井みたいな愚鈍な町も多いんだ。


メンズノンノ完コピしたコーディネイトで新宿を歩けば”ウザい”けど、上石神井でそれをやったら「そのズボンいいわね、イオンで買ったのかしら?」ってな具合さ。


グダグダ歩きつつ・・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る