神話の救世主1

 彼らは国境付近に来ていた。

 そこで彼らは魔族と言う者を初めて見る事になる。




「アレが魔族?」


「でも、なんか……」


「軍人だよな……」




 そこにいたのはプルパップ式のアサルトライフルを構え、防弾チョッキを着た兵士達の姿だった。

 それに対してエルゴラが説明する。




「ごく稀にこの世界に異界の技術を持った者が流れつつ、あの魔族は銃を持つ事で知られている。時に異界の言葉で独自のコミュニケーションを取り、こちらでは読み取れないように指示を出す事があるが……惑わされるな」




 エルゴラがそのような前置きをした直後、敵がこちらに大きなプラカードを掲げて何かを見せた。

 そこには日本でこう書かれていた。




 日本の学生の皆さん、我々はウクライナ政府です。直ちに武器を下ろしこちらの誘導に従って下さい。我々はあなた方を保護するように日本政府から要請を受けています。どうか、抵抗しないで下さい。




 そのように書かれていたが先のエルゴラの言葉を思い出し、彼らは剣を構え、手から火球を生み出す。

 ”騙されないぞ”そのような意志を固めた。

 彼らは自らの盲信で目を曇らせた。

 都合の良い信じたいモノ、認めたいモノだけを無条件に信じた。

 それは「周りの空気に流される」と言う彼ら自身の罪故にだ。

 もし、彼らにその罪が無いならアリシアをイジメてはいなかっただろう。

 所詮、彼らは周りの空気を読んで行動する主体性の無いガキに過ぎないのだ。




「騙されるな皆!アレは罠だ!オレ達を惑わそうとしているんだ!」




 達也の無駄に高いリーダーシップもあり、皆の心はあの魔族を敵として捉えた。




「先手必勝だ!攻撃開始!」




 クラスメイト達は達也の合図で範囲攻撃に長けた”ファイア・ボール”を杖や剣先から形成、一斉に放った。

 それがウクライナ軍の兵士や戦車部隊を巻き込んだ。

 彼らは超えてはならない一線を超えてしまった。




 ◇◇◇




「クライン閣下!日本の学生、こちらの勧告を無視して攻撃して来ました!」


「頭でも狂っているのか!いえ、止むを得ん!現時刻を以て彼らを第1級テロリストと認定する!速やかに排除しろ!並びに空軍にも支援要請!まずは7翼に近い魔術師を優先的に叩け!」




 この戦域から少し離れた指揮車両の中でクラインは指示を飛ばす。

 アリシアから齎された情報を基に航空戦力にとって脅威となる魔術師の優先排除を第1目標とした。

 その指示を受け、ウクライナ陸軍狙撃チームがそれぞれの配置についた。

 狙撃手と共に配備されている双眼手の双眼鏡にはアリシアが造った“魔力視覚式双眼鏡”が配備されていた。


 アリシアのお手製であり、量産性こそないので絶対数は確保できていないが、その性能は高く、魔力反応を観測するだけで誰が5翼なのか6翼なのか7翼なのか一瞬で識別する事ができる。

