エピローグ1

 世界はベビダの支配から解放された。

 魔族の長い迫害は終わり、新たな時代に進み始めた。

 ウクライナはノーティス王国等の領土を獲得し、新生ウクライナとして再建国され、魔族も人間達の領土を獲得した事でライトロード共和国と言う国を建国した。

 両国は同盟国として、新時代の世界の先駆けとして神術開発や新たな通信インフラの整備などを開始した。

 それにより、ウクライナとライトロード共和国を中心にアジアとヨーロッパ圏の通信インフラが回復の兆しを見せ、長期的な鎖国状態が解消されつつあった。

 ここまで上手く、迅速に事が進んだのは、実はちょっとした事情があった。




 ◇◇◇


 


 ワオの町 屋敷



 

「アカリ。あなたにはこの世界の女神になって貰うわ」


 


 アリシアがそれを言うとアカリは飲んでいた紅茶が咽て、咳き込んだ。

 アカリにとって、アリシアは上司に当たる存在でその命令は絶対と言えるモノであり、逆らう事は許されないのだが……今の発言は流石のアカリも猛烈に拒絶した。




「はぁ?いや、ちょっと待て!なんでわたしなのだ!その役割は汝にこそ、相応しいではないか!」


 


 実際、そう思うのだ。

 アカリ自身が女神崇拝される事を嫌う質だが、それでも女神として見るならアリシアの方が女神として適任だとアカリも評価している。

 よりにもよって、何故、の自分を女神にしようとしたのか……と言いたい気持ちで一杯だった。




「求心力の差かな……ただでさえ、国家が離散しているから、誰かが魔族を纏めないとならない。そこで最も役立つのは単純な強さだよ。わたしでも良いけど……その点に関してはアカリの方が強いから適任かなって」


「あぁ……いや、まぁ……言いたい事は分かるが……分かるんだが……」


 アカリはどうしてもにはなりたくないらしい。

 それは彼女の生い立つに関係する。

 彼女もまた、神の遊戯により命を弄ばれた被害者であり、それ故に神殺しになる道を選んだ神への反逆者なのだ。

 神を憎んでいるとも言える。故に自分が神になる事に抵抗感を抱くのだ。

 神が嫌いだからこそ、神として扱われたくないのだ。

 魔境の神と言う称号を得ているが、それも渋々名乗っているようなモノで本人は気乗りしないようだ。




「どうしても……わたしでないとダメか?」


「ダメです」


「一考の余地は?」


「無い」


「……」




 そこまで言われるとアカリとしても、受けざるを得なかった。

 何せ、アカリにとってアリシアとは、恩人であり、自分の主のような存在だ。

 主の意向に背くのは、彼女の心情としてもあまり良いモノではない。

 この場合は、家臣として自分の気持ちは押し殺さないとならないと決めた。

 アカリは深く溜息をついた。




「……分かった。なんとかしてみよう」


「ありがとう。なら、わたしはあなたに仕える聖女としての役割に準じましょう」




 アリシア自身、自分の事を聖女呼ばわりされるのは嫌だったが……それでは、嫌な事を呑んで従ってくれたアカリに申し訳ないので自分に貼られた聖女のレッテルを存分に活かす事にした。




「なら、早速。ハーリを使って布告しましょう」



 

 アリシアはアカリを女神にすると決めた即日中にワオの町を中心に魔族を解放した女神”アカリ・ライトロード”の名前を世界に広め、ライトロード教会を設立を宣言し、ベビダ教を即日中に解体し、アリシアはアカリに仕える聖女となり、魔族達は自分達を解放した”アカリ・ライトロード”を大いに敬拝した。

 こうして、その名を介したライトロード共和国が建国される事になった。




 ◇◇◇




 ライトロード教会の名の元に全ての事は迅速に進んだ。

 ワオの町にいた冒険者は新ギルド長フランが取り仕切り、アカリから齎された武器は鍛冶屋のローグを筆頭に研究され、武器の量産計画が軌道に乗り始めた。

 また、ライトロード共和国はアカリ主導の元で大陸全土を網羅する通信網を”拠点”により設置された。

 元々、”管理者権限”にあった”拠点”と言う機能はアカリが造ったシステムを”権能”として行使できるように調整されたモノだ。

 故にアカリは誰よりも使い慣れており、アカリとアリシアが率いた魔族軍遠征部隊は西から東に大移動を続け、行く先々で魔物を駆逐し、”拠点”中継施設と言うモノを設置して行き、それと同時に魔物が住む森等を開拓し、”拠点”による防衛設備を設置してまるでシルクロードを作り直すように大陸全土の要所要所に街や通信施設を完備した。

