デッドエンド

 目の前にはクーガーがいた。

 ブロンドヘアで無精髭を生やした37歳の男だ。




「……ここどこだよ」




 どうやら、成功したようだ。

 彼は自分の意志でちゃんと動いている。

 しかも、前世の本人と遜色ないレベルだ。




「よく来ました。まずは落ち着いて話しましょう」




 アリシアは屋敷の自室に案内してソファーに腰かけた彼にオレンジジュースを渡した。

 彼は酒とタバコをやらないのでオレンジジュースとキャンディーをよく舐めるようになっていたからだ。

 今もまるでタバコを咥えるように懐から出したキャンディーを舐めている。


 アリシアは彼と対面的になるようにソファーに座り、これまでの自分の経緯を説明した。

 自分が少し前まで記憶を失い、学生をしていた事や異世界転移して魔族との戦争に駆り出されようとした殺された衝撃で女神としての記憶を取り戻した事等現状を説明した。




「つまり、アレか?異世界転移したら追放ものコースに突入して今に至ると?」


「まぁ、そんな感じです」


「相変わらずと言うべきか……どこでも迫害されてるんだな」


「そんな人を迫害大好きなドMみたいに言わないで下さい」


「そうは言わないが、お前は結構なドMだろう?」


「……言われてみるとそうかも……」




 確かに前世の時からそんな事を言われた。

 過酷な訓練を自分に課すモノだから、「アリシアはドMなんじゃないか?」などと言われた事があった。

 改めて言われると自分はドMなのかも知れないと思わなくもなかった。




「まぁ、それは良い。お前がドMなのは今に始まった事でもないしな。いつも通りで何よりだよ。それでオレに何をして欲しいんだ?」


「さっき、話しましたが、もうすぐ、この国はウクライナ軍から攻撃を受けます。なので、ウクライナ軍に協力を申し出ました。この領地はノーティスの意向に逆らった訳です。そうなるといつか、ノーティス王国と争う事になるでしょう。その時に備えてあなたにはわたしに代わって食料の備蓄や防衛設備の構築、民衆の統率、冒険者ギルドとの連携、各貴族との摂政……」


「いや、ちょっと待て。前々から言っているがオレは青いたぬき型ロボットじゃないんだぞ!そんな多くできるか!」


「そう言いながらいつも、立派に仕事を果たしていたじゃないですか。今回もできます。あなたなら必ずできます」


「……はぁ。そう言われた、やるしかないか。まぁ、やるだけやってみるさ」


「えぇ、任せます。詳しくは認識共有で伝えます」




 アリシアには認識共有と言う能力がある。

 今はかなり弱体化しているがこの距離で相手に接触すれば、使う事ができる。





「そうだな。お前、弱体化してるんだしな。オレの知っている情報をあげておくから見といてくれ」




 アリシアとクーガーは握手を交わして互いの情報を読み取った。




「なるほど、あの悪魔には勝てたんだね」


「まぁな。問題は山積みだが、お前が頑張ったから今の世界があると言っていい。その事は誇って良いぞ」


「そう言われるとなんか照れるな」




 アリシアが知らないオリジナルが歩んだ歴史を知った。

 あの戦いの後、悪魔に勝利してオリジナルはある世界で戦い、辛うじて生きていた悪魔に最後のトドメを刺し、その後に現れた悪魔女と呼ばれる存在を殺してあの戦いに終止符を打った。


 あの戦いの結果は恐らく、勝利であろうと予測していたが実際、結果を知って安堵する事ができた。

 万が一にも誰か死んだのではないか?とか気が気ではなかったが死んだ者は結果的にはいない。

 例外もあったがその人物も救われたようなので結果的に最良に近い勝利と言えるだろう。




「まぁ、とにかく今夜はもう遅い。明日に備えて早く寝ると良いです」


「……悪い、アリシア。そいつはちょっと聴けないわ」


「ふぇ?聴けない?」




 意外だった。

 クーガーは小言を言ったとしても最終的にはアリシアの言う事を聴き従順する人間だ。

 そんな彼が否定する事などアリシアには信じられなかった。





「変な誤解するな。別に命令に違反するわけじゃない。ただな。オレもお前の兄貴であるシンからある命令を受けていてな」


「お兄ちゃんから?」




 アリシアには異父兄妹の兄がいる。

 その兄も12神の1人であり、”断罪を司る神”だ。

 クーガーはその兄の指揮官入っており、何らかの命令を受けているようだ。

 だが、それはアリシアが認識共有した限りでは明かされていない。




「どんな命令されたの?」


「悪いがそれも言えない。お前の兄貴からは「アリシアであっても口を割るな」と言われてるからな。まぁ、内容は話せないがアリシアがやめろって言うならやめろようには言われているがどうする?」




 そう言われると少し困ってしまう。

 あのシンのやる事だから、邪な考えは無いはずだ。

 だが、自分には言えないとはどう言う事なのか?

