神話の救世主2

「貴様は……」


「先日ぶりかしら、今度こそあなたを殺しに来ました」




 アリシアは近くの戦場で待機し、クラインの要請でここにいた。

 その理由は単純でウクライナ軍に今回の戦闘に極力参加しないで欲しいと言われたからだ。

 彼らとしては対紋章者との実戦データの収集と自国の国土を自分達がどの程度守れるのか把握する必要があるとの事だった。

 

 前回の戦闘でアリシアには大いに助けられたが、アリシアはウクライナ軍ではない。

 いつも助けて貰えるとは限らないのでこうして、アリシア抜きで戦闘をしていたのだ。

 だが、もしもの時はクラインの要請で来れるように近くで待機していた。

 尤もアリシア自身、邪神がいたので勝手に出るつもりではあったが、タイミングが良かったと言える。




「さて、では殺すね」




 アリシアは鋭い眼光で見つめる。

 エルゴラはその覇気に飲まれ、咄嗟に動いた。




「時よ、止まれ」




 この瞬間、世界が止まった。

 見つめる兵士達や勇者の動きすら完全に止まった。

 ただ、1人を除いて……アリシアはゆっくりとエルゴラに向かって歩む。




「ば、馬鹿な……何故、動ける」


「時を止めた程度でわたしが止まるとでも?」




 アリシアは“神破壊術”を使い、エルゴラが施した時間停止の魔術を自分の周りだけ破壊する。




「くっ!流石、イレギュラーと言ったところか!」


「へぇ……やっぱり、わたしについて何か知っているんだね」


「お前が知る必要はない。お前はここで殺してくれる!時空神解放!」




 それを唱えたと共にエルゴラの力が増えた。

 それも単に増えたのではなく2乗になって増えたのだ。




「解放ですか……死ぬ気ですか?」




 解放は能力の代償として使用後に存在が消える可能性を孕んでいる。

 尤もリスクを軽減する事もできるが邪神にはその能力が低い。

 使えば、実質“死”だ。




「そのようなつもりはない。その為に囚人から力を蓄えたのだからな」


「なるほど、そう言う事か……」




 拷問されたウクライナ人にはある首輪の魔導具が装備されていた。

 それは負の感情を増幅させる装置だった。

 恐らく、彼らの絶望感等を糧にして自らを強化する為に囚人を拷問していたと考えられる。




「この力があれば、2度も遅れは取らん。今日がお前の最後の日だ」


「やれるモノならやってみなさい」




 エルゴラは両手左右に大鎌を構え、アリシアに肉迫した。

 アリシアはそれを右手の刀で左鎌の軌道を逸らせ、左手に“障壁”を展開して右手の大鎌を防いだ。

 エルゴラの猛攻は止まらない。

 大鎌の時間を限りなく0にする事で光に速さに迫る速度を得たアリシアは連続で振り翳す。

 アリシアはそれを刀で逸らし、“障壁”で防ぐ。

 だが、流石の剣速に鎧の至る所に被弾が見られ、頬にも傷ができる。




「ふふふ、如何にイレギュラーと言えど、所詮はその程度……神である我に勝てる道理などないのだ。神の力は絶対だ!」


「神は絶対ね。そもそも、神とは何ですか?権威ですか?称号ですか?力ですか?」


「その全てだ!」




 アリシアの刀が砕けた。

 それでも猛攻は止まず、アリシアは咄嗟に左右に展開した”障壁”で左右の鎌をガードして弾いた。




「違う。どれでもない。神とは、何かをなす為に全てを捨てられる者の事です。そのような物に拘る時点で神ですらない。ただの下郎です」


「神の摂理を弁えぬイレギュラー風情が!」


「神の摂理が何かも知らない奴に言われる筋合いはありません」


「ふん……どこまでも虚勢を張る。貴様に何が出来る。貴様は武器を失い、我の攻撃に対して防戦一方ではないか!我に勝利するなど土台不可能だ!」


「それはどうかしら?」


「なんだと……」




 すると、時間が静止した世界が揺れ始めた。

 止まった世界が一面水鏡の世界に塗り替えられていた。




「ようやく、完成か。少し長いかしら」


「なんだ!これは!」




 空間が一気に飲み込み、青空と一面の水鏡の世界にエルゴラを引き込んだ。

 辺りは静かであり水の波紋だけが静かに立つ。




「世界の全てはわたしの手中です。このように世界を書き換える事も出来る。ようこそ、我が理想の世界へ」




 アリシアは世界を書き換えた。

 アリシアが理想とするアリシアのアリシアにとってのアリシアの為の世界”神概念術””世界展開”である”平穏なる空”の世界。

 オリジナルの劣化でしかないが、この世界の力は強大だ。

 その能力は多岐に渡り、全ての能力は説明仕切れないが、今回重要なのは以下の能力だ。

 ”敵の魔力を神力に還元しそれをアリシアが運用する。更にアリシアの許可がなければ、如何なる異能や魔術を行使する事はできない”と言う事のみだ。




「なんだ!この世界は……我の力が吸われているだと……」




 エルゴラは自らの力が吸われているのを感じた。




「この世界はわたし以外の全ての異能の力を無力化しその力をわたしが利用する。ここに入ってしまえば、あなたはもう逃げられない。その為に力を割いていたからね」


「まさか、貴様!」