 これにより、元ロシアがあった地域全土のインフラが完備され、中国や韓国、日本等の主要国との通信もこれらの施設を介す事で全盛期に近い状態まで回復した。


 


 ◇◇◇


 


 日本


 

 

 アリシア達は日本にいた。

 日本には、幾つかの任務がある。

 中継施設の設置等もあるが、日本との外交とか、アリシアが世話になっていた相沢孤児院に顔を見せたり、通っていた学校に退学届を出したり、昇を実家に返すとか諸々だ。


 特にその中で学校関係は揉めた。

 退学する云々はライトロード共和国の軍事で重役を果たさねばならないと説明して、先生などを言いくるめたが……問題は別にあった。

 日本政府関係者にはウクライナでクラスメイト達がどうなったか、伝わっていたが……日本も大いに混乱していた事もあり、ウクライナでの出来事を学校や保護者達は一切、把握していなかった。


 そんな中で唯一、生還したアリシアに学校や保護者から注目の的になる。

 だが……アリシアから明かされたのは、とても信じられない話だった。

 アリシアは同じクラスメイトに殺されそうになった事や桔梗を含めたクラスメイトがウクライナにテロリストとして無期懲役の刑に処された事、更には残りのクラスメイトはベビダと言う悪神にモルモットにされ、死んだ。


 結果、生き残ったのはアリシアと昇だけだと言う事実だ。

 特にクラスメイトの保護者達は呆然とした。

 頭が真っ青になったと言うべきだろうか……唇を震わせて噛み締める者もいた。


 この気持ちを誰かに当たり散らしたい気持ちがあったが、アリシアに責めたとしてもどうにもならなかった。

 アリシアの立場でクラスメイトが救えた訳ではないと分かるからだ。

 だが……それがどうしても呑み込まない何人かがアリシアに怒鳴る。




「あなたが助けていれば、息子は助かったかもしれないのよ!」


「君がもう少し行動していれば、娘は助かったかもしれないんだ。なんで、娘を擁護しなかった!」




 そのような声が聴こえる。

 だが……どんな言い訳をしたところで意味はない。

 そもそも、アリシアにそんな義務はない。

 その責任は保護責任者である桔梗がすべきであり、本来責められるのは桔梗でなければならない。

 寧ろ、それを吠える親のクラスメイトの中にはアリシアを真っ先に殺そうとしたクラスメイトもいた。

 一度、殺された本人にとって、そんなクラスメイトを救う事まで考えろと言うのは冗談ではない話だ。

 だからこそ……「それはお子さんの責任でありわたしの責任ではありません」とハッキリと冷たく切り離すつもりで声を発しようとした。

 しかし……先に昇が口を開いた。




「こう言ってはアレですけど、それはお子さんの責任であり、アリシアさんには責任はありません。アリシアさんを責めるのは間違っています」




 昇がアリシアの言いたい事を先に言った。




「アリシアさんは勝手な都合で教会の敵に置かれ、クラスメイトからも勝手に敵視された。そんな中で「子供と敵対しながら、自分の子供の命を救わなかった責任を取れ」と言うのは非常に我儘です。どんな理由であれ、アリシアさんと敵対したのは彼らであり、彼らには自分の身を守る義務があった。それを放棄したのは他でもない。彼らでありアリシアにその責任を押し付けるのは間違っています。それともあなた方はアリシアさんから生存の権利すらないとでも言うのですか?自分の命を優先して何がいけないと言うのですか?アリシアさんの命はあなた達に責められるほど軽くはないんですよ!」




 それを言われて、親達は気持ちを押し殺した。

 気持ちとしては反論したい。

 だが、昇の言う事に理があった。

 自分の命を守るのもやっとな状況だったと言うのに、自分の命を賭けてクラスメイト30人を救わなかった事を責めるのは道理ではない。

 況して、話を聴けば、実質、クラスメイトVSアリシアのような状況にクラスメイトサイドの都合で勝手に置かれた上にクラスメイトの死の責任をアリシアに押し付けるのは、アリシアの命を軽んじている。いわば、冒涜に等しい。