 恐らく、自分絡みの案件だとは思うがそれが何かは分からない。

 ただ、あのシンがそこまで言うのだ。

 部下として家族として信じてみた方が良いのではないか?とアリシアは思った。

 少なくともアリシアはシンの事を信じている。

 それは今の昔も変わらない。




「分かった。なら、特に引き止めないけど、くれぐれも無理はしないでね。命の危険があったらちゃんと逃げるように」


「了解だ。なら、ちょっと、行ってくる。お前もちゃんと寝ろよ」




 そう言ってクーガーは立ち上がり背中を向けながら右手で手を振る。

 その彼の後ろ姿は何か、覚悟を背負っているそんな背中に見えた。




 ◇◇◇




 翌朝




 冒険者ギルドの依頼掲示板にある依頼が張り出されていた。




 幻の魔物“デッドエンド”の捕縛依頼。※5翼以上の紋章を有するパーティが条件




 そのように書かれた依頼があった。

 しかも、かなりの大金であり取引の代金は前払いで金貨1000枚と書いてあった。

 これは最低でも10年は遊んで暮らせる額だった。

 それを受けるのはこのギルドで唯一の5翼を持つガルス率いるパーティメンバー全員だった。

 

 他のパーティはガルスにパーティに臨時に加入しようとしてお零れに預かろうとしたが、ガルスは分け前が減る事を考え、あくまで自分の息がかかったメンバーに限定した。

 そして、依頼主であるクーガーと言う男とワオの町の城門の前で出会った。




「アンタがガルスか?」




 ブロンド髪の無精ひげを生やした男がそこにいた。





「おぉ!オレがガルスだ」


「ここに来たって事は依頼を受けるって事で良いのか?」


「あぁ、良いぜ」


「もう一度、確認するが本当に良いのか?デッドエンドはかなり危険な魔物だぞ」


「どんな魔物だろうとオレがとっ捕まえてやる!」


「そうか……なら良かった。正直、アンタが断ったらこの町一番のアリシアに頼むところだったぜ」



「なんだと?」




 ガルスは殊更不機嫌な態度を取った。




「今、なんて言った?」


「あぁ、アンタが断ったらこの町一番のアリシアと言う女に依頼するつもりだったと言ったが」




 クーガーは飄々とした態度で言い放った。




「お前!オレを舐めてんのか!アイツが一番だと!」




 ガルスはそれが気に入らなかった。

 5翼である自分が無翼の魔族如きに劣るなど癇に障る話だからだ。

 そもそも、アリシアは出会った時からアリシアの事は気に入らなかった。

 どこの馬の骨とも分からない奴が自分よりも立派な鎧を着ている事に嫉妬したのが、そもそもの始まりだった。


 それだけなら、まだ良かった。

 だが、その女は自分でもできなかったジャイアント・トレイトをソロで討伐したのだ。

 それが気に入らなかった。

 そんな事があってはならなかった。


 紋章を隠すような雑魚に自分が劣るはずがないからだ。

 紋章を隠すと言うのは冒険者において、差別されない為の対策であり、そう言った奴は3翼等が多い。

 ガルスにとって、ただの小娘に5翼の自分が劣っていると言うのは彼のプライドが許さなかった。

 

 しかも、聴いてみれば彼女は紋章を持たなかった。

 それが更に彼の激情を煽った。

 紋章を持たないクズとも言える人間よりも自分が劣っていると言う事実が認められなかった。


 だから、不正したに違いない。

 きっとそうだ。

 そうに違いない。


 ガルスは勝手にそう思い込む事にした。

 それからアリシアへの迫害を始め、無翼の魔族が現れた事に呼応してアリシアを亡き者にしようと教会にアリシアの存在を報せ、公然的に亡き者にしようと人を扇動した事もあった。


