桔梗に流される

 ノーティス王国 首都 アルス




 ワオの町からそう遠くないところにノーティス王国の最大の教会があった。

 そこは丘の上に城が建ち、丘の下に町が広がるようになっており、城下町だ。

 城の麓にはまるで城に拠り添う様に教会の支部が置かれ、多くのベビダ教徒が毎日のように夕方参拝を行う。


 この町にいる全員がほぼベビダ教徒であり、ベビダ教徒は必ず礼拝に参加しないとならない。

 だが、それにも例外がある。


 そう、神により召喚された神の使徒である“勇者”は例外だ。

 その勇者は現在、町の治安を脅かす“魔族”との戦いに奔走していた。




「そっちの路地裏に逃げたぞ!追い込め!」




 荒布を纏い素足で逃げる痩せこけた男を若い男子3人が追い回す。

 男は追われていた。

 相手は何か特殊な力があるのだろう。

 男は何度も電撃の類を喰らいながら気絶しそうになった。

 自分の周りには他の同郷がいたが彼らに構う余裕はなかった。

 ただ、ひたすら恐ろしくて逃げた。


 男は必死に逃げた。

 まるで牙のない羊を追い回す獰猛な狼から逃げるように必死に逃げた。

 だが、何日も碌な食事も水分を取っていないので意識を朦朧としており、足取りもおぼつかない。

 そんな状態で真面に逃げられるはずがなく、男は先回りした女子2人の前に立ち止まり、後ろを付けて来た3人の男に追いつかれてしまった。

 まさに絶対絶命……このまま捕まれば、どんな目に遭わされるか分かったものではない。

 突然、見知らぬ地に来たと思えば、見知らぬ男達に捕まり、見知らぬ男達がいきなり剣で襲いかかりそこから逃げた。

 それで見知らぬ地で身寄りや助けもなく仕方なく盗みを働いて、最初は仲間がいたが気が付いたら目の前の少年少女達に蹂躙され、この有様だ。




「■■■■■!」




 男は必死に命乞いをした。

 だが、彼らは掌から不思議な雷を出現させ、いつでも発射できるようにスタンバイした。




「■■■■■!」




 それでも男は叫んだ。

 しかし、彼らは距離を詰め、敵意を向けていた。

 だが、男はそれでも生きる活路を見出そうと頭を働かせた。

 そんな男の生存本能が為したのだろう。

 ある事に気付いた。

 この少年達は髪が黒い。

 恐らく、東洋系の人間かも知れない。

 なら、東洋語なら伝わるのではないか?