 なにせ、人を助けるのも無料ではないのだ。

 どうしても個人が犠牲となり、リスクを負う。

 ここでアリシアを責めるのは、その重荷に無関心な恩知らずだけだ。

 いくら、アリシアが神だからと言ってなんでも救える訳ではないのだ。

 特に固執的でかつ盲信的に不法を好む事に執着して、それを捨てようとしない人間は神でも救いようがない。

 親達も言いたい事はまだ、昇の説得もあり、話は有耶無耶になった。

 少なくとも、アリシアを責めても仕方がないと他の親からの擁護が得られたので取り敢えず、アリシアを責める者はいなくなった。




 ◇◇◇


 


 学校での事情説明を終えるとアリシアはアカリと共に日本政府関係者と会談を行う運びとなった。

 主に通信インフラに関する会合なので総務省の人間と会議する事になる。

 重要なインフラと言う事もあり、総務大臣の竹谷も同席していた。



 

「えーと、もう一度確認しますが……そこにいるアカリ様の……神術、でしたか?それにより、中継施設の設置していると言う事で宜しいでしょうか?」


「あぁ、その通りだ」


「はぁ……すいません。そのわたしのような世代では神術と言うモノは、お伽話の魔法のような話でして、要領を得ないと言いますか……実際、どんなモノで……どの程度の効果があるのか、一切把握出来ておりません。なので、何か実証できるモノはありますでしょうか?出ないと流石に我が国の通信インフラに関する事項を任せる訳には参りませんので……」




 非常に尤もらしい意見だった。

 実際には、日本側にも既に中継施設の性能は知れ渡っているだろう。

 だが、彼らが安易に信用しないのは、日本の俗柄か、保守的なのか、慎重な印象があった。

 中国や韓国など、アカリが来たとなれば、飛び付くように権利交渉に入ったモノだ。

 それに比べれば、ちゃんと慎重になって国の安全を確保しようとする姿勢はアカリには好感が持てる話だった。




「そうだな……なら、分かり易くいこうか。ここにいる誰かで一戸建てを欲する者はいるか?今なら、無償で与えても良いぞ」




 アカリの提案に総務省の職員は顔を見合わせる。

 唐突とも言える申し出だった。

 ただ、それなりに給金を貰っている彼らは全員マイホームと既に持っており、一戸建てを欲する者は特にいなかった。

 ただ、今後の日本の通信の要になるかも知れないシステムの一端だけあり、軽々に扱う訳にもいかず、竹谷は代替え案で提示した。




「我々は特に一戸建てを欲してはいません。それに戸建てとなると土地や不動産にも関係して来ます。我々はその辺は専門外でして……ですから、総務省が管理する土地であれば、何を建築しても問題ありませんので、7坪程度で収まる施設を建築して貰えませんか?」


「ふむ……それはこの敷地内でか?」


「えぇ。その通りです」


「ならば、温泉旅館などどうだ?」


「お、温泉旅館ですか!それは……願ったり叶ったりですが、7坪で収まりますか?」


「なに、疑似4次元空間を造れば、中身の広さは確保できる。早速だが、案内するが良い」




 アカリ達は竹谷達に連れられ、総務省の敷地内にある空き地に向かった。

 偶々、旧家屋の取り壊しがあり、それに伴い、中途半端に空いてしまった7坪ほどの空間が日差しが悪いところにぽつりと佇んでいた。




「ここか……では、始めるとしよう。起動。温泉旅館”菫”」




 こうして、7坪の空間に赤い暖簾に白字で”菫”と書かれた温泉旅館が現れた。

 それを見た竹谷は目を疑う。

 だが、更に疑う事に中に入ると見た目の広さと中身の広さが全然、釣り合っておらず……1階エントランス、大規模食堂ホール、リクライニングルーム、仮眠室等が完備され、2階には温泉があり、露天風呂や炭酸泉、壺湯、岩盤浴、サウナ、源泉風呂、薬草風呂等が完備され、3階には最大1000人ほどが宿泊できる部屋が用意され、部屋の中には高級ホテル並みの品等が完備されていた。

 しかも、全館でフリーWIFIが接続可能となっていた事もあり、中継施設ほどではないが、独自の長距離通信機能も完備されていた。

 この機能はアカリが神と戦争する事を想定して、標準装備で内蔵したモノだ。

 これを見た竹谷は流石に文句は言えず、見終わった後に「今後とも、末永くよろしくお願いします」と挨拶を交わし、中継施設の配備や貸与に関する契約を無事に交わした。

 アカリ達は日本での任務を終えて、一度、ライトロード共和国に戻った。




 ◇◇◇




 ライトロード共和国に戻っても仕事は残っている。

 法整備などだ。

 特に二度と邪神の類に国や人命を乗っ取られないように強固な法体制を敷く必要があった。

 なので、酒やたばこは邪神崇拝の象徴として禁止……と行きたいところだが、反感を持たれる可能性があったので一応、合法と言う形と取る事で国元で一斉管理する運びとなった。

