アリシアの講演

 今回の戦果はウクライナ軍にも伝わった。

 結論をいれば、ウクライナの大規模侵攻作戦は延期となった。

 その理由としては既存火力ではノーティス王国に対抗できないと分かった為だ。


 核兵器で一気に勝負を決めると言う事も考えた者もいたが、敵の魔術と言う物があまりに未知である事がこの戦いで顕著となり「核でも確実性がない」と判断された。

 その結果、今回の戦闘で多大な戦果を出したアリシアとの密な関係並びにウクライナでも魔術の研究が開始された。

 その為にアリシアは魔術を知る者としてウクライナの研究者の前で演説をする事になった。




「魔術には大きく分けて2つ存在します。魔術と神術と呼ばれる物です」




 ウクライナ軍の基地に招かれ、演説していた。

 そこにはウクライナ在中の物理学者が犇めいていた。




「魔術や神術には超対称性粒子“WN粒子”と言う物が存在します。それが俗に言う魔力と呼ばれる物です」




 魔力とは、原初粒子WN粒子が左側スピンに軌道を取った粒子の事を指す。

 逆に神力はWN粒子が右側スピンの軌道を取った粒子となる。

 つまり、基本的に同じ粒子なのだ。




「このように粒子のスピンの方向によって魔力と神力に大別され、それぞれの魔術と神術に派生します。ここで双方のメリットとデメリットに関してですが、魔力は簡便に扱える反面、神力ほどのポテンシャルを持ちません。逆に神力は魔力ほど簡便には扱えません。また、これら粒子は人間の精神にも大きな影響があり、魔力を持つ者は排他的で非常に凶暴な性格になり易いです。逆に神力は柔和で謙遜な人間性になる特色が強く、人間の感情にも大きく左右されます」




 そのように演説を行った。

 前世でもこう言った演説を行った事がある。

 あの時はアリシアの社会的なステータスの低さを揚げ足取って誹謗中傷などを浴びせられた。

 専門家として呼んだにも関わらずだ。

 だが、目の前の彼らはどうやら、真面目に聴いているらしい。

 ある学者が手を挙げる。




「魔力と言うモノのリスクや有用性は理解しました。しかし、具体的にはどのように運用すれば良いのでしょうか?また、あなたの検知として魔力と神力どちらを使うのが有効とお考えですか?」


「神力を運用した方が良いと結論付けます。魔力は確かに容易に運用可能ですが、あれは言わば、麻薬の類です。仮にウクライナが魔力を本格的に運用すれば、軍内部での反乱を起きえるでしょう。それに魔力に毒された者達は非人道的です。それがあなた方を迫害するノーティス王国と同じ蛮行にいずれ、繋がるでしょう」




 アリシアとしても魔力は使って欲しくはない。

 魔力とは、確かに麻薬なのだ。

 使えば使うほど、知らず知らずに精神を侵される。

 個体差こそあるが侵されるのだ。


 そして、ウクライナの民族も魔力を保有している。

 だが、訓練次第では魔力が収まっている器を神力で満たす事もできる。

 彼らにはオリジナルのアリシアが全ての世界に対して放った”悔い改める力”アリシア因子と呼ぶべき者が万人に備わっている。

 誰でも悔い改める事ができる能力であり、逆に悔い改めない言い訳が許されない因子だ。

 その因子を使えば、彼らでも神力を扱う事ができる。




「あの野蛮で暴力的なノーティスと同じ力ですか……確かに危険かも知れませんな」




 ここにいる学者達もノーティス王国に対して悪い印象しか抱いていない。

 このようにして魔力は嫌悪すべきモノとして印象付ければもしかすると、神力を使ってくれるかも知れないのでアリシアはわざとそのように誘導した。

 実際、事実なので嘘は言っていない。




「また、運用に関してですが……使う術の本質を理解しイメージとして認識し事象を具現化させるプロセスが必要となります。これはそうなりに訓練を要する事です」




 そこである軍人が手を挙げた。




「だが、我々にはそのような訓練を施す時間すらない。何か、即戦力になる策はないか?」


「そうですね。ノーティス王国の人間が持つ紋章の性質を反転出来るなら使えるかも知れません。わたしは紋章を持たないので分かりませんが、アレは魔術を使う際に触媒として機能するそうです。その触媒機能を反転させれば、神力を運用できると仮定します」




 調べた限りでは紋章と言うのはどうやら、魔術における“認識”による事象具現化に指向性を持たせている可能性がある。

 アリシアは紋章を持たないが逆に紋章に縛られないので神力次第で万物を産み出す事もできる。

 それこそ、新たに人間を創造する事も不可能ではない。

 

 しかし、紋章は“認識”と言う高度なプロセスを簡略化する事で魔力を自在に扱う事ができる。

 だが、逆に紋章無しでは自由度の高い認識ができないので人間を創造するとか魔力から物体を生成するとかはできない。

 また、熱力学第2法則に反する事象すら造れない。

 紋章無しで神術を扱うと言う事は冷たい物の熱を暖かい物に移す事も出来てしまう。

 極端な話、エネルギー保存の法則すら無視する神術も存在する。

 アリシア以外は使えないが要するに紋章とは“魔術が使えない者が魔術を限定的に使う為のツール”と言う事だ。

 それを応用すれば、神術を限定的とは言え、使える技術を産み出す事もできるかも知れない。




「なるほど……ならば、その紋章を持つ者を捕縛し研究に使いたいな」




 その軍人はそう答えた。

 念の為にアリシアは釘を刺す。




「念の為に言っておきますがワオの町から被験者を差し出すつもりはありません」




 それに軍人が答える。




「分かっている。我々も君との関係を悪化させるような事は控えたいからな。だが……もし、可能なら誰でも良いからテロリストを捕縛、こちらに売ってくれないか?」


「テロリストですか……具体的にはどの程度、あるいはどの程度の質を求めていますか?」


「そうだな。まず、紋章などと言う未知のモノを解析するのだ。失敗もあり得る。人数は確保したい。それでいて、出来れば5翼と呼ばれるテロリストの捕縛が望ましい」


「ちなみにですが、どのような方をテロリストと言う認識をお持ちですか?」


「そんなモノを決まっている。我が国や我が国の国民に非人道的な扱いをした犯罪人だ。君がもし、可能なら敵国の国王でも構わない。それこそ、教会を取り仕切っている神官やその眷属も対象だ」


「なるほど、承知しました。では、わたしの方で研究サンプルを用意致しますが、皆様もその意見に賛同されていると言う事で宜しいですか?」




 その場にいる全員が首肯した。

 アリシアとしても全員の同意を得ているなら特に言う事はなかった。

 アリシアも軍属だった事もあり、軍とテロリストの在り方は十分に理解している。

 テロリストには譲歩はしない。

 テロリストは然るべき、法の制裁を受けるべきだ。

 一部例外はあるだろうが、ノーティス王国はその限りではない。

 ウクライナの立場で言えば、既にノーティス王国と言うテロ国家から被害を受けているのだ。

 ならば、このテロを首謀した者やその関係者は等しくテロリストであり、ウクライナ軍はそう言った者達を人間として扱う気はないようだ。

 ジュネーブ条約をアリシア個人としては守って欲しいところだが、ノーティスはやり過ぎた。


 条約と言う庇護を与えれば、逆に増長すると思える程に悪辣な存在と見られている。

 この新たな世界、新たな国際社会において、ノーティスは徐々に孤立していたのだ。

 アリシアはこの演説の後、すぐに”空間転移”でノーティス王国の首都に転移した。

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