今後の方針

 アリシアはこの世界の新たな地図を取り出した。

 西側にはウクライナの国境が新たに描かれ、そこに隣接するようにワオの街があり、東に行くに連れ、ノーティス王国の首都があるようになっている。




「まず、目標としては現在、行われている魔族への人種差別の撤廃が挙げられます。この世界でとは3翼以上の紋章を持つ者がであり、2翼以下は人間のなり損ないであり、神から忌み嫌われた存在と言う意味を込めて”魔”を司る種族としてと定義されています。人間からすれば、魔族とは人間のなり損ないであり、劣等種であり、神が認めた神敵と言う扱いになり、魔族を見つけ次第、殺す事が原則になっています」




 そこで昇が手を挙げる。




「一応、確認するけど。魔族も人間も同じ種族で学術的には生物学的にも同じなんだよね?」


「その通りです。実際に魔族に会った訳ではないのでなんとも言えませんが恐らく、魔族とは先天的に魔力に対する適正ではなく神力に対する適正が大きい個体を指すんだと考えます。わたしが知る限り偶に魔力を使いつつ無意識に神力を使う人間もいますからその可能性が高いです。恐らく、紋章が魔力を媒介にする関係上、魔力しか測定しない事から魔力と相反する神力で魔力が低下、紋章が2翼以下になるんだと考えます」




 その理屈が正しいなら色々と辻褄が合う。

 なにせ、アリシアの系図にいない神は大概、魔力を使っており、神力は彼らにとって毒でしかない。

 ベビダが魔力を使う邪神なら当然、自分に害を為す神力的な存在を許す筈がない。

 だからこそ、「異端」として扱い、排斥している。

 アリシアの召喚も何らかのイレギュラーがあり、呼びたくもないアリシアをこの世界に招いた事で脅威になる前にタンムズに神託を下し、アリシアを始末しようとした事も予想が付く。




「今の状況はベビダにより魔族と言う必要悪を造る事で不満の捌け口や国土安寧を図りつつ定期的なSWNの供給体制を構築していると言えます。魔族は圧倒的に数が少ないので民主的に多数決を取っても彼らは差別されるでしょう。このままでは魔族側と人間側の憎悪を募らせるだけです」


「で、具体的にどうやって解決する?」




 クーガーが尋ねるとアリシアは答えた。



 

「差別なんとそう簡単に消せません。人間が民主主義になっても少数意見の尊重なんてするわけがないのでどうあっても民意的に差別を消せるはずがない」


「いや、アリシアさん。それは極論じゃないか?少数意見が尊重されないって事はないと思うけど……」


「昇先輩。甘いです。そんなモノは建前です。あくまで少数派の反感を買わない為のお為ごかしです。実際は会社単位でも守っているところはありません。大多数の健常者と少数の障害者がいれば、社会的に立場が弱い少数派を大多数が叩く。仮に少数派が上司の命令でやったと言っても大多数はそれを聴かず、自分の主張を強欲に求める。日本でも少数意見を尊重できないのにこの世界でできると思いますか?」




 そのように言われると昇も何も言えなかった。

 口の上手さで言い包められている気もするが、アリシアの方が昇よりもよく知っているのだ。

 人間と言う者をよく見ている。

 まるで世界中の人間の意見や考えを全て知っていると思える程の雄弁さが昇の反駁を遮る。

 実際、アリシアの話も全く的を外れな話でもない。

 そう言った問題はニュース等で見かける事はあった。

 昇が知る中では「介護施設で務めていた障害者が他のスタッフから集団でイジメを受けた。障害者は職場に合理的な配慮をして貰う事を条件に仕事をした。それにも関わらず、合理的な配慮をしながら仕事をするそのスタッフの在り方が気に入らないと言う理由で上司の意向を無視して部下のスタッフが総出でイジメに加担、障害者は心身を病み、退職、職場復帰が困難となり結果、裁判となり、施設側は賠償金を払う羽目になった」そのような事件もあった。


 それを見るなら確かに少数意見なんて誰も尊重しない。

 法律的な建前があるとしても末端の人間はそれを守らない。

 故に一度植え付けた差別は無くなる事はない。




「もう既に話し合いでどうにかなる問題ではなくなっています。寧ろ、ここで話し合いを持ってくれば、更に状態が悪化する可能性すらある。だとすれば、我々の方針としては魔族と共闘して人間側を滅ぼすか壊滅させるしかないでしょうね」


「いや、アリシアさん。戦争は仕方ないにしても滅ぼすまでやる必要あるかな?逆らったら”代償が大きい”と人間側に思わせるだけでも良いと思うけど……」


「確かに昇先輩の言う通り生存戦略の観点で言えば、そのやり方も間違ってはいません」


「だったら……」


「でも、それは相手に”代償が大きい”と認識するだけの理性がある事が前提になります。この場合、人間は民族浄化の名の元に大義を掲げて徹底抗戦を選ぶでしょう。仮に和平を結んでもそう言ったモノが不満となり、条約を破る事も考えられます。もう、この戦いはどちらかを生かす以外に道はありません。なら、その場合、どちらをどのようにより良く生かすか考えないとなりません」