 カナダで麻薬を合法化するのと同じような処置だ。


 神を象徴する建造物は破壊しないとならない。

今後、邪神が現れた場合、殺しても無罪等と言う様な法律も用意した。

特に邪神を合法殺害出来ると言うのは、評判が良く「ベビダの糞野郎を公然的に殺せるぜ」と言うのが、魔族の総意だった。

 新たな法に不自由さに不満を抱く者も少なくはなかったが、概ね生活水準が上がった事で反感を特にない。

 ただ、別の問題も発生している。

 多くの人間が消えたこの世界では人間が縄張りとしていた街等が消えた事で魔物の生息域に大きな変化が起き、魔物の大侵攻等も発生した。


 だが、それはこの出来事の少し後の事である。






 ◇◇◇




 竹地・昇


 

 

 日本在学中に神隠しに会い、ノーティス王国の教会聖騎士隊に所属していた。

 しかし、自らの意志で離反し、後に聖女と呼ばれるアリシア・アイとベビダ討伐に貢献する。

 日本に帰国後は学校を卒業し、大学に進学し新生ウクライナに留学しまだ、出来たばかりの神術学の研究を行った。

 彼の紋章はベビダとの戦いに頃には既に消えており、代わりにGLDに依存せず、神術を扱えるようになっていた。

 大学の卒業論文にはそんな自身の特性を活かし、「GLD不使用型神術理論」と言う論文を学会に提出し、高い評価を受けた。

 総評としては、「理論的に可能ではあるが、現代技術では再現できない」と言うモノであったが神術学に新たな道筋を示したのは彼であるのは疑いようがない。


 卒業後は日本に戻り、日本の神術学の第一人者としての活躍を見せる。

 彼はそれから日本には、なくてはならない神術学の教授となった。

 ノーティス王国での戦闘経験の甲斐もあり、自衛隊式の戦闘用GLDの開発やGLDを応用した新機軸の戦術等を提唱、戦術技術顧問としての地位も得た。

 また、日本の原発に代わる新機軸の発電としてブラックホールエンジン程の出力は期待できないが、それよりも遥かに安全で利便性がある”亜空間神力発電”と言うモノを提唱した。

 これはアリシアが”管理者権限”でアカリを召喚する際に亜空間の神力を引き出した方法を応用して発電に転用したモノだ。

 アリシアとの経験が彼にこの考えに至らせ、日本は各国に先駆けこの方式の発電にシフトした。

 原発よりも電力への変換効率が高かった事もあり、原発以上の効果を発揮したこの方式により日本は原発を抱えるメリットがなくなったのでそれから10年後には原発は全てなくなった。

 

 そして、彼の存在があったからこそ、この新時代において、日本はウクライナの次の世界の最先端を行く事になり、軍事面でも戦略級神術士をウクライナの次に抱える大国となった。

 それが竹地・昇が数多くの神術士を教育し、輩出した事が起因している。

 また、彼はベビダとの戦闘を経験した数少ない経験者でもあり、来るべき邪神との戦闘を想定し世界で初めて”対邪神用戦略級兵器マテリアル・ブラスター”を開発した。

 対消滅理論を神術で再現した世界初の核兵器に代わる戦略級兵器の1つとして知られる。

 世論的には賛否が分かれ、「これでは新たな核兵器の台頭だ」とか「邪神に対抗するならこのくらいは必須だ」と言う意見が分かれた。

 ただ、元々非核化を謳う日本だった故にどちらかと言えば、この発明に関しては当時は反対意見も多かったのは事実だった。


 だが、それが決して、無用の長物でない事だけは国民でも周知する事になった。

 後世において、ベビダの配下の邪神の内の1体が日本に侵攻した際に日本の最終手段としてこのマテリアル・ブラスターが使用され、その結果、邪神の撃滅に成功している。

 その結果、太平洋に大穴を空ける結果になったが、既存のGLD兵器では対応できなかった事を踏まえるとこのマテリアル・ブラスターは決して無用の長物ではない事はしっかりと証明される事となった。

 そう言った意味では彼は反感を買う事も恐れず、国民を活かす為に恨まれ役すらも買って出て、人々を守ったまさに「本物の勇者」に相応しい男だったと彼はその生き様で証明してみせたのだ。

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