 だが、結局上手く行かず、アリシアはガルスですらなれなかった特例冒険者になった。

 ガルスの不満は更に募った。

 領主であるハーリは自分の能力を認めないクズだと思い込む事にした。

 そんなクズだから、クズであるアリシアと足を舐め合っているのだと思い込む事で自らの自尊心を保とうとした。


 そんな最中、クーガーと言う男が放った一言はその自尊心を刺激するに十分な言葉だった。

 だが、クーガーはどこ吹く風のように淡々と答える。




「別に舐める訳じゃない。ただ、よそ者であるオレが調べた限り、この町に一番はアリシアと言う女だ。0翼って言うのが信用できないから5翼以上を集めただけだ。オレもこの仕事を外したくないからな。オレにデッドエンドの捜索依頼をした貴族の期待には確実に応えないとならないんでね」




 クーガーはあくまで実力主義で選ぶと言ったスタンスを主張したがガルスからすればその言い方は「ガルスはアリシアの代替え品として呼ばれた」と言う風にしか聴こえない。





「上等だ!オラ!そのデッドエンドとか言う魔物をさっさと捕縛してオレがこの町で一番である事を証明してやる!」




 これだけ大型の依頼を受ければ、よそ者であってもガルスの実力を認めざるを得ない。

 誰も自分がアリシアの劣化版とは思わない。

 そのような声は掻き消える。

 そのようにガルスは考えた。




「おっ、そうか。なら、今からデッドエンドが出没する場所に案内する。ついて来な」





 クーガーはそれを同意と受け取り、近くの森に向かって歩き始めた。

 ガルス達はそれについて行った。

 それが文字通り“デッドエンド”袋小路になるとも知らずに……。




 ◇◇◇




 森に入ってから10分ほど。

 クーガーの案内で森の中でも開けた位置に案内された。





「ここだ。ここにデッドエンドがいる」




 クーガーにそう言われ、ガルス達は辺りを見渡す。

 だが、そこには何もない。

 辺りを見渡しても魔物の気配すらない。




「どこだ。どこにその魔物がいるんだ?」


「鈍い奴だな。本当にワオの町一番の冒険者か?目の前にいるだろう?」





 クーガーはガルスを煽るような口調で言った。




「はぁ!?どこにいるんだよ!」




 ガルスは激情してクーガーに喰いかかる。




「だから、言っているだろう?ここだよ」




 そう言いながらクーガーはガルス達の方に振り向いた。

 気づけば、クーガーの右手にはガルス達には見慣れない黒い光沢感のある妙な形状の杖があった。

 そして、クーガーの冷めたようなまるで汚物でも見るような視線をガルス達に注いだ。

 そして、杖の先が向けた共に聴き慣れない音が木霊した。

 銃声だ。


 まるで空気を擦り抜けるような間抜けな音が響いた。

 M16A13アサルトライフルに付けられたサプレッサーにより、銃弾は静かに森の中を駆け抜け、ガルス達の肢体を吹き飛ばした。

 小口径弾頭思えないこの銃の威力はBBA弾により成り立っており、魔術的な補正強度により並みの銃弾を寄せ付けないガルス達が着ている鎧であっても飴細工でも壊すように貫通していく。


 銃声が止んだ頃には辺りには死体が転がり、血の香りが空間に立ち込める。

 ガルスも既に下半身が完全に消し飛んでいた。

 それでも微かに残った意識で掠れる声でクーガーを炯々に睨んだ。




「何故……だぁ……」


「あぁ?決まってるだろう。オレの任務はお前達の始末だった。見れば、分かるだろう」




 クーガーは天才なので凡人的な考えはしない。

 普通の人間がいれば「見ても分からん」と答える一幕に違いない。

 それはガルスにとっても同じだったがそれを声にするほどの力は残っていない。

 だから、クーガーは勝手に話を進める。




「お前達はやり過ぎたんだよ。うちの女神様に危害を加えた。オレの任務は女神に寄り付く害虫を始末する事なんでね」




 クーガーがアリシアの兄、シンから命じられたのはただ、1つ。




 アリシアを守れ




 それだけだ。

 具体的にはアリシアの心身を含め、守る事だ。

 アリシアはストレスにかなり弱い。

 それはクーガーも長い付き合いなので知っている。

 だが、アリシアは女神だけあり、責任重大な役に付く事が多い。

 どうしてもアリシアに無理をさせないとならない場面も多々あった。


 だが、いくらアリシアが女神とは言え、人間と同じように悲しみ、辛今思いもするのだ。

 勿論、ストレスで気が狂う事もある。

 

