昇が来た理由
事のきっかけは恐らく、日本で発生した神隠しに起因していると考えられる。
この事件では色々と通常では考えられない事が起きている。
まず、この神隠しが通常の転移によるモノだと仮定した場合、辻褄が合わない事象が起きている。
地球の静止軌道までの範囲の人工衛星を全て不能にするだけの電磁波の発生だ。
通常の転移ではまず、電磁波が発生する事はない。
だが、神隠しが起きた事でクラスメイトが異世界に移動した事から転移の一種である事は間違いない。
そうだと仮定した場合、もう1つ不可解な事がある。
クラスメイトが転移したのは転移の場所をベビダが指定したからだろうと推測できる。
だが、そこでネックなのが竹地・昇と言う男の存在だった。
「なぜ、そこでオレが出るんですか?」
「よく考えてみろ、お前だけはクラスメイトと何の関係もないのにお前だけがまるで選ばれたように転移しているだろうが……そうなると何故、関係ないお前が唯一巻き込まれた。何故、他の3年生を含めず、お前だけなのか?少しは疑問に思わないのか?」
言われてみれば、確かにそうだった。
相沢のクラスメイトはクラス纏めて例外なく転移に成功している。
唯一の例外は昇自身だ。
彼はあの時、あのクラスにすらおらず、自分の教室にいた。
もし、タンムズの主張通りならクラスメイトは魔族との戦争の為に呼ばれた。
その為にクラスメイトと言う単位で呼ばれたはずなのだ。
なら、何の為に昇だけが単品で呼ばれる必要があったのか……タンムズの主張が仮に正しいならクラスメイトは多くても良い。
それこそ、1年から3年生のクラス全てでも良かったのではないか。
1年のクラスを限定的に呼ぶ力がありつつ、別個で3年生の昇を呼ぶ……明らかに不自然だ。
そんな事が出来るなら学校全部転移させても良かった筈だ。
何故なら、戦争とは数だ。
数が多い方が良いなら複数のクラスを纏めて転移させれば良い中で何故、昇だけを呼んだのか……それはつまり、それをする必要が無いほどに昇が重視されていると言う事かも知れないと昇は察した。
「そして、地球で強力な電磁波が発生した事から恐らく、そのエネルギーは太陽クラスだったと考えられる」
「た、太陽ですか!」
膨大過ぎる単位に昇は悶絶した。
「だが、ただの転移にしてはエネルギーが大きすぎる。本当にクラスメイトだけの転移ならこの程度の規模のはずがない。恐らく、ベビダが地球に対して何かをしようとしたんだろう」
「何か?とは」
「そこまでは分からん。だが、その何かを何者かが転移に置き換えた。その結果、クラスメイトとお前が召喚され、世界では陸地諸共転移が起き、その余剰エネルギーが電磁波になって宇宙圏に放出されたとオレ達は見ている」
「その何者かはなんの為にそんな事を?」
「それも分からん。ただ、ベビダに敵対する何者かがその対抗手段としてお前やアリシア・相沢を呼んだ可能性はあるな」
「オレはともかくとして……相沢もですか」
「タンムズはどうも神からお告げを受け、相沢をイレギュラーとして排除したらしい。その為に息のかかったクラスメイトを利用したみたいだからな。恐らく、ベビダにとってアリシア・相沢は不都合な存在だったから消されたんだろうさ」
昇はよく考えた。
確かに彼の話がどこまで真実か分からない。
だが、国の転移が行われたならウクライナがこの世界にあっても可笑しくはないと思えた。
「その影響でウクライナがこの世界に来たと……」
「向こうからすれば、ロシアがあった地帯一帯がノーティス王国になっているって捉え方だ。まぁ、主観の相違だな。向こうは日本と連絡を取っているみたいだから、ウクライナの連中からすれば、地球上に新たな国家が勝手に出来ていたって感じだろうな」
「ロシアはどうなったんですか?」
「分からん。もしかすると次元の狭間に消えたのか……それとも向こうも似たような現象に見舞われているのか……いずれにしてもだ。その転移の影響は少なからず、出ている。ウクライナの国民がノーティス王国に転移したりな」
それを聴いた昇はよく考えた。