 そして、指揮車両のCPが狙撃チームに指示を出す。




「CPより狙撃チームへ。各自の判断で撃って良し」


「「「「了解」」」」




 UR-10スナイパーライフルを構えたスナイパー達は国境付近にあった見晴らしの良い高台から銃口を学生達に向ける。




「おい、どいつが臭い?」


「アイツだ!黄金の鎧を着た奴から右に数えて5人目の奴の後ろの杖を持っている女だ。アイツは6だ。かなりデカい」


「良し、分かった」




 狙撃手は双眼手の言葉に従って、その女子生徒の頭部を撃った。

 女子生徒の頭部は吹き飛んだ。

 ちなみにこの魔術師の女はアリシアを焼き殺した女だった。




「柏木が死んだ!」


「えぇ?嘘だろう……」


「こんな簡単に……」




 困惑する彼らに対してウクライナ軍は容赦しない。




「次に臭い奴は!?」


「黄金野郎から左に3人目の後ろの赤い宝石の杖を持った男だ!」




 狙撃手は引き金を引き、男は頭を撃ち抜かれ死んだ。

 ちなみにこの男もアリシア殺害の実行犯の1人だ。




「今後は後藤が死んだぞ!」


「えぇ!やだ……死にたくない」


「怖い……怖いよ!」




 初めて触れる人間同士の命を奪い合い……そこから立ち込める死の気配に彼らは呑まれた。

 恐怖に飲まれて錯乱した一部の生徒は背中を見せて、戦場から逃げ出そうとした。

 しかし、その背後を狙撃される。

 8人死んだ。

 ちなみに今、殺された8人はアリシア殺害の実行犯だ。

 これでアリシアを殺害した実行犯は全員死んだ。

 クラスメイトも残り13人だけになった。

 戦闘が始まって僅かな間に雪崩のように生徒が死んだ。




「嘘……」


「こんな簡単に……」


「これは夢だ!夢だよな!」




 生徒達は恐慌した。

 今まで紋章の力もあり何の苦戦も抱かず、奪われる痛みすら知らず、魔物を相手に戦って来た彼らはここでようやく、魔族と戦う事の意味を知った。

 これは魔物を倒す“狩り”ではないのだ。

 まさしく“殺し合い”だ。

 敵は知略を使い、今までの戦闘で学習し対策を練り、圧倒的に劣る中でも生きる為に躍起になって殺す“人間”と言う種族なのだと彼らはようやく、理解した。




「全員止まるな!走れ!」




 その中でも達也はリーダーとしてのカリスマ性なのか全員に指示を出し、全員はその指示通りに魔術を駆使して高速で走った。

 こう言った局面で「周りの空気に流されるだけ」の彼らも1つの明確な指示があれば簡単に流され、動いてしまう。

 それが不幸中の幸いだったかも知れない。




「クソ!速いぞ!」




 狙撃手は生徒達に狙いをつけるがあまりに速さに弾丸が当たらなかった。

 前衛にいる歩兵隊も戦場で弾幕を張り、彼らの動きを鈍らせているが謎のバリアらしきモノが常時展開され、弾丸が貫通しない。




「クライン閣下!敵、通常弾では効果がありません」


「こればかりは仕方がないか……残っている戦車隊で各個撃破せよ。如何にバリアを展開しようと戦車の砲撃は防げないはずだ。まずは指揮官らしい黄金野郎を潰せ!」




 残った戦車隊は達也に対して銃口を向けて一斉発射した。

 対人で向けるべきではない戦車の主砲が1人の人間に注がれた。




「うおぉぉ!」




 達也は変な声をあげながらなんとか直撃を避けていた。

 とは言え、戦車の砲弾の運動エネルギーの高さもあり、着弾した地面から発せられる衝撃が大地を揺らし、土等が達也めがけて飛翔する。

 それにより達也の姿勢は不安定になり、今にも直撃しそうだった。




「達也!」




 戦車と達也の間に割って入ったのは豊香だった。

 豊香は達也を援護する為に戦車の砲弾を見切り、刀を振った。

 元々、備わった剣才と6翼の剣士と言うだけあり、戦車の砲弾は縦方向に螺旋を描きながら両断され、豊香の左右に分離して達也への直撃を防いだ。




「すまない、豊香。助かった!」


「早く移動するわよ。敵はどうやら、あなたを狙っているみたいよ」




 達也は豊香に引っ張られるままに砲弾飛び交う戦場を駆け抜ける。

 13人+1人に対して過剰とも言える戦力が達也達を襲う。

 遠くでは竜也も歩兵の弾丸の雨に晒されており、回避しながら飛翔する弾丸を大剣で防いでいた。

 エルゴラも神と言うだけあり、広範囲にかつ同時に中級魔術に分類される”火炎魔術”“ファイア・ジャベリン”を展開、敵の魔族の戦車部隊や遥か遠方に見える戦闘機や爆撃機を戦域に入る前に撃墜していた。

 