 エルゴラはようやく、悟った。

 そう、アリシアは全てこの瞬間を待っていたのだ。

 エルゴラが逃げられないように力を割いていたのだ。

 防戦一方だったのは力を割いていたからだ。

 つまり、この女はエルゴラ相手でも全然、本気ですらなかったのだ。




「今更、気づいても遅いです。あなたの力は存分に使わせて貰います。武器創造!」




 エルゴラの力が吸われる事にアリシアの左手に何が形成された。

 それは剣だ。

 だが、漆黒に黄金のラインが入った美しくもどこか狂気に満ちた剣だった。




「感謝しますよ。タイムゴッド。あなたのお陰でこの剣の完成まで漕ぎつけた!」


「なんだ……その剣は……そのような恐ろしい剣、見た事がない!」


「この剣の系図を引く剣を見た者は魂諸共消滅した。魔殺剣アスカロン。悪魔を滅ぼす神の魔剣です」




 その剣から感じる根源的な恐怖から逃れようとエルゴラは暴れ狂い、大鎌を持って肉迫した。

 神と言うだけあり身体能力は高く一気にアリシアに間合いを詰める。

 だが、アリシアも冷静で怜悧な面持ちで左手に持った剣をエルゴラの頭部に突き刺し、仮面を砕いた。

 仮面が砕ける中でエルゴラは両手の大鎌を床に落とし、頭を抱え、あまりの痛みに悶絶する。




「馬鹿な……あり得ない……絶対的な神が……このような……」


「2度とそんな下劣な考えが出来ないように恐怖に呻きながら沈め」




 アリシアは左腕を大きく横に振りながら”飛影斬”を放った。

 剣が横に振われる事に”飛影斬”が無数に飛び、エルゴラの体を無数に切り裂いた。




「ぬあっぬあっぬあぁぁぁぁぁぁ!」




 切り裂かれたエルゴラは体が崩れ、死の間際にその名を聴いた。





「神とは、このわたし!アリシア・アイだ!」


「己!人理を拒む!!反逆者が!!!」




 エルゴラはその名を聴いて絶望するような絶叫と共に肉体も魂も消滅した。




 ◇◇◇




 時間が動き始めた。

 多くの者にとって何が起きたのかすら分からない。

 本当に一瞬……一瞬と言うのも憚るほどの刹那だった。

 だが、時間が動き出し、静寂とした空間にはただ、1人の女性が立っていた。

 そして、彼女は左手の剣を掲げてまるで世界にその威光を知ら占めるように言葉を発した。




「アリシア・アイが!敵の総大将を討ち取ったぞぉぉぉぉ!」




 それはウクライナ軍にとっては喜びの報せであり、多くの者が銃を天に上げて歓喜した。

 それと同時に勇者達にとってはその宣言は正しく、敗北の報せてあり、アリシアと言う女が完全な神敵にすら見えた。

 世界はこの戦いを機に大きく流転する。




 ◇◇◇




 そもそも、邪神とは何なのか?

 その正体は知る者は少ない。

 後世においてもよほどの学者でなければ、その真相を知る者は少ないが……一言で言うなら”偶像”が答えた。

 邪神の起源は”人間にとっての神の理想像の具現”が発祥とされている。

 北欧神話やギリシャ神話を基にした神が実在するのは、人間が造った創作的な神が邪神として具現化した結果と言える。


 それらは”人間が好む神の像”であり、潜在的に人間が惹かれるように造られている。

 そもそもの起源が人間が好むように造られたアイドルと同じ存在と言う訳だ。

 それ故に彼らは真の神の真逆なる存在と言う意味を込め、偽神とも呼ばれている。


 その力は人智を超えた力が多く、”人間が望んだ最強”に近似している。

 太陽神ラーは”太陽の神”なので太陽の如き力を持ち、雷神トールは”雷の神”なので雷の如き力を持つと言った具合だ。

 それは人間が理想とした最強の力であり、分かり易い”力”と言う名の”奇跡”の象徴となる。

 故に”奇跡”=”神”と考える人間にとってこれほど分かり易い神はいない。

 だからこそ、人間は邪神の言葉に惑わされ易く、人間を惑わせる為に真の神の敵が邪神を産み出したと言うところだ。

 

 だが、それ故に邪神達の限界値は低くなり易い。

 何故なら、その力は所詮、人間が想像に域を出ないからだ。

 真の神であるアリシアのような神格ともなれば、地球や惑星は”塵”くらいにしか捉えておらず、太陽等の恒星は”路肩の焼けた石”程度にしか見ておらず、銀河に至っては自分の家の”庭”程度にしか考えていないのだ。


 そもそものスケール感が違い過ぎるのだ。

 人間は世界征服でもすれば、世界の統治者にでもなった気になるだろうが、アリシアにとってそれが塵の上で起きた出来事に過ぎず、そんな所で威張り散らしたところでまるで蟻が川の水が上から下に流れると言う事実を学説でも唱えているように矮小な事に過ぎないのだ。


 そんな真の神を相手に水の神とか時の神とか幸運の神とかが逆らったところでそもそも、相手になる事自体が稀なのだ。

 絶対ではないにしても、少なくとも川の神とか海の神、太陽の神程度ではそもそも、相手にはならない。

 尤も、今回のベビダはそれ以上の神格である可能性があるのでアリシアは慎重に動いているに過ぎない。

 だが、邪神とは所詮はその程度の存在でしかないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る