 実はオリジナルのアリシアはあまりの過剰ストレスで気が狂った事があった。

 精確には気が狂いかけた。

 娘が殺され、その怒りで世界を1つ破壊した事があったのだ。

 幸い、娘は復活、アリシアも気持ちを持ち直したから良かったが、もし解決しなかった場合、アリシアは気が狂ったまま一生を過ごし、クーガーの国が立ち行かなくなる未来が確実に存在した。

 未来を変えた事でその危機は回避したが少なくとも「起こり得る1つの可能性」としてそれは身近にあったのだ。

 その原因となったのは悪魔女と呼ばれる人間の醜悪な害気による者だった。


 これを受け、アリシアの兄であるシンは今後似たような事が起きないようにアリシアに全知全能召喚される可能性がある側近に予め命令を与えたのだ。




 アリシアに害意を向ける者がいるなら、消せ。

 1人残らずだ。




 その時のシンの顔はまさに鬼のような真剣な顔だった。

 その気迫にはクーガーも押され「りょ、了解」と息を呑んだ事は今も記憶に新しい。

 シンの気迫には負けるが実際、クーガーもアリシアを守らないとならないと言う事には同意しており、この命令に些かの抵抗も抱いていない。


 ちなみにこの命令がアリシアに秘密にされているのはアリシアの性格上、迫害されても忍耐する可能性があり、それを鍛錬的に捉える事があるからだ。

 アリシアはそう言った事を無意識にやってしまうのでそのストレスの負荷が限界に達っして限界を超えた頃にようやく、感情を露にするほど忍耐深い。


 それ故にこの命令を知れば、アリシアは無意識に「まだ、殺さない」と言う選択を選んでしまう可能性があったからだ。

 だが、そうなってからでは遅いのでこうして、クーガーが過度にアリシアに対して迫害する人間を影で始末する事になったのだ。




「お前達はこの依頼を受けた時からオレと言う“デッドエンド”の餌食なんだわ。騙して悪いが死んでくれや」




 クーガーはM16A13アサルトライフルに残った最後の弾丸でガルスの蟀谷を撃ち抜いた。

 ガルスの頭部は吹き飛んだ。




 ◇◇◇




 それからガルス達パーティが帰って来ない事を懸念した捜索隊が森の中でガルス達の無残な死体を発見した。

 皆、群がっていた魔物に肉を喰われていた。

 捜索隊は「ガルス達は魔物に喰われて死んだ」とギルドに報告する事になった。




 ◇◇◇




 クーガー・スリンガー




 後世において、特殊戦技教導隊を指揮する事になる司令官となる男であり、同時に聖女アリシアの懐刀と呼ばれる男だ。

 表向きには特殊戦技教導隊を指揮している司令官だが、その裏ではアリシアに知られず、独自に動いていたとされる。

 アリシアを暗殺しようとした殺し屋を密かに抹殺したとか、アリシアに害意を持って近づき、風評被害を与えようとした地球のインドの宗教指導者を抹殺したとか、後に発足される教会内に現れた信仰を利得の道と考えた不穏分子を密かに抹殺したとか、教会の金を自らの私腹を肥やす為に使った不信仰者を抹殺したとか、教会の権力を使って自分に不都合な人間を殺そうとした者を逆に計画実行前に抹殺したとか、或いはアリシアを超えた存在になろうと……アリシアを力で服従させ、屈服させようとした教会の重役をその計画諸共抹殺したとか、アリシアの裏で様々な動きをしていたとされる人物だ。


 使用する銃はM16系のアサルトライフルであり、本人曰く「補給や調達し易いから」と言う理由で好んで使っている。


 あまりに完璧過ぎて、あまりに証拠を残さず、狙った獲物に確実なる終わりを告げるとまで言われるその様から付いた2つ名は”ターミネーター”だった。

 では、何故、彼がそれらの事をやったのではないかと噂されているのかと言えば……その一部を本人が暴露しているからだ。


 本人曰く、「アリシアに逆らう者への警告の意を示していると思いな」らしい。

 そこ内容から芋づる式に誰々の不審死にはクーガーが関わっているのではないか……等と言う噂も広まり、話に尾びれが付くような形で拡散している。


 ちなみに暴露した内容に関しては後に法的に照らし合わせ、処分を検討されたが……警察やMPが慎重に精査した結果「彼が関与した事件は極めて、迅速な対応と拙速を伴うモノもあり、かつ証拠も揃っている事からこの判断は国家として間違っていない」と公式に見解しており、半ば公然的な殺し屋のような立ち位置におり、彼は聖女アリシアの影で今も尚、彼女を守り続けている。

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