楽観的だったかもしれないが男は咄嗟に日本語を発した。




「殺さないで!」




 男の言葉に彼らは反応した。




「えぇ……今の日本語……」


「日本語……だったよね」


「殺さないでって……」




 彼らは手から発した雷を緩めた。

 それで何となくこの“魔族”と呼ばれる男性に関しては何か察したのかある男子が尋ねた。




「言葉分かりますか?」


「はい、分かります」




 少し片言だったが確かに日本語だった。

 だが、逃げていた男は明らかに日本人ではない。

 少なくとも異国の人間だった。

 なので、そこから聴く事にした。




「あなたは何人ですか?」


「ウクライナ」




 男は勇者達でもわかる様に答えたのだ。

 ウクライナ人だと……地球に存在する民族の名前だ。

 それには他のメンバーも驚いた。




「ウクライナ……」


「えぇ、じゃあ、地球人?」


「わたし達と同じように転移させられた?」




 そこからは芋づる式に察する事が出来た。

 魔族と呼ばれた彼らが何者なのか察しがついた。




「まさか、魔族って地球人の事!」


「えぇ、じゃ、わたし達が戦おうとしている相手って……」


「これは……不味くないか?」





 彼らの中に不安が過った。

 いくら殺した事はないとは言え、既に何人かの“魔族”と呼ばれた人間達をスタンガンの要領で電撃を浴びせて、中には半生半死の状態まで陥れた者もいるのだ。

 それがもし、同じ地球人だったら……或いはウクライナ人だったとしたら……と考えると流石に彼らも「これはヤバい」と悟る。




「とりあえず、この人保護した方が良いんじゃない」


「そうだね。誤解があるみたいだし、教会やきーちゃんにはちゃんと説明すべきだよ」





 そのような意見が固まり、生徒達は男を保護、”回復魔術”で傷を癒した。

 それで安堵した男は彼らの保護を素直に受けた。

 見知らぬ異邦の地で言葉が通じる相手と言うのは自然と安堵してしまうからだ。

 それから彼らが拠点としている教会が所有する民宿に向かい、そこで桔梗と対面させ、生徒は桔梗に一切の事を話した。

 辛うじて日本語が分かる男は会話の内容から自分について説明されていると益々、安堵した。

 だが、彼らから“きーちゃん”と呼ばれる存在から帰って来た返答は彼をフリーズさせた。




「それは嘘です」




 生徒達は驚いた。

 同時に男も驚いた。

 「嘘」と言う単語の意味は分かる。

 だが、自分は嘘をついていない。

 そこからは“きーちゃん”と呼ばれる存在が疲労した男が理解できないほどの超越した理論と日本語のマシンガンを浴びせ、困惑させる事になる。




「どこから聴いたかは知りませんが、魔族は“ウクライナ”と言う単語を知っており、まるで自分が地球人のように振る舞ってわたし達を惑わせようとしているんです。実際、わたしも同じような手をワオの町で味わいました。先生も最初は混乱しましたがそんな事実はありません。その男は今すぐ、教会に引き渡すべきです」


「えぇ、でもきーちゃん。この人、日本語話してましたよ」


「地球の地名を知っているくらいです。どこかで日本語の情報が魔族に漏れているんです。あなた達が騙されるのは仕方がない事ですが、わたしは生徒を守る義務があります。ここは先生を信じて、教会に引き渡しいて下さい」




 桔梗はあくまで「生徒達の為」と言い張り、生徒達を説得した。

 生徒はそれに従い、近くにいた教会の騎士に男を引き渡した。

 男は何が起きたのか全く理解できず、呆然とした。

 少なくとも分かるのは自分が裏切られ、絶望に堕とされたと言う事だ。

 男の顔は絶望に染まった。


 桔梗は生徒達を守る事を言い訳に自らの自尊心と罪を満たした。

 彼女は結局のところアリシアの言葉を聴いても何も反省せず、何も考えず、アリシアの事を「敵」と勝手に思い込み、その思い込みからアリシアが「ウクライナ」と言う単語を使った事をタンムズの話と合わせてその様に勝手に曲解した。


 更には日本語の件も自分の罪と言うなの自己保身からその場で「嘘」を捏造したのだ。

 アリシアが敵であるからと考え、アリシアの言う事に逆らう事に執着しその思想から「生徒達を守る」と言う大義の名の元に自分の主張を正当化し、生徒達を守り、説得する為に咄嗟に嘘を吐いたのだ。

 自分でも自覚がない嘘を吐いた。

 それを本人が悪意なくやっているので周りは気づかないので余計に質が悪い。




「今後はアメリカ人でもウクライナ人でも容易に信じてはいけません」


「分かりました」




 そして、クラスメイトもその言葉に流された。

 周りの空気を読んで流されるままにアリシアをイジメるような主体性がない彼らは簡単に丸め込まれ、いつしか桔梗と同じ考えに染まった。

 そして、その考えはこれを読んだ他のクラスメイトにも波及した。

 桔梗や生徒達の口を通して伝えられ、彼らはそれに同意した。

 だが、唯一1人だけ流されない男がいた。




(それは可笑しいのではないか……)




 竹地・昇だった。




(いくらなんでも、魔族がウクライナと言う単語を知りつつ、日本語まで理解しているのは可笑しい。そもそも、言語理解と言う能力があるはずだ。何故、日本語を話すまで彼らは理解できなかった)




 何者かの作為……それも悪意のようなモノを感じた。

 もしかすると、”言語理解”と言う能力が日本語をこの世界の言葉に変換するだけの物なら考え過ぎかも知れない。

 ただ、それを差し引いてもやはり、可笑しい。




(やはり、魔族が地球の単語を知っていると言うのはどうも変だ。魔族が地球人だと言うなら、まだ辻褄が合うか……)




 だとすると、ノーティス王国の西側に現れた謎の魔族領が怪しい。

 あそこは何か地球縁の地である可能性がある。




(桔梗先生はあの様子では真っ当な判断が出来ているとは思えない。ここは独自に動くしかないか)




 その夜、竹地・昇は「調べたい事がありますので勝手ながら旅に出ます」と置手紙を残してワオの町に向かった。

 まずはワオの町で「ウクライナ」と言う単語を発した魔族と呼ばれるアリシアに接触する事にした。

 彼女は何か知っているかも知れないからだ。

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