神を騙る者に死を

「あなたが……神?」


「そう、わたしこそ神です!」




 彼は天を仰ぐように尊大に言い放った。




(いや、絶対違うでしょう。わたしが知る神よりも弱いよね)




 魔力反応からしてそう言える。

 もしかするとそれすら隠蔽できるほど隠蔽系に長けている可能性があるが、雰囲気からして違う気がする。




「あなたのどこが神なんですか?全然、そんな風には見えないけど……」


「ふん!蒙昧な悪魔には分かるまい。だが、教えてやる。わたしは生まれながらに恵まれた敵対を持ち、生まれながらに恵まれた頭脳を持つ、生まれながら恵まれた魔力である7翼に至った男なのだ!これがわたしが神である何よりの証拠だ!」




 それを本気で言っていると分かった。

 なので、率直に感情が零れた。




「下らない」


「へぇ?」


「本当に下らない。要するに力を持っているから神だって言ってるんでしょう?」


「それの何が間違っている。神は力だ」




 この人間が何も分かっていない。

 神は力ではない。

 その理屈で言えば、一般人よりも力を持った強盗がいたらそいつは神だ。

 そのくらい支離滅裂な理屈を目の前の男は述べているのだ。

 神に資格があるのだとすれば、それは「誰よりも謙虚な者」だ。

 神は人間ほど弱くはない。

 人間のように貪欲に駆られ、驕り高ぶり、権威欲を満たしたが為に力を誇示せず、忍耐して時に自分を無にしてでも何か目的を果たそうとする強い心の持ち主こと本当に神になる資格がある。

 そして、この男はアリシアを怒らせた。




「……ふざけるなよ、下郎。薄汚い肥溜め野郎が神を騙るな」




 アリシアは静かに怒った。

 アリシアにとって“神”と言う言葉の持つ意味は非常に大きい。

 大抵の事は忍耐できるアリシアでも怒る事がある。

 それは神を……聖霊を冒涜する事だ。


 神を騙り、神の品位を貶め、神の名を騙る上でその栄光すら曇らせる言動は最早、死罪に値する。




「何を言うわたしこそが至高のか……」


「黙れ」




 アリシアの“言葉”が凶器となり、カディアに刺さった。

 殺されるほどではなかったがこの男の言葉を止めるだけの十分な威力があり、彼は畏怖を覚えた。




「お前が神を騙ろうと……いや、寧ろ神だと言うならわたしはお前と言う神を決して赦さない。わたしはね……クズ神とか駄女神が凄く嫌いなんです。物語の中の存在だと分かっていても……無性に殺したくなるほどの下劣な存在だと思っているんです。それが現実に現れたらどうすれば、良いと思います?……もう、殺すしかありませんよね?」




 アリシアは普段になく、闇を抱えたような暗く冷たい言葉を発した。

 アリシアにとって“神”を冒涜すると言うのは自分と言う神を造り、身を粉にして世界を守る為に自ら命を差し出した2人の創造神とも言える両親に対する最大限の侮辱だった。

 

 それだけ“神”と言う者は厳格でなければなず、安易に語る事は赦されず、駄女神やクズ神のような存在が神を騙るなら、その罪は死して贖わねばならないほどの大罪だ。

 だが、この男にかける慈悲は1ミクロンも無い。




「死ね」




 その一言だった。

 アリシアは“縮地”で一気に間合いを詰めた。

 カディアは背中の大剣を即座に抜き、アリシアの刀を防ごうとした。

 一閃が奔った。

 アリシアがカディアを通り過ぎる。




「……わたしもまだ、甘いか」




 自らの未熟を恥じた。

 アリシアの左頬には切傷が奔った。

 それと同時にアリシアは刀の血払いを行った。

 まるでそれが合図であったように大剣は刀身から両断され、カディアの両腕が落ち、大量の血が一斉に吹き出した。




「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」




 カディアの叫び声が木霊する。

 醜悪な叫び声が戦場に木霊する。

 カディアはあまりの痛みに地面をのたうち回る。

 この結果だけをみれば、アリシアの方が勝ったように見えるがアリシアは満足していない。

 アリシアは一撃で殺すつもりだったのだ。

 だが、カディアが思ったよりも少し強かったので両腕しかもぎ取れなかった。

 神を騙る存在に対して妥協的な仕留め方と言うのはアリシアにとっては癪だった。




「ヒールゥゥゥゥヒールゥゥゥヒールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」




 カディアは”回復魔術”を行使して回復を行おうとした。

 本来なら詠唱しなくてもできるが、詠唱した方が術の効率が上がるので詠唱する事もある。

 ただ、彼の場合は違った。


 回復しないのだ。

 さっきから”回復魔術”を行使しているのに回復しない。

 だから、詠唱して効率を高めた。

 だが、それでも回復しないのだ。

 そればかりか時間だけが流れ、血が流れる。




「無駄よ。お前には呪いをかけた。回復魔術程度では治らないわ」




 アリシアは刀に呪いを付与して放っていた。

 アリシアは斬った相手を一撃で仕留める事に長けた剣士だ。

 だが、何らかの理由で相手が復活すれば、それは一撃で仕留めた事にはならない。

 なので、刀に呪い等を付与して復活や肉体が回復しないように細工しているのだ。


 アリシアの呪いは強力でありアリシア以上に呪いに長けた何者かが呪いを解くかもしくは“医術”と言う技を持った何者かの手術でなければ、回復はできない。

 アリシアは自分以上に呪いに長けた者を知らないが“医術”に関してはマリナ・ベクトと言う治癒神がその能力を持っている。

 彼女と同等かそれ以上の能力を持っていなければまず、治せない。

 尤もこの近くにカディアとアリシア以外には誰もいないので回復される可能性は無い。




「た、頼む。た、助けれくれ……」


「あなたは神なんでしょう?自分でなんとかすれば?」


「た、頼む。慈悲を……慈悲をくれ」


「あなたはそれを与えたの?どうせ、神の名を借りて好き放題に振る舞ったんでしょう。自分に無い物を他人に求めるな」


「わたしは神だ!わたしを助ければ、望む物を渡す!金も地位も権力だって!だから!」


「そんなモノに興味はありません。わたしが興味があるとするなら……」




 アリシアは地べたを這えずるカディアを見下ろして、左脚を上げた。




「あなたの命を奪う事です」




 圧倒的なまでの速度で払われた蹴りがカディアの頭部にめり込み頭蓋骨が悲鳴を上げ、まるで氷でも砕くような尋常ではない膂力が頭蓋骨を蹂躙した。

 僅かに目が合ったアリシアの顔はどこまでの冷たくまるで生命を凍り付かせるほどの冷たさに死を間際にしても魂が総毛立つほど戦慄を覚える死を体現した冷淡な眼差しに満ちていた。

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