 人間とは、環境に流される強欲な生き物だ。

 与えられた環境に満足せずに不平を述べ、その捌け口を他人へ……強いては自分よりも立場の低い誰かに押し付ける。

 ベビダ教のやり方が今まで強引でもやってこれたのは”魔族”と言う必要悪を据える事で不満の捌け口にしていた事も大きい。

 故に人間達は魔族を差別するのが当たり前でそれが権利とすら思っている。

 そんな中で話し合いによる和平で”差別”を無くせばどうなるだろうか?忍耐する事もなくただ、欲望のままに振り撒く人間がその状況を耐えられるだろうか?否。

 それができるなら、人間同士の差別は全ての世界から消えていないとならない。


 最早、”分かり合う”と言う優しい言葉すらただの毒なのだ。

 そもそも、この状況において双方の和平を考える事自体は間違っているのだ。

 そんな事をすれば、将来より大きな戦争になるからだ。

 だからこそ、アリシアの前提は極論かも知れないが、どちらかを生かしどちらかを殺す以外に無かったのだ。




「アリシアさん。失礼な事を言って良いかい?」


「良いですよ」


「アリシアさんは女神なんだよね?だったら、女神の力とかで丸く収める事はできないのかな?」


「出来ますけど、あまりお勧めしません」


「と言うと?」


「わたしがどんな方法を取ったとしても……それこそ、誰でもわたしが女神であると分かるような秀逸的な方法で差別を無くすように伝えても恐らく全ての人間はわたしの前に例外なく首を垂れて差別をやめる。でも、それはわたしに脅されて従っただけで心から差別をやめようと考えていない。そんな状態のままわたしが何度も何度もその度に伝えれば、いずれ人間はわたしが人間を隷属する為に人間の自由を縛っていると不平不満を述べる。洗脳してもいずれそうなる。そうなると余計に状況は悪化する。だから、わたしは自分が神である事を分かり易くは伝えない。地球で神が簡単に人の願いを叶えないのは叶えたとしても人間が不平不満で返す事が多いから叶えない方が世界平和の為に効率的だと考えているから……それと同じ理屈と言えば分かるかな?」


「それは受け取り側である人間がどんな施しも無駄にするから……と言う意味かな?」


「そう言う事です。せめて、自分の罪を自分で悔い改める努力をしてくれれば願いを叶える事もやぶさかではないけど……人間は自己中だから、自分の置かれた環境を基準に文句ばかり言う。忍耐する事よりも先にできない言い訳とかやらない言い訳を並べて不満をぶつける。だから、神としてもがないんです。そんな有様なのに……平然と神がいないとか言われると泣けますよ」




 その時のアリシアは少し暗く影を落とした。

 昇にはアリシアは何を想い、何を目指しているのか分からなかったが、その在り方は人間とは明らかに違う事だけは分かり、人間の基準では測れないモノがあると感じた。

 昇自身は無宗教者だった。

 昇はそこまで深く神の在り方など考えた事はなかったがクラスメートの中には「神なっているわけがないだろう!」と笑い話のように語っていた者達の事を思い出す。

 確かに神なっていないと思えるほどこの世界は悲惨な事が多い。

 神なってモノがいれば、こんな状況になっていないだろう……そう思える事も多々あった。


 だから、昇自身も心の何処かで神なんていないと考えていた。

 だが、それは身勝手だったかも知れない。

 少なくとも、神と言う者はどこまでも人の事を考えており、人間ほど短絡的でもない。

 ちゃんと相手の主張を聴いてみれば、その通りかも知れないと思えるからだ。

 地球でも友人や両親から施しを受けても何の感謝もせずに……寧ろ、その恩を仇で返す恩知らずはたくさんいる。

 そんな人間に果たして施しを与えたいと考えるか?そもそも、人間自身が施しを受けるに値する存在なのか?施しを受けるに値する存在になろうと努力したか?否、していない。

 それをする前から神と言う者に不平と不満を抱き、自分勝手に騙る事が多い。


 そう考えるとアリシアの事が可愛そうに思えた。

 誰よりも世界平和の事を憂いているのにその気持ちは理解されず、罵られる。

 更にはこうして、努力して思い巡らせているのにいない者のように扱われ、その努力を慰める者もいない。

 昇がもし、アリシアの立場になったら……と考えるととてもではないが神と言う職業に就きたいとは考えない。

 これほど人に憎まれる職業を続ける等並みの精神でできる事ではない。

 だからこそ、分かるのだ。

 アリシアはその仕事に誇りと自負心を持っている。

 だからこそ、好き放題に神の名で荒らし回っているベビダを敵視している。

 そこでようやく、昇は心のそこからアリシア・アイが女神である事を悟った。




「分かった。なら、僕から言う事はない」




 昇はアリシアの意見に口を挟むのをやめておく事にした。

 少なくともこの戦いが終わるまではアリシアに仕えると決めたからだ。

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