戦争後の変化

 アレから数日が経過した。

 あの戦いの結果を見れば、ウクライナ軍の辛勝であった。

 勇者達はエルゴラが倒された直後に謎の転移に巻き込まれ、消息が消えた。

 アリシアはエルゴラがいたなら別に神が関与した結果だろうと推測したが、今となっては分からない。


 だが、唯一確かな事はこの戦いを機に学生であった勇者達は第1級テロリストに認定された事だ。

 これで彼らは国際社会においてテロリストとなった。

 その事実が消える事は決してない。

 今回の件でウクライナ軍にも多数の被害者が出ており遺族達も大きく悲しんだ。

 ウクライナ国内では先に収監した勇者達を死刑にすべきであると言う署名活動が行われていた。


 ウクライナ政府は「高度に政治的な問題がある」と言う理由から死刑を見送っている。

 それも紋章に対する研究をする為だ。

 紋章と魔術と言う名の量子力学との関係性を紐解く研究が現在急務とされている。

 それも前回の戦闘で“魔術”の脅威を目の当たりにしたからだ。

 エルゴラは厳密には人間ではなかったが、ウクライナからすれば戦略兵器クラスの魔術師と言う風に見えており、魔術の解明とその実践運用がウクライナ軍の課題となっていた。


 その為には急いで研究成果を出さないとならない都合上、非人道的な実験も止む無しと言う意見も出ている。

 とりあえず、ウクライナの研究者チームの中にはアリシアの講演を聴き、魔力や神力が感情や意志の起伏により、その出力を変化させると言うポイントに着目、捕まえた勇者達に司法取引と言う形で人体実験のモルモットを強要、薬物による精神の高揚の際に魔力を検出、そこから紋章について解明できるのではないか?と言う意見が出ていた。


 桔梗はともかく、成長期の段階である元学生に薬物実験は人道的にどうなのだと言う意見もあったが、「彼らはテロリストであり、人権はない」とか「民意で死刑になるかも知れないなら、有益に使って殺すべきだ」等と意見が多数を占め、このままならその意見が通りそうだ。

 そして、今回の戦いでアリシアの有用性は確かなモノとなり、奪われた領土を取り返したと共にワオの町があるロンフォード領とハーリに同調的だった複数の領が離反、ウクライナに吸収合併され、以降ウクライナ・ロンフォード自治区としてウクライナに属しながら独自の立場で動けるようになった。

 ウクライナは自治区との関係を密にする事を望んでおり、通商も本格化した。


 通貨単位が違うのでウクライナに払う税金は魔物の素材が取引に使われる事になった。

 アリシアが以前、乱獲した昆虫の魔物の素材、特に羽は航空機の翼として十分な強度と軽量性があると言う事もあり、ウクライナ軍が大きく着目しているのが要因だ。


 魔物の素材を収めた事で実質、向こう10年税金を納めなくても良いと言う話が纏まっている。

 それだけの価値をウクライナ軍は見出していたのだ。

 また、核兵器に使用に関してはあの戦略級の魔術師が他にもいる可能性がある事から報復核攻撃を恐れ、核の使用は極力控える方針になった。

 意図した形ではなかったがこれで一応はアリシアの目標は達する事はできた。

 ただ、相変わらずアリシアに対する周囲の評価はそんなに変わっておらず、アリシアの事を忌み嫌う者は多い。

 それでも平穏な日々を過ごしていた。




「はぁ!いやっ!」




 アルテシアは木剣を懸命に振っていた。

 アリシアはそれを受け流す。

 こうして、アルテシアを鍛えている時がアリシアにとっては至福の時だった。




「もう半歩踏み込んで!」


「はい!」




 アルテシアは素直な良い子でアリシアの言う事は素直に何でも聴いた。

 その所為か呑み込みも早く、いい具合に成長していた。




「はぁ!」




 アルテシアが踏み込んでアリシアに肉迫した。

 アリシアは半身を逸らせ、その突きを回避した。




「今のは良かったわよ」


「ありがとうございます!」




 アルテシアは中々、様になってきており感謝を述べながら体をすぐに捻り、アリシアに反撃する。

 後ろを取られたらすぐに反撃しろと言う教えを守っているようだ。




「おーい、昼食できたぞ」




 クーガーがバスケットに入ったサンドイッチを持って来た。




「そろそろ、休憩しようか?」


「はぁ……は、はい」




 アルテシアも息を切らせながらアリシアの後をついていく。

 こうして、僅かな平穏ではあるがアリシアは穏やかな時を過ごしていた。

 だが、世界はまだ、問題を抱えている。

 ウクライナとノーティス王国の戦争はまだ、止まらない。

 本題はここからなのだ。

 

 そして、探さねばならない。

 あの転移の真相を……。

 何者かは知らないがベビダとは違う第3者の介入によりできたこの事件が一体、誰が何の為に仕組んだのはそれを見極めねばならない。

 だが、今は良いだろう。

 どの道、手掛かりがないならせめて、アルテシアとゆっくりお茶でもしよう。

 アリシアはそっと、芝生の上に座りサンドイッチを頬張った。




 ◇◇◇




 アルテシア・ロンフォード


 聖女アリシアの弟子であり、後に”剣聖アルテシア”と呼ばれるその人である。

 ロンフォード領の長女であったが、家督は弟である長男が継いでいる。

 聖女アリシアを師事した最初の人物として知られ、以来、彼女の従者として15歳まで過ごしたとされており、当時の実力は旧ベビダ教 聖騎士長を凌駕していたとされる。また、聖女アリシアを師事している関係から敬虔なライトロード教徒としても知られている。


 幼少期のワイバーンによるケガが原因なのか?アリシアに憧れたのが原因なのか?その両方だったのかは不明だが、その生き様は己を強さを求める武者のような生き方であるとされる。

 とにかく、強い敵や激戦や死闘に挑む帰来があり、冒険者としてもかなり名前が売れた。

 どんなに格安な依頼でも強敵と交える事を史上とし……逆に多くの平民達の支持を集めたとされている。

 

 彼女の武勇は数多く存在するが、その中で最も有名なのは、ガハルナーム討伐記だ。

 世界を滅ぼすほど強大なドラゴンの魔物”ガハルナーム”2体が2度目に世界に降臨した際、軍団規模による殲滅が必須とされる”ガハルナーム”のうち1匹をたった1人で迎え撃ち、一昼夜かけて討伐したと記録され”煉獄殺し”の異名で知られる事になる。

 その鱗から造られた漆黒の鎧と牙で造られた大剣は異界から侵攻して来た太陽の化身そのモノとも言われた太陽神すらも屠ったとされ、その戦いは苛烈であり、大地は抉れ、海が裂け、雲が裂け、宇宙空間にすら亀裂が奔ったとされるほどの激戦だった。

 アルテシアは今でも、この世界では歴戦の英雄として語られる神話級の存在となった。

 その後、表舞台で目立った活躍こそ見せなかったが、彼女らしき人物を度々、見かけたと言う情報や冒険者として活動していると言われており、今もなお、その剣は衰えず、高みを目指している。

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