辻褄は合っている。
かなり荒唐無稽な話だが、何故、ウクライナ人がこの世界にいるのはそれで説明はつく。
少なくとも自分には満足が行く説明はできそうにない。
「一度、この事を桔梗先生達に伝えようと思いますが宜しいですか?」
「別に構わんぞ」
「それとあなた方にはウクライナとの連絡手段はありますか?」
「ある」
「なら、ウクライナの日本大使館に連絡をとってくれませんか?僕達は日本への帰還を望んでいます。だから、身柄を保護して欲しいですと……」
「まぁ、それが懸命だろうな。分かった。少し待ってろ。今から電話して問い合わせる」
クーガーはブローニング・ハイパワーハンドガンを下ろし、家の中に入っていった。
これでクラスメイトの帰還は果たされる。
今の話が本当ならこれ以上、ウクライナ人に危害を加えるのは得策とは言えない。
早く日本に帰還した方が良いと考えた。
だが、そんな彼の想いを一蹴するように後ろから”火炎魔術”が放たれる音がした。
複数の”フレイム・スフィア”が屋敷に向かって飛翔した。
だが、屋敷は燃える気配すらなくそこに鎮座していた。
発射された方角を振り向く。
すると、宿屋の屋根の上から桔梗やクラスメイト達がアリシアの屋敷を攻撃しているのが見えた。
桔梗達は次弾を発射しようとしていた。
昇は”雷鳴魔術”でそれを全て迎撃した。
迎撃された事に気付き、昇がいる事に気付いた桔梗やクラスメイトが地面から降りてきた。
「竹地君!何故、ここに!」
「それはこっちのセリフです。先生達は何をしにここに?それにこれはどういう事ですか?いきなり人の家を攻撃するなんて!」
困惑する昇に桔梗は憚る事なく堂々と言い放つ。
「決まっています。魔族と結託して生徒達を殺そうとしている悪魔アリシアを始末しに来たんです!」
「えぇ?どう言う事ですか?」
「タンムズさんから聴きました。悪魔アリシアがクラスメイトを殺そうとしていると……だから、誠に遺憾ですが、悪魔アリシアを殺しに来たんです」
その表情は全然、遺憾そうには見えない。
寧ろ、快諾して殺しに来ているように見える。
「先生!それは誤解です!アリシアさんはそんな事はしない!第1その魔族は本当にウクライナ人かも知れないんです!」
「竹地君、悪魔の惑わしに乗ってはいけません。あなたは騙されています。」
「騙されているのは先生方です。先生は自分の知ろうともせず、実際にアリシアさんがどんな人かも知ろうとせずに決めつけるつもりですか?そう言う事はちゃんと触れて知らないとならないはずです」
「そんな事は触れなくても分かります。そう言う事は察しないといけません。竹地君、あなたが間違っています!」
そして、後ろのクラスメイト達も桔梗の言葉に同調した。
昇は嘲られた。
昇は正しい事を言っているはずだった。
だと言うのに数の暴力のままにまるで悪者のように扱われている。
恐らく、アリシアと言う女性もそうなのかも知れない。
心が弾丸に抉られたように痛かった。
それでもだとしても……これを張り上げずにはいられなかった。
「桔梗先生やめて下さい。こんなのは間違っています」
「どきなさい!悪魔アリシアは殺しても良い人間です!何が間違っていると言うのですか!」
話は一方通行だった。
どれだけ言葉を尽くしても桔梗達は頑なに認めない。
まるで教会の道化となり盲信のままに振る舞う愚者その者だった。
昇も言葉が詰まった。
どうやっても伝わらない。
どう伝えたらいいのかまるで分からず、頭が真っ白になる。
そんな昇に桔梗は容赦しなかった。
「どうしたんですか?何か言ってみなさい。どうせ、ろくな反論も出来ないんでしょう!だったら口答えなんてしないで下さい」
先生とは思えない非常に高慢な振る舞いだった。
本当にどうして良いか分からない昇は頭が真っ白になった。
(どうすれば、良い)
そんな時だった後ろから悲鳴が上がった。
後ろを振り返るとそこには蒼い髪のポニーテールの少女と悲鳴を上げて尻餅をつき後ずさる男性の姿があった。
◇◇◇
アリシアは状況が呑み込めずにいた。
