聖女アリシア
『第3次ノーティス戦争』と呼ばれる戦いは僅か1分で終結した。
それもたった一太刀で全てが終わった。
それは世界に神の威光を現わしたように一瞬で刹那的な一撃だった。
殆どの人間は何が起きたのかすら、分からなかった。
ただ、唯一分かったのは、異世界における人類史は終わりを告げたと言う事だ。
◇◇◇
更に2ヶ月後
ロシア大陸があった場所は全てウクライナが支配下においた。
なにせ、ロシア大陸と変わって転移した諸国の人間は全て死んだのだ。
管理する人間がいないなら、占領するのも造作もない。
その報せは、北部山脈にいた魔族達にも迅速に伝えられた。
彼らは長い迫害を終わった事に歓喜した。
南下してきた彼らは、自分達を解放した者の名を知った。
魔族のアリシア・アイと言う女が人間達から魔族を解放したと知り、彼らは彼女を崇めた。
元ノーティス王国があった地帯に魔族の入植者が増えると過酷な生活から解放された歓喜も合わさり家の前には「聖女アリシア万歳」と書かれた旗が掲げられていた。
それからウクライナの暫定政権の名の元に魔族との土地の再配分などを決める会議が執り行われた。
アリシアを仲介役にウクライナ大統領であるウォロディミトと魔族の長である魔王ヴァイエルとの間で会議が行われた。
「それでは、土地の配分は北部側を魔族、南部側をウクライナが統治すると言う運びで宜しいかな?」
ウォロディミトの言葉にヴァイエルは首肯する。
「それで構いません。我々の中には南部の暑さに慣れていない者もおります。我々としては農作物が育つ土壌があれば、糧食には困りません。我々としても今後とも貴国とは、仲良くしていきたいモノです」
この会議では、様々な事が決まった。
まず、貨幣取引にはウクライナ通貨である”フリヴニャ”を使う事になった。
これは、ノーティス王国を始めとした異世界国家が全滅した事でこれまでの貨幣になんの価値もなくなった為であり、新基準となる貨幣価値を決める必要があった為だ。
元々、魔族側は人間の貨幣を使えるような民族性ではなかったので、これに関しては特に蟠り等はなかった。
加えて、今の魔族に独自の貨幣を造るだけの技術もなかった事が起因する。
しかし、新たな貨幣システムを世界に浸透させるには時間がかかる。
そこでこの会議では、現物取引システムも採用した。
具体的には、魔物の素材を取引に使えるのだ。
魔物によって、レートを定め、それを”フリヴニャ”として扱うと言うモノだ。
これにより、ウクライナには実質、多くの魔物資源が流入しこれまで以上の安定した資源供給が行える。
魔族としても魔物を討伐して生計を立てていた関係上、素材を生かすノウハウや魔物の狩り方などはウクライナよりも精通しており、その技術を生かして対等に近い関係性を構築する事ができた。
尤も、魔族にとっての聖女であるアリシアが素材のレートをある程度、画一化した事がこの取り決めをスムーズに決めた要因でもある。
「さて、国同士の取り決めはこんなところでしょう。では、最後の議題であるベビダについて語りましょう」
ウォロディミトがそれを発するとヴァイエルの面持ちも重くなり、電撃の様な空気が奔った。
両国には既にベビダがどのような存在であるか、また、このまま放逐すればどのような結果になるか、アリシアを介して伝えられている。
「聖女様。ベビダを倒す事は可能なのでしょうか?」
ヴァイエルは不安に苛まれる。
自分達が迫害された元凶がベビダであると言うのは、人間側の対応からして周知の事実だ。
魔族としても可能なら、ベビダを殺したいと何度も思った。
しかし、その方法を一切分からず、人間達に虐げられ続け、ベビダ打倒等夢のまた、夢のような話で現実感を持てなかった。
「可能かどうか……と言うよりは、勝たなければこの世界に未来はありません。お知らせした通り、ベビダは非常に狡猾です。恐らく、ウクライナと魔族とが繁栄した頃に再び、新たな差別を造り出し、遊戯のように人を殺すでしょう。ここでベビダを倒せないなら、人間達が行った事を今度はあなた達が行う事になる」
悪魔とは、非常に狡猾だ。
人間における”天才”と呼ばれる人間すら騙し、まるで手駒のように扱うだけの知恵を持っている。
その罠は極めて巧妙だ。
「世界を救う為」と嘯き、先導する天才であろうとその行動を利用して、混沌と破滅、闘争を日常にするような世界を創り出し、利用された天才は悪魔に利用された事等一切、気づかない。
現実における悪魔とは、ライトノベルやアニメで出て来るような分かり易い存在ではないのだ。
寧ろ、そう言った媒体を利用して、陽気な悪魔と言う偶像を造り出し、人間達に「悪魔にも親しみ易い奴がいる」と潜在的に思わせてから、悪魔的な教理や考え方に人間の思考を染め上げ、魔力を搾取すると言う事を平然と行うのだ。
地球のイースター祭に卵を食べる慣習等も全て悪魔の策略だったりする。
このようにして、人が気づかぬ間に悪魔の教理を蔓延させ、人間の善悪の分別すら緩慢させ、欺瞞させる事が悪魔のやり口だ。
現に、ノーティス王国や周辺諸国の人間に人間らしい善悪の判断が出来ていれば、アリシアに根絶やしにされる事もなかった。
彼らは差別する事に何の疑問も抱かず、寧ろ当たり前程度に考えるほど、悪魔崇拝をしていた。
どんな理由があるとしても、
それが本人の意志でやっている、やっていないは関係ない。
悪魔に抗わなかった時点で人間が人生と言う敗者を歩むのだ。
「そして、確実に勝つ為にはあなた方、魔族の協力が必要となります」
「我々は具体的に何をすれば?」
「魔族をこの湖に集めて貰えますか?集まって貰うだけで結構です」
「えぇ?それだけですか?」
「厳密にはあなた方が持つ、特殊な魔力が必要なのでそれを使わせて貰います。もしかしたら、倦怠感を抱くかもですが、命を奪うまでは致しません」
「まぁ……その程度で良ければ、協力致します。しかし、その特殊な魔力を使って一体何を為さるのですか?」
それにはウォロディミトも口を挟んだ。
「わたしも気になるな……事前の話し合いでは、神に対抗する力として聴いていないからね。それは具体的にどんなモノかな?」
「一言で申しますと……神を殺す最強の神を召喚します」
「最強の……神。その者がいれば、ベビダに勝てるのか?」
「勝てる見込みは大きいです。それと仮に召喚に成功した際はすぐにその場から退去して下さい」
それにはヴァイエルが訝しんだ。
「何故ですか?」
「それは単純に……召喚したらすぐにベビダを殲滅する為です」
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