エピローグ2

 異世界と地球の新たな社会体制が構築され、一段落したアリシアとアカリ、クーガーはある事に悩んでいた。




「結局のところよ。ベビダに干渉して妨害した奴に関しては分からないままだよな……」




 クーガーはぼやくように言った。


 


「そうだな……あのベビダに敵対するのだ。多分、邪悪な存在ではないと思うが……」


「絶対に邪悪ではないとは断言できないよね……」




 アカリとアリシアにとって、その「何者か」が如何なる存在なのか気がかりだった。

 あの厚顔無恥が笑いながら歩くようなベビダの事だから、かなり敵は造っているはずだ。

 それこそ、同じ邪神でもゼウスやハーデスとも敵対していたようなので、その方面で恨まれている可能性すらある。




「今のところ、何か仕出かす様子はないからな。何かするにしてもしばらくは大丈夫だと思うが……」


「まぁ……そう思わせる策略である可能性も否めないよね」




 邪神と言うのは、凄く狡猾な存在だ。

 時に神の予想を大きく超えるような常軌を逸した行動すらしてみせる。

 生粋のサイコパスとでも言えば、良いだろうか?

 平然と嘘を吐き、平然と自己を正当化するまさにベビダのような存在だ。

 どれだけ頭の良い人間であっても、邪神の知恵の前には無力に等しい。

 それほど狡猾な存在なのだ。




「とは言ってもよ……手がかりないんじゃ、そいつを探すのも難しいぜ」




 クーガーの言う事も尤もであり、確かに手掛かりがない。

 正直、ここまで手掛かりが無いのはある意味でその人物の証拠隠滅能力の高さを伺わせると言えるだろう。




「これだとまるで……みたいだな」




 その言葉でアリシアを思い立った。




「あぁ……そうか。なるほど、消したか……」


「なんだ?何か、分かったのか?」


「これはあくまで仮説だけど、そもそも今の世界の在り方って史実通りだと思う?」


「どう言う意味だ?」


「仮にベビダが地球であの怪物を召喚していたなら……そんな世界が存在した場合、その世界にいる私はどんな行動取ると思う?」




 それに対して、アカリは答える。




「それは普通にベビダに反逆するか……あの怪物を殺すだろうな。汝ならやりかねない」


「わたしもそう思う……だからこそ、今の世界があるんじゃないかな?」


「あぁ?おい、まさか……」


「考えてみれば、そう難しい答えでもなかったんだよ。恐らく、がベビダに干渉した犯人だったって事」




 そう、ベビダはアレでも強大な邪神だった。

 それこそ、ゼウスとかハーデスとかオーディンが勝てる程度の邪神ではない。

 もっと上位の存在だ。

 ならば、そんな存在に逆らう者など早々、いない。

 いるとすれば、それはアリシアに自身しかありえない。




「確かに辻褄はあるが……それもそれで可笑しくないか?わたしから見てもベビダは確かに上位に食い込み邪神ではあった。だが、汝が倒せない相手とは思えない。況して、あの怪物を2、3匹等物の数でもあるまい」




 アカリの疑問も尤もだった。

 ベビダが如何に強大であろうとアリシアに勝てたとも思えない。

 残滓とは言え、アリシア・アイと言う存在はその辺の邪神を遥かに凌駕した超越存在だ。

 残滓1体を倒すにしても、アカリクラスの神格を動員しなければ、とてもではないが相手にならない。

 アリシアもアカリも存在そのモノが惑星せかいとか太陽系せかいとか銀河せかいとかそう言うモノに固執するような次元に立っていないのだ。

 況して、ベビダみたいに惑星せかい支配している程度で粋がっている俗人とは、そもそも格が違うのだ。




「多分だけど……間に合わなかったとかじゃないかな?」


「間に合わなかった?」


「ここからは憶測だけど……その世界のわたしは今のわたしよりも女神として再覚醒するのが遅かったんだと思う。その分、地球で甚大な被害が起きた。そして、その時のわたしは地球を生存させる選択を選んだと思う。その結果、選んだ選択は……過去への干渉だったんじゃないかな?」


「なるほど、その未来の汝はベビダの干渉そのものを無かった事にしたわけか……恐らく、その汝は決死の覚悟だっただろうな」




 よく勘違いされがちだが、現在で死んだ人間の過去を改変して生存させたとしてもそれは見せかけの生存に過ぎない。

 実際は、それで生存させても魂の蘇生は出来ておらず、そこにいる生存者は”サブソウル”と言う歴史の辻褄合わせの為に顕現した本人に極めて近い仮想魂に過ぎない。

 その上で「地球を生存させる選択」と言うのは、そこに住む魂の蘇生を意味する。

 その蘇生には莫大なエネルギーを要求し、1人の人間の蘇生に太陽7000個程のエネルギーが必要とされる。

 では、過去を改変した上で地球上の全ての人間の魂を蘇生させるとどうなるか……それは己の消滅以外に考えられない。

 つまり、過去改変が成功した時点でそこにいたはずのアリシアは自らを消滅させたのだ。




「だが……言っちゃ悪いがそれも憶測だろう?証拠とかないのか?」




 クーガーは尤もらしい意見を発した。




「多分……そのカギは昇先輩だと思うな」


「あの者か……かの者だけは不自然な召喚だったからな……今までの仮説が正しいとすれば、あの者は汝の使徒か」




 これまでの仮説が正しく、地球を生存させる上で邪神ベビダの討伐が必須となれば、ベビダの干渉を転移に置き換える事をアリシアの中で確定的だったとするなら、過去の自分がベビダを討てるようにその未来でアリシアの使徒だった昇と共に転移する事が最も成功率が高い作戦だったと考えれば、割と自然だ。