「エルゴラ……凄いな」


「流石、神と言われるだけはあるわね」




 彼らは走りながらエルゴラの戦闘を見ていた。




「クライン閣下!敵の仮面男により空軍が全滅しました!」


「くそ!アイツがジョーカーだったか!各員に伝達!黄金野郎は後回しにして仮面野郎を優先的に叩け!」




 クラインは当初、戦争の基本として指揮官を叩く鉄則を踏んでいた。

 エルゴラの魔力反応が高い事は掴んでいた。

 だが、指揮官より優先すべき事とは考えなかった。

 所詮はただの1個単位の兵士程度に考えて達也を叩き、指揮系統を麻痺させ、一気に殲滅するのが当初の作戦だった。

 しかし、ここに来てその判断が誤りでありエルゴラが1人で師団以上の働きを示す確かな戦力と認識を改めた。

 その判断の元、エルゴラへの猛攻が上がり、達也達への攻撃が低下した。




「……うるさい、虫だ」




 当のエルゴラはウクライナ軍を煩わしい虫程度にしか考えていなかった。

 エルゴラはその場から一歩も動かず、“ファイア・ジャベリン”を投射し続け、その片手間で戦車の砲撃を“障壁”で完全に防護して見せていた。




「なんだアイツは!他の奴とは違うのか!」




 クラインもエルゴラの異常性には舌を巻いた。

 相手は戦場でありながら1歩も動かず、悠然と佇み、まるで「余裕」と言わんばかりの姿勢を崩さない。

 まさに一方的であり、戦車部隊は瓦解、歩兵も肉片となり散る。




「この遊びにも疲れたな……そろそろ、終わらせるとしよう」




 エルゴラは溜息混じり口を開き、右手を天に掲げた。

 その先から巨大な火球を出現した。

 上級魔術に分類される”火炎魔術”“フレイム・スフィア”だ。

 5翼以上の者なら誰でも使える技だが、神が使うだけあり、その威力は見るからに桁違いであり、まるで地上に太陽が降りたように眩い光を放つ。




「敵から高エネルギー反応あり!更に増大中!」


「アレをぶつける気か……」




 クラインは戦慄した。

 あの規模の攻撃なら恐らく、戦場から離れたこの指揮車両すらも巻き込まれるだろう。

 しかも、赤外線センサーから分かるエネルギーの指数は軽く核兵器に相当するエネルギーを出していた。




「閣下!このままでは……」


「くっ!止むを得んか……彼女に出動要請を出せ!」




 クラインはようやく、こちらのジョーカーを切る事にした。




「終われ……虫けらめ」




 エルゴラは冷淡な口調で右手を振り翳し“フレイム・スフィア”を投擲した。

 弾丸サーブの如く駆け抜ける巨大な火球が戦場を奔った。

 大地を照らす閃光が大地の一部を溶解させながらウクライナ軍に迫る。

 ウクライナ軍も“炎”と言う根源的な恐怖に畏怖し時間が止まったように走馬灯を見る。


 まさに絶望的な状況。

 その圧倒的な力はまさに神の審判の如き絶対性と絶望しかないだからこそ、誰もが望んだのだ。

 この状況を覆す救世主を……




「お遊びが過ぎるわよ。タイムゴッド」




 誰かがその声を聴いたと共に背後から何者かが駆け抜け、正面に出たのを見た。

 そこからは一瞬だった。

 その女性は手の持っていた右手の刀を上端に構えたかと思うと火球に向かって振り下ろした。


 すると、凄まじい衝撃波が奔った。

 上段から放たれた剣の衝撃波が奔り、空を裂き、上空に浮かぶ、雲すら斬り裂き、兵士はその風で吹き飛びそうになり、戦車はあまりの風速に反転した。

 衝撃波の斬撃は火球を両断、左右に分かれた火球は上空に飛んで爆散した。

 その衝撃波は後方にいたエルゴラにまで及び、エルゴラは咄嗟に左に避けた。




「くっ!」




 それと共に何かが宙に舞った。

 それはエルゴラの右腕だった。

 右腕は地面に落ちた。

 

 そして、その女性は一部が融解し蒸気が立ち込める戦場を悠然と歩きながら、エルゴラに近づいた。

 その勇ましくも美しい姿はウクライナ兵士達の目に焼き付いた。

 それはまさに彼らが望んだ救世主であり神話に登場する蒼い髪の戦乙女のように神々しかった。




「随分、調子に乗ってくれましたね。でも、これ以上は赦しません。2度目はない。今度こそあなたの首をもぎ取って見せる」




 そこには炯々な鋭い眼光でエルゴラを見つめるアリシア・アイの姿があった。

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