時の神
アリシアは転移を行った。
そこはかつて、アリシアが世話になった教会の中庭だった。
来たばかりの頃、散歩ついでに立ち寄っただけの人気のない場所だ。
幸い、転移して早々に誰かに気付かれると言う事もなく、教会内部に侵入した。
「さて、姿を消しておきますか」
アリシアは”神光術”を使って自分の周囲の光を屈曲させ、周囲から透明化した。
メタマテリアルと同じ原理で光を屈折しているので周囲にはアリシアは見えていない。
更には“神力隠蔽”と言う能力や“気配遮断”と言う能力を駆使して教会内部に侵入した。
今回ターゲットとするのはタンムズだ。
この国に教会騎士を先導しているまさにテロリストの権化のような男だ。
それにターゲットは5翼の魔術師でもある。
テロリストの幹部を捕縛でき、5翼の魔術師を捕縛できるなら一石二鳥だ。
それにアリシア個人としてタンムズが好きにはなれない。
寧ろ、憎んですらいる。
神は人間に対して平等に慈しみの心を持つどんな罪を許す。
そのように人間の偶像的な神を想像する人間がいるだろうが、実際は違う。
親にとって好きな子供と言うのは親の言う事をちゃんと守ってお手伝いする子供を一番愛するに決まっている。
極端に嫌う子供がいる訳ではないだけであって、一番好きな子供が神の世界でもいる。
アリシアは親神ではないので感性的に少し違うが大体、一緒であり、アリシアが現在、誰を一番愛しているかと言われればアルテシアだ。
彼女はアリシアと関わっている事が周りの子供に発覚した事で疎まれ、石を投げられる事もあった。
それでもアリシアの事を尊敬し、アリシアの言う通りに修行の毎日を送っている。
そんな子が可愛くないわけがないのだ。
そう言った子だからこそ、アリシアはアルテシアには天の国の嗣業を受け継がせても良いと思っている。
彼女は自分のできる範囲で悔い改めているのだ。
それはちゃんと評価しないとならない。
ただ、逆に天の国に入れたくない人間がいるとすれば、タンムズだ。
彼は絶対に入れたくない。
仮に天の国に入っても天の国の秩序を乱すだけだ。
その世界の民になりたいならその世界の法律を守れて当たり前だ。
考えて欲しい。
日本の法律の中で生きている人間がいて、その人間が「自分には自由がある」からと人を殺す自由を主張するだろうか?
それを周りが見て受け入れるだろうか?
それと同じだ。
天の国に属するなら天の国に法律を守れて当たり前だ。
仮にどこの神を信じていても神を信じた程度で天の国には入れない。
悔い改めると言う行いがないなら、そんなモノが虚無だ。
そして、タンムズは聖職者を騙る癖に聖人とはかけ離れた行いをしている。
これだけで彼は天の国に入る資格はない。
そう言った人間が悔い改める人間の邪魔をするならアリシアは容赦なく斬り捨てる。
アリシア アイと言う人間がそう言った秩序にかなり厳しい神なのだ。
とりあえず、タンムズを探す事にした。
タンムズがどこにいるのか分からないが、5翼の魔術師なら魔力が大きいはずなので魔力の反応が多い場所を目指す。
魔力とは、原初粒子である為、物質の隙間等に入り込み性質がある。
故に魔力が大きい者が通った道が足元等に固着する。
自然と薄れるが魔力が大きいなら薄れるのも時間がかかる。
その足跡を辿ると1つの壁にぶつかった。
そこには壁しかない。
だが、足跡は確かにこの先に続いていた。
「隠し扉か……」
破壊して突破しても良いができれば気づかれたくない。
なので、別の方法を試した。
「インサイト・オン」
アリシアは自らの神眼”戦神眼・天授”を起動させた。
目とは認識を司る器官だ。
そして、アリシアの戦神眼は戦闘に関連した情報なら全て収集する能力がある。
尤もその情報量は多いので普通の人間では耐えられず、ショック死するほどの情報だ。
その力を敢えて、詠唱と言う形で力を増幅させ、壁の向こう側を“認識”する。
そうする事でそこを“見る”事で“行った事がある”と言う扱いにして転移する条件を整える。
アリシアが目にしたのは牢屋だった。
複数の人間が捕らえられ、拷問官と思われる者達に拷問されている。
全員が泣き叫び、今にも殺されそうだった。
泣き叫ぶ言葉は確かにウクライナ語だった。
ウクライナ語で『もうやめて!助けてぇぇぇぇぇぇ!』と叫ぶ者達が映っていた。
それを指示するのはタンムズではないがその仮面をつけた人物の魔力量は多く、明らかにこの惨状を指示している者と見えた。
アリシアは迷わなかった。
すぐさま、鎧に換装し刀を装備した。
「転移!」
アリシアは転移したと同時に仮面の男の側面から肉迫した。
男とアリシアは目が合った。
(気づかれた)
このタイミングで気づける人間がそう多くはない。
この人物はかなりの達人か何かだろう。
だが、迷わない。
アリシアはそのまま肉迫、仮面の男に袈裟懸けを放つ。
男は即座にどこからか漆黒の大きな鎌を取り出し、アリシアの刀を弾いた。
(今のを弾きますか……)
アリシアの剣は一撃必殺だ。
基本的に一撃で仕留める事が多い。
アリシアはこの男を一撃で殺すつもりだった。
だが、この男はそれを防いで見せた。
尋常ではない技量を感じる。
「……何者だ?」
男は問うた。
その声には焦り等はなく非常に淡白なモノだった。
余裕があるのかそれともポーカーフェイスなのかは分からないが油断はできない。
「答える義理はありません。命が惜しいならそこにいる囚人を寄越しなさい」
アリシアは弱みを見せないように振る舞う。
まだ、何とかなる範囲だが、男の能力が分からない以上、不用意な事はできない。