「それだとなんで他のクラスメイト達も転移させたんだ?あんな、周りの空気読んで何の主体性もないガキを転移させるのはリスク高いだろう」


「多分……そこまで手が回らなかったんだと思うな。魂の蘇生でかなりのリソース割いてたはずだから……それ以外の事に手が回らなかったんだと思う。だからこそ、あの転移にはベビダの因果律が関与していた。本来、学校どころか太陽すら消しかねないエネルギーを転移とかに転用したから、わたしと昇先輩を転移させる以外にベビダにとって都合の良い人間を転移対象に選ばれたんだと思う」


「それが偶々、お前のクラスメイトだったと……凄い偶然だな。悪い意味でな」




 尤もアリシアとしては、ロシア大陸が丸ごと異世界の特定の地域と入れ替わった事は想定していなかったと予想している。

 その辺の因果律はベビダの干渉が大きかったと睨んでいる。

 現にウクライナとノーティス王国との戦争はベビダにとっては良い見世物だった事だろう。

 逆にアリシアにとっては迷惑な話以外の何者でもないので、異世界と地球の融合は望まぬ結果だったと言うしかない。




「まぁ……とにかく、本当にそうだったのか、事実確認はしないといけないからね。ちょっと昇先輩のところに行ってくるね」




 そう言ってアリシアは日本に転移した。

 10分後……。




「ただいま、どうやら仮説は正しかったみたいだよ」




 アリシアは1枚の紙をテーブルの上に置いた。

 この紙は対象となる物体に刻印されたメッセージを読み取る事ができる紙だ。

 アリシアの予測通り本来の世界のアリシアが昇に細工した刻印が記されていた。

 そこには簡潔にこう書かれていた。

 

 


 昇に気付いたと言う事は、わたしの目論見は成功したのかな?流石、わたしと言っておきます。あなたの予想通り、昇はわたしの使徒でベビダの干渉を改変したのはわたしです。以上




「決まりだな」


「決まったな」


「問題解決だね」




 とりあえず、これ以上の脅威がいない事に安堵する3人だったが、アリシアは少し気になる事があった。




「本来の未来のわたしは昇先輩の事を呼び捨てにするくらいには仲が良かったんだね」




 アリシアと言う存在は名前で呼べば対等な関係で「さん」とか「先輩」と言う敬称は相手を尊敬し、逆にフルネーム呼びは相手に敵意を持つ場合が多い。

 これを考えると本来の未来のアリシアは昇とかなり親しい関係にあった事が伺える。




「なんか、少しだけ羨ましいかな」




 昇と一体、どんな関係を築いていたのか分からないが、きっと仲睦まじい関係だったのだろうとアリシアは想いを馳せる。

 そんな折に……旧ウクライナの領土に向かって魔物の大規模な侵攻があると聴きつけたアリシア達は急ぎ、現場に向かった。




 ◇◇◇




 アリシア達が救援に向かうと既に戦闘が開始されていた。

 新生ウクライナ軍はGLDをセットした白い銃のようなユニットを装備して、火炎系の攻撃を繰り出し、魔物の大群に対して爆撃を行なっていた。




「独自の新装備か……」




 あのようなユニットの作り方など教えてはいないがどうやら、銃と同じく銃身が長ければ、それだけ神術の威力を増幅するようになっているようだ。

 ウクライナは既に独自の技術で応用的な兵器の開発まで漕ぎ着けているようだ。




「この様子だと、わたし達の出番はないかもな」




 アカリの言う事も尤もで普通の魔物ならウクライナ軍でも対応可能となっている以上、もうアリシア達が出しゃばる必要性は皆無だろう。

 寧ろ、自分の身を自分で守れる戦士を擁護する事こそ彼らの尊厳に対する冒涜と言えるだろう。




「なら、帰るか?」




 クーガーに促された。

 ウクライナ軍では、対応不可能だと思い救援に来たが、彼らは上手く立ち回っている。

 彼らを擁護する必要性は全くないからだ。




「そうだね……取越苦労……には、ならないか」




 アリシアの言葉と共にクーガーとアカリの眉が動く。




「ヤバい奴が来てるな」


「これは……竜か?」




 全員の視点が上空の一点に注がれる。

 そこには1匹の竜が飛んで来た。

 漆黒の鱗に覆われた飛竜だ。

 体長は100m前後とかなり大きい。

 某狩猟ゲームの世界ならラスボスとして君臨出来る大きさだ。

 飛竜は空中から急降下すると真下にいたイノシシの魔物を強靭な両足で地面に押さえつけ、鋭利な牙を持って口で捕食した。

 魔物の血が一斉に霧散する。

 更に飛竜はイノシシを丸呑みにするとその眼下で次の獲物を見定める。


 フォレストウルフに向かって飛翔したかと思うと口で捕食し暴れ回る。

 飛竜は捕食する為に暴れているようだが、それによる2次被害は馬鹿にならない。

 新生ウクライナの兵士達が塵でも吹き飛ばすように空に舞い落下、重傷を負う者が続出する。





「アレは不味いな……」


「このままだと死人が出るな」


「行くしかないか!」





 3人は飛び出した。

 それから数分後、圧倒的な力により、飛竜並びに周辺の魔物達は一掃され、アカリやアリシアの力が更に周知される事になる。

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