家に戻ったら何故か門の前で昇と桔梗が言い争っていた。
何が起きたのか分からなかったが、それを把握するよりも先に尻餅をついた男がウクライナ語で叫んだ。
『あ、あの女だ!オレはあの女に日本語でウクライナ人である事を伝えた。なのに、あの女が訳の分からない事を言って、オレを……オレを……』
彼は興奮していたが言いたい事は理解できた。
つまり、桔梗達に日本語で対話して自分がウクライナ人である事を証した。
それにも関わらず、桔梗達は彼に敵意を抱き、教会に身柄を渡した。
それも自分達の意志でそれをしたのだ。
(なるほど……どうやら、タンムズを捕まえる必要はないかも知れませんね)
アリシアは一歩歩み寄った。
「あなたには前に教会の言う事を聴かないように警告したはずですが……これはどう言う事ですか?」
アリシアが近づくと桔梗は答えた。
「悪人の言葉に耳を貸すと思いますか!わたしは生徒を守る、わたしはそんな自分を信じている!あなたに指図される謂れはありません!」
あまりに自己中心的とも言える盲信だった。
見ていると嫌悪感すら抱く。
結局のところ、彼女は自分の”無関心”と言う罪を抜け出す努力すらせず、自分が楽に信じられるモノに流された。
彼女に少しでも関心があるなら知ろうとしたはずだ。
なのに、今の彼女はアリシアの発言の意図を知ろうともせず、すぐ様反駁した。
これは罪を悔いる気がないと見なす事が出来る。
なら、アリシアのやる事は決まっている。
「川口・桔梗!」
アリシアが一喝すると桔梗の体が震えた。
その声にはクラスメイト達も震えさせた。
「ウクライナ政府の要請に従い、あなたとあなたの仲間はテロ幇助、人権侵害、殺人幇助罪の容疑で拘束します!グラビティバインド!」
アリシアが右手を翳した瞬間に彼らの腕と脚に鈍い紫色をした重力で形成された縄が出現、縛り上げた。
桔梗達はまるで体を重くなったように崩れ落ち、地面に落ちた。
「こ、これ……」
「重力で形成された枷です。言っておきますが、炎で焼く事は出来ません。藻がいても肉が裂けるだけです。あなた達をこのまま、ウクライナの軍事法廷に出頭させる。少しでも可笑しな事をすれば、その場で殺します」
アリシアの殺気の籠った声が彼らを震撼させる。
この女が本気だと理解出来たからだ。
アリシアはそれから地面に組み伏せられた彼らに仮死状態になる呪いを付与して”空間収納”に放り込んだ。
”空間収納内”は生きた生物や魂を入れる事は出来ない。
生命体の意志から発せられる魔力などの波が”空間収納”を不安定にさせるからだ。
なので、仮死状態にして意識レベルを下げる事で格納するのだ。
「とりあえず、任務達成かな……さてと」
アリシアは昇の方を振り抜いた。
昇はアリシアをまじまじと見ていた。
似ているのだ。
いや、本人と言えるほどに似ていたのだ。
だから、口から思わず言葉が出る。
「相沢……なのか?」
「……久しぶりになりますか?竹地先輩」
アリシアは正直に正体を明かす事にした。
状況は分からないが身を挺して桔梗達を止めようとしていた事は理解でき、それだけで信用に値する。
それに竹地・昇と言う人間について知っているからでもある。
「相沢なんだな……良かった」
昇は徐にアリシアを抱きしめた。
「ちょっ先輩!」
アリシアは困惑した。
だが、昇は離そうとしない。
まるでアリシアが本当に存在するのか確かめるように力強く抱擁する。
「生きてる……生きているんだな」
その頬には涙すら浮かべアリシアの首筋に伝わった。
彼は本当にアリシアの事を憂い、心配してくれた。
彼は変わっていないのだ。
力を持った事で変わってしまった桔梗とは違う。
彼は変わらず、アリシアの事を隣人として愛しているのだ。
アリシアもその事実を理解し彼を抱擁した。
「えぇ、生きてますよ。あなたの胸の中に……」
それからしばらく、2人とも互いの存在を確かめるように抱擁した。
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