「囚人の奪還が目的か……」
男もアリシアの目的を理解したようで鎌を構えた。
「まだ、渡す訳にはいかんな」
「まだ?」
「お前が知る必要はない……死ね」
その時、世界が止まった。
アリシアの動きが時間の鎖に繋がれ、囚人も拷問官も動きを止めた。
だが、仮面の男だけがその世界を動き、一気に間合いを詰めてアリシアの首筋に大鎌を振るった。
それがアリシアの首筋に触れた……まさにその時だった。
耳障りな金属同士が擦れる音が響いた。
よく見るとアリシアが首に迫った鎌を刀で受け止め、それを逸らして後方に下がった。
アリシアの首筋には鎌で斬られた傷が浅く入っていた。
「……何をした」
男は思わず、聴き返した。
男は理解しているのだ。
今の技が避けられるはずがないと……だからこそ、戦慄した。
それを為した得体の知れない存在に……。
「何もしてませんよ。ただ、あなたの鎌が触れたと同時に刀で軌道を逸らせただけで……」
「そんな馬鹿げた事が……」
「ありますよ。あなたはこの牢屋一帯の時間を止めた。その中でわたしに肉迫しわたしを斬ろうとした。でも、その能力ではわたしを傷つける為には鎌が接触した瞬間に術を解除しないとならない。何故なら、時間を止めたままその物体に攻撃しても時間が止まった世界では物体は変形しない、傷がつかない。だからこそ、あなたは鎌を接触させた時に術を解除するしかない。なら、そのタイミングで防げば問題ないでしょう?そうですよね。タイムゴッド」
男は3つの意味で戦慄した。
まず、1つ。
目の前の女が自分の能力を看破した事。
それも敢えて、その術を喰らった上でそれを対処したのだ。
とてもではないが人間業ではない。
そんな事は自分でもできないからだ。
そして、2つ。
自分が神である事をこの女が看破している事だ。
本来、見ても気づかないはずだからだ。
3つ。
目の前の女は自分が時空魔術を使った事を知っていた事だ。
本来、使用すれば誰にも悟られないはずの能力を看破した。
そこからして並みの存在ではないと理解できた。
「まさか、時の神とここで遭遇するとは思いませんでした。まぁ、そんなあなたがここにいるって事は碌でもない事をする為にここにいる……なら、やる事は決まってる」
アリシアは刀を構えた。
仮面の男こと時の神も大鎌を構えた。
だが、すぐに結論を変えた。
「最低限は果たしたか……」
「なんですって」
「お前が知る事ではない」
その瞬間、時の神は転移した。
アリシアは転移に気付き、肉迫、刀を振った。
だが、仮面を掠っただけで時の神は虚空の中に消えて行った。
どうやら、撤退したらしい。
流石に時空を司る神だけあり逃げの転移には1枚上手な感じだった。
アリシアは仕留められなかった事に少し苛立ちを覚えた。
過去の自分ならこんな失敗はしなかったが今の自分は体が思うように動かない。
やはり、弱体化が著しいと感じてしまう。
(このままじゃ不味いよね……)
身を護る事はできたがそれではダメだ。
邪神は少しでも生かしておいてはならない。
彼らは生きているだけで世界に害意を振り撒く、見つけたら確実に殺さないとならないのに……自分は殺せなかった。
そのせいでここにいる彼らのような被害を多く増やす事になる。
それがアリシアにとっては悔しかった。
「でも、今はそれどころじゃないか……」
時の神がいなくなり部屋の隅で拷問官達がビクついていた。
何か独り言のように『神が……逃げた』『神すらも敵わぬ敵……』『あの女、悪魔か!』
と言っている。
どうやら、彼らはあれば、少なくとも神である事を知っている上で協力しアリシアがそれを撃退した事に激しく畏怖しているようだった。
傍からみれば、明らかに神に敵対した女……悪魔に見えても仕方はない。
実際、アリシアはこんな惨状を造った拷問官を生かす気が微塵も起きなかったので首を刎ねて殺した。
「さてと……気づかれる前に脱出しないといけないかな。このままと言う訳にはいかないし……」
本来の目的はタンムズの捕縛だったが敵国でウクライナの邦人が捕まって捕虜になっているのであれば、看過する事はできない。
アリシアはウクライナ語で彼らに語った。
『わたしはウクライナ陸軍です。皆さんを救助に来ました』
「救助」と聴いて、皆が顔を上げるが、少し訝しそうにアリシアを見つめる。
疑われていると悟った。
何があったか分からないが容易に信じる事ができない何かがあったとアリシアも察する事ができた。
なので、両手につけた鎧を外し手の甲を見せた。
『わたしは敵ではありません』
手の甲を見た彼らは安堵した。
どうやら、よほど辛い目に遭ったのか“紋章”を持つ者を酷く警戒しており、アリシアの事を紋章を使う異常な能力者か何かと疑っているだろうと思い、紋章を見せたが結果、その通りだったようだ。
アリシアは拷問にあった人を神回復術で治療、転移で一度、安全地帯であるワオにある自宅で匿って、そこからウクライナに連絡して邦人の受け入れを要請する事にした。
アリシアは転移して、屋敷に中庭に移動した。
すると、門の前には見慣れた人影があった。
「桔梗先生やめて下さい。こんなのは間違っています。」
「どきなさい!悪魔アリシアは殺しても良い人間です!何が間違っていると言うのですか!」
そこには門の前で言い争っている。
門を守るように立ち塞がっている竹地・昇と竹地・昇と対面する形で数名のクラスメイトを筆頭に昇と言い争っている川口・桔梗の姿だった。
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