神足りえるから神
屋敷
アリシア、クーガー、昇の3人は円卓の机越しに向かい会い、現状についての確認と今後の対応について考えていた。
「クーガー。ワオの町の防衛はどうなってる?」
「あぁ、現状問題ない。アリシアがエルゴラと勇者様を倒したお陰で教会の権威は失墜して各地でクーデターが起きている。こっちも情報操作がやり易くて助かったぜ。これでベビダ教の威信はだいぶ、地に堕ちた……ワオの町でもベビダ教徒である事をやめる人間も続出している。まぁ、予定通りだな。そもそも、「力」だけに縋った信仰なんて「力」がないと分かれば結構脆いからな。現状、こっちに敵対する市民はいなくなった。それでも今の環境に流されているだけだろうから安心はできないな」
ワオの町ではベビダ教の信仰を捨てる者が後を絶たない。
無駄に税金を払わせておきながら、教会には何の力もないとあの戦いで周知になったからだ。
「力」がない神には用はないと言わんばかりにワオの市民は教徒である事を捨てた。
だが、それは決して悔い改めてそのようにした訳ではない。
ただ、自分にとって不利益な環境になったからその苦痛から逃れる為に逃げただけなのだ。
ベビダ教の在り方には感心はできないし離れる事は正解ではあるが、信仰とは何か自分の不利益が発生したら簡単に手放して良いモノではない。
その苦痛の過程する必要な信仰の糧になる場合もある。
信仰とは元来、どんな状況下でもその想いを最後まで貫き通す信念の事を指すのだ。
その信念がまるでない元教徒達はアリシアの敵ではないかも知れないが、決してアリシアの味方でもない。
味方にしても後々、何か不利な環境になればアリシアを裏切る可能性も十分にある”軟弱””脆弱””惰弱”な愚かな人間に過ぎないのだ。
「そうだね……正直、そう言った人間は環境に流されて簡単に倫理や道徳とか平然と捨てるからね。このままノーティス王国とベビダ教を生かしておいても詐欺師的な口車で上手く流す可能性もあるしね」
実際、人間や邪神が建てた教会とは、一部の例外もなく高慢で貪欲、自尊心が高く、詐欺師のように人を騙す。
何の証明もしない癖に「自分達の神は絶対だ」と主張し「なら、証拠を出せ」と言われれば「そんなモノは必要ない」と平然と言えるのだ。
今は教会の権威が失墜していても長い時間をかければ忘れられる。
地球でもローマカトリック教会は神聖視されているだろうが、長い歴史も持つあの教会の大半の歴史は虐殺で成り立っている。
それを謝罪すれば、赦されるような状況に持って行かせるように巧妙に騙すのが詐欺師と言うモノなのだ。
「ノーティス王国もベビダ教も滅んで貰うしかありませんね」
アリシアがそのように決めると昇が反駁した。
「あいざ……いや、アリシアさん。それはやり過ぎじゃないか?それって十中八九戦争になるよね?」
「なりますね」
「そうしたら、多くの人間が死ぬよな?それは人道的にどうなんだ?」
日本人らしい反応だと思う。
確かに戦争をする事を肯定するアリシアの在り方は昇にとっては相容れない節があるだろう。
況して、昇はアリシアに正体について既に知っている。
その上で神としてその在り方はどうなのか?と言う疑念的な意味合いで尋ねている節があった。
「気持ちは分かりますよ。確かに戦争を仕掛ける事は決して良い事ではありません。そんなので喜ぶのは一部の権力者だけです」
「だったら……」
「ですが、だからと言ってやらない訳にはいかないんです。悪い事をしたら咎められる。それに相応しい罰を受けないとならない。騙した人間が勿論として、騙された人間も騙した人間に加担した人間も……騙されていると分かっていながら、それを静観する人間も罪がないとはされないのです。それに世の中は”言葉”や”素行”で人に”そう思わせた”事すらも罪になる。だから、わたしがこの惨状を見て”戦争をするしかない”と思わせたのはその人々の責任と言う事です」
「それは……独善じゃないのか?」
「そんな事はありません。彼らがもし、敬虔な心を持った教徒だったらわたしは咎めなかった。彼らは己の罪から逃げた。だからこそ、裁かれないとならない。ここで裁かない事は本当に真面目に敬虔に生きている者への最大の冒涜です。それに昇先輩も言っていたではないですか?「人は神ではない。だから、人が人に罰を与えるのは間違っている」って……なら、神であるわたしがそのように決めた。それに問題がありますか?」
