軍事法廷とその結果の戦争

 それからウクライナと連絡を取り、囚われていた人達の受け入れ準備と敵捕虜の受け渡しの準備が整ったと連絡があり、すぐに転移した。

 ちなみに昇が訴えたウクライナの日本大使館への受け入れは現状、保留となった。

 理由としては明白であり、テロ国家内で日本の邦人がウクライナ人に対して非人道的な事を行ったテロリストとして扱われている以上、大使館とは言え、日本が彼らを擁護すれば国際社会の信用を失う為であり、罪状がハッキリするまで保護しないと言う方針になったからだ。

 だが、その保留事項も数日の内に撤回され、大使館での受け入れも正式に拒否される事になる。

 アリシアが保護したウクライナ人達の証言により、桔梗達の罪が明るみとなり、桔梗達は「ノーティス王国の軍属としてウクライナ民族の主張を故意に無視しその人権を侵害した」と判断され、そのままウクライナ軍事法廷に呼ばれる事になった。


 一応、彼らには弁護士と大使館から派遣された通訳者が同席、今まさに裁判が行われている最中だった。

 アリシアもその裁判の行く末を見守っていた。

 そして、軍側の検察が罪状を読み上げ、それを通訳が翻訳する毎にクラスメイトと桔梗の顔が真っ青になっていった。




『このように彼らの行為は極めて悪質極まりなく、ノーティス王国内でウクライナ民を保護できる立場と地位がありながら、その責務を果たさないどころか故意に彼らの主張を無視し謂れのない罪で独房に押し込め、拷問に遭わせた。彼らの罪は明白であり、テロリスト以外の何者でもありません。有罪は確定的であると主張します』


『弁護人、何か意見はありますか?』


『彼らもまた、ノーティス王国に拉致をされ、軍役を強要された身です。確かに自らの意志で故意にやったとは思いますが、情状酌量の余地があると思います』


『それには異議を唱える。確かに彼らがノーティスに拉致された事は悲劇ではあります。しかし、こちらの調査では彼らはノーティス王国内でかなり優遇された扱いを受けており、自発的に戦争参加の意を唱えた者もいたとあります。また、そこの彼らは強要されて任務に就いた訳ではなく、あくまで自己判断で任務に参加していたと判明しています。そのような自己判断ができる環境下でノーティス王国に強要されていたと言えるでしょうか?況して、ウクライナ民の主張を受け入れる余裕がなかったと言えるでしょうか?このような状況でこのテロが赦されるなら、我々は世界中のテロリストに情状酌量を与えねばならないでしょう』


『との事ですが、弁護人何か意見はありますか?』


『……ありません』




 その翻訳を聴いた彼らは「嘘だろ……」「えぇ?冗談よね……」と不穏な空気を読み取った。

 だが、現実と言う刃は無情に彼らに振り下ろされる。




『では、判決を下します。被告人:キキョウ・カワグチ一派全員を無期懲役とする』




 判決は下された。

 これで彼らは一生テロリストとして扱われ、テロリストとして一生を刑務所で過す事になる。

 ここが日本なら死刑になっていただろうが幸い、ウクライナは死刑制度を採用していないので銃殺される事はない。

 尤も、無期懲役はウクライナでも最も重い罪に値する。

 無期懲役の判決を聴いた桔梗達は「いや、いや、いやぁぁぁ」と叫び出した。

 取り押さえようとする兵士に”火炎魔術”を発射しようとするが、アリシアが周囲にアンチマジックを展開しているので術は不発に終わった。

 そして、抵抗しようとした桔梗に対して兵士が問答無用で警棒で頭部を殴打し、桔梗の顔面は腫れ、歯が欠け、口からは血が出ていた。

 桔梗は痙攣したまま両脇から兵士に運ばれていく。

 クラスメイト達はそれを見て、怯え、為されるがままに兵士達に連れて行かれた。



 

 ◇◇◇




 この事件を機にウクライナ政府ではアリシアとアリシアの弁護で助かった竹地 昇以外のクラスメイト全てを第2級犯罪者として指名手配し懸賞金をかけた。

 仮に第1級なら見つけ次第、即処刑だが、第2級なのは桔梗達のような罪を犯す「可能性」があると言う範疇にいるからだ。

 

 まだ、彼らは厳密にはウクライナ軍と敵対していない。

 その可能性があるだけだ。

 事情を説明すれば、戦闘が避けられる可能性があると言う判断から懸賞金の条件も生け捕りを前提にしている。

 いくらウクライナでも桔梗達のように実害を与えていない者達を罰する事はない。


 尤も、その為の交渉はするが部隊の損害などが著しい場合、その限りではないと言う制約付きだ。

 これでもかなり恩情だ。

 テロ国家の傘下で軍事力を振るっている相手に対してかなり好条件だ。

 それと言うのもウクライナとしては高質な紋章使いを可能なら無傷で捕え、研究対象にしたいと言う思惑があるのだろう。

 それとプラスして日本の政府から「未だ、テロ行為に及んでいない者の人権は保障して欲しい」と言う要望もあった事に起因する。


 本来ならこれほどの恩赦は早々、あるものではない。

 しかし、それから数日後の事だった。

 勇者部隊と思われる黒髪の集団がウクライナ国境まで迫っている事を国教警備隊が確認した。



 

 ◇◇◇




 後世において、”勇者”と言う言葉は死語となった。

 その理由はいくつかある。

 まず、勇者とはベビダ教の使徒を象徴する単語だった為に存在そのものが後世では禁忌とされた事と召喚された勇者達がその名に恥じるような活動をした事が起因とされる。

 その代表的な存在が”キキョウ組”と呼ばれるテロ一派だ。


 無期懲役を言い渡されたキキョウ・カワグチ一派は後に別の邪神の手により、脱獄を果たす。

 彼女らは自らを解放した神を崇め、”魔族排斥活動家”として行動を開始した。

 その活動は最早、テロと言っても差し支えないモノであり、窃盗、自殺教唆、殺人、強盗、爆破テロ、戦争犯罪、虐殺、誘拐、拷問、人身売買、麻薬売買、要人殺害、ハイジャック……以下中略。

 やっていない犯罪などないのではないか……と言われる程の悪逆非道の限りを尽くした。

 彼らは紋章魔術に高い適正があった事も相まって、並みの神術士では対抗できず、その対応には長い時間を費やした。

 だが、”キキョウ組”は度重なる交戦でその数を減らしていき、更に神術が世間に浸透し紋章魔術への対抗策が増えた事も相まって、20年の歳月をかけて全滅まで追いやった。

 キキョウ・カワグチの最期はキキョウ・カワグチの討伐を依頼された未来における剣聖アルテシア・ロンフォードの手によって、首を刎ねられて終わった。

 享年、55歳だった。


 キキョウ・カワグチの名はこの世界において、日本初の国際テロリストにして、世界で最も凶悪で最も極悪な最恐最悪のテロリストとして元生徒達の名と共にその名を世界に刻み付ける事になる。

 その結果、勇者の名前はこの20年で地に堕ち、勇者=テロリスト、殺人鬼、悪魔、逆賊、山賊、盗賊と同列の名前となった。

 この頃の子供の世代になるとテロリストと勇者は一色となり、テロリストの事を勇者と比喩する事もあったが……次第に世間の煽りもあり、”勇者”と言う単語は死語と化した。

 そう……後世の時代には”勇者”と言う単語と共に”勇者”と言う存在も概念も失われたのだ。

 この世界に勇者はいない……ただ、1人の例外を除いて……。

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