クーガー・スリンガー

 アリシアは困っていた。

 アリシアなりにワオの町のハーリやフラン、ローグ……そして、アリシアを聖女として慕っている極少数の者達に恩義は感じている。

 それ以外はその限りではないが……ただ、それでもワオの町を含むロンフォード領は守りたいとは感じていた。


 とはいえ、守るにしても人手が足りない。

 この町ではアリシアの人望が無さ過ぎる。

 大抵の人間はアリシアの事を目の仇にしている。

 戦争の話は既にハーリの口から語られているが、それを報せたのがアリシアだと知れた途端に彼らは消極的になった。

 無条件にアリシアを疑っているのだ。

 その所為か、町は非協力的だ。

 フラン等は助けてくれているがアリシアを助ける者は少ない。

 寧ろ、戦争に備えているのにガルス辺りが「戦争なんて起きない。あの頭の可笑しい女に従うな」と民衆を扇動する有様だ。

 正直、準備が全然、捗っていない。

 ウクライナ軍攻撃まで既に10日切っていると言うのに食料の備蓄から町の防衛機構の構築まで何から何まで足りない。

 どうしても人手は必要だった。

 そう思い、”管理者権限”に何か使えるツールはないかと覗いたところ、ある機能を発見した。




全知全能召喚アカシックサモンか……」




 ”全知全能召喚”とは、アリシアとアリシアの系図を引いた眷属神だけが使える特殊召喚系の神術。

 その召喚は”権能”と呼ばれる絶対的な力で支えられ、敵の妨害などを一切寄せ付けず、アカシックレコードに刻まれた各神と繋がりのある人物をアカシックレコードの”人格の座”と呼ばれるその人間の全てのデータを使用者の神力で構成、本人に近い何者かを召喚する召喚法だ。

 この方法を使えば、理論的にアリシアが過去に契約したアリシアの民を人格を持ったNPCのような扱いで召喚できる。




「ただな……戦闘力皆無な民をこっちに呼んでも無駄死にするだけだよな……」




 下手に100人呼んでも全員が間違いなく無翼の烙印を押され、魔族として周囲から虐げられ、無抵抗に殺される可能性が高い。

 そうなると相応に戦闘力が高い誰かを召喚しないとならない。

 その中で目を引く項目があった。

 カテゴリーとして”12神“と書かれたカテゴリーだ。

 アリシアの眷属の中で最も強い12人の神となった眷属を現す称号のようだ。

 アリシアの最後の記憶では10人だった気がするがどうやら、アレから時間が進み2人ほど増えているようだった。

 その中で最も目を引いたのは2人だ。

 まず、1人目、アカリ・ライトロード。

 この神はアリシアの知らない神だが、12神の中で総合戦闘能力が一番高い。

 詳細項目を見ると「かつて、アリシア・アイと本気の3回勝負をした際に1度黒星をつけた」と書かれていた。




「これは……相当凄いね」




 性能が凄いの一言だ。

 本気のアリシアと言う事は全ての力を使ったアリシアだろう。

 アリシアが本気を出したのはあの大戦の時の敵となった強大な悪魔を殺す為に「本気」を出した。

 それ以外で自分が「本気」で戦った事はない。

 今のアリシアですら「本気」を出せば、この大地くらいなら破壊できるのだ。

 今の自分の「本気」とオリジナルの「本気」では全然意味合いが違う。

 その本気のアリシアに1度勝っているのは正直、凄いと思った。

 今の自分がオリジナルと戦えと言われても勝てないと断言できるのだから間違いない。

 もし、呼べるなら呼びたい。

 だが、問題があった。




「要求する神力が多すぎる……」




 高スペックNPCを呼ぶには高コストがかかるようにこのアカリもそうだった。

 オリジナルのアリシアが呼べるレベルのコストを要求する。

 システムの使用の中には未来に生成される神力を担保として使う仕様もあるが、一定期間、神力の回復量が著しく低下してしまうと言うデメリットがあった。




「現状のわたしが本気を出さないのは問題だよね」




 邪神がどの程度の力があるか全く分からない状態で本気が出せないとなると下手をすると殺される可能性もあった。

 なので、今回はアカリの召喚は見送った。

 他の神を見るとリテラ・エスポシストと書かれていた。

 彼女はアリシアの幼馴染で狙撃の名手だ。

 その射程は銃や弓が届けば、ほぼ無限とされ、何百光年先の敵すらも撃ち落とす最強の狙撃手だ。

 彼女の命中精度は100%。

 アリシアでも避けるのは不可能だ。

 彼女の攻撃は基本的に防ぐ以外にない。

 ただ、彼女はそれすらも掻い潜るので最高の後方支援要員だ。

 アカリほどではないが要求する神力が多すぎる為に彼女も保留にするしかない。


 よく見ると12神の要求コストが高すぎるので呼びたくても呼べない事が分かった。

 なので、12神は諦めて“番外神”と書かれた項目を見た。

 12神にカウントされていないが神の称号を得たもしくはそれに準ずる存在が記された項目だった。

 その中で2人ほど注目すべき人間がいた。


 マリナ・ベクト


 治癒神として知られる医者だ。

 高度な”神回復術”や魂すらも治療する”神魂魄術”や”医術”を持ち合わせたいわば、最強のヒーラー。

 彼女に治せない病気はないとされており、外科手術も大体、10分で終わらせる超天才。

 ”神回復術”を妨害されても彼女には”医術”があるのでそれで相手を治療する事もできる。

 戦場でよくある外傷性血気胸と言う重症もどれだけ重症でも10分以内の外科手術で完全完治させる。


 対して、もう1人はクーガー・スリンガー。

 この男は特に凄い能力がある訳ではない。

 強いていうなら器用貧乏で知能指数も高い天才だ。

 その分、どんな事をやらせても、一定以上の成果を発揮する男だ。

 加えて、銃の扱いのスペシャリストでリテラ程ではないが、あらゆる銃火器が使える。

 この2人の内、どちらをしか呼べない。

 そうなると……選択肢は。




「クーガーだよね」




 今、必要とされているのは戦争に備える準備だ。

 その為の根回しをアリシアがいなくてもやって来る人材が欲しい。

 そうすれば、アリシアは別の所に労力を避けるので大いに助かる。

 あの天才なら、一定以上の成果を出すのは間違いないので呼んで不足はない。

 アリシアは早速、召喚を開始した。




「全知全能召喚、起動!現れなさい!クーガー!」




 屋敷の地下室で光の柱が迸った。

 それと共にアリシアの神力が吸収された。

 今のところあるほぼ全ての神力を持って行かれ、少し脱力感が出た。

 だが、成功したようでそれが人型を形造り、男はまるで寝ていたところから目覚めたように仕草を見せる。




「う……うん?アリシアじゃないか?」

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