それは卑怯な逃げ口上にも思えた。
自分が神だから……その理由1つで物事の全てを決めるには”理不尽”にも思えた。
ただ、それは昇自身が卑怯である事も同時に突きつけられる。
アリシアが神であるとするなら昇が発した言葉に昇は一切責任が取れておらず、自分の都合次第でその言質を変容、曲解する行いだからだ。
そのように破滅したのがまさにウクライナの捕虜となった桔梗達だ。
それと同列になる訳にはいかないと心の底で疼く気持ちもあった。
それによく考えるとアリシアの判断はアリシアの気分や気紛れで判断している訳ではない。
あくまで「敬虔な心を持たなかった罪」に対する糾弾であり、自分が不機嫌だからとか自分にとって邪魔な存在だからと自分本位な理由で「戦争」と言う選択をした訳ではないのだ。
まるで裁判官のように中立的に立ち、そのように判断したに過ぎないのだ。
多分、アリシアと言う人間は優しい反面、厳しい人間なのだと思った。
何気ない言葉や素行1つとっても注意を払い、その全てに責任を持つ、相手にも責任を持たせるようにする厳格な母親のような性格なのだ。
寧ろ、当たり前の事を言っているのだ。
日本社会でも自分が発した言動に責任を持たないとならない。
場合によっては名誉棄損等で裁判になる事もあり罰もある。
それが今回、戦争と言う大きな規模で行われるだけで本質的には何も間違っていないのだ。
(なるほど……確かにアリシアさんは女神なのかもな……)
昇は元来の神の在り方をその目で見た気がする。
日本のアニメで出て来るような陳腐で単純な存在ではない。
人間なんかよりも深く物事を考え、思慮深く考えている。
アリシアは「力」があるから神なのではない。
神足りえるから神なのだと昇は理解した。
「君の主張も一理あると思う。でも、聴かせてくれ……本当にそれ以外に手段はないのか?」
「無い」
アリシアは断言した。
アリシアが無いと言うのだから、本当に無いのだ。
アリシアは知能は人間とは比較にならない。
無理矢理比較するならIQ17兆を超えている。
人間の僅かな行動から何万京通りの未来を即座に演算、未来視の能力無しでも人間程度の未来なら頭の中で演算できてしまう。
その演算は大よそ、外れない。
外れた時と言えば、それは相手が禁忌とも言える大罪を犯した時くらいだ。
だが、そんな大罪を犯す者はそんなに多くない。
いるとすれば、稀代の悪魔くらいな者だ。
そのようなイレギュラーが現れれば、予測は外れるがそれは外れたと言っても余計にアリシアの決定を増長する選択と言えるだろう。
その上でアリシアは言うのだ。
選択の余地は無い……と
「そうか……分かった」
「先輩、戦争に参加したくないなら屋敷にいても良いですよ?」
「……いや、良い。この件にはオレの少なからず関わっている。ちゃんと責任は取るさ。綺麗ごとばかり並べて責任から目を背ける真似はしたくない」
「あなたはやっぱり、強い人ですね」
「君ほどではないさ……」
アリシアなりに昇の事を気遣ったがそれも不要だったようだ。
戦争に参加すると言うのは前でも後でもかなりストレスになる。
考えただけで気が滅入るし従軍した後でも疲れてしまう。
好き好んで戦いたい人間はかなり稀だ。
況して、戦いの辛さを知っているなら「正義」とか「大義」とかそんな矮小なモノが如何に実戦で役に立たないか……ただの邪魔な重荷になるか分かるのだ。
正義の為に戦うと言う人間がいるとすれば、その人間は戦いの辛さも痛みも何も分かっていない貪欲な人間なのだろう。
本気で命を賭けて戦う人間は死なない為に必死になって殺意と獰猛さを持った狂気の感情を剥き出しにして殺し合うのだ。
そんな黒い感情が渦巻く戦場で「正義」や「大義」を掲げる奴がいるなら、その者は必死に戦っておらず、戦いを冒涜している。
故に戦場にすら立つ資格は無い。
アリシアはそう言った人間の醜悪さを知っているしそんな人間を戦場で見て来た。
だからこそ、「大義」とかに振り回されず、己の責任を自覚し戦場に踏み込もうとする昇なら戦争に出るだけの覚悟があると判断できた。
「なら、これから本題に入りましょうか」
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